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讃岐うどん32玉目

1 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/02(木) 17:37:06.03 ID:GA6Rs3c/
※前スレ
http://ikura.2讃岐うどん31玉目
ch.net/test/read.cgi/jnoodle/1382851746/

静かにひっそりと、讃岐うどんについて語り合いましょう。
スレが荒れる原因となりますので、コテハンの使用、コピペ荒らし等の行為は控えてください。

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※固定ハンドルでの書き込み禁止
 荒らし行為を助長させる恐れがあります。スレッドを正常に運営するため、固定ハンドルの使用は控えてください。
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※950を踏んだ者が次スレを立てること
 (スレ立て規制で次スレを立てられない場合は速やかに援助を求めること)

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 重 要 で す ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

2 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/02(木) 18:23:57.90 ID:IwRwS12Y
うどん市場

3 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/02(木) 22:56:20.92 ID:O02E0BkF
>>1乙!!そしてGJ!!!
前スレは名無しの攻略がしれっとコテハン禁止テンプレを削除したからな

4 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 00:00:08.84 ID:c6ONzrzu
新参者だからよくわからないけどお褒めの言葉ありがとう
なぜか前スレ貼るの失敗してたから貼り直し

讃岐うどん31玉目
http://ikura.2ch.net/test/read.cgi/jnoodle/1382851746/

5 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 00:11:33.33 ID:4g67TyH0
つーか連投キチガイはなんで沸くんだ?
どうやら「うどん市場」とセットになってるようだが

6 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 08:01:29.86 ID:rEO0NVnv
名越有る人予に問うて云く世間の道俗させる法華経の文義を弁へずとも一部一巻四要品自我偈一句等を受持し或は自らもよみかき若しは人をしてもよみかかせ或は我とよみかかざれども経に向い奉り合掌礼拝をなし香華
を供養し、或は上の如く行ずる事なき人も他の行ずるを見てわづかに随喜の心ををこし国中に此の経の弘まれる事を悦ばん、是体の僅かの事によりて世間の罪にも引かれず彼の功徳に引かれて小乗の初果の聖人の度度人天に生れて而も悪道に堕ちざるがごとく常に人天の
生をうけ終に法華経を心得るものと成つて十方浄土にも往生し又此の土に於ても即身成仏する事有るべきや委細に之を聞かん、答えて云くさせる文義を弁えたる身にはあらざれども法華経・涅槃経・並に天台妙楽の釈の心をもて推し量るにかりそめにも法華経を信じて聊
も謗を生ぜざらん人は余の悪にひかれて悪道に堕つべしとはおぼえず、但し悪知識と申してわづかに権教を知れる人智者の由をして法華経を我等が機に叶い難き由を和げ申さんを誠と思いて法華経を随喜せし心を打ち捨て余教へうつりはてて一生さて法華経へ帰り入らざ
らん人は悪道に堕つべき事も有りなん、仰せに付いて疑はしき事侍り実にてや侍るらん法華経に説かれて候とて智者の語らせ給いしは昔三千塵点劫の当初・大通智勝仏と申す仏います其の仏の凡夫にていましける時十六人の王子をはします、彼の父の王仏にならせ給ひて

7 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 08:02:00.37 ID:rEO0NVnv
一代聖教を説き給いき十六人の王子も亦出家して其の仏の御弟子とならせ給いけり、大通智勝仏法華経を説き畢らせ給いて定に入らせ給いしかば十六人の王子の沙弥其の前にしてかはるがはる法華経を講じ給いけり、其の所説を聴聞せし人幾千万といふ事をしらず当座に
悟をえし人は不退の位に入りにき、又法華経をおろかに心得る結縁の衆もあり其の人人・当座中間に不退の位に入らずして三千塵点劫をへたり、其の間又つぶさに六道四生に輪廻し今日釈迦如来の法華経を説き給うに不退の位に入る所謂・舎利弗・目連・迦葉・阿難等是
なり猶猶信心薄き者は当時も覚らずして未来無数劫を経べきか知らず我等も大通智勝仏の十六人の結縁の衆にもあるらん此の結縁の衆をば天台妙楽は名字観行の位にかなひたる人なりと定め給へり名字観行の位は一念三千の義理を弁へ十法成乗の観を凝し能能義理を弁え
たる人なり一念随喜・五十展転と申すも天台妙楽の釈のごときは皆観行五品の初随喜の位と定め給へり博地の凡夫の事にはあらず然るに我等は末代の一字一句等の結縁の衆一分の義理をも知らざらんは豈無量の世界の塵点劫を経ざらんや是れ偏えに理深解微の故に教は至

8 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 08:02:30.83 ID:rEO0NVnv
つて深く機は実に浅きがいたす処なり只弥陀の名号を唱えて順次生に西方極楽世界に往生し西方極楽世界に永く不退の無生忍を得て阿弥陀如来・観音勢至等の法華経を説き給わん時聞いて悟を得んには如かじ然るに弥陀の本願は有智・無智・善人・悪人・持戒・破戒等を
も択ばず只一念唱うれば臨終に必ず弥陀如来・本願の故に来迎し給ふ是を以て思うに此の土にして法華経の結縁を捨て浄土に往生せんとをもふは億千世界の塵点を経ずして疾法華経を悟るがためなり法華経の根機にあたはざる人の此の穢土にて法華経にいとまをいれて一
向に念仏を申さざるは法華経の証は取り難く極楽の業は定まらず中間になりて中中法華経をおろそかにする人にてやおはしますらんと申し侍るは如何に、其の上只今承り候へば僅に法華経の結縁計ならば三悪道に堕ちざる計にてこそ候へ六道の生死を出るにはあらず、念
仏の法門はなにと義理を知らざれども弥陀の名号を唱え奉れば浄土に往生する由を申すは遥かに法華経よりも弥陀の名号はいみじくこそ聞え侍れ、答えて云く誠に仰せめでたき上智者の御物語にも侍るなればさこそと存じ候へども但し若し御物語のごとく侍らばすこし不
審なる事侍り、大通結縁の者をあらあらうちあてがい申すには名字観行の者とは釈せられて侍れども正しく名字即の位の者と定められ侍る上退大取小の者とて法華経をすてて権教にうつり後には悪道に堕ちたりと見えたる上正しく法華経

9 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 08:19:42.17 ID:c6ONzrzu
>>5
うどん市場さんは阻止してくれてるんだと思いますが

10 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 10:26:18.89 ID:H1F95QOS
うどん市場

11 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 14:05:14.06 ID:LSeWI4Ws
清水屋さんは今日まで休み

12 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 14:25:30.52 ID:aVEgjfvP
太田の大島製麺所は明日から営業だっけ。

13 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 17:05:28.53 ID:rEO0NVnv
を誹謗して之を捨てし者なり、設え義理を知るようなる者なりとも謗法の人にあらん上は三千塵点無量塵点も経べく侍るか、五十展転一念随喜の人人を観行初随喜の位の者と釈せられたるは末代の我等が随喜等は彼の随喜の中には入る可からずと仰せ候か、是を天台妙楽初随喜
の位と釈せられたりと申さるるほどにては又名字即と釈せられて侍る釈はすてらるべきか、所詮仰せの御義を委く案ずればをそれにては候へども謗法の一分にやあらんずらん其の故は法華経を我等末代の機に叶い難き由を仰せ候は末代の一切衆生は穢土にして法華経を行じて詮
無き事なりと仰せらるるにや、若しさやうに侍らば末代の一切衆生の中に此の御詞を聞きて既に法華経を信ずる者も打ち捨て未だ行ぜざる者も行ぜんと思うべからず随喜の心も留め侍らば謗法の分にやあるべかるらん、若し謗法の者に一切衆生なるならばいかに念仏を申させ給
うとも御往生

14 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 17:06:00.32 ID:rEO0NVnv
は不定にこそ侍らんずらめ又弥陀の名号を唱へ極楽世界に往生をとぐべきよしを仰せられ侍るは何なる経論を証拠として此の心はつき給いけるやらん正くつよき証文候か若しなくば其の義たのもしからず、前に申し候いつるがごとく法華経を信じ侍るはさせる解な
けれども三悪道には堕すべからず候六道を出る事は一分のさとりなからん人は有り難く侍るか、但し悪知識に値つて法華経随喜の心を云いやぶられて候はんは力及ばざるか又仰せに付いて驚き覚え侍り其の故は法華経は末代の凡夫の機に叶い難き由を智者申されしかばさかと思
い侍る処に只今の仰せの如くならば弥陀の名号を唱うとも法華経をいゐうとむるとがによりて往生をも遂げざる上悪道に堕つべきよし承るはゆゆしき大事にこそ侍れ、抑大通結縁の者は謗法の故に六道に回るも又名字即の浅位の者なり又一念随喜五十展転の者も又名字観行即の
位と申す釈は何の処に候やらん委く承り候はばや、又義理をも知らざる者僅かに法華経を信じ侍るが悪智識の教によて法華経を捨て権教に移るより外の世間の悪業に引かれては悪道に堕つべからざる由申さるるは証拠あるか、又無智の者の念仏申して往生すると何に見えてある
やらんと申し給うこそよに事あたらしく侍れ、雙観経等の浄土の三部経・善導和尚等の経釈に明かに見えて侍らん上はなにとか疑い給うべき、答えて曰く大通結縁の者を退大取小の謗法・名字即の者と申すは私の義にあらず天台大師の文句第三の巻に云く「法を聞いて未だ度せ

15 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 17:06:34.62 ID:rEO0NVnv
ず而して世世に相い値うて今に声聞地に住する者有り即ち彼の時の結縁の衆なり」と釈し給いて侍るを、妙楽大師の疏記第三に重ねて此の釈の心を述べ給いて云く「但全く未だ品に入らず、倶に結縁と名づくるが故に」文・文の心は大通結縁の者は名字即の者となり、又天台大
師の玄義の第六に大通結縁の者を釈して云く「若しは信若しは謗因つて倒れ因つて起く喜根を謗ずと雖も後要らず度を得るが如し」文・文の心は大通結縁の者の三千塵点を経るは謗法の者なり例せば勝意比丘が喜根菩薩を謗ぜしが如しと釈す五十展転の人は五品の初めの初随喜
の位と申す釈もあり、又初随喜の位の先の名字即と申す釈もあり疏記第十に云く「初めに法会にして聞く是れ初品なるべし第五十人は必ず随喜の位の初めに在る人なり」文・文の心は初会聞法の人は必ず初随喜の位の内・第五十人は初随喜の位の先の名字即と申す釈なり。其の
上五種法師にも受持・読・誦・書写の四人は自行の人大経の九人の先の四人は解無き者なり解説は化他後の五人は解有る人と証し給へり、疏記第十に五種法師を釈するには「或は全く未だ品に入らず」又云く「一向未だ凡位に入らず」文・文の心は五種法師は観行五品と釈すれ
ども又五品已前の名字即の位とも釈するなり、此等の釈の如くんば義理を知らざる名字即の凡夫が随喜等の功徳も経文の一偈・一句・一念随喜の者・五十展転等の内に入るかと覚え候、何に況や此の経を信ぜざる謗法の者の罪業は譬喩品に委くとかれたり持経者を謗ずる罪は法
師品にとかれたり、此の経を信ずる者の功徳は分別功徳品・随喜功徳品に説けり謗法と申すは違背の義なり随喜と申すは随順の義なりさせる義理を知らざれども一念も貴き由申すは違背随順の中には何れにか取られ候べき、又末代無智の者のわづかの供養随喜の功徳は経文には

16 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/03(金) 21:03:48.46 ID:H1F95QOS
うどん市場

17 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/04(土) 06:54:12.15 ID:4NY+d+Pg
載せられざるか如何、其の上天台妙楽の釈の心は他の人師ありて法華経の乃至童子戯・一偈・一句・五十展転の者を爾前の諸経のごとく上聖の行儀と釈せられたるをば謗法の者と定め給へり、然るに我が釈を作る時機を高く取りて末代造悪の凡夫を迷はし給わんは自語相違にあ
らずや故に妙楽大師五十展転の人を釈して云く「恐らくは人謬りて解せる者初心の功徳の大なる事を測らず而して功を上位に推り此の初心を蔑る故に今彼の行浅く功深き事を示して以て経力を顕わす」文・文の心は謬つて法華経を説かん人の此の経は利智精進・上根上智の人の
ためといはん事を仏をそれて下根下智末代の無智の者のわづかに浅き随喜の功徳を四十余年の諸経の大人上聖の功徳に勝れたる事を顕わさんとして五十展転の随喜は説かれたり、故に天台の釈には外道小乗権大乗までたくらべ来て法華経の最下の功徳が勝れたる由を釈せり、所

18 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/04(土) 06:54:48.60 ID:4NY+d+Pg
以に阿竭多仙人は十二年が間恒河の水を耳に留め耆兎仙人は一日の中に大海の水をすいほす此くの如き得通の仙人は小乗・阿含経の三賢の浅位の一通もなき凡夫には百千万倍劣れり、三明六通を得たりし小乗の舎利弗・目連等は華厳・方等・般若等の諸大乗経の未断三惑の一通
もなき一偈・一句の凡夫には百千万倍劣れり華厳・方等・般若経を習い極めたる等覚の大菩薩は法華経を僅かに結縁をなせる未断三惑・無悪不造の末代の凡夫には百千万倍劣れる由釈の文顕然也、而るを当世の念仏宗等の人我が身の権教の機にて実経を信ぜざる者は方等般若の
時の二乗のごとく自身をはぢしめてあるべき処に敢えて其の義なし、あまつさへ世間の道俗の中に僅かに観音品・自我偈なんどを読み適父母孝養なんどのために一日経等を書く事あればいゐさまたげて云く善導和尚は念仏に法華経をまじうるを雑行と申し百の時は希に一二を得

19 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/04(土) 06:55:19.49 ID:4NY+d+Pg
千の時は希に三五を得ん乃至千中無一と仰せられたり、何に況や智慧第一の法然上人は法華経等を行ずる者をば祖父の履或は群賊等にたとへられたりなんどいゐうとめ侍るは是くの如く申す師も弟子も阿鼻の焔をや招かんずらんと申す。問うて云く何なるすがた並に語を以てか
法華経を世間にいゐうとむる者には侍るや・よにおそろしくこそおぼえ候へ、答えて云く始めに智者の申され候と御物語候いつるこそ法華経をいゐうとむる悪知識の語にて侍れ、末代に法華経を失うべき者は心には一代聖教を知りたりと思いて而も心には権実二経を弁へず身に

20 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/04(土) 06:55:52.23 ID:4NY+d+Pg
は三衣一鉢を帯し或は阿練若に身をかくし或は世間の人にいみじき智者と思はれて而も法華経をよくよく知る由を人に知られなんとして世間の道俗には三明六通の阿羅漢の如く貴ばれて法華経を失うべしと見えて候。問うて云く其の証拠如何、答えて云く法華経勧持品に云く
「諸の無智の人悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん我等皆当に忍ぶべし」文妙楽大師此の文の心を釈して云く「初めの一行は通じて邪人を明す、即ち俗衆なり」文文の心は此の一行は在家の俗男俗女が権教の比丘等にかたらはれて敵をすべしとなり、経に云く「悪世の中の
比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為得たりと謂い我慢の心充満せん」文・妙楽大師此の文の心を釈して云く「次の一行は道門増上慢の者を明す」文・文の心は悪世末法の権教の諸の比丘我れ法を得たりと慢じて法華経を行ずるものの敵となるべしといふ事なり、経に云く


21 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/04(土) 06:56:29.70 ID:4NY+d+Pg
或は阿練若に納衣にして空閑に在つて自ら真の道を行ずと謂いて人間を軽賤する者有らん利養に貪著するが故に白衣の与に法を説き世に恭敬せらるる事六通の羅漢の如くならん是の人悪心を懐き常に世俗の事を念い名を阿練若に仮りて好んで我等が過を出さん而も是くの如き
言を作さん此の諸の比丘等は利養を貪るを為つての故に外道の論義を説き自ら此の経典を作りて世間の人を誑惑す名聞を求むるを為つての故に分別して是の経を説くと、常に大衆の中に在りて我等を毀らんと欲するが故に国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗
して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂わん」已上妙楽大師此の文を釈して云く「三に七行は僣聖増上慢の者を明す」文経並に釈の心は悪世の中に多くの比丘有つて身には三衣一鉢を帯し阿練若に居して行儀は大迦葉等の三明六通の羅漢のごとく在家の諸人に
あふがれて一言を吐けば如来の金言のごとくをもはれて法華経を行ずる人をいゐやぶらんがために国王大臣等に向ひ奉つて此の人

22 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/04(土) 08:07:17.25 ID:a9R29wQj
今日から通常営業の店が多いですね

23 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/04(土) 11:27:36.36 ID:JEUnmjRh
うどん市場

24 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/04(土) 21:37:52.55 ID:4lT+uwe4
なかにしうどん、混んどった。

25 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 07:21:15.71 ID:8hujOTFR
載せられざるか如何、其の上天台妙楽の釈の心は他の人師ありて法華経の乃至童子戯・一偈・一句・五十展転の者を爾前の諸経のごとく上聖の行儀と釈せられたるをば謗法の者と定め給へり、然るに我が釈を作る時機を高く取りて末代造悪の凡夫を迷はし給わんは自語相違にあ
らずや故に妙楽大師五十展転の人を釈して云く「恐らくは人謬りて解せる者初心の功徳の大なる事を測らず而して功を上位に推り此の初心を蔑る故に今彼の行浅く功深き事を示して以て経力を顕わす」文・文の心は謬つて法華経を説かん人の此の経は利智精進・上根上智の人の

26 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 07:21:46.76 ID:8hujOTFR
ためといはん事を仏をそれて下根下智末代の無智の者のわづかに浅き随喜の功徳を四十余年の諸経の大人上聖の功徳に勝れたる事を顕わさんとして五十展転の随喜は説かれたり、故に天台の釈には外道小乗権大乗までたくらべ来て法華経の最下の功徳が勝れたる由を釈せり、所
以に阿竭多仙人は十二年が間恒河の水を耳に留め耆兎仙人は一日の中に大海の水をすいほす此くの如き得通の仙人は小乗・阿含経の三賢の浅位の一通もなき凡夫には百千万倍劣れり、三明六通を得たりし小乗の舎利弗・目連等は華厳・方等・般若等の諸大乗経の未断三惑の一通

27 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 07:22:18.00 ID:8hujOTFR
もなき一偈・一句の凡夫には百千万倍劣れり華厳・方等・般若経を習い極めたる等覚の大菩薩は法華経を僅かに結縁をなせる未断三惑・無悪不造の末代の凡夫には百千万倍劣れる由釈の文顕然也、而るを当世の念仏宗等の人我が身の権教の機にて実経を信ぜざる者は方等般若の
時の二乗のごとく自身をはぢしめてあるべき処に敢えて其の義なし、あまつさへ世間の道俗の中に僅かに観音品・自我偈なんどを読み適父母孝養なんどのために一日経等を書く事あればいゐさまたげて云く善導和尚は念仏に法華経をまじうるを雑行と申し百の時は希に一二を得

28 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 07:22:48.58 ID:8hujOTFR
千の時は希に三五を得ん乃至千中無一と仰せられたり、何に況や智慧第一の法然上人は法華経等を行ずる者をば祖父の履或は群賊等にたとへられたりなんどいゐうとめ侍るは是くの如く申す師も弟子も阿鼻の焔をや招かんずらんと申す。問うて云く何なるすがた並に語を以てか
法華経を世間にいゐうとむる者には侍るや・よにおそろしくこそおぼえ候へ、答えて云く始めに智者の申され候と御物語候いつるこそ法華経をいゐうとむる悪知識の語にて侍れ、末代に法華経を失うべき者は心には一代聖教を知りたりと思いて而も心には権実二経を弁へず身に

29 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 07:23:20.85 ID:8hujOTFR
は三衣一鉢を帯し或は阿練若に身をかくし或は世間の人にいみじき智者と思はれて而も法華経をよくよく知る由を人に知られなんとして世間の道俗には三明六通の阿羅漢の如く貴ばれて法華経を失うべしと見えて候。問うて云く其の証拠如何、答えて云く法華経勧持品に云く
「諸の無智の人悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん我等皆当に忍ぶべし」文妙楽大師此の文の心を釈して云く「初めの一行は通じて邪人を明す、即ち俗衆なり」文文の心は此の一行は在家の俗男俗女が権教の比丘等にかたらはれて敵をすべしとなり、経に云く「悪世の中の
比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為得たりと謂い我慢の心充満せん」文・妙楽大師此の文の心を釈して云く「次の一行は道門増上慢の者を明す」文・文の心は悪世末法の権教の諸の比丘我れ法を得たりと慢じて法華経を行ずるものの敵となるべしといふ事なり、経に云く

30 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 07:23:51.72 ID:8hujOTFR
「或は阿練若に納衣にして空閑に在つて自ら真の道を行ずと謂いて人間を軽賤する者有らん利養に貪著するが故に白衣の与に法を説き世に恭敬せらるる事六通の羅漢の如くならん是の人悪心を懐き常に世俗の事を念い名を阿練若に仮りて好んで我等が過を出さん而も是くの如き
言を作さん此の諸の比丘等は利養を貪るを為つての故に外道の論義を説き自ら此の経典を作りて世間の人を誑惑す名聞を求むるを為つての故に分別して是の経を説くと、常に大衆の中に在りて我等を毀らんと欲するが故に国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗
して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂わん」已上妙楽大師此の文を釈して云く「三に七行は僣聖増上慢の者を明す」文経並に釈の心は悪世の中に多くの比丘有つて身には三衣一鉢を帯し阿練若に居して行儀は大迦葉等の三明六通の羅漢のごとく在家の諸人に
あふがれて一言を吐けば如来の金言のごとくをもはれて法華経を行ずる人をいゐやぶらんがために国王大臣等に向ひ奉つて此の人

31 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 07:57:32.33 ID:s/uiYg6E
>>24
正月早々嬉しい話だ

32 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 10:50:29.23 ID:129EMU8a
うどん市場

33 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 15:26:55.41 ID:wMlpzh4V
あたりやさん、さようなら。

34 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 16:14:55.18 ID:zI1jSG5c
復活はありえんのだろうか。

35 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/05(日) 21:44:07.50 ID:YEJoysj6
腰やったらもういかんわ

36 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/06(月) 05:39:28.91 ID:oOVZqSAS
邪見の者なり法門は邪法なりなんどいゐうとむるなり。上の三人の中に第一の俗衆の毀よりも第二の邪智の比丘の毀は猶しのびがたし又第二の比丘よりも第三の大衣の阿練若の僧は甚し、此の三人は当世の権教を手本とする文字の法師並に諸経論の言語道断の文を信ずる暗禅の
法師並に彼等を信ずる在俗等四十余年の諸経と法華経との権実の文義を弁へざる故に、華厳・方等・般若等の心仏衆生・即心是仏・即往十方西方等の文と法華経の諸法実相・即往十方西方の文と語の同じきを以て義理のかはれるを知らず或は諸経の言語道断・心行所滅の文を見

37 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/06(月) 05:40:03.98 ID:oOVZqSAS
て一代聖教には如来の実事をば宣べられざりけりなんどの邪念をおこす、故に悪鬼・此の三人に入つて末代の諸人を損じ国土をも破るなり故に経文に云く「濁劫悪世の中には多く諸の恐怖有らん悪鬼其の身に入つて我を罵詈し毀辱せん乃至仏の方便随宜所説の法を知らず」文・
文の心は濁悪世の時比丘我が信ずる所の教は仏の方便随宜の法門ともしらずして権実を弁へたる人出来すれば詈り破しなんどすべし、是偏に悪鬼の身に入りたるをしらずと云うなり、されば末代の愚人の恐るべき事は刀杖・虎狼・十悪・五逆等よりも三衣・一鉢を帯せる暗禅の

38 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/06(月) 05:40:37.29 ID:oOVZqSAS
比丘と並に権経の比丘を貴しと見て実経の人をにくまん俗侶等なり。故に涅槃経二十二に云く「悪象等に於ては心に恐怖する事無かれ悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ何を以ての故に是悪象等は唯能く身を壊りて心を破ること能わず悪知識は二倶に壊るが故に乃至悪象の為に殺
されては三趣に至らず悪友の為に殺されては必ず三趣に至らん」文 此文の心を章安大師宣べて云く「諸の悪象等は但是れ悪縁にして人に悪心を生ぜしむる事能わず悪知識は甘談詐媚巧言令色もて人を牽いて悪を作さしむ悪を作すを以ての故に人の善心を破る之を名づけて殺と
為す即ち地獄に堕す」文、文の心は悪知識と申すは甘くかたらひ詐り媚び言を巧にして愚癡の人の心を取つて善心を破るといふ事なり、総じて涅槃経の心は十悪・五逆の者よりも謗法闡提のものをおそるべしと誡めたり闡提の人と申すは法華経・涅槃経を云いうとむる者と見法

39 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/06(月) 05:41:09.30 ID:oOVZqSAS
華経を知り極めたる由をいふに因縁・譬喩をもて釈しよくよく知る由を人にしられて然して後には此の経のいみじき故に末代の機のおろかなる者及ばざる由をのべ強き弓重き鎧かひなき人の用にたたざる由を申せば無智の道俗さもと思いて実には叶うまじき権教に心を移して僅
かに法華経に結縁しぬるをも飜えし又人の法華経を行ずるをも随喜せざる故に師弟倶に謗法の者となる。之れに依つて謗法の衆生国中に充満して適仏事をいとなみ法華経を供養し追善を修するにも念仏等を行ずる謗法の邪師の僧来て法華経は末代の機に叶い難き由を示す、故に
施主も其の説を実と信じてある間訪るる過去の父母夫婦兄弟等は弥地獄の苦を増し孝子は不孝謗法の者となり聴聞の諸人は邪法を随喜し悪魔の眷属となる、日本国中の諸人は仏法を行ずるに似て仏法を行ぜず適・仏法を知る智者は国の人に捨てられ守護の善神は法味をなめざる

40 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/06(月) 05:41:43.00 ID:oOVZqSAS
故に威光を失ひ利生を止此の国をすて他方に去り給い、悪鬼は便りを得て国中に入り替り大地を動かし悪風を興し一天を悩し五穀を損ず故に飢渇出来し人の五根には鬼神入つて精気を奪ふ是を疫病と名く一切の諸人善心無く多分は悪道に堕つることひとへに悪知識の教を信ずる
故なり、仁王経に云く「諸の悪比丘多く名利を求め国王太子王子の前に於て自ら破仏法の因縁破国の因縁を説かん其の王別えずして此の語を信聴し横に法制を作りて仏戒に依らず是れを破仏破国の因縁と為す」文、文の心は末法の諸の悪比丘国王大臣の御前にして国を安穏なら

41 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/06(月) 05:42:19.24 ID:oOVZqSAS
しむる様にして終に国を損じ仏法を弘むる様にして還つて仏法を失うべし、国王大臣此の由を深く知し食さずして此の言を信受する故に国を破り仏教を失うと云う文なり、此の時日月度を失ひ時節もたがひて夏はさむく冬はあたたかに秋は悪風吹き赤き日月出で望朔にあらずし
て日月蝕し或は二つ三つ等の日出来せん大火大風彗星等をこり飢饉疫病等あらんと見えたり、国を損じ人を悪道にをとす者は悪知識に過ぎたる事なきか。問うて云く始めに智者の御物語とて申しつるは所詮後世の事の疑わしき故に善悪を申して承らんためなり、
えたり、当世の念仏者等・

42 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/06(月) 07:15:14.64 ID:dc6D2cRK
一日も早い回復をお祈りしております

43 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/06(月) 09:02:23.73 ID:YXzATN4O
あたりやさんにぶつけた人は、あたりやさんだけじゃなく、あたりやファンにも慰謝料を払ってほしいよね
現金じゃなくて からいやつ でいいからさ 

44 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/06(月) 11:19:20.49 ID:pK2sALvD
うどん市場

45 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 05:44:18.43 ID:ZdkKI8yM
彼の義等は恐ろしき事にあるにこそ侍るなれ一文不通の我等が如くなる者はいかにしてか法華経に信をとり候べき又心ねをば何様に思い定め侍らん、答えて云く此の身の申す事をも一定とおぼしめさるまじきにや其の故はかやうに申すも天
魔波旬・悪鬼等の身に入つて人の善き法門を破りや・すらんとおぼしめされ候はん一切は賢きが智者にて侍るにや。問うて云く若しかやうに疑い候はば我身は愚者にて侍り万の智者の御語をば疑いさて信ずる方も無くして空く一期過し侍る
べきにや、答えて云く仏の遺言に依法不依人と説かせ給いて候へば経の如くに説かざるをば何にいみじき人なりとも御信用あるべからず候か、又依了義経不依不了義経と説かれて候へば愚癡の身にして一代聖教の前後浅深を弁えざらん程
は了義経に付かせ給い候へ、了義経不了義経も多く候阿含小乗経は不了義経・華厳・方等・般若・浄土の観経等は了義経、又四十余年の諸経を法華経に対すれば不了義経・法華経は了義経、涅槃経を法華経に対すれば法華経は了義経・涅
槃経は不了義経、大日経を法華経に対すれば大日経は不了義経・法華経は了義経なり、故に四十余年の諸経並に涅槃経を打ち捨てさせ給いて法華経を師匠と御憑み候へ法華経をば国王・父母・日月・大海・須弥山・天地の如くおぼしめせ、諸経
をば関白・大臣・公卿・乃至万民・衆星・江河・諸山・草木等の如くおぼしめすべし、我等が身は末代造悪の愚者・鈍者・非法器の者、国王は臣下よりも人をたすくる人父母は他人よりも子をあはれむ者日月は衆星より暗を照らす者法華経は機に叶
わずんば況や余経は助け難しとおぼしめせ、又釈迦如来と阿弥陀如来・薬師如来・多宝仏・観音・勢至・普賢・文殊等の一切の諸仏・菩薩は我等が慈悲の父母此の仏菩薩の衆生を教化する慈悲の極理は唯法華経にのみとどまれりとおぼしめせ、諸
経は悪人・愚者・鈍者・女人・根欠等の者を救ふ秘術をば未だ説き顕わさずとおぼしめせ法華経の一切経に勝れ候故は但此の事に侍り、而るを当世の学者・法華経をば一切経に勝れたりと讃めて、而も末代の機に叶わずと申すを皆信ずる
事豈謗法の人に侍らずや、

46 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 05:45:32.60 ID:ZdkKI8yM
只一口におぼしめし切らせ給い候へ所詮法華経の文字を破りさきなんどせんには法華経の心やぶるべからず、又世間の悪業に対して云いうとむるとも人人用ゆべからず只相似たる権経の義理を以て云いうとむるにこそ人はたぼらかさるれとおぼしめすべし。
問うて云く或智者の申され候しは四十余年の諸経と八箇年の法華経とは成仏の方こそ爾前は難行道・法華経は易行道にて候へ、往生の方にては同事にして易行道に侍り法華経を書き読みても十方の浄土・阿弥陀仏の国へも生るべし観経等の諸経に付い
て弥陀の名号を唱えん人も往生を遂ぐべし只機縁の有無に随つて何をも諍ふべからず、但し弥陀の名号は人ごとに行じ易しと思いて日本国中に行じつけたる事なれば法華経等の余行よりも易きにこそと申されしは如何、答えて云く仰せの法門はさも侍る
らん又世間の人も多くは道理と思いたりげに侍り但し身には此の義に不審あり、其の故は前に申せしが如く末代の凡夫は智者と云うともたのみなし世こぞりて上代の智者には及ぶべからざるが故に愚者と申すともいやしむべからず経論の証文顕然ならんには
抑無量義経は法華経を説くが為の序分なり、然るに始め寂滅道場より今の常在霊山の無量義経に至るまで其の年月日数を委く計へ挙げれば四十余年なり、其の間の所説の経を挙るに華厳・阿含・方等・般若なり所談の法門は三乗・五乗・所習の法門なり
行の時節を定むるには宣説菩薩歴劫修行と云ひ随自意随他意を分つには是を随他意と宣べ四十余年の諸経と八箇年の所説との語同じく義替れる事を定めるには文辞一と雖ど義各異るととけり成仏の方は別にして往生の方は一つなるべしともおぼえず華
厳・方等・般若・究竟最上の大乗経・頓悟・漸悟の法門・皆未顕真実と説かれたり此の大部の諸経すら未顕真実なり何に況や浄土の三部経等の往生極楽ばかり未顕真実の内にもれんや其の上・経経ばかりを出すのみにあらず既に年月日数を出すをや、然
れば華厳・方等・般若等の弥陀往生已に未顕真実なる事疑い無し、観経の弥陀往生に限つて豈多留難故の内に入らざらんや、若し随自意の法華経の往生極楽を

47 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 05:46:37.10 ID:ZdkKI8yM
随他意の観経の往生極楽に同じて易行道と定めて而も易行の中に取つても猶観経の念仏往生は易行なりと之を立てられば権実雑乱の失・大謗法たる上一滴の水漸漸に流れて大海となり一塵積つて須弥山となるが如く漸く権経の人も実経にすすまず実経の
人も権経におち権経の人次第に国中に充満せば法華経随喜の心も留り国中に王なきが如く人の神を失えるが如く法華・真言の諸の山寺荒れて諸天善神・竜神等・一切の聖人国を捨てて去らば悪鬼便りを得て乱れ入り悪風吹
いて五穀も成らしめず疫病流行して人民をや亡さんずらん、此の七八年が前までは諸行は永く往生すべからず善導和尚の千中無一と定めさせ給いたる上選択には諸行を抛てよ行ずる者は群賊と見えたりなんど放語を申し立てしが、又此の四五年の後は選
択集の如く人を勧めん者は謗法の罪によつて師檀共に無間地獄に堕つべしと経に見えたりと申す法門出来したりげに有りしを、始めは念仏者こぞりて不思議の思いをなす上念仏を申す者無間地獄に堕つべしと申す悪人外道ありなんどののしり候しが念仏者
・無間地獄に堕つべしと申す語に智慧つきて各選択集を委く披見する程にげにも謗法の書とや見なしけん千中無一の悪義を留めて諸行往生の由を念仏者毎に之を立つ、然りと雖も唯口にのみゆるして心の中は猶本の千中無一の思いなり在家の愚人は
内心の謗法なるをばしらずして諸行往生の口にばかされて念仏者は法華経をば謗ぜざりけるを法華経を謗ずる由を聖道門の人の申されしは僻事なりと思へるにや、一向諸行は千中無一と申す人よりも謗法の心はまさりて候なり失なき由を人に知らせて而
も念仏計りを亦弘めんとたばかるなり偏に天魔の計りごとなり。問うて云く天台宗の中の人の立つる事あり天台大師爾前と法華と相対して爾前を嫌うに二義あり、一には約部四十余年の部と法華経の部と相対して爾前は〓なり法華は妙なりと之を立つ二
には約教・教に〓妙を立て華厳・方等・般若等の円頓速疾の法門をば妙と歎じ華厳・方等・般若等の三乗歴別の修行の法門をば前三教と名づけて〓なりと嫌へり円頓速疾の方をば嫌わず法華経に同じて一味の法門とせりと申すは如何、答えて云く此の事は
不審にもする事侍るらん

48 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 06:01:42.35 ID:1psivmua


49 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 07:10:04.33 ID:uQUtg/I0
うどん市場

50 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 07:31:14.67 ID:+nSaCbRX
>>43
からいやつって?

51 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 20:24:49.06 ID:ZdkKI8yM
然る可しとをぼゆ天台妙楽より已来今に論有る事に侍り天台の三大部六十巻総じて五大部の章疏の中にも約教の時は爾前の円を嫌う文無し、只約部の時ばかり爾前の円を押ふさね
て嫌へり、日本に二義あり園城寺には智証大師の釈より起つて爾前の円を嫌ふと云い山門には嫌はずと云う互に文釈あり倶に料簡あり然れども今に事ゆかず、但し予が流の義には不
審晴れておぼえ候、其の故は天台大師四教を立て給うに四の筋目あり、一には爾前の経に四教を立つ二には法華経と爾前と相対して爾前の円を法華の円に同じて前三教を嫌う事あり、
三には爾前の円をば別教に摂して前三教と嫌ひ法華の円をば純円と立つ四には爾前の円をば法華に同ずれども但法華経の二妙の中の相待妙に同じて絶待妙には同ぜず、此の四の
道理を相対して六十巻をかんがうれば狐疑の冰解けたり一一の証文は且つは秘し且つは繁き故に之を載せず、又法華経の本門にしては爾前の円と迹門の円とを嫌う事不審なき者なり、
爾前の円をば別教に摂して約教の時は前三為〓後一為妙と云うなり此の時は爾前の円は無量義経の歴劫修行の内に入りぬ、又伝教大師の註釈の中に爾前の八教を挙げて四十余年未顕真
実の内に入れ或は前三教をば迂回と立て爾前の円をば直道と云い無量義経をば大直道と云う委細に見る可し。
問うて云く法華経を信ぜん人は本尊並に行儀並に常の所行は何にてか候べき、答えて云く第一に本尊は法華経八巻一巻一品或は題目を書いて本尊と定む可しと法師品並に神力品に見えた
り、又たへたらん人は釈迦如来・多宝仏を書いても造つても法華経の左右に之を立て奉るべし、又たへたらんは十方の諸仏・普賢菩薩等をもつくりかきたてまつるべし、行儀は本尊の御前にし
て必ず坐立行なるべし道場を出でては行住坐臥をえらぶべからず、常の所行は題目を南無妙法蓮華経と唱うべし、たへたらん人は一偈・一句をも読み奉る可し助縁には南無釈迦牟尼仏・多宝
仏・十方諸仏・一切の諸菩薩・二乗・天人・竜神・八部等心に随うべし愚者多き世となれば一念三千の観を先とせず其の志あらん人は必ず習学して之を観ずべし。

52 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 20:26:41.67 ID:ZdkKI8yM
問うて云く只題目計を唱うる功徳如何、答えて云く釈迦如来・法華経をとかんとおぼしめして世に出で・ましまししかども四十余年の程は法華経の御名を秘しおぼしめして御年三十の
比より七十余に至るまで法華経の方便をまうけ七十二にして始めて題目を呼び出させ給へば諸経の題目に是を比ぶべからず、其の上法華経の肝心たる方便・寿量の一念三千・久
遠実成の法門は妙法の二字におさまれり、天台大師・玄義十巻を造り給う第一の巻には略して妙法蓮華経の五字の意を宣べ給う、第二の巻より七の巻に至るまでは又広く妙の一
字を宣べ八の巻より九の巻に至るまでは法蓮華の三字を釈し第十の巻には経の一字を宣べ給へり、経の一字に華厳・阿含・方等・般若・涅槃経を収めたり妙法の二字は玄義の心
は百界千如・心仏衆生の法門なり止観十巻の心は一念三千・百界千如・三千世間・心仏衆生・三無差別と立て給う、一切の諸仏菩薩十界の因果・十方の草木・瓦礫等・妙法の二字にあら
ずと云う事なし、華厳・阿含等の四十余年の経経・小乗経の題目には大乗経の功徳を収めず又大乗経にも往生を説く経の題目には成仏の功徳をおさめず又王にては有れども王中の
王にて無き経も有り仏も又経に随つて他仏の功徳をおさめず平等意趣をもつて他仏自仏とをなじといひ或は法身平等をもて自仏・他仏同じといふ、実には一仏に一切仏の功徳をおさ
めず今法華経は四十余年の諸経を一経に収めて十方世界の三身円満の諸仏をあつめて釈迦一仏の分身の諸仏と談ずる故に一仏・一切仏にして妙法の二字に諸仏皆収まれり、故に妙
法蓮華経の五字を唱うる功徳莫大なり諸仏・諸経の題目は法華経の所開なり妙法は能開なりとしりて法華経の題目を唱うべし。
問うて云く此の法門を承つて又智者に尋ね申し候えば法華経のいみじき事は左右に及ばず候但し器量ならん人は唯我が身計りは然る可し、末代の凡夫に向
つてただちに機をも知らず爾前の教を云いうとめ法華経を行ぜよと申すはとしごろの念仏なんどをば打ち捨て又法華経には未だ功も入れず有にも無にもつかぬようにてあ
らんずらん、又機も知らず法華経を説かせ給はば信ずる者は左右に及ばず若し謗ずる者あらば定めて地獄に堕ち候はんずらん、

53 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 20:28:19.57 ID:ZdkKI8yM
其の上仏も四十余年の間・法華経を説き給はざる事は若但讃仏乗・衆生没在苦の故なりと在世の機すら猶然なり何に況や末代の凡夫をや、されば譬喩品には「仏舎利弗に告げて言わく無智の人の中に此の経を
説くことなかれ」云云此等の道理を申すは如何が候べき、答えて云く智者の御物語と仰せ承り候へば所詮末代の凡夫には機をかがみて説け左右なく説いて人に謗ぜさする事なかれとこそ候なれ、彼人さやうに申さ
れ候はば御返事候べきやうは抑若但讃仏乗・乃至無智人中等の文を出し給はば又一経の内に凡有所見・我深敬汝等等と説いて不軽菩薩の杖木瓦石をもつて・うちはられさせ給いしをば顧みさせ給はざりしは如何と申させ給へ。
問うて云く一経の内に相違の候なる事こそよに得心がたく侍ればくわしく承り候はん、答えて云く方便品等には機をかがみて此の経を説くべしと見え不軽品には謗ずとも唯強いて之を説くべしと見え侍り一経の前後水
火の如し、然るを天台大師会して云く「本已に善有るは釈迦小を以て之を将護し本未だ善有らざるは不軽大を以て之を強毒す」文・文の心は本と善根ありて今生の内に得解すべき者の為には直に法華経を説くべし、
然るに其の中に猶聞いて謗ずべき機あらば暫く権経をもてこしらえて後に法華経を説くべし、本と大の善根もなく今も法華経を信ずべからずなにとなくとも悪道に堕ちぬべき故に但押して法華経を説いて之を謗ぜしめて逆縁
ともなせと会する文なり、此の釈の如きは末代には善無き者は多く善有る者は少し故に悪道に堕ちんこと疑い無し、同くは法華経を強いて説き聞かせて毒鼓の縁と成す可きか然らば法華経を説いて謗縁を結ぶべき時
節なる事諍い無き者をや、又法華経の方便品に五千の上慢あり略開三顕一を聞いて広開三顕一の時仏の御力をもて座をたたしめ給ふ後に涅槃経並に四依の辺にして今生に悟を得せしめ給うと、諸法無行経に
喜根菩薩・勝意比丘に向つて大乗の法門を強いて説ききかせて謗ぜさせしと、此の二の相違をば天台大師会して云く「如来は悲を以ての故に発遣し喜根は慈を以ての故に強説す」文・文の心は仏は悲の故に後の
たのしみをば閣いて当時法華経を謗じて地獄にをちて苦にあうべきを悲み給いて座をたたしめ給いき、

54 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 21:11:11.36 ID:+nSaCbRX
味覚苑穴場だと思う

55 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/07(火) 21:17:50.32 ID:uQUtg/I0
うどん市場

56 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/08(水) 05:48:33.56 ID:LEII4ZC8
譬えば母の子に病あると知れども当時の苦を悲んで左右なく灸を加へざるが如し、喜根菩薩は慈の故に当時の苦をばかへりみず後の楽を思いて強いて之を説き聞かしむ、譬えば父は慈の故に子に病あるを見て当時の苦をかへりみず後
を思ふ故に灸を加うるが如し、又仏在世には仏法華経を秘し給いしかば四十余年の間等覚不退の菩薩名をしらず、其の上寿量品は法華経八箇年の内にも名を秘し給いて最後にきかしめ給いき末代の凡夫には左右なく如何がきかしむべ
きとおぼゆる処を妙楽大師釈して云く「仏世は当機の故に簡ぶ末代は結縁の故に聞かしむ」と釈し給へり文の心は仏在世には仏一期の間多くの人不退の位にのぼりぬべき故に法華経の名義を出して謗ぜしめず機をこしらへて之を説く仏
滅後には当機の衆は少く結縁の衆多きが故に多分に就いて左右なく法華経を説くべしと云う釈なり是体の多くの品あり又末代の師は多くは機を知らず機を知らざらんには強いて但実教を説くべきかされば天台大師の釈に云く「等しく是れ見
ざれば但大を説くに咎無し」文・文の心は機をも知らざれば大を説くに失なしと云う文なり又時の機を見て説法する方もあり皆国中の諸人・権経を信じて実経を謗し強に用いざれば弾呵の心をもて説くべきか時に依つて用否あるべし。
問うて云く唐土の人師の中に一分一向に権大乗に留つて実経に入らざる者はいかなる故か候、答えて云く仏世に出でましまして先ず四十余年の権大乗・小乗の経を説き後には法華経を説いて言わく「若以小乗化・乃至於一人・我則堕慳貪
・此事為不可」文文の心は仏但爾前の経許りを説いて法華経を説き給はずば仏慳貪の失ありと説かれたり、後に属累品にいたりて仏右の御手をのべて三たび諌めをなして三千大千世界の外・八方・四百万億那由佗の国土の諸菩薩の頂を
なでて未来には必ず法華経を説くべし、若し機たへずば余の深法の四十余年の経を説いて機をこしらへて法華経を説くべしと見えたり、後に涅槃経に重ねて此の事を説いて仏滅後に四依の菩薩ありて法を説くに又法の四依あり実経をつい
に弘めずんば天魔としるべきよしを説かれたり故に如来の滅後後の五百年・

57 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/08(水) 05:49:36.46 ID:LEII4ZC8
九百年の間に出で給いし竜樹菩薩・天親菩薩等〓く如来の聖教を弘め給うに天親菩薩は先に小乗の説一切有部の人・倶舎論を造つて阿含十二年の経の心を宣べて一向に大乗の義理を明さ
ず次に十地論・摂大乗論・釈論等を造つて四十余年の権大乗の心を宣べ後に仏性論・法華論等を造りて粗実大乗の義を宣べたり竜樹菩薩亦然なり天台大師・唐土の人師として一代を分つに
大小・権実顕然なり余の人師は僅かに義理を説けども分明ならず又証文たしかならず但し末の論師並に訳者・唐土の人師の中に大小をば分つて大にをいて権実を分たず或は語には分つといへど
も心は権大乗のをもむきを出でず此等は不退諸菩薩・其数如恒沙・亦復不能知とおぼえて候なり。
疑つて云く唐土の人師の中に慈恩大師は十一面観音の化身牙より光を放つ、善導和尚は弥陀の化身口より仏をいだすこの外の人師通を現じ徳をほどこし三昧を発得する人世に多しなんぞ権実二
経を弁へて法華経を詮とせざるや、答えて云く阿竭多仙人外道は十二年の間耳の中に恒河の水をとどむ婆籔仙人は自在天となりて三目を現ず、唐土の道士の中にも張階は霧をいだし鸞巴は雲を
はく第六天の魔王は仏滅後に比丘・比丘尼・優婆塞・優婆夷・阿羅漢・辟支仏の形を現じて四十余年の経を説くべしと見えたり通力をもて智者愚者をばしるべからざるか、唯仏の遺言の如く一向に権
経を弘めて実経をつゐに弘めざる人師は権経に宿習ありて実経に入らざらん者は或は魔にたぼらかされて通を現ずるか、但し法門をもて邪正をただすべし利根と通力とにはよるべからず。
文応元年太歳庚申五月二十八日日 蓮 花 押 鎌倉名越に於て書き畢んぬ

58 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/08(水) 05:50:34.14 ID:LEII4ZC8
/文応元年七月 三十九歳御作 与北条時頼書 於鎌倉旅客来りて嘆いて曰く近年より近日に至るまで天変地夭・飢饉疫癘・遍く天下に満ち広く地上に迸る牛馬巷に斃れ骸骨路に充てり死を招くの輩既に大半に超え悲まざるの族敢て
一人も無し、然る間或は利剣即是の文を専にして西土教主の名を唱え或は衆病悉除の願を持ちて東方如来の経を誦し、或は病即消滅不老不死の詞を仰いで法華真実の妙文を崇め或は七難即滅七福即生の句を信じて百座百講の
儀を調え有るは秘密真言の教に因て五瓶の水を灑ぎ有るは坐禅入定の儀を全して空観の月を澄し、若くは七鬼神の号を書して千門に押し若くは五大力の形を図して万戸に懸け若くは天神地祇を拝して四角四堺の祭祀を企て若くは万
民百姓を哀んで国主・国宰の徳政を行う、然りと雖も唯肝胆を摧くのみにして弥飢疫に逼られ乞客目に溢れ死人眼に満てり、臥せる屍を観と為し並べる尸を橋と作す、観れば夫れ二離璧を合せ五緯珠を連ぬ三宝も世に在し百王未だ窮
まらざるに此の世早く衰え其の法何ぞ廃れたる是れ何なる禍に依り是れ何なる誤に由るや。
主人の曰く独り此の事を愁いて胸臆に憤〓す客来つて共に嘆く屡談話を致さん、夫れ出家して道に入る者は法に依つて仏を期するなり而るに今神術も協わず仏威も験しなし、具に当世の体を覿るに愚にして後生の疑を発す、然れば
則ち円覆を仰いで恨を呑み方載に俯して慮を深くす、倩ら微管を傾け聊か経文を披きたるに世皆正に背き人悉く悪に帰す、故に善神は国を捨てて相去り聖人は所を辞して還りたまわず、是れを以て魔来り鬼来り災起り難起る言わず
んばある可からず恐れずんばある可からず。客の曰く天下の災・国中の難・余独り嘆くのみに非ず衆皆悲む、今蘭室に入つて初めて芳詞を承るに神聖去り辞し

59 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/08(水) 07:13:50.55 ID:k/ncpyZZ
うどん市場

60 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/08(水) 07:46:05.05 ID:hWMfXbnR
今はうどんとそばのしっぽくどちらにするか迷う時期

61 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/08(水) 18:57:37.87 ID:LEII4ZC8
災難並び起るとは何れの経に出でたるや其の証拠を聞かん。主人の曰く其の文繁多にして其の証弘博なり。
金光明経に云く「其の国土に於て此の経有りと雖も未だ甞て流布せしめず捨離の心を生じて聴聞せん事を楽わず亦供養し尊重し讃歎せず四部の衆・持経の人を見て亦復た尊重し乃至供養すること能わず、遂に我れ等及び余の
眷属無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを得ざらしめ甘露の味に背き正法の流を失い威光及以び勢力有ること無からしむ、悪趣を増長し人天を損減し生死の河に墜ちて涅槃の路に乖かん、世尊我等四王並びに諸の眷
属及び薬叉等斯くの如き事を見て其の国土を捨てて擁護の心無けん、但だ我等のみ是の王を捨棄するに非ず必ず無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉く捨去せん、既に捨離し已りなば其の国当に種種の災禍有つて国
位を喪失すべし、一切の人衆皆善心無く唯繋縛殺害瞋諍のみ有つて互に相讒諂し枉げて辜無きに及ばん、疫病流行し彗星数ば出で両日並び現じ薄蝕恒無く黒白の二虹不祥の相を表わし星流れ地動き井の内に声を発し暴雨・悪
風・時節に依らず常に飢饉に遭つて苗実成らず、多く他方の怨賊有つて国内を侵掠し人民諸の苦悩を受け土地所楽の処有ること無けん」已上。
大集経に云く「仏法実に隠没せば鬚髪爪皆長く諸法も亦忘失せん、当の時虚空の中に大なる声あつて地を震い一切皆遍く動かんこと猶水上輪の如くならん・城壁破れ落ち下り屋宇悉く〓れ圻け樹林の根・枝・葉・華葉・菓・薬尽き
ん唯浄居天を除いて欲界の一切処の七味・三精気損減して余り有ること無けん、解脱の諸の善論当の時一切尽きん、所生の華菓の味い希少にして亦美からず、諸有の井泉池・一切尽く枯涸し土地悉く鹹鹵し〓裂して丘〓と
成らん、諸山皆〓燃して天竜雨を降さず苗稼も皆枯死し生ずる者皆死し尽き余草更に生ぜず、土を雨らし皆昏闇に日月も明を現ぜず四方皆亢旱して数ば諸悪瑞を現じ、十不善業の道・貪瞋癡倍増して衆生父母に於ける

62 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/08(水) 18:58:42.18 ID:LEII4ZC8
之を観ること〓鹿の如くならん、衆生及び寿命・色力・威楽減じ人天の楽を遠離し皆悉く悪道に堕せん、是くの如き不善業の悪王・悪比丘我が正法を毀壊し天人の道を損減し、諸天善神・王の衆生を悲愍する者此の濁悪の国を棄てて皆悉く
余方に向わん」已上。仁王経に云く「国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱る賊来つて国を刧かし百姓亡喪し臣・君・太
子・王子・百官共に是非を生ぜん、天地怪異し二十八宿・星道・日月時を失い度を失い多く賊起ること有らん」と、亦云く「我今五眼をもつて明に三世を見るに一切の国王は皆過去の世に五百の仏に侍えるに由つて帝王主と為ることを
得たり、是を為つて一切の聖人羅漢而も為に彼の国土の中に来生して大利益を作さん、若し王の福尽きん時は一切の聖人皆為に捨て去らん、
若し一切の聖人去らん時は七難必ず起らん」已上。薬師経に云く「若し刹帝利・潅頂王等の災難起らん時所謂人衆疾疫の難・他国侵逼の難・自界叛逆の難・星宿変怪の難・日月薄蝕の難・非時風雨の難・過時不雨の難あらん」已上。
仁王経に云く「大王吾が今化する所の百億の須弥・百億の日月・一一の須弥に四天下有り、其の南閻浮提に十六の大国・五百の中国・十千の小国有り其の国土の中に七つの畏る可き難有り一切の国王是を難と為すが故に、云何な
るを難と為す日月度を失い・時節返逆し・或は赤日出で・黒日出で・二三四五の日出で・或は日蝕して光無く・或は日輪一重・二三四五重輪現ずるを一の難と為すなり、二十八宿度を失い金星・彗星・輪星・鬼星・火星・水星・風星・〓星・南
斗・北斗・五鎮の大星・一切の国主星・三公星・百官星・是くの如き諸星各各変現するを二の難と為すなり、大火国を焼き万姓焼尽せん或は鬼火・竜火・天火・山神火・人火・樹木火・賊火あらん是くの如く変怪するを三の難と為すなり
、大水百姓を〓没し・時節返逆して・冬雨ふり・夏雪ふり・冬時に雷電霹?し・六月に氷霜雹を雨らし・赤水・黒水・青水を雨らし土山石山を雨らし沙礫石を雨らす江河逆に流れ山を浮べ石を流す是くの如く変ずる時を四の難と為すなり、

63 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/08(水) 18:59:35.42 ID:LEII4ZC8
大風・万姓を吹殺し国土・山河・樹木・一時に滅没し、非時の大風・黒風・赤風・青風・天風・地風・火風水風あらん是くの如く変ずるを五の難と為すなり、天地・国土・亢陽し炎火洞燃として・百草亢旱し・
五穀登らず・土地赫燃と万姓滅尽せん是くの如く変ずる時を六の難と為すなり、四方の賊来つて国を侵し内外の賊起り、火賊水賊・風賊・鬼賊ありて・百姓荒乱し・刀兵刧起らん・是くの如く怪す
る時を七の難と為すなり」大集経に云く「若し国王有つて無量世に於て施戒慧を修すとも我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば是くの如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失して其の国当に三の
不祥の事有るべし、一には穀貴・二には兵革・三には疫病なり、一切の善神悉く之を捨離せば其の王教令すとも人随従せず常に隣国の侵〓する所と為らん、暴火横に起り悪風雨多く暴水増長して人
民を吹〓し内外の親戚其れ共に謀叛せん、其の王久しからずして当に重病に遇い寿終の後・大地獄の中に生ずべし、乃至王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡守・宰官も亦復た是くの如くならん」已上。
夫れ四経の文朗かなり万人誰か疑わん、而るに盲瞽の輩迷惑の人妄に邪説を信じて正教を弁えず、故に天下世上・諸仏・衆経に於て捨離の心を生じて擁護の志無し、仍て善神聖人国を捨て所を去る、
是を以て悪鬼外道災を成し難を致す。
客色を作して曰く後漢の明帝は金人の夢を悟つて白馬の教を得、上宮太子は守屋の逆を誅して寺塔の構を成す、爾しより来た上一人より下万民に至るまで仏像を崇め経巻を専にす、然れば則ち叡山
・南都・園城・東寺・四海・一州・五畿・七道・仏経は星の如く羅なり堂宇雲の如く布けり、〓子の族は則ち鷲頭の月を観じ鶴勒の流は亦鶏足の風を伝う、誰か一代の教を褊し三宝の跡を廃すと謂んや
若し其の証有らば委しく其の故を聞かん。主人喩して曰く仏閣甍を連ね経蔵軒を並べ僧は竹葦の如く侶は稲麻に似たり崇重年旧り尊貴日に新たなり、

64 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/08(水) 19:36:54.64 ID:hWMfXbnR
うどんとそばのミックスもおいしい

65 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/08(水) 21:29:13.43 ID:k/ncpyZZ
うどん市場

66 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/09(木) 05:40:56.75 ID:IZaXRzHY
但し法師は諂曲にして人倫を迷惑し王臣は不覚にして邪正を弁ずること無し、仁王経に云く「諸の悪比丘多く名利を求め国王・太子・王子の前に於て自ら破仏法の
因縁・破国の因縁を説かん、其の王別えずして此の語を信聴し横に法制を作つて仏戒に依らず是を破仏・破国の因縁と為す」已上。
涅槃経に云く「菩薩悪象等に於ては心に恐怖すること無かれ悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ・悪象の為に殺されては三趣に至らず悪友の為に殺されては必ず三趣に至る」已上。
法華経に云く「悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為れ得たりと謂い我慢の心充満せん、或は阿練若に納衣にして空閑に在り自ら真の道を行ずと謂い
て人間を軽賤する者有らん、利養に貪著するが故に白衣の与めに法を説いて世に恭敬せらるること六通の羅漢の如くならん、乃至常に大衆の中に在つて我等を毀らんと欲
するが故に国王・大臣・婆羅門・居士及び余の比丘衆に向つて誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂わん、濁劫悪世の中には多く諸の恐怖有ら
ん悪鬼其の身に入つて我を罵詈し毀辱せん、濁世の悪比丘は仏の方便・随宜所説の法を知らず悪口して顰蹙し数数・擯出せられん」已上。
涅槃経に云く「我れ涅槃の後・無量百歳・四道の聖人悉く復た涅槃せん、正法滅して後像法の中に於て当に比丘有るべし、持律に似像して少く経を読誦し飲食を貪嗜して其
の身を長養し袈裟を著すと雖も猶猟師の細めに視て徐に行くが如く猫の鼠を伺うが如し、常に是の言を唱えん我羅漢を得たりと外には賢善を現し内には貪嫉を懐く唖法を受
けたる婆羅門等の如し、実には沙門に非ずして沙門の像を現じ邪見熾盛にして正法を誹謗せん」已上。
文に就て世を見るに誠に以て然なり悪侶を誡めずんば豈善事を成さんや。
客猶憤りて曰く、明王は天地に因つて化を成し聖人は理非を察して世を治む、世上の僧侶は天下の帰する所なり、悪侶に於ては明王信ず可からず聖人に非ずんば賢哲
仰ぐ可からず、今賢聖の尊重せるを以て則ち竜象の軽からざるを知んぬ

67 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/09(木) 05:42:00.85 ID:IZaXRzHY
何ぞ妄言を吐いて強ちに誹謗を成し誰人を以て悪比丘と謂うや委細に聞かんと欲す。主人の曰く、後鳥羽院の御宇に法然と云うもの有り選択集を作
る則ち一代の聖教を破し〓く十方の衆生を迷わす、其の選択に云く道綽禅師・聖道浄土の二門を立て聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文、初に聖道
門とは之に就いて二有り乃至之に準じ之を思うに応に密大及以び実大をも存すべし、然れば則ち今の真言・仏心・天台・華厳・三論・法相・地論・摂論・
此等の八家の意正しく此に在るなり、曇鸞法師往生論の注に云く謹んで竜樹菩薩の十住毘婆沙を案ずるに云く菩薩・阿毘跋致を求むるに二種の道有
り一には難行道二には易行道なり、此の中難行道とは即ち是れ聖道門なり易行道とは即ち是れ浄土門なり、浄土宗の学者先ず須らく此の旨を知るべし
設い先より聖道門を学ぶ人なりと雖も若し浄土門に於て其の志有らん者は須らく聖道を棄てて浄土に帰すべし又云く善導和尚・正雑の二行を立て雑行
を捨てて正行に帰するの文、第一に読誦雑行とは上の観経等の往生浄土の経を除いて已外・大小乗・顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と
名く、第三に礼拝雑行とは上の弥陀を礼拝するを除いて已外一切の諸仏菩薩等及び諸の世天等に於て礼拝し恭敬するを悉く礼拝雑行と名く、私に云く
此の文を見るに須く雑を捨てて専を修すべし豈百即百生の専修正行を捨てて堅く千中無一の雑修雑行を執せんや行者能く之を思量せよ、又云く貞元入
蔵録の中に始め大般若経六百巻より法常住経に終るまで顕密の大乗経総じて六百三十七部二千八百八十三巻なり、皆須く読誦大乗の一句に摂すべし
、当に知るべし随他の前には暫く定散の門を開くと雖も随自の後には還て定散の門を閉ず、一たび開いて以後永く閉じざるは唯是れ念仏の一門なりと、又
云く念仏の行者必ず三心を具足す可きの文、観無量寿経に云く同経の疏に云く問うて曰く若し解行の不同・邪雑の人等有つて外邪異見の難を防がん或は
行くこと一分二分にして群賊等喚廻すとは即ち別解・別行・悪見の人等に喩う、私に云く又此の中に一切の別解・別行・異学・異見等と

68 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/09(木) 05:42:44.90 ID:IZaXRzHY
言うは是れ聖道門を指す已上、又最後結句の文に云く「夫れ速かに生死を離れんと欲せば二種の勝法の中に且く聖道門を閣きて選
んで浄土門に入れ、浄土門に入らんと欲せば正雑二行の中に且く諸の雑行を抛ちて選んで応に正行に帰すべし」已上。
之に就いて之を見るに曇鸞・道綽・善導の謬釈を引いて聖道・浄土・難行・易行の旨を建て法華真言惣じて一代の大乗六百三十
七部二千八百八十三巻・一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を以て皆聖道・難行・雑行等に摂して、或は捨て或は閉じ或は閣き或は抛
つ此の四字を以て多く一切を迷わし、剰え三国の聖僧十方の仏弟を以て皆群賊と号し併せて罵詈せしむ、近くは所依の浄土の三部経
の唯除五逆誹謗正法の誓文に背き、遠くは一代五時の肝心たる法華経の第二の「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至其の人命終
つて阿鼻獄に入らん」の誡文に迷う者なり、是に於て代末代に及び人・聖人に非ず各冥衢に容つて並びに直道を忘る悲いかな瞳矇を〓た
ず痛いかな徒に邪信を催す、故に上国王より下土民に至るまで皆経は浄土三部の外の経無く仏は弥陀三尊の外の仏無しと謂えり。
仍つて伝教・義真・慈覚・智証等或は万里の波涛を渉つて渡せし所の聖教或は一朝の山川を廻りて崇むる所の仏像若しくは高山の巓に華
界を建てて以て安置し若しくは深谷の底に蓮宮を起てて以て崇重す、釈迦薬師の光を並ぶるや威を現当に施し虚空地蔵の化を成すや益を
生後に被らしむ、故に国王は郡郷を寄せて以て灯燭を明にし地頭は田園を充てて以て供養に備う。
而るを法然の選択に依つて則ち教主を忘れて西土の仏駄を貴び付属を抛つて東方の如来を閣き唯四巻三部の教典を専にして空しく一代五時
の妙典を抛つ是を以て弥陀の堂に非ざれば皆供仏の志を止め念仏の者に非ざれば早く施僧の懐いを忘る、故に仏閣零落して瓦松の煙老い
僧房荒廃して庭草の露深し、然りと雖も各護惜の心を捨てて

69 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/09(木) 05:55:30.84 ID:ZixcIABU
中華麺とうどんのミックスもおいしい

70 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/09(木) 07:22:01.17 ID:41kxAz0r
うどん市場

71 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/10(金) 05:41:06.95 ID:Zh6FeDm3
並びに建立の思を廃す、是を以て住持の聖僧行いて帰らず守護の善神去つて来ること無し、是れ偏に法然
の選択に依るなり、悲いかな数十年の間百千万の人魔縁に蕩かされて多く仏教に迷えり、傍を好んで正を
忘る善神怒を為さざらんや円を捨てて偏を好む悪鬼便りを得ざらんや、如かず彼の万祈を修せんよりは此の一凶を禁ぜんには。
客殊に色を作して曰く、我が本師釈迦文浄土の三部経を説きたまいて以来、曇鸞法師は四論の講説を捨てて
一向に浄土に帰し、道綽禅師は涅槃の広業を閣きて偏に西方の行を弘め、善導和尚は雑行を抛つて専修を立
て、慧心僧都は諸経の要文を集めて念仏の一行を宗とす、弥陀を貴重すること誠に以て然なり又往生の人其れ
幾ばくぞや、就中法然聖人は幼少にして天台山に昇り十七にして六十巻に渉り並びに八宗を究め具に大意を
得たり、其の外一切の経論・七遍反覆し章疏伝記究め看ざることなく智は日月に斉しく徳は先師に越えたり、然り
と雖も猶出離の趣に迷いて涅槃の旨を弁えず、故に〓く覿悉く鑑み深く思い遠く慮り遂に諸経を抛ちて専ら念仏を
修す、其の上一夢の霊応を蒙り四裔の親疎に弘む、故に或は勢至の化身と号し或は善導の再誕と仰ぐ、然れば則
ち十方の貴賤頭を低れ一朝の男女歩を運ぶ、爾しより来た春秋推移り星霜相積れり、而るに忝くも釈尊
の教を疎にして恣に弥陀の文を譏る何ぞ近年の災を以て聖代の時に課せ強ちに先師を毀り更に
聖人を罵るや、毛を吹いて疵を求め皮を剪つて血を出す昔より今に至るまで此くの如き悪言未だ見ず
惶る可く慎む可し、罪業至つて重し科条争か遁れん対座猶以て恐れ有り杖に携われて則ち帰らんと欲す。
主人咲み止めて曰く辛きことを蓼の葉に習い臭きことを溷厠に忘る善言を聞いて悪言と思い謗者を指して聖人
と謂い正師を疑つて悪侶に擬す、其の迷誠に深く其の罪浅からず、事の起りを聞け委しく其
の趣を談ぜん、釈尊説法の内一代五時の間に先後を立てて権実を弁ず、而るに曇鸞・道
綽・善導既に権に就いて実を忘れ先に依つて後を捨つ

72 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/10(金) 05:41:40.76 ID:Zh6FeDm3
未だ仏教の淵底を探らざる者なり、就中法然は其の流を酌むと雖も其
の源を知らず、所以は何ん大乗経の六百三十七部二千八百八十三
巻・並びに一切の諸仏菩薩及び諸の世天等を以て捨閉閣抛の字を
置いて一切衆生の心を薄んず、是れ偏に私曲の詞を展べて全く仏経の
説を見ず、妄語の至り悪口の科言うても比無し責めても余り有り人皆
其の妄語を信じ悉く彼の選択を貴ぶ、故に浄土の三経を崇めて衆経を抛
ち極楽の一仏を仰いで諸仏を忘る、誠に是れ諸仏諸経の怨敵聖
僧衆人の讎敵なり、此の邪教広く八荒に弘まり周く十方に遍す、
元年勅して章敬寺の鏡霜法師をして諸寺に於て弥陀念仏の教を伝
え令む寺毎に三日巡輪すること絶えず、同二年回鶻国の軍兵等唐
の堺を侵す、同三年河北の節度使忽ち乱を起す、其の後大蕃国更
た命を拒み回鶻国重ねて地を奪う、凡そ兵乱秦項の代に同じく災
火邑里の際に起る、何に況んや武宗大に仏法を破し多く寺塔を滅す
乱を撥ること能わずして遂に以て事有り」已上取意。
此れを以て之を惟うに法然は後鳥羽院の御宇・建仁年中の
者なり、彼の院の御事既に眼前に在り、然れば則ち大唐に例
を残し吾が朝に証を顕す、汝疑うこと莫かれ
汝怪むこと莫かれ唯須く凶を捨てて善に帰し源を塞ぎ根を截べし。

73 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/10(金) 05:42:15.89 ID:Zh6FeDm3
客聊か和ぎて曰く未だ淵底を究めざる
に数ば其の趣を知る但し華洛より柳営に至る
まで釈門に枢〓在り仏家に棟梁在り、
然るに未だ勘状を進らせず上奏に及ば
ず汝賤身を以て輙く莠言を吐く其の義余り有り其の理謂れ無し。
主人の曰く、予少量為りと雖も忝くも大乗
を学す蒼蝿驥尾に附して万里を渡り
碧蘿松頭に懸りて千尋を延ぶ、弟子一
仏の子と生れて諸経の王に事う、何ぞ仏法の
衰微を見て心情の哀惜を起さざらんや。
其の上涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を
壊ぶる者を見て置いて呵責し駈遣し挙
処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり、若し能
く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子・
真の声聞なり」と、余・善比丘の身為らずと雖も「仏法
中怨」の責を遁れんが為に唯大綱を撮つて粗一端を示す。
其の上去る元仁年中に延暦興福の両寺よ
り度度奏聞を経・勅宣・御教書を申し下して
法然の選択の印板を大講堂に取り上げ三世
の仏恩を報ぜんが為に之を焼失せしむ、法然の
墓所に於ては感神院の犬神人に仰
せ付けて破却せしむ其の門弟・隆観・聖光
・成覚・薩生等は遠国に配流せらる、其の後未だ
御勘気を許されず豈未だ勘状を進らせずと云わんや。
客則ち和ぎて曰く、経を下し僧を謗ずること一人には論じ難し、然れども大乗経六
百三十七部二千八百八十三巻並びに一切の諸仏菩薩
及び諸の世天等を以て捨閉閣抛の四字に載す其の詞勿論なり
、其の文顕然なり、此の瑕瑾を守つて其の誹
謗を成せども迷うて言うか覚りて語るか、賢愚弁ぜず是非定め難し、但し災難の起りは選択に因る
由、其の詞を盛に弥よ其の旨を談ず、所詮天下泰平国土安穏は君臣の楽う所土民
の思う所なり、夫れ国は法に依つて昌え法は人に因つて貴し国亡び人滅せば仏を誰か
崇む可き法を誰か信ず可きや、先ず国家を祈りて須く仏法を立つべし若し災を消し難を止むるの術有らば聞かんと欲す。

74 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/10(金) 06:03:11.43 ID:V2Is9IXS
あなどれないはなまるうどん

75 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/10(金) 07:42:48.95 ID:ffuUvhOR
うどん市場

76 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/10(金) 10:55:43.45 ID:NtNp9D/W
山下で3000円のパスタ売ってたらしい

77 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/10(金) 11:46:19.13 ID:0Am7ezoj
31日から四国入りして昨日やっと讃岐うどん食えた。
山下、おがた屋、山越、田て回った。丸亀しか味わったことないから山下うどんのぶっかけがすごく美味しかった。ありがとう香川県。

78 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/10(金) 19:20:30.23 ID:cPqb5CPf
>>76
昨日日テレでやってたらしい。

79 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/10(金) 20:27:24.80 ID:1iWyG1R7
>>78
その話は聞いた。でも、どの山下なん?

80 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/11(土) 17:04:12.88 ID:613Zg9Xj
主人の曰く、余は是れ頑愚にして敢て賢を存せず唯経文に就いて聊か所存を述べん、抑も治術の旨内外の間其の文幾多ぞや具に挙ぐ可きこと
難し、但し仏道に入つて数ば愚案を廻すに謗法の人を禁めて正道の侶を重んぜば国中安穏にして天下泰平ならん。
即ち涅槃経に云く「仏の言く唯だ一人を除いて余の一切に施さば皆讃歎す可し、純陀問うて言く云何なるをか名けて唯除一人と為す、仏の言く此
の経の中に説く所の如きは破戒なり、純陀復た言く、我今未だ解せず唯願くば之を説きたまえ、仏純陀に語つて言く、破戒とは謂く一闡提なり其
の余の在所一切に布施すれば皆讃歎すべく大果報を獲ん、純陀復た問いたてまつる、一闡提とは其の義何ん、仏言わく、純陀若し比丘及び比丘尼・優婆塞
・優婆夷有つて〓悪の言を発し正法を誹謗し是の重業を造つて永く改悔せず心に懺悔無らん、是くの如き等の人を名けて一闡提の道に趣向すと為す、若し四
重を犯し五逆罪を作り自ら定めて是くの如き重事を犯すと知れども而も心に初めより怖畏懺悔無く肯て発露せず彼の正法に於て永く護惜建立の
心無く毀呰・軽賤して言に過咎多からん、是くの如き等の人を亦た一闡提の道に趣向すと名く、唯此くの如き一闡提の輩を除いて其の余に施さば一切讃歎せん」と。
又云く「我れ往昔を念うに閻浮提に於て大国の王と作れり名を仙予と曰いき、大乗経典を愛念し敬重し其の心純善に〓悪嫉〓有ること無し、善
男子我爾の時に於て心に大乗を重んず婆羅門の方等を誹謗するを聞き聞き已つて即時に其の命根を断ず、善男子是の因縁を以て是より已来地
獄に堕せず」と、又云く「如来昔国王と為りて菩薩の道を行ぜし時爾所の婆羅門の命を断絶す」と、又云く「殺に三有り謂く下中上なり、下とは蟻子乃至一切
の畜生なり唯だ菩薩の示現生の者を除く、下殺の因縁を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して具に下の苦を受く、何を以ての故に是の諸の畜生に微善根有り是の
故に殺す者は具に罪報を受く、中殺とは凡夫の人より阿那含に至るまで是を名けて中と為す、

81 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/11(土) 19:05:49.43 ID:W1p9Odto
うどん市場

82 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/11(土) 22:07:47.85 ID:8EH/suOe
>>77
また来てください!

>>79
善通寺の山下

83 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/12(日) 10:45:58.42 ID:OKyvs+ic
昨日から香川入り。ファーストうどんは田村神社の朝市うどん。
今日はうどんバス乗車。
日の出、香の香、小がた屋まわる予定。
明日どうしようかな。

84 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/12(日) 15:40:29.17 ID:UvqPk8pV
是の業因を以て地獄・畜生・餓鬼に堕して具に中の苦を受く・上殺とは父母乃至阿羅漢・辟支仏・畢定の菩薩なり阿鼻大地獄の中に堕す、善男子若し能く一
闡提を殺すこと有らん者は則ち此の三種の殺の中に堕せず、善男子彼の諸の婆羅門等は一切皆是一闡提なり」已上。
仁王経に云く「仏波斯匿王に告げたまわく・是の故に諸の国王に付属して比丘・比丘尼に付属せず何を以ての故に王のごとき威力無ければなり」已上。
涅槃経に云く「今無上の正法を以て諸王・大臣・宰相・及び四部の衆に付属す、正法を毀る者をば大臣四部の衆当に苦治すべし」と。
又云く「仏の言く、迦葉能く正法を護持する因縁を以ての故に是の金剛身を成就することを得たり善男子正法を護持せん者は五戒を受けず威儀を修せず応に
刀剣・弓箭・鉾槊を持すべし」と、又云く「若し五戒を受持せん者有らば名けて大乗の人と為す事を得ず、五戒を受けざれども正法を護るを為て乃ち大乗と名く、正
法を護る者は当に刀剣器仗を執持すべし刀杖を持すと雖も我是等を説きて名けて持戒と曰わん」と。
又云く「善男子・過去の世に此の拘尸那城に於て仏の世に出でたまうこと有りき歓喜増益如来と号したてまつる、仏涅槃の後正法世に住すること無量億歳なり
余の四十年仏法の末、爾の時に一の持戒の比丘有り名を覚徳と曰う、爾の時に多く破戒の比丘有り是の説を作すを聞きて皆悪心を生じ刀杖を執持し是の法師を逼む
、是の時の国王名けて有徳と曰う是の事を聞き已つて護法の為の故に即便ち説法者の所に往至して是の破戒の諸の悪比丘と極めて共に戦闘す、爾の時に
説法者厄害を免ることを得たり王・爾の時に於て身に刀剣鉾槊の瘡を被り体に完き処は芥子の如き許りも無し、爾の時に覚徳尋いで王を讃めて言く、善きかな善きか
な王今真に是れ正法を護る者なり当来の世に此の身当に無量の法器と為るべし、王是の時に於て法を聞くことを得已つて心大に歓喜し

85 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/12(日) 15:41:20.03 ID:UvqPk8pV
尋いで即ち命終して阿〓仏の国に生ず而も彼の仏の為に第一の弟子と作る、其の王の将従・人民・眷属・戦闘有りし者・歓喜有りし者・一切菩提の心を
退せず命終して悉く阿〓仏の国に生ず、覚徳比丘却つて後寿終つて亦阿〓仏の国に往生することを得て彼の仏の為に声聞衆中の第二の弟子と作る、
若し正法尽きんと欲すること有らん時当に是くの如く受持し擁護すべし、迦葉・爾の時の王とは即ち我が身是なり、説法の比丘は迦葉仏是なり、迦葉正
法を護る者は是くの如き等の無量の果報を得ん、是の因縁を以て我今日に於て種種の相を得て以て自ら荘厳し法身不可壊の身を成す、仏迦葉菩薩に告げた
まわく、是の故に法を護らん優婆塞等は応に刀杖を執持して擁護すること是くの如くなるべし、善男子・我涅槃の後濁悪の世に国土荒乱し互に相抄掠し人民飢餓せん
、爾の時に多く飢餓の為の故に発心出家するもの有らん是くの如きの人を名けて禿人と為す、是の禿人の輩正法を護持するを見て駈逐して出さしめ若くは
殺し若くは害せん、是の故に我今持戒の人・諸の白衣の刀杖を持つ者に依つて以て伴侶と為すことを聴す、刀杖を持すと雖も我是等を説いて名けて持戒と
曰わん、刀杖を持すと雖も命を断ずべからず」と。法華経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば即ち一切世間の仏種を断ぜん、乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」已上。
夫れ経文顕然なり私の詞何ぞ加えん、凡そ法華経の如くんば大乗経典を謗ずる者は無量の五逆に勝れたり、故に阿鼻大城に堕して永く出
る期無けん、涅槃経の如くんば設い五逆の供を許すとも謗法の施を許さず、蟻子を殺す者は必ず三悪道に落つ、謗法を禁ずる者は不退の位
登る、所謂覚徳とは是れ迦葉仏なり、有徳とは則ち釈迦文なり。法華涅槃の経教は一代五時の肝心なり其の禁実に重し誰か帰仰せざらんや、而るに謗法の族正道を忘るの人・

86 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/12(日) 15:42:09.58 ID:UvqPk8pV
剰え法然の選択に依つて弥よ愚癡の盲瞽を増す、是を以て或は彼の遺体を忍びて木画の像に露し或は其の妄説を信じて莠言を模に彫り之を海内に弘め之を〓外に翫ぶ、仰ぐ所は則ち其の家風
施す所は則ち其の門弟なり、然る間或は釈迦の手指を切つて弥陀の印相に結び或は東方如来の鴈宇を改めて西土教主の鵝王を居え、或は四百余回の如法経を止めて西方浄土の三部経と
成し或は天台大師の講を停めて善導講と為す、此くの如き群類其れ誠に尽くし難し是破仏に非ずや是破法に非ずや是破僧に非ずや、此の邪義則ち選択に依るなり。
嗟呼悲しいかな、如来誠諦の禁言に背くこと、哀なるかな愚侶迷惑の〓語に随うこと、早く天下の静謐を思わば須く国中の謗法を断つべし。
客の曰く、若し謗法の輩を断じ若し仏禁の違を絶せんには彼の経文の如く斬罪に行う可きか、若し然らば殺害相加つて罪業何んが為んや。
則ち大集経に云く「頭を剃り袈裟を著せば持戒及び毀戒をも、天人彼を供養す可し、則ち我を供養するに為りぬ、是れ我が子なり若し彼を〓打する事有れば則
りぬ、若し彼を罵辱せば則ち我を毀辱するに為りぬ」料り知んぬ善悪を論ぜず是非を択ぶこと無く僧侶為らんに於ては供養を展ぶ可し、何ぞ其の子を打辱して忝く
も其の父を悲哀せしめん、彼の竹杖の目連尊者を害せしや永く無間の底に沈み、提婆達多の蓮華比丘尼を殺せしや久しく阿鼻の焔に咽ぶ、先証斯れ明かな
り後昆最も恐あり、謗法を誡むるには似たれども既に禁言を破る此の事信じ難し如何が意得んや。主人の云く、客明に経文を見て猶斯の言を成す心の及ばざるか理の通ぜざるか、全く仏
子を禁むるには非ず唯偏に謗法を悪むなり、夫れ釈迦の以前仏教は其の罪を斬ると雖も能忍の以後経説は則ち其の施を止む、然れば則ち四海万邦一切の四衆其の悪に施さず皆此の善
に帰せば何なる難か並び起り何なる災か競い来らん。

87 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/12(日) 16:13:42.52 ID:/AxDalGx
>>83
田村神社とはまたいいですな
人は多かったですか?

88 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/12(日) 21:35:08.35 ID:laZ+z0dg
うどん市場

89 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/12(日) 23:25:57.70 ID:UvqPk8pV
客則ち席を避け襟を刷いて曰く、仏教斯く区にして旨趣窮め難く不審多端にして理非明ならず、但し法然聖人の選択現在なり諸仏・諸経・諸菩薩・諸天等を以
て捨閉閣抛と載す、其の文顕然なり、〓れに因つて聖人国を去り善神所を捨てて天下飢渇し世上疫病すと、今主人広く経文を引いて明かに理非を示す、故に
妄執既に飜えり耳目数朗かなり、所詮国土泰平・天下安穏は一人より万民に至るまで好む所なり楽う所なり、早く一闡提の施を止め永く衆僧尼の供を致し・
仏海の白浪を収め法山の緑林を截らば世は羲農の世と成り国は唐虞の国と為らん、然して後法水の浅深を斟酌し仏家の棟梁を崇重せん。
主人悦んで曰く、鳩化して鷹と為り雀変じて蛤と為る、悦しきかな汝蘭室の友に交りて麻畝の性と成る、誠に其の難を顧みて専ら此の言を信ぜば風和らぎ
浪静かにして不日に豊年ならん、但し人の心は時に随つて移り物の性は境に依つて改まる、譬えば猶水中の月の波に動き陳前の軍の剣に靡くがごとし、汝
当座に信ずと雖も後定めて永く忘れん、若し先ず国土を安んじて現当を祈らんと欲せば速に情慮を回らし〓で対治を加えよ、所以は何ん、薬師経の七
難の内五難忽に起り二難猶残れり、所以他国侵逼の難・自界叛逆の難なり、大集経の三災の内二災早く顕れ一災未だ起らず所以兵革の災なり、金光明経
の内の種種の災過一一起ると雖も他方の怨賊国内を侵掠する此の災未だ露れず此の難未だ来らず、仁王経の七難の内六難今盛にして一難
未だ現ぜず所以四方の賊来つて国を侵すの難なり加之国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱ると、今此の文に就いて具さに事の情を案ず
に百鬼早く乱れ万民多く亡ぶ先難是れ明かなり後災何ぞ疑わん・若し残る所の難悪法の科に依つて並び起り競い来らば其の時何んが為んや、
帝王は国家を基として天下を治め人臣は田園を領して世上を保つ、而るに他方の賊来つて其の国を侵逼し自界叛逆して其の地を掠領せば豈驚かざらんや豈騒
がざらんや、国を失い家を滅せば何れの所にか世を遁れん汝須く一身の安堵を思わば先ず四表の静謐を祷らん者か、

90 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/12(日) 23:26:49.35 ID:UvqPk8pV
就中人の世に在るや各後生を恐る、是を以て或は邪教を信じ或は謗法を貴ぶ各是非に迷うことを悪むと雖も而も猶仏
法に帰することを哀しむ、何ぞ同じく信心の力を以て妄りに邪義の詞を宗めんや、若し執心飜らず亦曲意猶存せば早
く有為の郷を辞して必ず無間の獄に堕ちなん、所以は何ん、大集経に云く「若し国王有つて無量世に於て施戒慧を修すとも
我が法の滅せんを見て捨てて擁護せずんば是くの如く種ゆる所の無量の善根悉く皆滅失し、乃至其の王久しからずして当に
重病に遇い寿終の後大地獄に生ずべし・王の如く夫人・太子・大臣・城主・柱師・郡主・宰官も亦復是くの如くならん」と。
仁王経に云く「人仏教を壊らば復た孝子無く六親不和にして天竜も祐けず疾疫悪鬼日に来つて侵害し災怪首尾し連禍縦
横し死して地獄・餓鬼・畜生に入らん、若し出て人と為らば兵奴の果報ならん、響の如く影の如く人の夜書くに火は滅すれど
も字は存するが如く、三界の果報も亦復是くの如し」と。
法華経の第二に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と、同第七の巻不軽品
に云く「千劫阿鼻地獄に於て大苦悩を受く」と、涅槃経に云く「善友を遠離し正法を聞かず悪法に住せば是の因縁の故に沈
没して阿鼻地獄に在つて、受くる所の身形・縦横八万四千由延ならん」と。
広く衆経を披きたるに専ら謗法を重んず、悲いかな皆正法の門を出でて深く邪法の獄に入る、愚なるかな各悪教の綱に
懸つて鎮に謗教の網に纒る、此の朦霧の迷彼の盛焔の底に沈む豈愁えざらんや豈苦まざらんや、汝早く信仰の寸心を改
めて速に実乗の一善に帰せよ、然れば則ち三界は皆仏国なり仏国其れ衰んや十方は悉く宝土なり宝土何ぞ壊れんや、国に衰微無く土
に破壊無んば身は是れ安全・心は是れ禅定ならん、此の詞此の言信ず可く崇む可し。
客の曰く、今生後生誰か慎まざらん誰か和わざらん、此の経文を披いて具に仏語を承るに誹謗の科至つて重く毀法の罪誠に深し、

91 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/12(日) 23:46:25.11 ID:/AxDalGx
うどんバスなんてあるのか

92 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/13(月) 05:57:40.19 ID:7IYr/Akf
我一仏を信じて諸仏を抛ち三部経を仰いで諸経を閣きしは、是れ私曲の思に非ず則ち先達の詞に随いしなり、十方の諸人も亦復是くの如くなるべし、今の
世には性心を労し来生には阿鼻に堕せんこと文明かに理詳かなり疑う可からず、弥よ貴公の慈誨を仰ぎ益愚客の癡心を開けり、速に対治を回して早く
泰平を致し先ず生前を安じて更に没後を扶けん、唯我が信ずるのみに非ず又他の誤りをも誡めんのみ。
立正安国論奥書文応元年太歳庚申之を勘う正嘉より之を始め文応元年に勘え畢る。去ぬる正嘉元年太歳丁巳八月二十三日戌亥の尅の大地震
を見て之を勘う、其の後文応元年太歳庚申七月十六日を以て宿屋禅門に付して故最明寺入道殿に奉れり、其の後文永元年太歳甲子七月五日大明星
の時弥此の災の根源を知る、文応元年太歳庚申より文永五年太歳戊辰後の正月十八日に至るまで九ケ年を経て西方大蒙古国自り我が朝を襲う可きの由
牒之を渡す、又同六年重ねて牒状之を渡す、既に勘文之に叶う、之に準じて之を思うに未来亦然る可きか、此の書は徴有る文なり是れ偏に日蓮が力に
非ず法華経の真文の感応の至す所か。文永六年太歳己巳十二月八日之を写す安国論御勘由来正嘉元年太歳丁巳八月廿三日戌亥の時前代に超え大
に地振す、同二年戊午八月一日大風・同三年己未大飢饉・正元元年己未大疫病同二年庚申四季に亘つて大疫已まず万民既に大半に超えて死を招き
了んぬ、而る間国主之に驚き内外典に仰せ付けて種種の御祈祷有り、爾りと雖も一分の験も無く還つて飢疫等を増長す。
日蓮世間の体を見て粗一切経を勘うるに御祈請験無く還つて凶悪を増長するの由道理文証之を得了んぬ、終に止むこと無く勘文一通を造り作して其の名
を立正安国論と号す、文応元年庚申七月十六日辰時屋戸野入道に付けて

93 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/13(月) 06:02:27.69 ID:IFDkFLob
うどんタクシーは知ってる

94 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/13(月) 09:04:39.86 ID:FKq0TU9p
>>91
あるよ。巡るうどん屋で何コースがあった。

95 :83:2014/01/13(月) 10:10:52.26 ID:McQawA+i
田村神社の朝市うどんは近所の人や朝練終わりの中学生軍団が食べてたよ。
神社の世話役みたいなじーちゃん、ばーちゃんが作ってた。

今日も午前中のみのうどんバス参加したけど(\800)、今日は3人(昨日は15人くらいいたような)。
60人乗りのデカいバスにガイド付き。なんかもったいない。
今日は山越→はゆか(予定では田村だが、祝日休みにつき変更)
午後はわら家に山田家だって。

96 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/13(月) 11:52:29.63 ID:03XajAZt
うどん市場

97 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/13(月) 12:45:23.27 ID:IFDkFLob
>>95
ありがとうございます
山田屋も、わら家も他店と雰囲気が違うので楽しめますよ
うどん屋巡りに県外の人連れて行く時は製麺所タイプの周りに何もない店、はゆかみたいなセルフ店、山田屋みたいに景色の綺麗な店とわざといろいろな店を案内します

うどんバスなかなかいいですね

98 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/13(月) 16:40:39.90 ID:McQawA+i
>>97
レスどうも。
ガイドさんによると、うどんバスは香川県から補助金が出てて、それでやってけるそう。
補助金打ち切りになったら廃止だって。
お金倍で、土日祝日のみ開催でいいから続けてほしいわ。
昨日は琴平でね自由時間で割引券使って温泉入れたし。

山越とはゆかは良かった。
小縣屋(おいしいけど、従業員の接客がひどかった)、長田in香の香(たいしたことないのに混み過ぎ)は不満。

99 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/13(月) 20:40:02.29 ID:IFDkFLob
お疲れ様でした
バスは補助が出てるんですか
県民ですけどそれは続けて欲しいですね

小縣屋さんは以前はよく行ったのですが、ちょっと残念ですよね
大根のすりおろし(以前は丸一本だった)は
特徴あるのですがね
長田in香の香さんは釜揚げの店で、麺を事前に茹でておけないので、どうしても混みますね
あそこは出汁を入れてる土瓶の扱いを楽しむところだと思っています(笑)

至らないところもたくさんあると思いますが、懲りずにまた来てくださいね
まだまだいろいろな特徴のあるお店がありますし、素敵なお店もありますから。
お待ちしています!

100 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/13(月) 22:10:30.21 ID:7IYr/Akf
古最明寺入道殿に奏進申し了んぬ此れ偏に国土の恩を報ぜんが為なり、其勘文の意は日本国・天神
七代・地神五代百王百代・人王第卅代欽明天皇の御宇に始めて百済国より仏法此の国に渡り桓武
天皇の御宇に至つて其の中間五十余代・二百六十余年なり、其の間一切経並びに六宗之れ有りと雖も天台
真言の二宗未だ之れ有らず、桓武の御宇に山階寺の行表僧正の御弟子に最澄と云う小僧有り後に伝
教大師と号す、已前に渡る所の六宗並に禅宗之を極むと雖も未だ我が意に叶わず、聖武天皇の御宇に
大唐の鑒真和尚渡す所の天台の章疏・四十余年を経て已後始めて最澄之を披見し粗仏法の玄旨を覚り了ん
ぬ、最澄・天長地久の為に延暦四年叡山を建立す桓武皇帝之を崇め天子本命の道場と号し六宗の御帰依を捨
て一向に天台円宗に帰伏し給う。
同延暦十三年に長岡の京を遷して平安城を建つ、同延暦廿一年正月十九日高雄寺に於て南都七大寺の六宗
の碩学・勤操・長耀等の十四人を召し合せ勝負を決談す、六宗の明匠・一問答にも及ばず口を閉ずること鼻の如し華厳宗の五教・
」法相宗の三時・三論宗の二蔵・三時の所立を破し了んぬ但自宗を破らるるのみに非ず皆謗法の者為ることを知る、同じき
廿九日皇帝勅宣を下して之を詰る、十四人謝表を作つて皇帝に捧げ奉る、其の後代代の皇帝叡山の御帰依は孝子の父母に仕
うるに超え黎民の王威を恐るるに勝れり、或御時は宣明を捧げ或御時は非を以て理に処す等云云、殊に清和天皇は叡山の
恵亮和尚の法威に依つて位に即き帝王の外祖父・九条右丞相は誓状を叡山に捧げ、源の右将軍は清和の末葉なり鎌倉の御成
敗是非を論ぜず叡山に違背す天命恐れ有る者か。
然るに後鳥羽院の御宇・建仁年中に法然・大日とて二人の増上慢の者有り悪鬼其の身に入つて
国中の上下を誑惑し代を挙げて念仏者と成り人毎に禅宗に趣く、存の外に山門の御帰依浅薄なり国中
の法華真言の学者棄て置かれ了んぬ、故に叡山守護の天照太神・正八幡宮・山王七社・国中守護の諸大善神法味を〓わずし
て威光を失い国土を捨て去り了んぬ、悪鬼便りを得て災難を致し結句他国より此の国を破る可き先相勘うる所なり、又其の
後文永元年甲子七月五日

101 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/13(月) 22:11:52.57 ID:7IYr/Akf
彗星東方に出で余光大体一国土に及ぶ、此れ又世始まりてより已来無き所の凶瑞
なり内外典の学者も其の凶瑞の根源を知らず、予弥よ悲歎を増長す、而るに勘文を捧げて
已後九ケ年を経て今年後の正月大蒙古国の国書を見るに日蓮が勘文に相叶うこと宛
かも符契の如し、仏記して云く「我が滅度の後一百余年を経て阿育大王出世し我が舎利
を弘めん」と、周の第四昭王の御宇・大史蘇由が記に云く「一千年の外・声教此の土に被
らしめん」と、聖徳太子の記に云く「我が滅度の後二百余年を経て山城の国に平安城を立
つ可し」と、天台大師の記に云く「我が滅後二百余年の已後東国に生れて我が正法を弘めん」等云
云、皆果して記文の如し。
日蓮正嘉の大地震同じく大風同じく飢饉・正元元年の大疫等を見て記して云く他国より此の国を破
る可き先相なりと、自讃に似たりと雖も若し此の国土を毀壊せば復た仏法の破滅疑い無き者なり。
而るに当世の高僧等謗法の者と同意の者なり復た自宗の玄底を知らざる者なり、定めて勅宣御
教書を給いて此の凶悪を祈請するか、仏神弥よ瞋恚を作し国土を破壊せん事疑い無き者な
り。日蓮復之を対治するの方之を知る叡山を除いて日本国には但一人なり、譬えば日月の二つ
無きが如く聖人肩を並べざるが故なり、若し此の事妄言ならば日蓮が持つ所の法華経守護の十
羅刹の治罰之を蒙らん、但偏に国の為法の為人の為にして身の為に之を申さず、復禅門に対面
を遂ぐ故に之を告ぐ之を用いざれば定めて後悔有る可し、恐恐謹言。
文永五年太歳戊辰四月五日法鑒御房 日蓮 花押安国論別状立正安国論の正本、富木殿に
候、かきて給び候はん、ときどのか、又。五月廿六日 日蓮 花押

102 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/13(月) 22:13:31.61 ID:03XajAZt
うどん市場

103 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/14(火) 05:42:40.60 ID:woS2+ura
/正元元年 三十八歳御作夫れ以んみれば偶十方微塵の三悪の身を脱れて希に閻浮日本の爪上の生を受け亦
閻浮日域・爪上の生を捨てて十方微塵・三悪の身を受けんこと疑い無き者なり、然るに生を捨てて悪趣に堕つ
るの縁・一に非ず或は妻子眷属の哀憐に依り或は殺生悪逆の重業に依り或は国主と成つて民衆の歎きを知らざ
るに依り或は法の邪正を知らざるに依り或は悪師を信ずるに依る、此の中に於ても世間の善悪は眼前に在り愚人も之
を弁うべし仏法の邪正・師の善悪に於ては証果の聖人・尚之を知らず況や末代の凡夫に於ておや。
しかのみならず仏日・西山に隠れ余光・東域を照してより已来・四依の慧灯は日に減じ三蔵の法流は月に濁る実
教に迷える論師は真理の月に雲を副え権経に執する訳者は実経の珠を砕きて権経の石と成す、何に況や震旦の人師
の宗義其の誤り無からんや何に況や日本辺土の末学誤りは多く実は少き者か、随つて其の教を学する人数は竜鱗よりも
多く得道の者は麟角よりも希なり、或は権教に依るが故に或は時機不相応の教に依るが故に或は凡聖の教を弁
えざるが故に或は権実二教を弁えざるが故に或は権教を実教と謂うに依るが故に或は位の高下を知らざ
るが故に、凡夫の習い仏法に就て生死の業を増すこと其の縁・一に非ず。中昔・邪智の上人有つて末代の愚人の
為に一切の宗義を破して選択集一巻を造る、名を鸞・綽・導の三師に仮つて一代を二門に分ち実経を録して権経に入
れ法華真言の直道を閉じて浄土三部の隘路を開く、亦浄土三部の義にも順ぜずして権実の謗法を成し永く
四聖の種を断じて阿鼻の底に沈む可き僻見なり、而るに世人之に順うこと譬えば大風の小樹の枝を吹くが如
く門弟此の人を重んずること天衆の帝釈を敬うに似たり。

104 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/14(火) 05:43:36.40 ID:woS2+ura
此の悪義を破らんが為に亦多くの書有り所謂・浄土決義鈔・弾選択・摧邪輪等なり、此の書を造る人・皆碩徳の名一天に弥ると雖も恐くは未だ選択集謗法の根源を顕わさず故に還つて悪
法の流布を増す、譬えば盛なる旱〓の時に小雨を降せば草木弥枯れ兵者を打つ刻に弱兵を先んずれば強敵倍力を得るが如し。
予此の事を歎く間・一巻の書を造つて選択集謗法の縁起を顕わし名づけて守護国家論と号す、願わくば一切の道俗一時の世事を止めて永劫の善苗を種えよ、今経論を以て
邪正を直す信謗は仏説に任せ敢て自義を存する事無かれ。分ちて七門と為す、一には如来の経教に於て権実二教を定むることを明し、二には正像末の興廃を明し、三には選択集
の謗法の縁起を明し、四には謗法の者を対治すべき証文を出すことを明し、五には善知識並に真実の法には値い難きことを明し、六には法華涅槃に依る行者の用心を明し、七には
問に随つて答うることを明す。大文の第一に如来の経教に於て権実二教を定むることを明すとは此れに於て四有り、一には大部の経の次第を出して流類を摂することを明し、二に
は諸経の浅深を明し、三には大小乗を定むることを明し、四には且らく権を捨てて実に就くべきことを明す。第一に大部の経の次第を出して流類を摂することを明さば、問うて云く仏最
初に何なる経を説きたまうや、答えて云く華厳経なり、問うて云く其の証如何、答えて云く六十華厳経の離世間浄眼品に云く「是の如く我聞く一時・仏・摩竭提国・寂滅
道場に在つて始めて正覚を成ず」と、法華経の序品に放光瑞の時・弥勒菩薩・十方世界の諸仏の五時の次第を見る時文殊師利菩薩に問うて云く、「又
諸仏聖主師子の経典の微妙第一なることを演説し給うに其の声清浄に柔軟の音を出して諸の菩薩を教え給うこと無数億万なることを覩る」亦方便品に仏自ら初成
道の時を説いて云く「我始め道場に坐し樹を観じ亦経行す、乃至・爾の時に諸の梵王及び諸天帝釈・護世四天王及び

105 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/14(火) 05:44:28.58 ID:woS2+ura
大自在天並に余の諸の天衆・眷属百千万・恭敬合掌し礼して我に転法輪を請ずと」此等の説は法華経
に華厳経の時を指す文なり、故に華厳経の第一に云く毘沙門天王略月天子略日天子略釈提桓因略大梵略摩醯首羅等略已上。
涅槃経に華厳経の時を説いて云く「既に成道し已つて梵天勧請すらく唯願わくば如来当に衆生の為に広く甘
露の門を開き給うべし、乃至・梵王復言く世尊・一切衆生に凡そ三種有り所謂・利根・中根・鈍根なり利根は能く受く唯
願わくば為に説き給え、仏言く梵王諦に聴け我今当に一切衆生の為に甘露の門を開くべし」亦三十三に華厳経の時を説
いて云く「十二部経・修多羅の中の微細の義を我先に已に諸の菩薩の為に説くが如し」。此くの如き等の文は皆諸仏・世に
出で給いて一切経の初めには必ず華厳経を説き給いし証文なり。問うて云く無量義経に云く「初めに四諦を説き、乃至・次に
方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説く」此くの如き文は般若経の後に華厳経を説くと相違如何、答えて云く浅深の次第な
るか或は後分の華厳経なるか、法華経の方便品に一代の次第浅深を列ねて云く「余乗有ること無し華厳経なり若は二般若経なり若は三方等経なり」と此の意なり。
問うて云く華厳経の次に何の経を説き給うや、答えて云く阿含経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云
く法華経の序品に華厳経の次の経を説いて云く「若し人・苦に遭うて老病死を厭うには為に涅槃を説く」方便品に云く「即・波羅奈
に趣き、乃至・五比丘の為に説く」涅槃経に華厳経の次の経を定めて云く「即・波羅奈国に於て正法輪を転じて中道を宣説す」此等の経文は華厳経より後に阿含経を説くなり。
問うて云く阿含経の後に何の経を説き給うや、答えて云く方等経なり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く無量義経に云く「初に四諦
を説き乃至・次に方等十二部経を説く」涅槃経に云く「修多羅より方等を出す」問うて云く方等とは天竺の語・此には大乗と云う華厳・般若・法華・涅槃
等は皆方等なり何ぞ独り方等部に限り方等の名を立つるや、答えて云く実には華厳・般若・法華等皆方等なり然りと雖も今方等部に於て別して方等の名を

106 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/14(火) 06:03:07.57 ID:tofVqJuA
久々に羽床うどんに行こう

107 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/14(火) 07:14:27.47 ID:e/5iWp8x
うどん市場

108 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/15(水) 05:40:23.19 ID:/WawujaQ
立つることは私の義に非ず無量義経・涅槃経の文に顕然たり、阿含の証果は一向小乗なり次に大乗を説く方等より已後皆大乗と云うと
雖も大乗の始なるが故に初に従つて方等部を方等と云うなり、例せば十八界の十半は色なりと雖も初に従つて色境の名を立つるが如し。
問うて云く方等部の諸経の後に何の経を説き給うや、答えて云く般若経なり、問うて云く何を以て之を知るや答えて云く涅槃経に云く「方等より般若を出す」
問うて云く般若経の後には何の経を説き給うや、答えて云く無量義経なり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く仁王経に云く「二十九
年中」無量義経に云く「四十余年」問うて云く無量義経には般若経の後に華厳経を列ね涅槃経には般若経の後に涅槃経を列ぬ、今の所立の
次第は般若経の後に無量義経を列ぬる相違如何、答えて云く涅槃経第十四の文を見るに涅槃経已前の諸経を列ねて涅槃経に対して勝劣を論じ而
も法華経を挙げず、第九の巻に於て法華経は涅槃経より已前なりと之を定め給う、法華経の序品を見るに無量義経は法華経の序分なり、無量義
経には般若の次に華厳経を列ぬれども華厳経を初時に遣れば般若経の後は無量義経なり。
問うて云く無量義経の後に何の経を説き給うや、答えて云く法華経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く法華経の序品に
云く「諸の菩薩の為に大乗経の無量義・教菩薩法・仏所護念と名づくるを説き給う、仏此の経を説き已つて結跏趺坐し無量義処三昧に入る」
問うて云く法華経の後に何の経を説き給うや、答えて云く普賢経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く普賢経に云く「卻
て後・三月我当に般涅槃すべし、乃至・如来昔・耆闍崛山及び余の住処に於て已に広く一実の道を分別し今も此の処に於てす」
問うて云く普賢経の後に何の経を説き給うや、答えて云く涅槃経を説き給うなり、問うて云く何を以て之を知

109 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/15(水) 05:41:05.32 ID:/WawujaQ
るや、答えて云く普賢経に云く「卻て後・三月我当に般涅槃すべし」涅槃経三十に云く「如来何が故ぞ二月に涅槃し給うや、亦・如
来は初生・出家・成道・転法輪皆八日を以てす何ぞ仏の涅槃独り十五日なるやと云う」と大部の経大概是くの如し此より已外諸の
大小乗経は次第不定なり、或は阿含経より已後に華厳経を説き法華経より已後に方等般若を説く皆義類を以て之を収めて一処に置くべし。
第二に諸経の浅深を明さば、無量義経に云く「初に四諦を説き阿含次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説き菩薩の歴劫修行を宣
説す」亦云く「四十余年には未だ真実を顕わさず」又云く「無量義経は尊く過上無し」此等の文の如くんば四十余年の諸経は無量義経に劣ること疑い無き者なり。
問うて云く密厳経に云く「一切経の中に勝れたり」大雲経に云く「諸経の転輪聖王なり」金光明経に云く「諸経の中の王なり」
と此等の文を見るに諸大乗経の常の習なり何ぞ一文を瞻て無量義経は四十余年の諸経に勝ると云うや、答えて云く教主釈尊若し諸経
に於て互に勝劣を説かずんば・大小乗の差別・権実の不同有るべからず、若し実に差別無きに互に差別浅深等を説かば諍論の根源・悪業
起罪の因縁なり、爾前の諸経の第一は縁に随つて不定なり或は小乗の諸経に対して第一と或は報身の寿を説くに諸経の第一
なり或は俗諦・真諦・中諦等を説くに第一なりと一切の第一に非ず、今の無量義経の如きは四十余年の諸経に対して第一なり。
問うて云く法華経と無量義経と何れが勝れたるや、答えて云く法華経勝れたり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く
無量義経には未だ二乗作仏と久遠実成とを明さず故に法華経に嫌われて今説の中に入るなり。
問うて云く法華経と涅槃経と何れが勝れたるや、答えて云く法華経勝るるなり、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く
涅槃経に自ら如法華中等と説き更無所作と云う、法華経に当説を指して難信難解と云わざるが故なり。
問うて云く涅槃経の文を見るに涅槃経已前をば皆邪見なりと云う如何、答えて云く法華経は如来出世の本懐な

110 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/15(水) 06:02:57.60 ID:huyv4Pfp
今日は製麺所

111 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/15(水) 07:11:58.32 ID:wu5FQMee
うどん市場

112 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 05:48:30.90 ID:mTJU+V3T
る故に「今者已満足・今正是其時・然善男子我実成仏已来」等と説く、但し諸経の勝劣に於ては仏自ら「
我所説経典無量千万億」なりと挙げ了つて「已説・今説・当説」等と説く時、多宝仏・地より涌現して皆是
真実と定め分身の諸仏は舌相を梵天に付け給う是くの如く諸経と法華経との勝劣を定め了んぬ、
此の外・釈迦一仏の所説なれば先後の諸経に対して法華経の勝劣を論ずべきに非ざるなり、故に涅槃経に諸経
を嫌う中に法華経を入れず法華経は諸経に勝るる由・之を顕わす故なり、但し邪見の文に至つては法華経
を覚知せざる一類の人・涅槃経を聞いて悟を得る故に迦葉童子・自身並に所引を指して涅槃経より已前を邪見等と云うなり経の勝劣を論ずるには非ず。
第三に大小乗を定むることを明さば、問うて云く大小乗の差別如何、答えて云く常途の説の如くんば阿含部の諸
経は小乗なり華厳・方等・般若・法華・涅槃等は大乗なり、或は六界を明すは小乗・十界を明すは大乗なり
、其の外・法華経に対して実義を論ずる時・法華経より外の四十余年の諸大乗経は皆小乗にして法華経は大乗なり。
問うて云く諸宗に亘て我所拠の経を実大乗と謂い余宗所拠の経を権大乗と云うこと常の習いなり末学に於
ては是非定め難し、未だ聞知せず法華経に対して諸大乗経を小乗と称する証文如何、答えて云く宗宗の立義
互に是非を論ず就中末法に於て世間出世に就て非を先とし是を後とす自ら是非を知らず愚者の歎くべき所なり、但し且く
我等が智を以て四十余年の現文を観るに此の言を破する文無ければ人の是非を信用すべからざるなり、其
の上・法華経に対して諸大乗経を小乗と称することは自答を存すべきに非ず、法華経の方便品に云く「仏は自ら大乗に住し給え
り、乃至・自ら無上道大乗平等の法を証しき若し小乗を以て化すること乃至一人に於てせば我即ち慳貪に堕せん、此の事は為て不可なり」
此の文の意は法華経より外の諸経を皆小乗と説けるなり、亦寿量品に云く「小法を楽う」と此等の文は法華経より外の
四十余年の諸経を皆小乗と説けるなり、天台・妙楽の釈に於て四十余年の諸経を小乗なりと釈すとも他師之を許すべからず故に但経文を出すなり。

113 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 05:49:34.50 ID:mTJU+V3T
第四に且らく権経を閣いて実経に就くことを明さば、問うて云く証文如何、答えて云く十の証文有り法華経に云く「但大乗経典を受持することを楽
て乃至余経の一偈をも受けざれ」是一涅槃経に云く「了義経に依つて不了義経に依らざれ」四十余年を不了義経と云う、是二法華経に云
く「此の経は持ち難し若し暫くも持つ者は我即ち歓喜す諸仏も亦然なり是の如き人は諸仏の歎めたもう所なり、是れ則ち勇猛なり是れ則ち精進なり是を
戒を持ち頭陀を行ずる者と名く」末代に於て四十余年の持戒無し、唯法華経を持つを持戒と為す是三涅槃経に云く「乗に緩なる者に於ては乃ち名けて緩と為す戒緩の者
に於ては名けて緩と為さず菩薩摩訶薩・此の大乗に於て心懈慢せずんば是を奉戒と名づく正法を護らんが為に大乗の水を以
て而も自ら澡浴す是の故に菩薩・破戒を現ずと雖も名づけて緩と為さず」此の文は法華経の戒を流通する文なり是四法華経第四に云く「妙法華経・乃至・皆是真
」此の文は多宝の証明なり是五法華経第八普賢菩薩の誓に云く「如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流布せしめて断絶せざらしめん」是六法華経第七に云く「我が滅度の
後・後の五百歳の中に閻浮提に於て断絶せしむること無けん」釈迦如来の誓なり是七法華経第四に多宝並に十方諸仏来集の意趣を説いて云く「法をして久しく住せしめんが故に此に
来至し給えり」是八法華経第七に法華経を行ずる者の住処を説いて云く「如来の滅後に於て応に一心に受持・読・誦・解説・書写して説の如く修行すべし所在の国
土に乃至・若は経巻所住の処若は園の中に於ても若は林の中に於ても若は樹の下に於ても若は僧坊に於ても若は白衣の舎に
ても若は殿堂に在つても若は山谷曠野にても是の中に皆塔を起て供養すべし所以は何ん当に知るべし是の処は即ち是れ道場なり諸仏此に於て阿耨多羅三藐三菩提を得給
う」是九法華経の流通たる涅槃経の第九に云く「我涅槃の後正法未だ滅せず余の八十年・爾時に是の経閻浮提に於て当に広く流布すべし是の時当に諸の悪比丘有るべし是の経を
抄掠して分つて多分と作し能く正法の色香美味を滅す是の諸の悪人復是の如き経典を読誦すと雖も如来深密の要義を滅除して世間荘厳の文を安
置し無義の語を飾り前を抄て後に著け後を抄て前に著け前後を中に著け中を前後に著けん当に知るべし是くの

114 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 06:23:05.76 ID:moIL4m2f
うどんがおいしいっていう意味がわからないと時々聞く
自分もそう思ってたから気持ちはわかるけど、香川に来たらうどんの多様な美味しさがわかる

115 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 08:02:33.27 ID:GaoFc0ff
今回は手のひら大のゲソ天食べられなかったのが残念。
えびの値上がり騒がれてるけど、香川のうどん屋ってえび天置いてないよね。

116 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 08:24:28.53 ID:4ogsiCQB
はなまるにはあるけど

117 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 08:32:29.38 ID:tdOdaxmk
はなまるに行けないのか

118 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 09:49:58.60 ID:usef7r3Z
謂 法華経 登録で完全駆除成功!!

119 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 11:35:03.88 ID:JAiaGCkJ
うどん市場

120 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 18:28:35.87 ID:ttTYl0cc
>>115
エビ天の置いてない店なんて知らんぞ。
セルフでは早めに売り切れている場合はあるけれど。

121 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 19:36:33.61 ID:shZrQewG
変な書き込みのキチガイ、もう来ないでくれるの?
スゲー読みにくくなるから、去ってくれるとありがたいわ。

122 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 22:00:53.60 ID:mTJU+V3T
如き諸の悪比丘は是魔の伴侶なり、乃至・譬えば牧牛女の多く水を乳に加うるが如く諸の悪比丘も亦復是の如し雑るに世語を以てし錯り
て是の経を定む多くの衆生をして正説・正写・正取・尊重・讃歎・供養・恭敬することを得ざらしむ是の悪比丘は利養の為の故に是の経を
広宣流布すること能わず分流すべき所少く言うに足らず彼の牧牛の貧窮の女人展転して乳を売るに乃至糜と成して乳味無きが如し、是の大
乗経典・大涅槃経も亦復是の如く展転薄淡にして気味有ること無し気味無しと雖も猶余経に勝る是れ一千倍なること彼の乳味の諸の苦味に於
て千倍勝ると為すが如し何を以ての故に是の大乗経典・大涅槃経は声聞の経に於て最上首為り」是十。
問うて云く不了義経を捨てて了義経に就くとは、大円覚修多羅了義経・大仏頂如来密因修証了義経是の如き諸大乗経は皆了義経なり依
用と為す可きや、答えて云く了義・不了義は所対に随つて不同なり二乗菩薩等の所説の不了義に対すれば一代の仏説皆了義なり仏説に就
て小乗経は不了義・大乗経は了義なり大乗に就て又四十余年の諸経は不了義経・法華・涅槃・大日経等は了義経なり而るに円覚・大仏頂等の諸経
は小乗及び歴劫修行の不了義経に対すれば了義経なり法華経の如き了義には非ざるなり。
問うて云く華厳・法相・三論等の天台真言より已外の諸宗の高祖・各其の依憑の経経に依つて其の経経の深義を極めたりと欲えり是れ爾
る可しや如何、答えて云く華厳宗の如きは華厳経に依つて諸経を判じて華厳経の方便と為すなり、法相宗の如きは阿含・般若等を卑しめ華厳・法華
・涅槃を以て深密経に同じ同じく中道教と立つると雖も亦法華・涅槃は一類の一乗を説くが故に不了義経なり深密経には五性各別を論ずるが故に了義
経と立つるなり、三論宗の如きは二蔵を立てて一代を摂し大乗に於て浅深を論ぜず而も般若経を以て依憑と為す、此等の諸宗の高祖・
多分は四依の菩薩なるか定めて所存有らん是非に及ばず。
然りと雖も自身の疑を晴らさんが為に且らく人師の異解を閣いて諸宗の依憑の経経を開き見るに華厳経は旧訳
は五十・六十・新訳は八十・四十・其の中に法華涅槃の如く一代聖教を集めて方便と為すの文無し、四乗を説くと雖も其の中の仏乗に於て
十界互具・久遠実成を説かず但し人師に至つては五教を立てて先の四教に諸経を収めて華厳経の方便と為す、法相宗の如きは三時教を
立つる時・法華等を以て深密経に同ずと雖も深密経五巻を開き見るに全く法華等を以て中道の内に入れず。
三論宗の如きは二蔵を立つる時・菩薩蔵に於て華厳法華等を収め般若経に同ずと雖も新古の大般若経を開き見るに全く大般若を以て法華
涅槃に同ずるの文無し華厳は頓教・法華は漸教等とは人師の意楽にして仏説に非ざるなり。
法華経の如きは序分無量義経に慥に四十余年の年限を挙げ華厳・方等・般若等の大部の諸経の題名を呼んで未顕真実と定め正宗の法華経に至
つて一代の勝劣を定むる時・我が所説の経典・無量千万億・已説・今説・当説の金言を吐いて、而も其の中に於て此の法華経は最も難信難解なり
と説き給う時・多宝仏・地より涌出し妙法蓮華経皆是真実と証誠し分身の諸仏十方より悉く一処に集つて舌を梵天に付け給う。
今此の義を以て余推察を加うるに唐土・日本に渡れる所の五千七千余巻の諸経・以外の天竺・竜宮・四王天・過去の七仏等の諸経並に阿難の未結
集の経・十方世界の塵に同ずる諸経の勝劣・浅深・難易・掌中に在り無量千万億の中に豈釈迦如来の所説の諸経を漏らす可けんや已説・今説・
当説の年限に入らざる諸経之れ有るべきや願わくば末代の諸人且らく諸宗の高祖の弱文・無義を閣きて釈迦多宝十方諸仏の強文有義を信ず可し、何に
況や諸宗の末学・偏執を先と為し末代の愚者人師を本と為して経論を抛つ者に依憑すべきや、故に法華の流通たる雙林最後の涅槃経に仏・迦葉童
子菩薩に遺言して言く「法に依つて人に依らざれ義に依つて語に依らざれ智に依つて識に依らざれ了義経に依つて不了義経に依らざれ」と云云。

123 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 22:02:29.86 ID:mTJU+V3T
予世間を見聞するに自宗の人師を以て三昧発得智慧第一と称すれども無徳の凡夫として実経に依つて法門を信ぜしめず不了義の観経等
を以て時機相応の教と称し了義の法華涅槃を閣いて譏つて理深解微の失を付け如来の遺言に背いて「人に依つて法に依らざれ・語に依つ
て義に依らざれ・識に依つて智に依らざれ・不了義経に依つて了義経に依らざれ」と談ずるに非ずや、請い願わくば心有らん人は思惟を加え
よ如来の入滅は既に二千二百余の星霜を送れり文殊・迦葉・阿難・経を結集して已後・四依の菩薩重ねて出世し論を造り経の意を申ぶ末の
論師に至つて漸く誤り出来す亦訳者に於ても梵漢未達の者・権教宿習の人有つて実の経論の義を曲げて権の経論の義を存せり、之に就て亦唐
土の人師・過去の権教の宿習の故に権の経論心に叶う間・実経の義を用いず或は少し自義に違う文有れば理を曲げて会通を構え以て自身の
義に叶わしむ、設い後に道理と念うと雖も或は名利に依り或は檀那の帰依に依つて権宗を捨てて実宗に入らず、世間の道俗亦無智の故に理非
を弁えず但・人に依つて法に依らず設い悪法たりと雖も多人の邪義に随つて一人の実説に依らず、而るに衆生の機多くは流転に随う設い出離
を求むとも亦多分は権経に依る、但恨むらくは悪業の身・善に付け悪に付け生死を離れ難きのみ、然りと雖も今の世の一切の凡夫設い今生を
損すと雖も上に出す所の涅槃経第九の文に依つて且らく法華・涅槃を信ぜよ其の故は世間の浅事すら展転多き時は虚は多く実は少し況や仏法の深
義に於てをや、如来の滅後二千余年の間・仏法に邪義を副え来り万に一も正義無きか一代の聖教多分は誤り有るか、所以に心地観経の法爾無
漏の種子・正法華経の属累の経末・婆沙論の一十六字・摂論の識の八九・法華論と妙法華経との相違・涅槃論の法華煩悩所汚の文・法相宗の定性
無性の不成仏・摂論宗の法華経の一称南無の別時意趣・此等は皆訳者人師の誤りなり、此の外に亦四十余年の経経に於て多くの誤り有るか
設い法華涅槃に於て誤有るも誤無きも四十余年の諸経を捨てて法華涅槃に随う可し其の証上に出し了んぬ況や誤り有る諸経に於て信心を致す者・生死を離るべきや。
大文の第二に正像末に就て仏法の興廃有ることを明すとは、之に就て二有り、一には爾前四十余年の内の諸経と浄土の三部経と末法に於て久
住・不久住を明す、二には法華涅槃と浄土の三部経並に諸経との久住・不久住を明す。
第一に爾前四十余年の内の諸経と浄土の三部経と末法に於て久住・不久住を明すとは、問うて云く如来の教法は大小・浅深・勝劣を論ぜず但時
機に依つて之を行ぜば定めて利益有るべきなり、然るに賢劫・大術・大集等の諸経を見るに仏滅後二千余年已後は仏法皆滅して但・教のみ有つて
行証有るべからず、随つて伝教大師の末法灯明記を開くに我延暦二十年辛巳一千七百五十歳一説なり延暦二十年より已後亦四百五十余歳なり既に末法
に入れり、設い教法有りと雖も行証無けん、然るに於ては仏法を行ずる者・万が一も得道有り難きか、然るに雙観経の「当来の世・経道滅尽せんに我慈悲
哀愍を以て特り此の経を留め止住せんこと百歳ならん其れ衆生の斯の経に値うこと有らん者は意の所願に随つて皆得道す可し」等の文を見るに釈迦
如来一代の聖教皆滅尽の後・唯特り雙観経の念仏のみを留めて衆生を利益す可しと見え了んぬ。
此の意趣に依つて粗浄土家の諸師の釈を勘うるに其の意無きに非ず、道綽禅師は「当今末法は是れ五濁悪世なり唯浄土の一門のみ通入すべき路なり
」と書し、善導和尚は「万年に三宝滅して此の経のみ住すること百年なり」と宣べ、慈恩大師は「末法万年に余経悉く滅し弥陀の一教利物偏に増さ
ん」と定め、日本国の叡山の先徳慧心僧都は一代聖教の要文を集めて末代の指南を教ゆる往生要集の序に云く「夫れ往生極楽の教行は濁世末代の目
足なり道俗貴賤誰か帰せざる者あらん但し顕密の教法は其の文一に非ず事理の業因其の行惟れ多し利智精進の人は未だ難しと為ず予が如き頑魯の者豈敢て
せんや」乃至・次下に云く「就中念仏の教は多く末代経道滅尽の後の濁悪の衆生を利する計りなり」と、総じて諸宗の学者も此の旨を存す可し殊に天
台一宗の学者誰か此の義に背く可けんや如何、答えて云く爾前四十余年の経経は各時機に随つて而も興廃有るが故に多分は浄土の三部経より已前に滅尽

124 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/16(木) 22:43:28.29 ID:JAiaGCkJ
うどん市場

125 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/17(金) 05:46:59.50 ID:2l6BcI7f
有る可きか、諸経に於ては多く三乗現身の得道を説く故に末代に於ては現身得道の者之少きなり十方の往生浄土は多くは末代の機に蒙らしむ、之に就て西方極楽は娑婆隣近なるが故に
最下の浄土なるが故に日輪東に出で西に没するが故に諸経に多く之を勧む、随つて浄土の祖師のみ独り此の義を勧むるのみに非ず天台妙楽等も亦爾前の経に依るの日は且らく此の
筋あり、亦独り人師のみに非ず竜樹・天親も此の意有り、是れ一義なり、亦仁王経等の如きは浄土の三部経より尚久く末法万年の後・八千年住す可しとなり、故に爾前の諸経に於ては一定すべからず。
第二に法華涅槃と浄土の三部経との久住・不久住とを明さば、問うて云く法華・涅槃と浄土の三部経と何れが先に滅すべきや、答えて云く法華涅槃より已前に浄土の三部経は滅す可きな
り、問うて云く何を以て之を知るや、答えて云く無量義経に四十余年の大部の諸経を挙げ了つて「未顕真実」と云う故に雙観経等の「特り此の経を留む」の言は皆方便なり虚妄なり、華厳・方等・般
若・観経等の速疾歴劫の往生成仏は無量義経の実義を以て之を検うるに無量無辺不可思議阿僧祇劫を過ぐれども終に無上菩提を成ずることを得ず、乃至・険き逕を行くに留難多きが故にと云う経なり、往生
成仏倶に別時意趣なり、大集・雙観経等の住滅の先後は皆随宜の一説なり、法華経に来らざる已前は彼の外道の説に同じ、譬えば江河の大海に趣かず民臣の大王に随わざるが如し、身を苦
しめ行を作すとも法華涅槃に至らずんば一分の利益無く有因無果の外道なり、在世滅後倶に教有つて人無く行有つて証無きなり諸木は枯るると雖も松柏は萎まず衆草
は散ると雖も鞠竹は変ぜず法華経も亦復是くの如し釈尊の三説・多宝の証明・諸仏の舌相偏に令法久住に在るが故なり。
問うて云く諸経滅尽の後特り法華経のみ留る可き証文如何、答えて云く法華経の法師品に釈尊自ら流通せしめて云く「我が所説の経典無量千万億已に説き今説き当に説かん而も其の
中に於説き給えるなり、故に次の品に多宝如来は地より涌出し分身の諸仏は十方より一処に来集し釈迦如来は諸仏を御使として八方・四百万億那由佗の世界に充満せる菩薩・二乗・人天・
八部等を責めて多宝如来並に十方の諸仏・涌出来集の意趣は偏に令法久住の為なり、各三説の諸経滅尽の後・慥に未来五濁難信の世界に於て此の経を弘めんとの誓言を立てよと云える時に
二万の菩薩・八十万億那由佗の菩薩・各誓状を立てて云く「我身命を愛せず但無上道を惜む」と、千世界の微塵の菩薩・文殊等皆誓つて云く「我等仏の滅後に於て、乃至・当に広く此の経を説くべ
し」と云云、其の後・仏十喩を挙げ給う、其の第一の喩は川流江河を以て四十余年の諸経に譬え法華経を以て大海に譬う、末代濁悪の無慚無愧の大旱〓の時・四味の川流江河は渇ると雖
も法華経の大海は減少せず等と説き了つて、次下に正しく説いて云く「我滅度の後・後の五百歳の中に広宣流布し閻浮提に於て断絶せしむること無けん」と定め了んぬ。
倩文の次第を案ずるに我滅度後の次の後の字は四十余年の諸経滅尽の後の後の字なり、故に法華経の流通たる涅槃経に云く「応に無上の仏法を以て諸の菩薩に付すべし諸の菩薩は
善能く問答するを以てなり是くの如き法宝は則ち久住することを得・無量千世にも増益熾盛にして衆生を利安すべし」已上此の如き等の文は法華涅槃は無量百歳にも絶ゆ可からざる経なり、此の義
を知らざる世間の学者・大集権門の五五百歳の文を以て此の経に同じ浄土の三部経より已前に滅尽す可しと存ずる立義は一経の先後起尽を忘れたるなり。
問うて云く上に挙ぐる所の曇鸞・道綽・善導・慧心等の諸師は皆法華・真言等の諸経に於て末代不相応の釈を作る之に依つて源空並に所化の弟子・法華・真言等を以て雑行と立て難行道と
疎み、行者をば群賊・悪衆・悪見の人等と罵り、或は祖父が履に類し聖光房の語或は絃歌等にも劣ると云う南無房の語其の意趣を尋ぬれば偏に時機不相応の義を存するが故なり、此等の人
師の釈をば如何に之を会すべきや、答えて云く釈迦如来一代五十年の説教・一仏の金言此の法華経最も為れ難信難解なり」と云云、文の意は一代五十年の已今
当の三説に於て最第一の経なり、八万聖教の中に殊に未来に留めんと欲して

126 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/17(金) 05:49:05.27 ID:2l6BcI7f
に於て権実二教を分ち権経を捨てて実経に入らしむる仏語顕然たり、此に於て若但讃仏乗・衆生
没在苦の道理を恐れ且らく四十二年の権経を説くと雖も若以小乗化・乃至於一人我則堕慳貪の失を脱れんが為に入大乗為本の義を存し本意を遂げ法華経を説き給う。
然るに涅槃経に至つて我滅度せば必ず四依を出して権実二教を弘通せしめんと約束し了んぬ、故に竜樹菩薩は如来の滅後八百年に出世して十住毘婆
沙等の権論を造りて華厳・方等・般若等の意を宣べ大論を造りて般若法華の差別を分ち、天親菩薩は如来の滅後・九百
年に出世して倶舎論を造りて小乗の意を宣べ唯識論を造りて方等部の意を宣べ最後に仏性論を造りて法華涅槃の意を宣べ了教不了教を分ちて敢て仏の遺言に違わ
ず、末の論師並に訳者の時に至つては一向に権経に執するが故に実経を会して権経に入れ権実雑乱の失・出来せり、亦人師の時に至つては各依憑の経を以て本と為すが
故に余経を以て権経と為す是より弥仏意に背く。
而るに浄土の三師に於ては鸞・綽の二師は十住毘婆沙論に依つて難易・聖浄の二道を立つ若し本論に違して法華真言等を以て難易の内に
入れば信用に及ばじ、随つて浄土論註並に安楽集を見るに多分は本論の意に違わず、善導和尚は亦浄土の三部経に依つて弥陀称名等の一行
一願の往生を立つる時・梁・陳・隋・唐の四代の摂論師総じて一代聖教を以て別時意趣と定む、善導和尚の存念に違するが故に摂論師を破する時・彼の人を群賊
等に譬う順次生の功徳を賊するが故に其の所行を難行と称することは必ず万行を以て往生の素懐
を遂ぐる故に此の人を責むる時に千中無一と嫌えり、是の故に善導和尚も雑行の言の中に敢えて法華真言等を入れず。
日本国の源信僧都は亦叡山第十八代の座主・慈慧大師の御弟子なり多くの書を造れることは皆法華を弘めんが為なり、而るに往生要集を造る意は爾前四十余年の諸
経に於て往生・成仏の二義有り成仏の難行に対して往生易行の義を存し往生の業の中に於て菩提心観念の念仏を以て最上と為す、故に大文第十の問答料簡の中・第七の諸行勝劣門
に於ては念仏を以て最勝と為し次下に爾前最勝の念仏を以て法華経の一念信解の功徳に対して勝劣を判ずる時・一念信解の功徳は念仏三昧より勝るる百千万倍なりと定め
給えり、当に知るべし往生要集の意は爾前最上の念仏を以て法華最下の功徳に対して人をして法華経に入らしめんが為に造る所の書なり、故に往生要集の後に一乗要決を造つて自
身の内証を述ぶる時・法華経を以て本意と為すなり。
而るに源空並に所化の衆此の義を知らざるが故に法華真言を以て三師並に源信所破の難聖雑並に往生要集の序の顕密の中に入れて三師並に源信を法華真言の謗法の人と為す
、其の上日本国の一切の道俗を化して法華真言に於て時機不相応の旨を習わしめ在家出家の諸人に於て法華真言の結縁を留む豈仏の記し給う所の「悪世中比丘邪智心
諂曲」の人に非ずや、亦則ち一切世間の仏種を断ずの失を免る可けんや。
其の上・山門・寺門・東寺・天台並に日本国中に法華真言を習う諸人を群賊・悪衆・悪見の人等に譬うる源空が重罪何れの劫にか其の苦果を経尽す可きや、法華経の法
師品に持経者を罵る罪を説いて云く「若し悪人有つて不善の心を以て一劫の中に於て現に仏前に於て常に仏を毀罵せん其の罪尚軽し若し人・一つの悪言を以て在家出家
の法華経を読誦する者を毀〓せん其の罪甚だ重し」已上経文一人の持者を罵る罪すら尚是くの如し況や書を造り日本国の諸人に罵らしむる罪をや、何に況や此の経を千中無一
と定めて法華経を行ずる人に疑を生ぜしむる罪をや、何に況や此の経を捨てて観経等の権経に遷らしむる謗法の罪をや、願わくば一切の源空が所化の四衆頓に選択集の邪法を
捨てて忽に法華経に遷り今度阿鼻の炎を脱れよ。
問うて云く正しく源空が法華経を誹謗する証文如何、答えて云く法華経の第二に云く「若し人信ぜずして斯の経を毀謗せば則一切世間の仏種を断ぜん」経文不信の相貌は
人をして法華経を捨てしむればなり、故に天親菩薩の仏性論の第一に此の文を釈して云く「若し大乗に憎背する者此は是れ一闡提の因なり衆生をして此の法を

127 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/17(金) 06:13:58.89 ID:CVgX90+f
>>121
NGIDにするとどれだけ長くてもあぼーん一行で表示されるから全く問題ない
>>118
みたいにNGワード登録できればさらに手間いらず

それに法華経眺めるのもなかなかよいものですよ
ご利益があると思います
ありがたいお経です

128 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/17(金) 07:37:28.50 ID:i2K+RWXE
うどん市場

129 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/17(金) 21:32:31.87 ID:JCIRRlgw
そういえば、うどんバスに乗車時に、スタンプカード渡された。
午前コース、午後コース、1日コース全部参加して、スタンプ全部押してもらい、
郵送だか乗務員へ手渡しだかすると、抽選でプレゼントがもらえるんだって。
今のところ非常に応募率が悪いから、当選確率100%って言ってたよ。
プレゼント、どっか有名店のうどんなら魅力的だけど、琴電バスのマスコットのストラップとかだと、いらないねー。

130 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/17(金) 23:16:43.19 ID:2l6BcI7f
捨てしむるを為の故に」論文謗法の相貌は此の法を捨てしむるが故なり、選択集は人をして法華経を捨てし
むる書に非ずや閣抛の二字は仏性論の憎背の二字に非ずや、亦法華経誹謗の相貌は四十余年の諸経の如く小善成仏を以て別時意趣と定むる等なり。
故に天台の釈に云く「若し小善成仏を信ぜずんば則世間の仏種を断ずるなり」妙楽重ねて此の義を宣べて云く
「此の経は遍く六道の仏種を開す若し此の経を謗ぜば義・断に当るなり」釈迦多宝十方の諸仏・天親・天台・妙楽の意の如く
んば源空は謗法の者なり所詮選択集の意は人をして法華真言を捨てしめんと定めて書き了んぬ謗法の義疑い無き者なり。
大文の第三に選択集謗法の縁起を出さば、問うて云く何れの証拠を以て源空を謗法の者と称するや、答えて云く選択集の現文を見
るに一代聖教を以て二つに分つ一には聖道・難行・雑行・二には浄土・易行・正行なり、其の中に聖・難・雑と云うは華厳・阿含・方等・般若
・法華・涅槃・大日経等なり取意浄・易・正とは浄土の三部経の称名念仏等なり取意聖・難・雑の失を判ずるには末代の凡夫之
を行ぜば百の時に希に一二を得・千の時に希に三五を得ん或は千が中に一も無し或は群賊・悪衆・邪見・悪見・邪雑の人等と定むるなり、浄・易・正
の得を判ずるには末代の凡夫之を行ぜば十は即十生し百は即百生せん等なり謗法の邪義是なり。
問うて云く一代聖教を聖道・浄土・難行・易行・正行・雑行と分ち其の中に難・聖・雑を以て時機不相応と称すること源空一人の新義に非ず曇鸞
・道綽・善導の三師の義なり、此亦此等の人師の私の案に非ず其の源は竜樹菩薩の十住毘婆沙論より出でたり、若し源空を謗法の者と称せば竜樹
薩並に三師を謗法の者と称するに非ずや、答えて云く竜樹菩薩並に三師の意は法華已前の四十余年の経経に於て難易等の義を存す、而るに源空より已
来竜樹並に三師の難行等の語を借りて法華真言等を以て難・雑等の内に入れぬ、所化の弟子・師の失を知らずして此の邪義を

131 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/17(金) 23:17:22.98 ID:2l6BcI7f
以て正義と存じ此の国に流布せしむるが故に国中の万民悉く法華・真言に於て時機不相応の想を作す、其の上世間を貪る天台
真言の学者世の情に随わんが為に法華真言に於て時機不相応の悪言を吐いて選択集の邪義を扶け、一旦の欲心に依つて釈迦多宝
並に十方諸仏の御評定の「令法久住・於閻浮提広宣流布」の誠言を壊り一切衆生をして三世十方の諸仏の舌を切る罪を得せし
む、偏に是れ悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為得たりと謂い、乃至・悪鬼其の身に入り仏の方便随宜所説の法を知らざる故なり。
問うて云く竜樹菩薩並に三師は法華真言等を以て難・聖・雑の中に入れざりしを源空私に之を入るるとは何を以て之を知るや、答えて
云く遠く余処に証拠を尋ぬ可きに非ず即選択集に之を見たり、問うて云く其の証文如何、答えて云く選択集の第一篇に云く道綽禅師・聖道浄土の二
門を立て而して聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文と約束し了つて、次下に安楽集を引いて私の料簡の段に云く「初に聖道門とは之に就て
二有り・一には大乗・二には小乗なり大乗の中に就て顕密権実等の不同有りと雖も今此の集の意は唯顕大及以び権大を存す故に歴劫迂回の行
に当る之に準じて之を思うに応に密大及以び実大をも存すべし」已上選択集の文なり、此の文の意は道綽禅師の安楽集の意は法華已前の大小乗
経に於て聖道浄土の二門を分つと雖も我私に法華・真言等の実大・密大を以て四十余年の権大乗に同じて聖道門と称す「準之思之」の四字是な
り、此の意に依るが故に亦曇鸞の難易の二道を引く時亦私に法華真言を以て難行道の中に入れ善導和尚の正雑二行を分つ時も亦私
に法華真言を以て雑行の内に入る総じて選択集の十六段に亘つて無量の謗法を作す根源は偏に此の四字より起る誤れるかな畏しきかな。
爰に源空の門弟・師の邪義を救つて云く諸宗の常の習い設い経論の証文無しと雖も義類の同じきを聚めて一処に置く而も選択集の意は
法華真言等を集めて雑行の内に入れ正行に対して之を捨つ偏に経の法体を嫌うに非ず但風勢無き末代の衆生を常没の凡夫と定め此の機に易
行の法を撰ぶ時・称名の念仏を以て其の機に当て易行の法を

132 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/17(金) 23:18:53.81 ID:2l6BcI7f
以て諸教に勝ると立つ権実浅深の勝劣を詮ずるに非ず、雑行と云うも嫌つて雑と云うに非ず雑と云うは不純を雑と云う其
の上諸の経論並に諸師も此の意無きに非ず故に叡山の先徳の往生要集の意偏に是の義なり。
所以に往生要集の序に云く「顕密の教法は其の文一に非ず事理の業因其の行惟れ多し利智精進の人は未だ難し
と為ず予が如き頑魯の者豈敢てせんや是の故に念仏の一門に依る」と云云、此の序の意は慧心先徳も法華真言等を破するに
非ず但偏に我等頑魯の者の機に当つて法華真言は聞き難く行じ難きが故に我身鈍根なるが故なり敢て法体を嫌
うに非ず、其の上序より已外正宗に至るまで十門有り大文第八の門に述べて云く「今念仏を勧むること是れ余の種種の妙行を遮するに非ず只是れ男女・貴賤
・行住坐臥を簡ばず時処諸縁を論ぜず之を修するに難からず乃至・臨終には往生を願求するに其の便宜を得ること念仏には如かず」已
上此等の文を見るに源空の選択集と源信の往生要集と一巻三巻の不同有りと雖も一代聖教の中には易行を撰んで末代の愚人を救わんと欲する意
趣は但同じ事なり、源空上人・法華真言を難行と立てて悪道に堕せば慧心先徳も亦此の失を免るべからず如何、答えて云く汝・師の謗法の失を救わんが
為に事を源信の往生要集に寄せて謗法の上に弥重罪を招く者なり其の故は釈迦如来五十年の説教に総じて先き四十二年の意を無量義
経に定めて云く「険逕を行くに留難多き故に」と無量義経の已後を定めて云く「大直道を行くに留難無きが故に」と仏自ら難易・勝劣の二道を分
ちたまえり、仏より外等覚已下末代の凡師に至るまで自義を以て難易の二道を分ち此の義に背く者は外道魔王の説に同じきか、随つて四依の大士・竜樹
菩薩の十住毘婆沙論には法華已前に於て難易の二道を分ち敢て四十余年已後の経に於て難行の義を存せず、其の上若
し修し易きを以て易行と定めば法華経の五十展転の行は称名念仏より行じ易きこと百千万億倍なり、若し亦勝を以て易行と定め
ば分別功徳品に爾前四十余年の八十万億劫の間の檀・戒・忍・進・念仏三昧等先きの五波羅蜜の功徳を以て法華経の一念信解の功
徳に比するに一念信解の功徳は念仏三昧等の先きの五波羅蜜に勝るる事百千万億倍なり、

133 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/17(金) 23:50:16.03 ID:i2K+RWXE
うどん市場

134 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/18(土) 00:20:35.49 ID:ioBQgcuu
味オンチのクソブロガー共死にさらせ

135 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/18(土) 00:28:05.35 ID:AHlJuO6j
謂 法華経 天台
NG登録で完全駆除できます

136 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/18(土) 08:11:55.34 ID:KcpNeeNb
ことちゃん涙目なお話でした

137 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/18(土) 22:19:20.98 ID:z+2APSoj
難易・勝劣と云い行浅功深と云い観経等の念仏三昧を法華経に比するに難行の中の極難行・劣が中の極劣なり。
其の上悪人愚人を扶くること亦教の浅深に依る阿含十二年の戒門には現身に四重五逆の者に得道を許さず、華厳方等般若雙観経等の諸経は阿含経より教
深き故に勧門の時は重罪の者を摂すと雖も猶戒門の日は七逆の者に現身の受戒を許さず、然りと雖も決定性の二乗・無性の闡提に於て誡勧
共に之を許さず、法華涅槃等には唯五逆七逆謗法の者を摂するのみに非ず亦定性無性をも摂す、就中末法に於ては常没の闡提之多し豈観経等の四十
余年の諸経に於て之を扶く可けんや無性の常没・決定性の二乗は但法華涅槃等に限れり、四十余年の経に依る人師は彼の経の機と取る此
の人は未だ教相を知らざる故なり。
但し往生要集は一往序分を見る時は法華真言等を以て顕密の内に入れて殆ど末代の機に叶わずと書すと雖も文に入つて委細に一部三巻の始末を見るに、第
十の問答料簡の下に正しく諸行の勝劣を定むる時・観仏三昧・般舟三昧・十住毘婆沙論・宝積・大集等の爾前の経論を引いて一切の万行
に対して念仏三昧を以て王三昧と立て了んぬ、最後に一つの問答有り爾前の禅定・念仏三昧を以て法華経の一念信解に対するに百千万億倍劣ると定む、復問
を通ずる時念仏三昧を万行に勝るると云うは爾前の当分なりと云云、当に知るべし慧心の意は往生要集を造つて末代の愚機を調えて法華
経に入れんが為なり、例せば仏の四十余年の経を以て権機を調え法華経に入れ給うが如し。
故に最後に一乗要決を造る其の序に云く「諸宗の権実は古来の諍いなり倶に経論に拠て互いに是非を執す、余寛弘丙午の歳冬十月病中に歎いて云く仏法に
遇うと雖も仏意を了せず若し終に手を空うせば後悔何ぞ追わん、爰に経論の文義・賢哲の章疏或は人をして尋ねしめ或は自ら思択し
全く自宗他宗の偏党を捨つる時・専ら権智実智の深奥を深ぐるに終に一乗は真実の理・五乗は方便の説を得る者なり、既に今生の蒙を開く何ぞ夕死の恨を
残さんや」已上此の序の意は偏に慧心の本意を顕すなり、自宗他宗の偏党を捨つるの時浄土の法門を捨てざらんや一乗は真実の理と得る時専ら法華経に依る
に非ずや、源信僧都は永観二年甲申の冬十一月往生要集を造り寛弘二年丙午の冬十月の比・一乗要決を作る其の中間二十余年な
り権を先にし実を後にする宛も仏の如く亦竜樹・天親・天台等の如し、汝往生要集を便りとして師の謗法の失を救わんと欲すれども敢えて其の義類に似ず義
類の同じきを以て一処に聚むとならば何等の義類同なるや、華厳経の如きは二乗界を隔つるが故に十界互具無し方等・般若の諸経は亦十界
互具を許さず観経等の往生極楽も亦方便の往生なり成仏往生倶に法華経の如き往生に非ず皆別時意趣の往生成仏なり。
其の上源信僧都の意は四威儀に行じ易き故に念仏を以て易行と云い四威儀に行じ難きが故に法華を以て難行と称せば天台・妙楽の釈を破する人なり所以
に妙楽大師の末代の鈍者無智の者等の法華経を行ずるに普賢菩薩並に多宝十方の諸仏を見奉るを易行と定めて云く「散心に法
華を誦し禅三昧に入らず坐立行・一心に法華の文字を念ぜよ」已上此の釈の意趣は末代の愚者を摂せんが為なり散心とは定心に対する語なり誦法華とは八巻
一巻一字一句一偈題目一心一念随喜の者五十展転等なり坐立行とは四威儀を嫌わざるなり一心とは定の一心に非ず理の一心
に非ず散心の中の一心なり念法華文字とは此の経は諸経の文字に似ず一字を誦すと雖も八万宝蔵の文字を含み一切諸仏の功徳を納むるなり天
台大師玄義の八に云く「手に巻を執らざれども常に是の経を読み口に言声無けれども〓く衆典を誦し仏・説法せざれども恒に梵音を聞き心に思惟
せざれども普く法界を照す」已上此の文の意は手に法華経一部八巻を執らざれども是の経を信ずる人は昼夜十二時の持経者なり口に読経の声を出さざれど
も法華経を信ずる者は日日時時念念に一切経を読む者なり。
仏の入滅は既に二千余年を経たり然りと雖も法華経を信ずる者の許に仏の音声を留めて時時・刻刻・念念に我死

138 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/18(土) 22:20:37.79 ID:z+2APSoj
せざる由を聞かしむ心に一念三千を観ぜざれども〓く十方法界を照す者なり此等の徳は偏に法華経を行ずる者に備わるなり、是の故に法華経を信ずる者は設い臨終の時・心
に仏を念ぜず口に経を誦せず道場に入らざれども心無くして法界を照し音無くして一切経を誦し巻軸を取らずして法華経八巻を拳る徳之有り是れ豈権教の念仏者の臨終正
念を期して・十念の念仏を唱えんと欲する者に・百千万倍勝るる易行に非ずや、故に天台大師文句の十に云く「都て諸教に勝るるが故に随喜功徳品と云う」妙楽大師の法華経
は諸経より浅機を取る而るを人師此の義を弁えざる故に法華経の機を深く取る事を破して云く「恐らくは人謬つて解する者初心の功徳の大なることを測らずして功を上位に推り此
の初心を蔑る故に今彼の行は浅く功は深きことを示して以て経力を顕す」已上以顕経力の釈の意趣は法華経は観経等の権経に勝れたるが故に行は浅く功は深し浅機を摂むる故
なり、若し慧心の先徳・法華経を以て念仏より難行と定め愚者頑魯の者を摂せずと云わば恐らくは逆路伽耶陀の罪を招かざらんや、恐人謬解の内に入らざらんや。
総じて天台・妙楽の三大部の本末の意には法華経は諸経に漏れたる愚者・悪人・女人・常没闡提等を摂し給う他師仏意を覚らざる故に法華経を諸経に同じ或は地住の機を取り
或は凡夫に於ても別時意趣の義を存す、此等の邪義を破して人天四悪を以て法華経の機と定む、種類相対を以て過去の善悪を収む人天に生ずる人豈過去の五戒十善無から
んや等と定め了んぬ、若し慧心此の義に背かば豈天台宗を知れる人ならんや、而るを源空深く此の義に迷うが故に往生要集に於て僻見を起し自ら失ち他をも誤る者なり、適宿
善有つて実教に入りながら一切衆生を化して権教に還らしめ剰え実教を破せしむ豈悪師に非ずや、彼の久遠下種・大通結縁の者の如き五百・三千の塵劫を経るが如きは法華の大
教を捨てて爾前の権小に遷るが故に後に権経を捨てて六道を回りぬ不軽軽毀の衆は千劫阿鼻地獄に堕つ、権師を信じ実経を弘むる者に誹謗を作したるが故なり。
而るに源空我が身唯実経を捨てて権経に入るのみに非ず人を勧めて実経を捨てて権経に入らしめ亦権人をして実経に入らしめず剰え実経の行者を罵るの罪永劫にも浮び難からんか。
問うて云く十住毘婆沙論は一代の通論なり難易の二道の内に何ぞ法華・真言・涅槃を入れざるや、答えて云く一代の諸大乗経に於て華厳経の如きは初頓後分有り初頓の華厳
は二乗の成不成を論ぜず方等部の諸経には一向に二乗・無性闡提の成仏を斥う般若部の諸経も之に同じ総じて四十余年の諸大乗経の意は法華・涅槃・大日経等の如くには二
乗・無性の成仏を許さず、此等を以て之を〓うるに爾前法華の相違は水火の如し滅後の論師・竜樹・天親も亦倶に千部の論師なり所造の論に通別の二論有り通論に於ても亦二有
り四十余年の通論と一代五十年の通論となり、其の差別を分つに決定性の二乗・無性闡提の成不成を以て論の権実を定むるなり、而るに大論は竜樹菩薩の造・羅什三蔵の訳
なり此の論にも亦二乗作仏を許さず之を以て知んぬ法華已前の諸大乗経の意を申べたる論なることを。
問うて云く十住毘婆沙論の何処に二乗作仏を許さざるの文出でたるや、答えて云く十住毘婆沙論の第五に云く「若し声聞地及び辟支仏地に堕する是を菩薩の死と名く則ち一切
の利を失す若し地獄に堕すとも是の如き畏れを生ぜじ若し二乗地に堕すれば則ち大怖畏と為す地獄の中に堕すとも畢竟して仏に至ることを得・若し二乗地に堕すれば畢竟し
て仏道を遮す」已上此の文二乗作仏を許さず宛も浄名等の「於仏法中以如敗種」の文の如し。
問うて云く大論は般若経に依つて二乗作仏を許さず法華経に依つて二乗作仏を許すの文如何、答えて云く大論の一百に云く「問うて云く更に何の法か甚深にして般若に勝
れたる者あれば而も般若を以て阿難に属累し余経を以て菩薩に属累するや、答えて云く般若波羅蜜は秘密の法に非ず而るに法華等の諸経は阿羅漢の受決作仏を説く所以に
大菩薩能く受けて持用す譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」と、亦九十三に云く「阿羅漢の成仏は論義者の知る所に非ず唯仏のみ能く了し給う」已上此等
の文を以て之を思うに論師の権実は宛も仏の権実

139 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/18(土) 22:22:22.84 ID:z+2APSoj
の如し而るを権経に依る人師猥りに法華等を以て観経等の権説に同じ法華・涅槃等の義を仮りて浄土三部経の徳と作し決定性の二乗・無性の闡提・常没の往生を
許す権実雑乱の失脱れ難し、例せば外典の儒者・内典を賊みて外典を荘るが如し謗法の失免れ難きか仏自ら権実を分ち給う其の詮を探るに決定性の二乗・無
性有情の成・不成是なり、而るに此の義を弁えざる訳者・爾前の経経を訳する時・二乗の作仏・無性の成仏を許す此の義を知る訳者は爾前の経を訳する時・二乗
の作仏無性の成仏を許さず、之に依つて仏意を覚らざる人師も亦爾前の経に於て決定性・無性の成仏を明すと見て法華と爾前と同じき思いを作し或は爾前の経に
於て決定無性を嫌う文を見・此の義を以て了義経と為し法華・涅槃を以て不了義経と為す共に仏意を覚らず権実二経に迷えり、此等の誤りを出さば但源空一人に限
るのみに非ず天竺の論師並に訳者より唐土の人師に至るまで其の義有り、所謂地論師・摂論師の一代の別時意趣・善導・懐感の法華経の一称南無仏の別時意趣・此
等は皆権実を弁えざるが故に出来する所の誤りなり、論を造る菩薩・経を訳する三蔵・三昧発得の人師猶以て是くの如し况や末代の凡師に於てをや。
問うて云く汝末学の身として何ぞ論師並に訳者人師を破するや、答えて云く敢て此の難を致すこと勿れ摂論師並に善導等の釈は権実二教を弁えずして猥りに法
華経を以て別時意趣と立つ故に天台妙楽の釈と水火を作す間・且らく人師の相違を閣いて経論に付て是非を〓うる時権実の二教は仏説より出でたり天親・竜樹重ねて
之を定む、此の義に順ずる人師をば且らく之を仰ぎ此の義に順ぜざる人師をば且らく之を用いず敢て自義を以て是非を定むるに非ず但相違を出す計りなり。
大文の第四に謗法の者を対治すべき証文を出さば、此れに二有り、一には仏法を以て国王大臣並に四衆に付属することを明し、二には正しく謗法の人・王地に処るを
ば対治す可き証文を明す、第一に仏法を以て国王大臣並に四衆に付属することを明さば、仁王経に云く「仏・波斯匿王に告わく、乃至・是の故に諸の国王に付属して
比丘・比丘尼・清信男・清信女に付属せず何を以ての故に王の威力無きが故に、乃至・此の経の三宝をば諸の国王・四部の弟子に付属す」已上大集経二十八
に云く「若し国王有つて我が法の滅せんことを見て捨てて擁護せずんば無量世に於て施戒慧を修すとも悉く皆滅失し其の国に三種の不祥の事を出さん、乃至・命終
して大地獄に生ぜん」已上仁王経の文の如くならば仏法を以て先ず国王に付属し次に四衆に及ぼす王位に居る君・国を治むる臣は仏法を以て先と為し国を治む可
きなり、大集経の文の如くならば王臣等・仏道の為に無量劫の間・頭目等の施を施し八万の戒行を持ち無量の仏法を学ぶと雖も国に流布する所の法の邪正を直さざれ
ば国中に大風・旱〓・大雨の三災起りて万民を逃脱せしめ王臣定めて三悪に堕せん、又雙林最後の涅槃経の第三に云く「今正法を以て諸王・大臣・宰相・比丘・比丘
尼・優婆塞・優婆夷に付属す、乃至・法を護らざる者をば禿居士と名く」又云く「善男子・正法を護持せん者は五戒を受けず威儀を修せずして応に刀剣・弓箭・鉾槊を持
つべし」又云く「五戒を受けざれども正法を護るを為て乃ち大乗と名く正法を護る者は応に刀剣・器杖を執持すべし」云云四十余年の内にも梵網等の戒の如くならば国王
大臣の諸人等も一切刀杖・弓箭・矛斧闘戦の具を畜うることを得ず、若し此を畜うる者は定めて現身に国王の位・比丘・比丘尼の位を失い後生は三悪道の中に堕つ可しと定め了んぬ。
而るに今の世は道俗を択ばず弓箭・刀杖を帯せり梵網経の文の如くならば必ず三悪道に堕せんこと疑無き者なり、涅槃経の文無くんば如何にしてか之を救わん亦
涅槃経の先後の文の如くならば弓箭・刀杖を帯して悪法の比丘を治し正法の比丘を守護せん者は先世の四重五逆を滅して必ず無上道を証せんと定め給う。
亦金光明経の第六に云く「若し人有つて其の国土に於て此の経有りと雖も未だ嘗て流布せず捨離の心を生じ聴聞せんことを楽わず亦供養し尊重し讃歎せず四部の
衆の持経の人を見て亦復尊重し乃至供養すること能わず、遂に我等及び余の眷属・無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを得ざらしめん甘露の味に背き正法の流れを

140 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/18(土) 23:00:49.54 ID:NU0KK/AD
うどん市場

141 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/18(土) 23:20:05.34 ID:ceIaqZ13
>>115
ゲソ大好き! 次はぜひお試しください
松岡行きたくなってきた
明日は休みだな

142 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 06:38:31.74 ID:YO+hhJ07
失い威光及以び勢力有ること無く悪趣を増長し人天を損減し生死の河に墜ちて涅槃の路に乖かん世尊・我等四王並に諸の眷属及び薬叉等斯くの如き事を見て其の国土を
捨てて擁護の心無からん但我等のみ是の王を捨棄するに非ず亦無量の国土を守護する諸大善神有らんも皆悉く捨去せん既に捨離し已りなば其の国当に種種の災禍
有つて国位を喪失すべし一切の人衆皆善心無けん唯繋縛殺害瞋諍のみ有つて互に相讒諂し枉げて辜無きに及ばん、疫病流行し彗星数数出で両日並び現じ薄蝕恒無く黒白
の二虹不祥の相を表わし星流れ地動き井の内に声を発し暴雨悪風時節に依らず常に飢饉に遭いて苗実も成らず多く他方の怨賊有つて国内を侵掠し人民諸の苦悩を受け土地所楽の処有る事無けん」已上。
此の経文を見るに世間の安穏を祈るとも而も国に三災起らば悪法流布する故なりと知る可し而るに当世は随分国土の安穏を祈ると雖も去る正嘉元年には大地・大に動じ同二
年に大雨大風苗実を失えり定めて国を喪うの悪法此の国に有るかと勘うるなり、選択集の或る段に云く「第一に読誦雑行とは上の観経等の往生浄土の経を除いて已外・大小
顕密の諸経に於て受持読誦する悉く読誦雑行と名く」と書き了つて次に書いて云く「次に二行の得失を判ぜば法華真言等の雑行は失・浄土の三部経は得なり」次下に善導和尚の往生
礼讃の十即十生・百即百生・千中無一の文を書き載せて云く「私に云く此の文を見るに弥よ雑を捨てて専を修すべし豈百即百生の専修正行を捨てて堅く千中無一の雑修雑行を執
せんや行者能く之を思量せよ」已上、此等の文を見るに世間の道俗豈諸経を信ず可けんや、次下に亦書して法華経等の雑行と念仏の正行と勝劣難易を定めて云く「一には勝劣の義・二には難易の
義なり初に勝劣の義とは念仏は是れ勝・余行は是れ劣なり次に難易の義とは念仏は修し易く諸行は修し難し」と、亦次下に法華真言等の失を定めて云く「故に知んぬ諸行は機に非
ず時を失う念仏往生のみ機に当り時を得たり」亦次下に法華・真言等の雑行の門を閉じて云く「随他の前には暫らく定散の門を開くと雖も随自の後には還つて定散の門を閉ず
一度開て以後永く閉じざるは唯・是れ念仏の一門なり」已上最後の述懐に云く「夫れ速に生死を離れんと欲せば二種の勝法の中に且らく聖道門を閣いて撰んで浄土門に入れ浄土門に
入らんと欲せば正雑二行の中に且らく諸の雑行を抛つて撰んで応に正行に帰すべし」已上門弟此の書を伝えて日本六十余州に充満するが故に門人・世間無智の者に語つて云く「上人は智慧
第一の身と為て此の書を造り真実の義と定め法華真言の門を閉じて後に開くの文無く抛つて後に還て取るの文無し」等と立つる間世間の道俗一同に頭を傾け其の義を訪う者には仮字を以て選択
の意を宣べ或は法然上人の物語を書す間・法華真言に於て難を付けて或は去年の暦・祖父の履に譬え或は法華経を読むは管絃より劣ると是くの如き悪書・国中に充満す
るが故に法華真言等国に在りと雖も聴聞せんことを楽わず偶行ずる人有りと雖も尊重を生ぜず一向念仏者・法華経の結縁を作すをば往生の障と成ると云う故に捨離の意を生ず、
此の故に諸天・妙法を聞くことを得ず法味を甞めざれば威光勢力有ること無し四天王並に眷属・此の国を捨て日本国守護の善神捨離し已るが故に、正嘉元年に大地大に震い同二年に
春の大雨苗を失い夏の大旱〓に草木を枯し秋の大風に菓実を失い飢渇忽に起りて万民を逃脱せしむること金光明経の文の如し豈選択集の失に非ずや、仏語虚しからざる故に悪法の流
布有り既に国に三災起れり而も此の悪義を対治せずんば仏の所説の三悪を脱がる可けんや、而るに近年より予「我身命を愛せず但無上道を惜む」の文を瞻る間・雪山常啼の心を起し命を
大乗の流布に替え強言を吐いて云く選択集を信じて後世を願わん人は無間地獄に堕つ可しと、爾時に法然上人の門弟選択集に於て上に出す所の悪義を隠し或は諸行往生を立て或は選択
集に於て法華真言を破らざる由を称し、或は在俗に於て選択集の邪義を知らしめざる為に妄語を構えて云く日蓮は念仏を称うる人は三悪道に堕せんと云うと。
問うて云く法然上人の門弟・諸行往生を立つるに失有りや否や、答えて云く法然上人の門弟と称し諸行往生を立つるは逆路伽耶陀の者なり当世も亦諸行往生の義を
立つ而も内心には一向に念仏往生の義を存し外には諸行不謗の由を聞かしむるなり、

143 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 06:39:54.29 ID:YO+hhJ07
抑此の義を立つる者は選択集の法華真言等に於て失を付け捨閉閣抛・群賊邪見悪見邪雑人・千中無一等の語を見ざるや否や。
第二に正しく謗法人の王地に処るを対治す可き証文を出さば、涅槃経第三に云く「懈怠にして戒を破し正法を毀る者をば王者・大
臣・四部の衆応に苦治すべし善男子是の諸の国王及び四部の衆は当に罪有るべきや不や・不なり・世尊・善男子是の諸の国王及び
四部の衆は尚罪有ること無し」と、又第十二に云く「我往昔を念うに閻浮提に於て大国の王と作り名を仙予と曰いき大乗経典を愛念し敬重
し其の心純善にして麁悪嫉妬慳〓有ること無かりき、乃至善男子我爾の時に於て心に大乗を重んず婆羅門の方等を誹謗する
を聞き・聞き已つて即時に其の命根を断ちき善男子是の因縁を以て是より已来地獄に堕せず」已上。
問うて云く梵網経の文を見るに比丘等の四衆を誹謗するは波羅夷罪なり而るに源空が謗法の失を顕わすは豈阿鼻の業に非ずや、答えて曰
く涅槃経の文に云く「迦葉菩薩・世尊に言さく如来何が故ぞ彼当に阿鼻地獄に堕すべしと記するや、善男子・善星比丘は多く眷属有り皆善星は是れ阿羅漢なり是
れ道果を得つと謂えり我・彼が悪邪の心を壊らんと欲するが故に彼の善星は放逸を以ての故に地獄に堕せりと記す」已上此の文に放逸とは謗法の名なり源空も亦彼の
善星の如く謗法を以ての故に無間に堕すべし所化の衆此の邪義を知らざるが故に源空を以て一切智人と号し或は勢至菩薩或は善導の化身なりと云う彼が悪邪の心を壊らんが為の故に謗法の根源を是我弟子真の声聞なり」已上。
予仏弟子の一分に入らんが為に此の書を造り謗法の失を顕わし世間に流布す願わくば十方の仏陀此の書に於て力を副え大悪法の流布を止め一切衆生の謗法を救わしめたまえ。
大文の第五に善知識並に真実の法に値い難きことを明さば之に付いて三有り、一には受け難き人身値い難き仏法なることを明し、二には受け難き人身を受け
値い難き仏法に値うと雖も悪知識に値うが故に三悪道に堕するを明し、三には正く末代凡夫の為の善知識を明す。
第一に受け難き人身値い難き仏法なることを明さば、涅槃経三十三に云く「爾の時に世尊・地の少土を取つて之を爪上に置き迦葉に告げて言く、是の土多きや十方世界
の地土多きや、迦葉菩薩・仏に白して言く、世尊・爪上の土は十方所有の土に比べず善男子・人有り身を捨てて還つて人身を得・三悪の身を捨てて人身を受くることを得・諸根完く具して中
国に生れ正信を具足して能く道を修習し道を修習し已つて能く正道を修し正道を修し已つて能く解脱を得・解脱を得已つて能く涅槃に入るは爪上の土の如く、人身を捨て已つて三
悪の身を得・三悪の身を捨てて三悪の身を得・諸根具せずして辺地に生じ邪倒の見を信じ邪道を修習し解脱常楽の涅槃を得ざるは十方界の所有の地土の如し」已上経文此の文は多く法門を集
めて一具と為せり人身を捨てて還つて人身を受くるは爪上の土の如し人身を捨てて三悪道に堕るは十方の土の如し三悪の身を捨てて人身を受くるは爪上の土の如く三悪の身を捨てて三悪の身を得る
は十方の土の如し人身を受くるは十方の土の如く人身を受けて六根欠けざるは爪上の土の如し人身を受けて六根を欠けざれども辺地に生ずるは十方の土の如く中国に生ずるは爪上の土の如し中国に生ずるは十方の
土の如く仏法に値うは爪上の土の如し、又云く「一闡提と作らず善根を断ぜず是の如き等の涅槃の経典を信ずるは爪上の土の如し乃至・一闡提と作りて諸の善根を断じ是の経を信ぜざる者は十方界所有の地土の如し」已上経
文顕わす梵網経の説は謗法の者の外の四衆なり仏誡めて云く「謗法の人を見て其の失を顕わさざれば仏弟子に非ず」と、故に涅槃経に云く「我涅槃の後其の方面に随い持戒の比丘有つて威儀具足し正法を護持せば法を壊ぶる者
を見て即ち能く駈遣し呵責し徴治せよ当に知るべし是人は福を得んこと無量にして称計す可からず」亦云く「若し善比丘あつて法を壊る者を見て呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり若し能く駈遣し呵責し挙処せば

144 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 06:41:37.55 ID:YO+hhJ07
此の文の如くんば法華涅槃を信ぜずして一闡提と作るは十方の土の如く法華涅槃を信ずるは爪上の土の如し・此の経文を見て弥感涙押え難し今日本
国の諸人を見聞するに多分は権教を行ず設い身口は実教を行ずと雖も心には亦権教を存ず。
故に天台大師摩訶止観の五に云く「其の癡鈍なる者は毒気深く入つて本心を失う故に既に其れ信ぜざれば則ち手に入らず、乃至・大罪聚の人なり、乃至・設い
世を厭う者も下劣の乗を翫び枝葉に攀付し狗・作務に狎れ〓猴を敬うて帝釈と為し瓦礫を崇んで是れ明珠なりとす此黒闇の人豈道を論ず可けんや」已上、源空
並に所化の衆深く三毒の酒に酔うて大通結縁の本心を失う法華涅槃に於て不信の思を作し一闡提と作り観経等の下劣の乗に依て方便称名の瓦礫を翫び法然房の
〓猴を敬うて智慧第一の帝釈と思い法華涅槃の如意珠を捨てて如来の聖教を褊するは権実二教を弁えざるが故なり。
故に弘決の第一に云く「此の円頓を聞いて崇重せざる者は良に近代大乗を習う者の雑濫に由るが故なり」大乗に於て権実二教を弁えざるを雑濫と云うなり、故に末代に於
て法華経を信ずる者は爪上の土の如く法華経を信ぜずして権教に堕落する者は十方の微塵の如し、故に妙楽歎いて云く「像末は情澆く信心寡薄にして円頓の教法蔵に溢
れ函に満れども暫くも思惟せず便ち瞑目に至る徒に生じ徒に死す一に何ぞ痛しきや」已上此の釈は偏に妙楽大師・権者たるの間遠く日本国の当代を鑒みて記し置く所の未来記なり。
問うて云く法然上人の門弟の内にも一切経蔵を安置し法華経を行ずる者有り何ぞ皆謗法の者と称せんや、答えて云く一切経を開き見て法華経を読み難行道の由を称
し選択集の悪義を扶けんが為なり経論を開くに付て弥謗法を増すこと例せば善星の十二部経・提婆達多が六万蔵の如し智者の由を称するは自身を重くし悪法を扶けんが為なり。
第二に受け難き人身を受け値い難き仏法に値うと雖も悪知識に値うが故に三悪道に堕することを明さば仏蔵経に云く「大荘厳仏の滅後に五比丘あり一人は正道を知つて多億の人を
度し四人は邪見に住す此四人命終の後阿鼻地獄に堕つ仰ぎ伏し伏に臥し左脇に臥し右脇に臥すこと各九百万億歳なり、乃至・若し在家出家の此の人に親近せしもの並に諸の
檀越凡そ六百四万億の人あり此の四師と倶に生じ倶に死して大地獄に在つて諸の焼煮を受く大劫若し尽くれば是の四悪人及び六百四万億の人・此の阿鼻地獄より他方の大地獄
の中に転生す」已上涅槃経三十三に云く「爾時に城中に一の尼乾有り名を苦得と曰う、乃至・善星・苦得に問う答えて曰く我食吐鬼の身を得・善星諦に聴け、乃至・爾の時に善星即ち
我所に還つて是の如き言を作す世尊・苦得尼乾は命終の後に三十三天に生ぜんと、乃至・爾時に如来即ち迦葉と善星の所に往き給う善星比丘遥に我来るを見・見已つて即ち悪
邪の心を生ず悪心を以ての故に生身に陥ち入つて阿鼻地獄に堕す」已上善星比丘は仏の菩薩たりし時の子なり仏に随い奉り出家して十二部経を受け欲界の煩悩を壊り四禅定を獲得
せり然りと雖も悪知識たる苦得外道に値い仏法の正義を信ぜざるに依つて出家の受戒・十二部経の功徳を失い生身に阿鼻地獄に堕す苦岸等の四比丘に親近せし六百四万億の人は四師
と倶に十方の大阿鼻地獄を経るなり、今の世の道俗は選択集を貴ぶが故に源空の影像を拝して一切経難行の邪義を読む例せば尼乾の所化の弟子が尼乾の遺骨を礼して三悪道に堕せし
が如く願わくば今の世の道俗選択集の邪正を知つて後に供養恭敬を致せ爾らずんば定めて後悔有らん。
故に涅槃経に云く「菩薩摩訶薩悪象等に於て心に怖畏すること無く悪知識に於ては怖畏の心を生ぜよ何を以ての故に是の悪象等は唯能く身を壊りて心を壊る能わず悪知
識は二倶に壊る故に、是の悪象等は唯一身を壊り悪知識は無量の善身無量の善心を壊る是の悪象等は唯能く不浄の臭き身を破壊す悪知識は能く浄身及以び浄心を壊る是
の悪象等は能く肉身を壊り悪知識は法身を壊る悪象の為に殺されては三趣に至らず悪友の為に殺されては

145 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 07:37:53.51 ID:8t65MjR0
うどん市場

146 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 08:06:37.39 ID:Rbo6qCzO
>>141
おっと、松岡日曜営業なのか
古くからやってるうどん屋といえば日曜休みだと思い込んでた

147 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 14:44:52.62 ID:DaSXeP2G
禁断症状がひどいから、十条いわいに行ってきた。
醤油うどん頼んだけど、店員に聞かれるままアツで注文してしまったorz。
次はヒヤであのコシを楽しむぞ!

148 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 14:57:27.91 ID:0bBKuCF/
醤油うどんは冷たい麺でこそ、香りが引き立つ。

149 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 22:12:58.02 ID:YO+hhJ07
必ず三趣に至る是の悪象等は但身の怨と為り悪知識は善法の怨と為らん是の故に菩薩常に当に諸の悪知識を遠離すべし」已上。
請い願わくば今の世の道俗設い此の書を邪義と思うと雖も且らく此の念を抛つて十住毘婆沙論を開き其の難行の内に法華経の
入不入を〓がえ選択集の準之思之の四字を案じて後に是非を致せ謬つて悪知識を信じ邪法を習い此の生を空うすること莫れ。
第三に正しく末代の凡夫の為の善知識を明さば、問うて云く善財童子は五十余の善知識に値いき其の中に普賢・文殊・観音・弥勒等有り
常啼・班足・妙荘厳・阿闍世等は曇無竭・普明・耆婆・二子夫人に値い奉りて生死を離れたり此等は皆大聖なり仏・世を去つて後是の如きの師を得るこ
と難しとなす滅後に於て亦竜樹・天親も去りぬ南岳・天台にも値わず如何が生死を離る可きや、答えて云く末代に於て真実の善知識有り所謂法華涅槃是な
り、問うて云く人を以て善知識と為すは常の習いなり法を以て知識と為すに証有りや、答えて云く人を以て知識と為すは常の習いなり然りと雖も末代に於て真の知識無
ければ法を以て知識と為すに多くの証有り、摩訶止観に云く「或は知識に従い或は経巻に従い上に説く所の一実の菩提を聞く」已上此の文の意は経巻を以て善知識と為す、法
華経に云く「若し法華経を閻浮提に行じ受持すること有らん者は応に此の念を作すべし皆是れ普賢威神の力なり」已上此の文の意は末代の凡夫法華経を信ずるは普賢の善知
識の力なり、又云く「若し是の法華経を受持し読誦し正憶念し修習し書写すること有らん者は当に知るべし是の人は即ち釈迦牟尼仏を見るなり仏口より此の経典を聞くが如し当に知
るべし是の人は釈迦牟尼仏を供養するなり」已上此の文を見るに法華経は即ち釈迦牟尼仏なり法華経を信ぜざる人の前には釈迦牟尼仏入滅を取り此の経を信ずる者の前には滅後為りと雖も仏の在世なり。
又云く「若し我成仏して滅度の後十方の国土に於て法華経を説く処有らば我が塔廟是の経を聴かんが為の故に
其の前に涌現し為に証明を為さん」已上此の文の意は我等法華の名号を唱えて多宝如来本願の故に必ず来りたまう、又云く「諸仏の十方世界に在つて法を説くを尽く還し一処に
集めたまう」已上釈迦多宝十方の諸仏・普賢菩薩等は我等が善知識なり若し此の義に依らば我等は亦宿善・善財・常啼・班足等にも勝れたり彼は権経の知識に値い我等は実経の
知識に値えばなり彼は権経の菩薩に値い我等は実経の仏菩薩に値い奉ればなり。
涅槃経に云く「法に依つて人に依らざれ智に依つて識に依らざれ」已上依法と云うは法華涅槃の常住の法なり不依人とは法華涅槃に依らざる人なり設い仏菩薩為りと雖も法華涅槃
に依らざる仏菩薩は善知識に非ず況や法華涅槃に依らざる論師・訳者・人師に於てをや、依智とは仏に依る不依識とは等覚已下なり、今の世の世間の道俗・源空の謗法の失を隠
さんが為に徳を天下に挙げて権化なりと称す依用すべからず、外道は五通を得て能く山を傾け海を竭すとも神通無き阿含経の凡夫に及ばず羅漢を得・六通を現ずる二乗は華厳・方
等・般若の凡夫に及ばず華厳・方等・般若の等覚の菩薩も法華経の名字・観行の凡夫に及ばず設い神通智慧有りと雖も権教の善知識をば用うべからず、我等常没の一闡提の凡夫法
華経を信ぜんと欲するは仏性を顕わさんが為の先表なり。
故に妙楽大師の云く「内薫に非ざるよりは何ぞ能く悟を生ぜん故に知んぬ悟を生ずる力は真如に在り故に冥薫を以て外護と為すなり」已上法華経より外の四十余年の諸経には十界互
具無し十界互具を説かざれば内心の仏界を知らず内心の仏界を知らざれば外の諸仏も顕われず故に四十余年の権行の者は仏を見ず設い仏を見ると雖も他仏を見るなり、二乗は自仏
を見ざるが故に成仏無し爾前の菩薩も亦自身の十界互具を見ざれば二乗界の成仏を見ず故に衆生無辺誓願度の願も満足せず故に菩薩も仏を見ず凡夫も亦十界互具を知らざるが故
に自身の仏界も顕われず、故に阿弥陀如来の来迎も無く諸仏如来の加護も無し譬えば盲人の自身の影を見ざるが如し。
今法華経に至つて九界の仏界を開くが故に四十余年の菩薩・二乗・六凡始めて自身の仏界を見る此の時此の人の

150 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 22:14:09.69 ID:YO+hhJ07
前に始めて仏菩薩二乗立ち給う此の時に二乗菩薩始めて成仏し凡夫も始めて往生す、此の故に在世滅後の一切衆生の誠の善知識は法華
経是なり、常途の天台宗の学者は爾前に於て当分の得道を許せども自義に於ては猶当分の得道を許さず然りと雖も此の書に於ては
其の義を尽くさず略して之を記すれば追つて之を記すべし。
大文の第六に法華涅槃に依る行者の用心を明さば、一代教門の勝劣・浅深・難易等に於ては先の段に既に之を出す、此の一段に於ては一
向に後世を念う末代常没の五逆謗法一闡提等の愚人の為に之を注す、略して三有り、一には在家の諸人正法を護持するを以て生死を離れ悪法を
持つに依つて三悪道に堕す可きことを明し、二には但法華経の名字計りを唱えて三悪道を離る可きことを明し、三には涅槃経は法華経の為の流通と成ることを明す。
第一に在家の諸人正法を護持するを以て生死を離れ悪法を持つに依つて三悪道に堕す可きことを明さば、涅槃経第三に云く「仏・迦葉に告わく能く
正法を護持するの因縁を以ての故に是の金剛身を成就することを得たり」と亦云く「時に国王有り名を有徳と曰う、乃至・法を護らんが為の故に、乃至・是
破戒の諸の悪比丘と極めて共に戦闘す、乃至・王是の時に於て法を聞くことを得已つて心大に歓喜し尋で即ち命終して阿〓仏の国に生ず」已上此の文の如くなら
ば在家の諸人別の智行無しと雖も謗法の者を対治する功徳に依つて生死を離る可きなり。
問うて云く在家の諸人仏法を護持す可き様如何、答えて云く涅槃経に云く「若し衆生有つて財物に貪著せば我当に財を施し然して後に是の大涅槃経を以て之
を勧め読ましむべし、乃至・先に愛語を以て其の意に随い然る後に漸く当に是の大乗大涅槃経を以て之を勧めて読ましむべし若し凡庶の者には当に威勢を以て之
に逼りて読ましむべし若し〓慢の者には我当に其れが為に僕使と作り其の意に随順し其れをして歓喜せしめ然して後に復当に大涅槃を以て之を教導すべ
し、若し大乗経を誹謗する者有らば当に勢力を以て之を摧きて伏せしめ既に摧伏し已つて然して後に勧めて大涅槃を読ましむべし、若し大乗経を愛楽する者有
らば我躬ら当に往いて恭敬し供養し尊重し讃歎すべし」已上。
問うて云く今の世の道俗偏に選択集に執して法華涅槃に於ては自身不相応の念を作すの間・護惜建立の心無く偶邪義の由を称する人有れば念仏誹謗の者と
称して悪名を天下に雨らす斯れ等は如何、答えて云く自答を存す可きに非ず仏自ら此の事を記して云く、仁王経に云く「大王我が滅度の後・未来世の中の四部の
弟子諸の小国の王・太子・王子乃ち是れ三宝を住持して護る者転更に三宝を滅破せんこと師子の身中の虫の自ら師子を食うが如くならん外道には非ざるなり多く我
仏法を壊り大罪過を得ん正法衰薄し民に正行無く漸く悪を為すを以て其の寿日に減じて百歳に至らん人仏法を壊りて復孝子無く六親不和にして天神も祐けず疾疫悪
鬼日に来りて侵害し災怪首尾し連禍縦横して地獄餓鬼畜生に入らん」亦次下に云く「大王未来世の中の諸の小国の王四部の弟子自ら此の罪を作らん破国の因縁、乃至
・諸の悪比丘多く名利を求め国王太子王子の前に於て自ら破仏法の因縁破国の因縁を説かん其の王別えずして此の語を信聴し、乃至・其の時に当つて正法将に滅せんこと久しからず」已上。
余選択集を見るに敢て此の文の未来記に違わず、選択集は法華真言等の正法を定めて雑行難行と云い末代の我等に於ては時機相応せず之を行ず
る者は千が中に一も無く仏還つて法華等を説くと雖も法華真言の諸行の門を閉じて念仏の一門を開く末代に於て之を行ずる者を群賊等と定め当世の一切
の道俗に此の書を信ぜしめ此の義を以て如来の金言と思えり、此の故に世間の道俗に仏法建立の意無く法華真言の正法の法水忽ちに竭き天人減少して三悪日に
増長する偏に選択集の悪法に催されて起る所の邪見なり、此の経文を仏記して「我滅度後」と云えるは正法の末八十年像法の末八百年末法の末八千年なり選択集の出る
時は像法の末・末法の始なれば八百年の内なり仁王経の記する所の時節に当れり、諸の小国王の王とは日本国の王なり中下品の善は粟散王是なり「如師子身中虫」とは仏弟子
の源空是なり諸悪比丘とは所化の衆是なり「説破仏法因縁破国因縁」とは上に挙る所の

151 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 22:15:24.59 ID:YO+hhJ07
選択集の語是なり「其王不別信聴此語」とは今の世の道俗邪義を弁えずして猥りに之を信ずるなり。
請い願わくば道俗法の邪正を分別して其の後正法に就て後生を願え今度人身を失い三悪道に堕して後に後悔すとも何ぞ及ばん。
第二に但法華経の題目計りを唱えて三悪道を離る可きことを明さば、法華経の第五に云く「文殊師利是の法華経は無量の国中に於て乃至名
字をも聞くことを得べからず」第八に云く「汝等但能く法華名を受持する者を擁護する福量る可らず」提婆品に云く「妙法華経の提婆品を聞いて浄心
に信敬して疑惑を生ぜざらん者は地獄餓鬼畜生に堕ちず」大般涅槃経名字功徳品に云く「若し善男子善女人有つて是の経の名を
聞いて悪趣に生ずと云わば是の処有ること無けん」涅槃経は法華経の流通たるが故に引けるなり。
問うて云く但法華の題目を聞くと雖も解心無くば如何にして三悪趣を脱れんや、答えて云く法華経流布の国に生れて此の経の題名を聞き信を生ず
るは宿善の深厚なるに依れり設い今生は悪人無智なりと雖も必ず過去の宿善有るが故に此の経の名を聞いて信を致す者なるが故に悪道に堕せず。
問うて云く過去の宿善とは如何、答えて云く法華経の第二に云く「若し此の経法を信受すること有らん者は是の人は已に曾て過去の仏を見たてまつり恭敬し
供養し亦此の法を聞けるなり」法師品に云く「又如来滅度の後若し人有つて妙法華経の乃至・一偈一句を聞いて一念も随喜せん者は、乃至・当に知るべし是
の諸人等已に曾て十万億の仏を供養せしなり」流通たる涅槃経に云く「若し衆生有つて熈連河沙等の諸仏に於て菩提心を発し乃ち能く是の悪世に於て是の
如き経典を受持して誹謗を生ぜず善男子若し能く一恒沙等の諸仏世尊に於て菩提心を発すこと有つて然る後に乃ち能く悪世の中に於て是の法を謗せず是の典を愛敬せん」已上経文。
此等の文の如くんば設い先に解心無くとも此の法華経を聞いて謗ぜざるは大善の所生なり、夫れ三悪の生を受くること大地微塵より多く
人間の生を受くるは爪上の土より少し、乃至四十余年の諸経に値うことは大地微塵よりも多く法華涅槃に値うことは爪上の土より少し上に挙ぐる所の涅槃経
の三十三の文を見るに設い一字一句なりと雖も此の経を信ずる者は宿縁多幸なり。
問うて云く設い法華経を信ずと雖も悪縁に随わば何ぞ三悪道に堕せざらんや、答えて云く解心無き者権教の悪知識に遇うて実教を退せば悪師を信ずる失に依
つて必ず三悪道に堕す可きなり、彼の不軽・軽毀の衆は権人なり大通結縁の者の三千塵点を経しは法華経を退して権教に遷りしが故なり、法華経を信ずる輩は法華
経の信を捨てて権人に随わんより外は世間の悪業に於ては法華の功徳に及ばざる故に三悪道に堕つ可からざるなり。
問うて云く日本国は法華涅槃有縁の地なりや否や、答えて云く法華経第八に云く「如来の滅後に於て閻浮提の内に広く流布せしめ断絶せざらしむ」七の巻に云く「広宣
流布して閻浮提に於て断絶せしむること無けん」涅槃経第九に云く「此の大乗経典大涅槃経も亦復是の如し南方の諸の菩薩の為の故に当に広く流布すべし」已上経文三千世
界広しと雖も仏自ら法華涅槃を以て南方流布の処と定む、南方の諸国の中に於ては日本国は殊に法華経の流布す可き処なり。
問うて云く其の証如何、答えて云く肇公の法華翻経の後記に云く羅什三蔵・須利耶蘇摩三蔵に値い奉りて法華経を授かる時の語に云く「仏日西山に隠れ遺耀東北を
照す〓の典東北の諸国に有縁なり汝慎んで伝弘せよ」已上東北とは日本なり西南の天竺より東北の日本を指すなり、故に慧心の一乗要決に云く「日本一州円機純一
なり朝野遠近同じく一乗に帰し緇素貴賤悉く成仏を期す」已上願わくば日本国の道俗選択集の久習を捨てて法華涅槃の現文に依り肇公慧心の日本記を恃みて法華修行の安心を企てよ。
問うて云く法華経修行の者何の浄土を期す可きや、答えて云く法華経二十八品の肝心たる寿量品に云く「我常に此の娑婆世界に在り」亦云く「我常に此処に住し」

152 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 22:24:13.94 ID:Rbo6qCzO
>>148
確かに
醤油うどんは冷たいの頼むなあ

>>147
熱くてコシがあるなら冷やだとかた過ぎるかもしれない
店のオススメの食べ方なのかもね
でも、今度冷たいの食べてみて教えてください

153 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 22:30:26.21 ID:8t65MjR0
うどん市場

154 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/19(日) 22:57:07.28 ID:EYLuNkzS
東京在住だが、たまに香川でうどんが食べたくなる。
以前、折畳自転車持参で香川に行って3日間でうどん18食たべたわ。
青春18使って交通費宿泊費の合計は1万円以内で済んだ。
うどんは日の出・がもう・上原屋本店が旨かったな。

155 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/20(月) 05:41:15.81 ID:bt/+maOJ
亦云く「我が此土は安穏」文此の文の如くんば本地久成の円仏は此の世界に在り此の土を捨てて何の土を願う可きや、故に法華経修行の者の所住の処を浄土と思う可し何ぞ煩しく
他処を求めんや、故に神力品に云く「若は経巻所住の処若は園中に於ても若は林中に於ても若は樹下に於ても若は僧坊に於ても若は白衣舎にても若は殿堂に在つても若は山谷曠
野にても、乃至・当に知るべし是の処は即ち是道場なり」涅槃経に云く「善男子是の大涅槃微妙の経典流布せらるる処は当に知るべし其の地は即ち是れ金剛なり此の中の諸人も亦金
剛の如し」已上法華涅槃を信ずる行者は余処に求む可きに非ず此の経を信ずる人の所在の処は即ち浄土なり。
問うて云く華厳・方等・般若・阿含・観経等の諸経を見るに兜率・西方・十方の浄土を勧む其の上・法華経の文を見るに亦兜率・西方・十方の浄土を勧む何ぞ此等の文に違して但此
の瓦礫〓棘の穢土を勧むるや、答えて云く爾前の浄土は久遠実成の釈迦如来の所現の浄土にして実には皆穢土なり、法華経は亦方便寿量の二品なり寿量品に至つて実の浄土を
定むる時此の土は即ち浄土と定め了んぬ、但し兜率・安養・十方の難に至つては爾前の名目を改めずして此の土に於て兜率安養等の名を付く、例せば此の経に三乗の名有りと雖も
三乗有らざるが如し「不須更指観経等也」の釈の意是なり、法華経に結縁無き衆生の当世西方浄土を願うは瓦礫の土を楽う者なり、法華経を信ぜざる衆生は誠に分添の浄土無き者なり。
第三に涅槃経は法華経流通の為に之を説き給うことを明さば、問うて云く光宅の法雲法師並に道場の慧観等の碩徳は法華経を以て第四時の経と定め無常の熟蘇味と立つ、天台智者
大師は法華涅槃同味と立つと雖も亦〓拾の義を存す二師共に権化なり互に徳行を具せり何を正として我等の迷心を晴らす可きや、答えて曰く設い論師訳者為りと雖も仏教に違して権
実二教を判ぜずんば且らく疑を加う可し何に況や唐土の人師たる天台・南岳・
光宅・慧観・智儼・嘉祥・善導等の釈に於てをや、設い末代の学者為りと雖も依法不依人の義を存し本経本論に違わずんば信用を加う可し。
問うて云く涅槃経の第十四巻を開きたるに五十年の諸大乗経を挙て前四味に譬え涅槃経を以て醍醐味に譬う諸大乗経は涅槃経より劣ること百千万倍なりと定め了んぬ、其の上迦葉
童子の領解に云く「我今日より始て正見を得たり此よりの前は我等悉く邪見の人と名く」と此の文の意は涅槃経已前の法華等の一切の衆典を皆邪見と云うなり、当に知るべし法華経は
邪見の経にして未だ正見の仏性を明らめず、故に天親菩薩の涅槃論に諸経と涅槃と勝劣を定むる時・法華経を以て般若経に同じて同じく第四時に摂したり豈正見の涅槃経を以て邪見
の法華経の流通と為んや如何、答て云く法華経の現文を見るに仏の本懐残すこと無し、方便品に云く「今正しく是れ其時なり」寿量品に云く「毎に自ら是の念を作す何を以てか衆生をして無
上道に入ることを得・速かに仏身を成就することを得せしめん」と神力品に云く「要を以て之を言えば如来の一切の所有の法、乃至・皆此の経に於て宣示顕説す」已上此等の現文は釈迦如来の
内証は皆此の経に尽くし給う其の上多宝並に十方の諸仏来集の庭に於て釈迦如来の已今当の語を証し法華経に如く経無しと定め了んぬ、而るに多宝諸仏・本土に還るの後に但釈迦一仏の
み異変を存じて還つて涅槃経を説いて法華経を卑まば誰人か之を信ぜん、深く此の義を存ぜよ、随つて涅槃経の第九を見るに法華経を流通して説いて云く「是の経・世に出ること彼の
菓実の一切を利益し安楽する所多きが如く能く衆生をして仏性を見わさしむ法華の中の八千の声聞の記〓を授かるを得て大菓実を成ずるが如く秋収冬蔵して更に所作無きが如し」と。
此の文の如くんば法華経邪見ならば涅槃経も豈に邪見に非ずや、法華経は大収・涅槃経は〓拾なりと見え了んぬ、涅槃経は自ら法華経より劣るの由を称す法華経の当説の文敢て相
違無し、但し迦葉の領解並に第十四の文は

156 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/20(月) 05:42:28.87 ID:bt/+maOJ
法華経を下す文に非ず迦葉の自身並に所化の衆今始めて法華経の所説の常住仏性・久遠実成を覚る故に我が身を指して此より已前は邪見なりと云う、法華経已前の無
量義経に嫌わるる諸経を涅槃経に重ねて之を挙げて嫌うなり法華経を嫌うには非ざるなり、亦涅槃論に至つては此等の論は書付くるが如く天親菩薩の造・菩提流支の訳な
り経文に違すること之多し涅槃論も亦本経に違す当に知るべし訳者の誤りなり信用に及ばず。
問うて云く先の教に漏れたる者を後の教に之を承け取つて得道せしむるを流通と称せば阿含経は華厳経の流通と成る可きや、乃至法華経は前四味の流通と成る可きや如
何、答えて曰く前四味の諸経は菩薩人天等の得道を許すと雖も決定性の二乗・無性闡提の成仏を許さず、其の上仏意を探りて実を以て之を〓うるに亦菩薩人天等の得道も
無し十界互具を説かざるが故に久遠実成無きが故に、問うて云く証文如何、答えて云く法華経方便品に云く「若し小乗を以て化すること乃至一人に於てせば我則ち慳貪に堕せ
ん此の事は為て不可なり」已上此の文の意は今選択集の邪義を破せんが為に余事を以て詮と為ず故に爾前得道の有無の実義は之を出さず追つて之を〓うべし、但し四十余
年の諸経は実に凡夫の得道無きが故に法華経は爾前の流通と為らず法華経に於て十界互具・久遠実成を顕わし了んぬ故に涅槃経は法華経の為に流通と成るなり。
大文の第七に問に随つて答うとは、若し末代の愚人上の六門に依つて万が一も法華経を信ぜば権宗の諸人或は自惑に依り或は偏執に依つて法華経の行者を破せ
んが為に多く四十余年並に涅槃等の諸経を引いて之を難ぜん、而るに権教を信ずる人は之多く或は威勢に依り或は世間の資縁に依り人の意に随つて世路を亘らんが
為に或は権教には学者多く実教には智者少し是非に就て万が一も実教を信ずる者有るべからず、是の故に此の一段を撰んで権人の邪難を防がん。
問うて云く諸宗の学者難じて云く「華厳経は報身如来の所説・七処・八会・皆頓極頓証の法門なり、法華経は応身如来の所説・教主既に優劣有り、
所説の法門に於て何ぞ浅深無からん随つて対告衆も法慧・功徳林・金剛幢等なり永く二乗を雑えず、法華経は舎利弗等を以て対告衆と為す」華厳宗難、法相宗の如きは
解深密経を以て依憑と為し難を加えて云く「解深密経は文殊観音等を以て対告衆と為す勝義生菩薩の領解には一代を有・空・中と詮す其の中の中とは華厳・法華・涅槃・
深密等なり法華経の信解品の五時の領解は四大声聞なり菩薩と声聞と勝劣天地なり」、浄土宗の如きは道理を立てて云く「我等は法華等の諸経を誹謗するに非ず彼等の
経は正には大人の為傍には凡夫の為にす断惑証理・理深の教にして末代の我等之を行ずるに千人の中に一人も彼の機に当らず在家の諸人多分は文字を見ず亦華厳法相
等の名を聞かず況や其の義を知らんや、浄土宗の意は我等凡夫は但口に任せて六字の名号を称すれば現在に阿弥陀如来二十五の菩薩等を遣わし身に影の随う如く百重千重
に行者を囲繞して之を守り給う、故に現世には七難即滅・七福即生し乃至臨終の時は必ず来迎有つて観音の蓮台に乗じ須臾の間に浄土に至り業に随つて蓮華開け法華経を聞い
て実相を覚る何ぞ煩しく穢土に於て余行を行じて何の詮か有る但万事を抛つて一向に名号を称せよ」と云云、禅宗等の人云く「一代聖教は月を指す指・天地日月等も汝等が妄心よ
り出でたり十方の浄土も執心の影像なり釈迦十方の仏陀は汝が覚心の所変・文字に執する者は株を守る愚人なり我が達磨大師は文字を立てず方便を仮らず一代聖教
の外に仏迦葉に印して此の法を伝う法華経等は未だ真実を宣べず」已上。
此等の諸宗の難一に非ず如何ぞ法華経の信心を壊らざる可しや、答て云く法華経の行者は心中に「四十余年已今当皆是真実・依法不依人」等の文を存し而も外に語に
之を出さず難に随て之を問うべし抑所立の宗義は何の経に依るや、彼経を引かば引くに随つて亦之を尋ねよ、一代五十年の間の説の中に法華経より先か後か同時なるか亦
先後不定なるかと、若し先と答えば未顕真実の文を以て之を責めよ敢えて彼の経の説相を尋ぬること勿れ、後と答えば当説の文を以て之を責めよ、同時と答えば今説の文を以て
之を責めよ、不定と答えば不定の経は大部の経

157 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/20(月) 05:43:49.44 ID:bt/+maOJ
に非ず一時一会の説にして亦物の数に非ず其の上不定の教と雖も三説を出でず、設い百千万の義を立つと雖も四十余年の文を載せて虚妄と称せざるより外は用うべからず、仏の遺言に不依不了義経と云うが故なり。
亦智儼・嘉祥・慈恩・善導等を引いて徳を立て難ずと雖も法華涅槃に違する人師に於ては用うべからず依法不依人の金言を仰ぐが故なり。
亦法華経を信ぜん愚者の為に二種の信心を立つ、一には仏に就て信を立て二には経に就て信を立つ、仏に就て信を立つとは権宗の学者来り難じて云
わん善導和尚は三昧発得の人師・本地弥陀の化身なり慈恩大師は十一面観音の化身亦筆端より舎利を雨らす此等の諸人は皆彼彼の経経に依つて皆証有り
何ぞ汝彼の経に依らず亦彼の師の義を用いざるや、答えて云く汝聞け一切の権宗の大師先徳並に舎利弗・目連・普賢・文殊・観音乃至阿弥陀・薬師・釈迦如来・我等並に十
方の諸人の前に集まりて説いて法華経は汝等が機に叶わず念仏等の権経の行を修して往生を遂げ後に法華経を覚ると云わん是の如き説を聞くと雖も敢えて用う可からず、其の
故は四十余年の諸の経には法華経の名字を呼ばず何れの処にか機の堪不堪を論ぜん、法華経に於ては釈迦多宝十方諸仏一処に集りて撰定して云く法をして久住せしむ如来の滅後
に於て閻浮提の内に広く流布せしめ断絶せざらしむ、此の外に今仏出来して法華経を末代不相応と定めば既に法華経に違す知んぬ此の仏は涅槃経に出す所の滅後の魔
仏なり之を信用す可からず、其の已下の菩薩・声聞・比丘等は亦言論するに及ばず此等は不審無し涅槃経に記する所の滅後の魔の所変の菩薩等なり、其の故は法華経の座は
三千大千世界の外四百万億阿僧祇の世界なり其の中に充満せる菩薩・二乗・人天・八部等皆如来の告勅を蒙むり各各所在の国土に法華経を弘む可きの由之を願いぬ、善導
等若し権者ならば何ぞ竜樹・天親等の如く権教を弘めて後に法華経を弘めざるや法華経の告勅の数に入らざるや何ぞ仏の如く権教を弘めて後に法華経を弘めざるや、若し此の
義無くんば設い仏為りと雖も之を信ず可からず今は法華経の中の仏を信ず故に仏に就て信を立つと云うなり。問うて云く釈迦如来の所説を他仏之を証するを実説と称せば何
ぞ阿弥陀経を信ぜざるや、答えて云く阿弥陀経に於ては法華経の如き証明無きが故に之を信ぜず、問うて云く阿弥陀経を見るに釈迦如来の所説の一日七日の念仏を六方の諸
仏舌を出し三千を覆うて之を証明せり何ぞ証明無しと云うや、答えて云く阿弥陀経に於ては全く法華経の如き証明無く但釈迦一仏舎利弗に向つて説いて言く我一人阿弥陀経を説くの
みに非ず六方の諸仏舌を出し三千を覆うて阿弥陀経を説くと云う此等は釈迦一仏の説なり敢えて諸仏来りたまわず、此等の権文は四十余年の間は教主も権仏の始覚の仏なり仏権な
るが故に所説も亦権なり故に四十余年の権仏の説は之を信ず可からず、今の法華涅槃は久遠実成の円仏の実説なり十界互具の実言なり亦多宝十方の諸仏来りて之を証明し給う故
に之を信ずべし阿弥陀経の説は無量義経の未顕真実の語に壊れ了ぬ全く釈迦一仏の語にして諸仏の証明には非ざるなり。
二に経に就て信を立つとは、無量義経に四十余年の諸経を挙げて未顕真実と云う、涅槃経に云く「如来は虚妄の言無しと雖も若し衆生・虚妄の説に因つて法利を得と知れば宜しきに随
つて方便して則ち為に之を説き給う」又云く「了義経に依つて不了義経に依らざれ」已上是の如きの文一に非ず皆四十余年の自説の諸経を虚妄・方便・不了義・魔説と称す是れ皆人をして
其の経を捨てて法華涅槃に入らしめんが為なり、而るに何の恃み有つて妄語の経を留めて行儀を企て得道を期するや、今権教の情執を捨て偏に実経を信ず故に経に就て信を立つと云うなり。
問うて云く善導和尚も人に就て信を立て行に就て信を立つ何の差別有らんや、答えて云く彼は阿弥陀経等の三部に依つて之を立て一代の経に於て了義不了義経を分たずして
之を立つ、故に法華涅槃の義に対して之を難ずる時は其の義壊れ了んぬ。守護国家論

158 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/20(月) 06:03:19.83 ID:J5+lXKHS
>>154
折りたたみ自転車とはツワモノですな
3日で一万円も安すぎ(°_°)

159 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/20(月) 06:21:59.41 ID:AZSPcztX
うどん市場

160 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/20(月) 22:57:44.87 ID:bt/+maOJ
/正元二年 三十九歳御作国土に大地震・非時の大風・大飢饉・大疫病・大兵乱等の種種の災難の起る根源を知りて対治を加う可きの勘文。
金光明経に云く「若し人王有りて其の国土に於て此の経有りと雖も未だ嘗て流布せず捨離の心を生じて聴聞せんことを楽わず亦供養し尊重し讃歎
せず四部の衆の持経の人を見て亦復尊重し乃至供養すること能わず遂に我等及び余の眷属無量の諸天をして此の甚深の妙法を聞くことを得ず甘露
の味に背き正法の流を失い威光及以び勢力有ること無らしむ悪趣を増長し人天を損減し生死の河に墜ちて涅槃の路に背かん、世尊・我等四王並に諸の
眷属及び薬叉等斯くの如き事を見て其の国土を捨てて擁護の心無けん但我等是の王を捨棄するのみに非ず亦無量の国土を守護する諸天善神有らんも
皆悉く捨去せん既に捨離し已れば其の国に当に種種の災禍有つて国位を喪失すべし、一切の人衆皆善心無けん唯繋縛・殺害・瞋諍のみ有つて互に相讒諂
し枉げて辜無きに及ばん、疫病流行し彗星数ば出で両日並び現じ薄蝕恒無く黒白の二虹不祥の相を表わし星流れ地動き井の内に声を発し暴雨・悪風・時
節に依らず常に飢饉に遭い苗実も成らず多く他方の怨賊有つて国内を侵掠し人民諸の苦悩を受け土地に所楽の処有ること無けん」と。
大集経に云く「若し国王有つて我が法の滅せんを見て擁護せずんば無量世に於て施戒慧を修すとも悉く皆滅失して其の国の中に三種の不祥の事を出さ
ん、乃至命終して大地獄に生ぜん」と。仁王経に云く「大王・国土乱れん時は先ず鬼神乱る鬼神乱るるが故に万民乱ると、亦云く大王・我今五眼をもつて明
に三世を見るに一切の国王は皆過去世に五百の仏に侍うるに由つて帝王主と為ることを得たり、是をもつて一切の聖人羅漢
而も為に彼の国土の中に来生して大利益を作さん若し王の福尽きん時は一切の聖人皆捨て去ることを為さん若し一切の聖人去らん時は七難必ず起る」と。
仁王経に云く「大王吾今化する所の百億の須弥・百億の日月・一一の須弥に四天下有り其の南閻浮提に十六の大国五百の中国十千の小国有り其の国
土の中に七つの畏る可き難有り一切の国王是の難の為の故に、云何なるを難と為す日月度を失い時節返逆し或は赤日出で黒日出で二三四五の日出づ或
は日蝕して光無く或は日輪一重二三四五重輪現ずるを一の難と為すなり、二十八宿度を失い金星・彗星・輪星・鬼星・火星・水星・風星・〓星・南斗・北斗・五
鎮の大星・一切の国主星・三公星・百宦星是くの如き諸星各各変現するを二の難と為すなり、大火・国を焼き万姓焼尽し或は鬼火・竜火・天火・山神火・人火
樹木火・賊火是くの如く変怪するを三の難と為すなり、大水・百姓を漂没して時節返逆し冬雨ふり夏雪ふり冬時に雷電霹靂し六月に冰霜雹を雨らし赤水・黒水・
青水を雨らし・土山・石山を雨らし沙礫石を雨らし江河逆まに流れ山を浮かべ石を流す是くの如く変ずる時を四の難と為すなり、大風万姓を吹殺し国土の山河樹木
・一時に滅没して非時の大風・黒風・赤風・青風・天風・地風・火風・水風・是くの如く変ずる時を五の難と為すなり、天地国土亢陽し炎火洞然として百草亢旱し五穀登
らず土地赫然として万姓滅尽せん是くの如く変ずる時を六の難と為すなり、四方の賊来りて国を侵し内外の賊起り火賊・水賊・風賊・鬼賊あつて百姓荒
乱し刀兵劫起せん是くの如く怪する時を七の難と為すなり」と。法華経に云く「百由旬の内をして諸の衰患無からしめん」と。
涅槃経に云く「是の大涅槃微妙の経典・流布せらるる処は当に知るべし其の地は即ち是れ金剛なり是の中の諸人亦金剛の如し」と。
仁王経に云く「是の経は常に千の光明を放ちて千里の内をして七難起らざらしむと、又云く諸の悪比丘多く名利を求め

161 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/20(月) 22:58:30.96 ID:bt/+maOJ
国王・太子・王子の前に於て自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説く其の王別えずして此の語を信聴し横に法制を作り仏戒に依らず是を破仏破国の因縁と為す」と。
今之を勘うるに法華経に云く「百由旬の内諸衰患なからしむ」と仁王経に云く「千里の内に七難不起らしむ」と、涅槃経に云く「当に知るべし其の地は即ち是れ金剛、是の中の諸人亦金剛の如し」と文。
疑つて云く今此の国土に種種の災難起ることを見聞するに所謂建長八年八月自り正元二年二月に至るまで大地震非時の大風・大飢饉・大疫病等種種の災難連連
として今に絶えず大体国土の人数尽く可きに似たり、之に依つて種種の祈請を致す人之多しと雖も其の験無きか、正直捨方便・多宝の証明・諸仏出舌の法華経の文の令百由旬内
・雙林最後の遺言の涅槃経の其地金剛の文、仁王経の千里の内に七難不起の文皆虚妄に似たり如何。
答えて云く今愚案を以て之を勘うるに上に挙ぐる所の諸大乗経・国土に在り而も祈請と成らずして災難起ることは少し其の故有るか、所謂金光明経に云く其の国土に於て此の経有り
と雖も未だ嘗つて流布せず捨離の心を生じて聴聞せんことを楽わず我等四王皆悉く捨て去り其の国当に種種の災禍有るべし、大集経に云く「若し国王有つて我が法の滅せんを見て捨て
て擁護せざれば其の国内三種の不祥を出さん」と、仁王経に云く「仏戒に依らざる是を破仏破国の因縁と為す若し一切の聖人去る時は七難必ず起らん」已上、此等の文を以て之を勘うるに法華
経等の諸大乗経・国中に在りと雖も一切の四衆捨離の心を生じて聴聞し供養するの志を起さざる故に国中の守護の善神・一切の聖人此の国を捨て去り守護の善神聖人等無きが故に出来する所の災難なり。
問うて曰く国中の諸人・諸大乗経に於て捨離の心を生じて供養する志を生ぜざる事は何の故より之起るや。
答えて曰く仁王経に曰く「諸の悪比丘多く名利を求め国王・太子・王子の前に於て自ら破仏法の因縁・破国の因縁を説かん其の王別えずして此の語を信聴し横に法制を作りて仏戒
に依らず」と、法華経に云く「悪世の中の比丘は邪智にして
心諂曲に未だ得ざるをこれ得たりと謂い我慢の心充満せん是の人悪心を懐き国王・大臣・婆羅門・居士及び余の諸の比丘に向つて誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道
の論議を説くと謂わん悪鬼其の身に入る」等と云云。
此等の文を以て之を思うに諸の悪比丘国中に充満して破国・破仏法の因縁を説く国王並に国中の四衆弁えずして信聴を加うるが故に諸大乗経に於て捨離の心を生ずるなり。
問うて曰く諸の悪比丘等国中に充満して破国・破仏戒等の因縁を説くことは仏弟子の中に出来す可きか外道の中に出来す可きか。
答えて曰く仁王経に云く「三宝を護る者にして転た更に三宝を滅し破らんこと師子の身中の虫の自ら師子を食うが如し外道には非ず」文。
此の文の如くんば仏弟子の中に於て破国破仏法の者出来す可きか、問うて曰く諸の悪比丘正法を壊るに相似の法を以て之を破らんか当に亦悪法を以て之を破るべしとせん
か、答えて曰く小乗を以て権大乗を破し権大乗を以て実大乗を破し師弟共に謗法破国の因縁を知らざるが故に破仏戒・破国の因縁を成して三悪道に堕するなり。
問うて曰く其の証拠如何、答えて曰く法華経に云く仏の方便・随宜所説の法を知らずして悪口して顰蹙し数数擯出せられんと。
涅槃経に云く我涅槃の後当に百千無量の衆生有つて誹謗して是の大涅槃を信ぜざるべし三乗の人も亦復是くの如く無上の大涅槃経を憎悪せん已上。
勝意比丘の喜根菩薩を謗じて三悪道に堕ちし尼思仏等の不軽菩薩を打つて阿鼻の炎を招くも皆大小権実を弁えざる

162 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/20(月) 23:08:02.92 ID:tsb5/f6z
>>154
地元に住んでいながら、そんな「力」はないです。

163 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/20(月) 23:26:28.19 ID:AZSPcztX
うどん市場

164 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 05:45:31.94 ID:Az0FN0F4
より之起れり十悪五逆は愚者皆罪為ることを知る故に輙く破国・破仏法の因縁を成ぜず、故に仁王経に云く「其の王別えずして此の語を信聴す」と、涅槃経に云く「若し四重を犯し五逆罪を作り
自ら定めて是くの如き重事を犯すと知り而も心に初より怖畏・懺悔無くして肯て発露せず」已上此くの如き等の文は謗法の者は自他共に子細を知らざる故に重罪を成して国を破し仏法を破するなり。
問うて曰く若爾らば此の国土に於て権教を以て人の意を取り実教を失う者之有るか如何、答えて曰く爾なり、問うて曰く其の証拠如何、答えて曰く法然上人所造等の選択集是れなり今其の文を出
して上の経文に合せ其の失を露顕せしめん若し対治を加えば国土を安穏ならしむ可きか、選択集に云く「道綽禅師・聖道浄土の二門を立て聖道を捨てて正しく浄土に帰するの文・初に聖道門とは
之に就て二有り一には大乗二には小乗なり大乗の中に就いて顕密・権実等の不同有りと雖も今此の集の意は唯顕大及以び権大を存す故に歴劫迂回の行に当る之に準じて之を思うに密大及以び実
大を存すべし、然れば則ち今真言・仏心・天台・華厳・三論・法相・地論・摂論此等の八家の意正しく此れに在るなり、曇鸞法師の往生論の注に云く「謹んで竜樹菩薩の十住毘婆沙を案ずるに云く菩薩・阿毘
跋致を求むるに二種の道有り一には難行道二には易行道なり、此の中に難行道とは即ち是れ聖道門なり易行道とは即ち是れ浄土門なり、浄土宗の学者先ず須く此の旨を知るべし設い先ず聖道門を学す
る人と雖も若し浄土門に於て其の志有らん者は須く聖道を棄てて浄土に帰すべし」文、又云く「善導和尚正雑二行を立て雑行を捨てて正行に帰するの文、第一に読誦雑行とは上の観経等の往生浄土の経
を除いて已外・大小乗・顕密の諸経に於て受持読誦するを悉く読誦雑行と名く、第三に礼拝雑行とは上の弥陀を礼拝するを除いて已外一切諸余の仏菩薩等及び諸の世天等に於て礼拝恭敬するを悉く礼拝雑行と名く」
私に云く此の文を見るに須く雑を捨てて専を修すべし豈百即百生の専修正行を捨てて堅く千中無一の雑修雑行を執せんや行者能く之を思量せよと。
又云く貞元入蔵録の中・始め大般若経六百巻より法常住経に終るまで顕密の大乗経総じて六百三十七部二千八百八十三巻なり皆須く読誦大乗の一句に摂すべし当に知るべし随他の前には暫く定散の
門を開くと雖も随自の後には還つて定散の門を閉づ一たび開きて以後永く閉じざるは唯是れ念仏の一門なり文、又最後結句の文に云く「夫れ速に生死を離れんと欲せば二種の勝法の中に且く聖道門を閣
て選んで浄土門に入れ浄土門に入らんと欲せば正雑二行の中に且く諸の雑行を抛て選んで正行に帰すべし、」已上選択集の文なり。
今之を勘うるに日本国中の上下万人深く法然上人を信じて此の書を〓ぶ故に無智の道俗此の書の中の捨閉閣抛等の字を見て浄土の三部経・阿弥陀仏より外は諸経・諸仏・菩薩・諸天善神等に於て捨閉閣
抛等の思を作し彼の仏経等に於て供養受持等の志を起さず還つて捨離の心を生ず故に古の諸大師等の建立せし所の鎮護国家の道場零落せしむと雖も護惜建立の心無し護惜建立の心無きが故に
亦読誦供養の音絶え守護の善神も法味を嘗めざるが故に国を捨てて去り四依の聖人も来らざるなり、偏に金光明・仁王等の一切の聖人去る時は七難必ず起らん我等四王皆悉く捨去せん既に捨離し已
ば其の国当に種種の災禍有るべしの文に当れり豈諸悪比丘多く名利を求め、悪世の中の比丘は邪智にして心諂曲の人に非ずや。
疑つて云く国土に於て選択集を流布せしむるに依つて災難起ると云わば此の書無き已前は国中に於て災難無かりしか、答えて曰く彼の時も亦災難有り云く五常を破り仏法を失いし者之有りしが故なり
所謂周の宇文・元嵩等是なり、難じて曰く今の世の災難五常を破りしが故に之起ると云わば何ぞ必ずしも選択集流布の失に依らんや、答えて曰く仁王経に云く「大王・未来の世の中に
諸の小国王・四部の弟子諸の悪比丘横に法制を作りて仏戒に依らず亦復仏像の形・仏塔の形を造作することを聴さず七難必ず起らん」と、金光明経に云く「供養し尊重し讃歎せず其の国に当に種種の災禍有るべし」

165 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 05:46:37.01 ID:Az0FN0F4
涅槃経に云く「無上の大涅槃経を憎悪す」等と云云、豈弥陀より外の諸仏諸経等を供養し礼拝し讃歎するを悉く雑行と名くると云うに当らざらんや、難じて云く仏法已前国に於て
災難有るは何ぞ謗法の者の故ならんや、答えて云く仏法已前に五常を以て国を治むるは遠く仏誓を以て国を治むるなり礼義を破るは仏の出したまえる五戒を破るなり、問うて云く
の証拠如何、答えて曰く金光明経に云く「一切世間の所有る善論は皆此の経に因る」と、法華経に云く「若し俗間の経書・治世の語言・資生の業等を説かんも皆正法に順ず」と普賢経に
云く「正法をもつて国を治め人民を邪枉せず是れを第三懺悔を修すと名く」と、涅槃経に云く「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説なり外道の説に非ず」と、止観に云く「若し深く世法を識
れば即ち是れ仏法なり」と、弘決に云く「礼楽前に駈せて真道後に啓く」と、広釈に云く「仏三人を遣して且く震旦を化す五常以て五戒の方を開く昔は大宰・孔子に問うて云く三
皇五帝は是れ聖人なるか孔子答えて云く聖人に非ず又問う夫子是れ聖人なるか亦答う非なり又問う若し爾らば誰か聖人なる、答えて云く吾聞く西方に聖有り釈迦と号く」文。
此等の文を以て之を勘うるに仏法已前の三皇五帝は五常を以て国を治む夏の桀・殷の紂・周の幽等の礼義を破りて国を喪すは遠く仏誓の持破に当れり。
疑つて云く若し爾らば法華真言等の諸大乗経を信ずる者は何ぞ此の難に値えるや、答えて曰く金光明経に云く「枉げて辜無きに及ばん」と、法華経に云く「横に其の殃に羅る」等と云云
、此等の文を以て之を推するに法華真言等を行ずる者も未だ位深からず信心薄く口に誦すれども其の義を知らず一向名利の為に之を誦す先生の謗法の失未だ尽きず外に
法華等を行じて内に選択の心を存す此の災難の根源等を知らざる者は此の難を免れ難きか。
疑つて云く若し爾らば何ぞ選択集を信ずる謗法者の中に此の難に値わざる者之有りや、答えて曰く業力不定なり順現業は法華経に云く此の人現世に白癩の病乃至諸の悪重病
を得んと、仁王経に云く「人仏教を壊らば復孝子無く六親不和にして天神祐けず
疾疫悪鬼日に来りて侵害し災怪首尾し連禍せん」と、涅槃経に云く「若し是の経典を信ぜざる者有らば若は臨終の時或は荒乱に値い刀兵競い起り帝王の暴虐・怨家の讎隙に侵逼
せられん」已上、順次生業は法華経に云く「若し人信ぜずして此の経を毀謗せば其の人命終して阿鼻獄に入らん」と、仁王経に云く「人仏教を壊らば死して地獄餓鬼畜生に入らん」已上、順後業等は之を略す。
問うて曰く如何にして速かに此の災難を留む可きや、答えて曰く速に謗法の者を治す可し若し爾らずんば無尽の祈請有りと雖も災難を留む可からざるなり、問うて曰く如何が対治す可き、答
えて曰く治方亦経に之有り涅槃経に曰く仏言く唯一人を除いて余の一切に施せ正法を誹謗して是の重業を造る唯此くの如き一闡提の輩を除いて其の余の者に施さば一切讃歎すべし已上、此の文
の如んば施を留めて対治す可しと見えたり此の外にも亦治方是れ多く具に出すに暇あらず、問うて曰く謗法の者に於て供養を留め苦治を加うるは罪有りや不や、答えて曰く涅槃経に
云く、今無上の正法を以て諸王・大臣・宰相・比丘・比丘尼に付属す正法を毀る者は王者・大臣・四部の衆当に苦治すべし尚罪有ること無けん已上。
問うて曰く汝僧形を以て比丘の失を顕すは罪業に非ずや、答えて曰く涅槃経に云く「若し善比丘あつて法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せざれば当に知るべし是の人は仏法
の中の怨なり若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」已上、予此の文を見るが故に仏法中怨の責を免れんが為に見聞を憚からずして法然上人並に所化の衆等の阿
鼻大城に堕つ可き由を称す、此の道理を聞き解く道俗の中に少少は廻心の者有り若し一度高覧を経ん人は上に挙ぐる所の如く之を行ぜずんば大集経の文の若し国王有つて我が法の滅せん
を見て捨てて擁護せざれば無量世に於て施戒慧を修すとも悉く皆滅失して其の国の内に三種の不祥を出さん乃至命終して大地獄に生ぜんとの記文を免かれ難きか、仁王経に云く「若し王の福尽きん時は七難必ず起らん」と、

166 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 06:05:03.41 ID:HfSqmEwh
自転車で移動してたらお腹すぐし、たくさん食べられるな
うどん遍路できる人はスゴイ

167 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 06:14:35.72 ID:VLyzve9K
香川県は狭いから、楽々自転車で移動できるよ。
でも、レンタサイクルいたるところにあるよ。
私も片原町でカード作ったし。

168 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 06:43:36.64 ID:mCFaiT83
高松のちゃり ギヤがないからイヤ
丸亀のが3段変則で快適
琴平でレンタサイクル借りて須崎行ったときは死ぬかと思いました笑

169 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 07:17:11.74 ID:BZrRC7lH
うどん市場

170 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 20:00:20.81 ID:mFXvbsl5
普通はレンタサイクルで十分だけど、駅移動しながら食い歩く上級者は折畳自転車があると便利。

171 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 20:38:59.85 ID:YQRiIrgi
香川県人ですけど、そこまでして、うどん食いたいですか?

172 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 21:00:50.64 ID:5jMaMBLa
>>171
例えば東京に3日間旅行に行くとしよう
その間に出来るだけしたいことを詰め込もうとは思わんか?

173 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 21:02:16.87 ID:YQRiIrgi
思わん。

174 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 21:06:00.47 ID:grTI0Pyw
郵政バイトの攻略先生は仕事で朝から晩までスーパーカブに乗ってるから
プライベートでは2輪に乗りたくないんだろうなw

175 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 21:48:43.19 ID:PF9OuwUs
>>174
あんひた〜、軽の箱バンで郵パック配達してるんと違ったん?

176 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 22:14:20.20 ID:Az0FN0F4
此の文に云く「無量世に於て施戒慧を修すとも悉く皆滅失す」等と云云、此の文を見るに且く万事を閣いて先ず此の災難の
起る由を勘う可きか若し爾からざれば弥亦重ねて災難起る可きか、愚勘是くの如し取捨は人の意に任す。
念仏者追放宣旨事念仏者・追放せしむる宣旨・御教書・五篇に集列する勘文状/正元元年 三十八歳御作夫れ以みれば仏法流
布の砌には天下静謐なり神明仰崇の界には国土豊饒なり、之に依つて月氏より日域に覃んで君王より人民に至るまで此の義改むること無き職として然り。
爰に後鳥羽院の御宇に源空法師と云う者あり道俗を欺くが故に専修を興して顕密の教理を破し男女を誑かすが故に邪義を構えて仏神の威光を
滅し常に四衆を誘うて云く、浄土三部の外は衆経を棄置すべし唱名一行の外は余行を廃退すべし矧んや神祇冥道の恭敬に於ておや況や孝養報恩
の事善に於ておや之を信ぜざる者は本願を疑うなりと、爰に頑愚の類は甚深の妙典を軽慢し無智の族は神明の威徳を蔑如す、就中止観・遮那の
学窓に臨む者は出離を抑ゆる癡人なり三論・法相の稽古を励む者は菩提を塞ぐ誑人なりと云云。之に依つて仏法・日に衰え迷執・月に増す然る間・
南都北嶺の明徳・奏聞を経て天聴に達するの刻・源空が過咎遁れ難きの間・遠流の宣を蒙むり配所の境に赴き畢んぬ、其の後門徒猶勅命を憚からずして
弥専修を興すること殆ど先代に超えたり違勅の至り責めても余り有り故に重ねて専修を停廃し源空の門徒を流罪すべきの由・綸言頻に下る又関東の
御下知・勅宣に相添う。門葉等は遁るべきの術を失い或は山林に流浪し或は遠国に逃隠す、爾してより華夷・称名を抛ちて男女・正説に帰する者なり然
るに又近来先規を弁えざるの輩・仏神を崇めざるの類・再び専修の行を企て猶邪悪を増すこと甚し。日蓮不肖なりと雖も且は天下の安寧を思うが為・且
は仏法の繁昌を致さんが為に強ちに先賢の語を宣説し称名の行を停廃せんと欲し又愚懐の勘文を添え頗る邪人の慢幢を倒さんとす、勘注の文繁くして見難
し知り易からしめんが為に要を取り諸を省き略して五篇を列ぬ、委細の旨は広本に在くのみ。奏状篇詮を取りて之を注す委くは広本に在り
南都の奏状に云く。一、謗人謗法の事右源空・顕密の諸宗を軽んずること土の如く沙の如く智行の高位を蔑ろにすること蟻の如く螻の如し、常に自讃して
曰く広く一代聖教を見て知れるは我なり能く八宗の精微を解する者は我なり我諸行を捨つ況や余人に於ておやと、愚癡の道・俗・之を仰ぐこと仏の如く弟
子の偏執遥に其の師に超え檀那の邪見弥本説に倍し一天四海漸く以て〓し事の奇特を聞くに驚かずんば有る可からず其の中殊に法華の修行を以て専修
の讐敵となす、或は此の経を読む者は皆地獄に堕すと云い或は其の行を修せん者は永く生死に留まると云い或は僅に仏道の結縁を許し或は都て浄土
の正因を嫌う、然る間・本八軸十軸の文を誦し千部万部の功を積める者も永く以て廃退し剰え前非を悔ゆ、捨つる所の本行の宿習は実に深く企つる
所の念仏の薫習は未だ積まず中途に天を仰いで歎息する者多し、此の外・般若・華厳の帰依・真言・止観の結縁・十の八九皆棄置す之を略す。
一、霊神を蔑如する事右我が朝は本是れ神国なり百王彼の苗裔を承けて四海其の加護を仰ぐ、而るに専修の輩永く神明を別えず権化・実類を論ぜ
ず宗廟・祖社を恐れず若し神明を憑まば魔界に堕すと云云。実類の鬼神に於ては置いて論ぜざるか権化の垂迹に至つては既に是れ大聖なり、上代
の高僧皆以て帰伏す行教和尚・

177 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 22:14:51.32 ID:Az0FN0F4
宇佐の宮に参るに釈迦三尊の影・月の如くに顕れ仲算大徳・熊野山に詣るに飛滝千仭の水・簾の如くに巻く、凡そ行基・護命・増利・聖宝・空
海・最澄・円珍等は皆神社に於て新に霊異を感ず是くの若きは源空に及ばざるの人か又魔界に堕つ可きの類か之を略す。
山門の奏状に云く。一、一向専修の党類・神明に向背する不当の事。右我が朝は神国なり神道を敬うを以て国の勤めと為す謹んで百神の本を討
ぬるに諸仏の迹に非ること無し、所謂伊勢大神宮・八幡・加茂・日吉・春日等は皆是れ釈迦・薬師・弥陀・観音等の示現なり各宿習の地を卜め
専ら有縁の儀を調う乃至其の内証に随いて彼の法施を資け念誦・読経・神に依つて事異なり世を挙げて信を取り人毎に益を被る、而るに今専修
の徒・事を念仏に寄せて永く神明を敬うこと無し、既に国の礼を失い仍神を無するの咎あり、当に知るべし有勢の神祇定めて降伏の眸を回らし
て睨みたまわん之を略す。一、一向専修和漢の例快からざる事右慈覚大師の入唐巡礼記を按ずるに云く唐の武宗皇帝会昌元年章敬寺の鏡霜法
師に勅令して諸寺に於て弥陀念仏の教を伝え寺毎に三日巡輪して絶えず同じく二年廻鶻国の軍兵等・唐の界を侵す同じく三年河北の節度使・忽ち乱
を起す其の後大蕃国更に命を拒む廻鶻国重ねて地を奪いぬ、凡そ兵乱秦項の代に同じく災火邑里の際に起る何に況や武宗大に仏法を破し多く寺塔
を滅す撥乱すること能わずして遂に以て事有り已上取意、是れ則ち恣に浄土の一門を信じて護国の諸教を仰がざるに依つてなり而るに吾朝一向専
修を弘通してより以来・国衰微に属し俗多く艱難す已上之を略す、又云く音の哀楽を以て国の盛衰を知る詩の序に云く治世の音は安んじて以て楽
しむ其の政和げばなり乱世の音は怨んで以て怒る其の政乖けばなり亡国の音は哀んで以て思う其の民困めばなりと云云、近代念仏の曲を聞くに
理世撫民の音に背き已に哀慟の響を成す是れ亡国の音なる可し是四、已上奏状。山門の奏状詮を取る此の如し。又大和の荘の法印俊範・宝地房の
法印宗源・同坊の永尊竪者後に僧都と云う並に題者なり等源空が門徒を対治せんが為に各各子細を述ぶ其の文広本に在り、又諸宗の明徳面面
に書を作りて選択集を破し専修を対治する書籍世に伝う。宣旨篇南都北嶺の訴状に依つて専修を対治し行者を流罪す可きの由度度の宣旨
の内今は少を載せ多を省く委くは広本に在り。
永尊竪者の状に云く弾選択等上送せられて後・山上に披露す弾選択に於ては人毎に之を翫び顕選択は諸人之を謗ず法然上人の墓所は感神院
の犬神人に仰付て之を破郤せしめ畢んぬ其の後奏聞に及んで裁許を蒙り畢んぬ、七月の上旬に法勝寺の御八講の次山門より南都に触れて云く
清水寺・祇園の辺・南都山門の末寺たるの処に専修の輩身を容れし草菴に於ては悉く破郤せしめ畢んぬ其の身に於ては使庁に仰せて之を搦め
取らるるの間・礼讃の声黒衣の色・京洛の中に都て以て止め畢んぬ、張本三人流罪に定めらると雖も逐電の間未だ配所に向わず山門今に訴え申し候なり。
此の十一日の僉議に云く法然房所造の選択は謗法の書なり天下に之を止め置く可からず仍つて在在所所の所持並に其の印板を大講堂に取り上
げ三世の仏恩を報ぜんが為に焼失すべきの由奏聞仕り候い畢んぬ重ねて仰せ下され候か、恐恐。嘉禄三年十月十五日専修念仏の張本成覚法
師・讃岐の大手嶋に経回すと云云実否分明ならず慥に〓知を加えらる可きの由・山門の人人申す

178 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 22:15:23.84 ID:Az0FN0F4
相尋ね申さしめ給う可きの由殿下の御気色候う所なり仍つて執達件の如し。嘉禄三年十月二十日 参議範輔在り判修理権亮殿関東より宣旨の御返事隆寛律師の
事、右大弁宰相家の御奉書披露候い畢んぬ、件の律師去る七月の比・下向せしむ鎌倉近辺に経回すると雖も京都の制符に任せ念仏者を追放せらるるの間
奥州の方へ流浪せしめ畢んぬ云云、早く在所を尋ね捜して仰せ下さるるの旨に任せ対馬の嶋に追遣可きなり、此の旨を以て言上せしむ可きの状鎌倉殿の
仰せに依つて執達件の如し。嘉禄三年十月十五日 武蔵守在り判相模守在り判掃部助殿修理亮殿専修念仏の事、停廃の宣下重畳の上偸かに尚興行する
の条更に公家の知しめす所にあらず偏に有司の怠慢たり早く先符に任せて禁遏せらる可し、其の上衆徒の蜂起に於ては宜く制止を加えしめ給う
べし天気に依つて言上件の如し、信盛・頓首恐惶謹言嘉禄三年六月二十九日 左衛門権佐信盛奉進上 天台座主大僧正御房政所右弁官下す 延暦寺
早く僧の隆寛・幸西・空阿弥陀仏の土縁を取り進すべき事の書・権大納言源朝臣雅親勅を宣奉するに件の隆寛等の坐せらるること配流宜く彼の
寺に仰せて度縁を取り進せしむ可し、者れば宜く承知して宣に依つて之を行うべし違失ある可からず。嘉禄三年七月六日左太史小槻宿禰在り判
左少弁藤原朝臣在り判 大政官の符・五畿内の諸国司まさに宜く専修念仏の興行を停廃し早く隆寛・幸西・空阿弥陀仏等の遺弟の留まる処に禁法を
犯す所の輩を捉え搦むべきの事。弘仁聖代の格条眼に在り左大臣勅を宣奉し宜く五畿七道に課せて興行の道を停廃し違犯の身を捉え搦むべし、者
れば諸国司宜く承知して宣に依つて之を行え符到らば奉行を致せ。嘉禄三年七月十七日修理右宮城使正四位下行右中弁藤原朝臣修理東大寺大仏長
官正五位下左大史兼備前権介小槻宿禰専修念仏興行の輩停止す可きの由五畿七道に宣下せられ候い畢んぬ、且つは御存知有る可く候、者れば綸言此の如し
之を悉にせよ、頼隆・誠恐頓首謹言。嘉禄三年七月十三日 右中弁頼隆在り判進上 天台座主大僧正御房政所隆寛対馬の国に改めらる可きの由宣下せられ
畢んぬ、其の由御下知有る可きの旨仰せ下さる所に候なり此の趣を以て申し入れしめ給う可きの状件の如し。右中弁頼隆在り判この御書の最初のページ前のページ
中納言律師御房隆寛律師専修の張本たるに依つて山門より訴え申すの間・陸奥に配流せられ畢んぬ而るに衆徒尚申す旨有り仍つて配所を改めて対馬の
嶋に追い遣らる可きなり、当時東国の辺に経回すと云云不日に彼の島に追い遣らる可きの由関東に申さる可し、者れば殿下の御気色に依つて執達件の如し。
嘉禄三年九月二十六日 参議在り判修理権亮殿専修念仏の事、京畿七道に仰せて永く停止せらる可きの由・先日宣下せられ候い畢んぬ、而るに諸国に尚其の
聞え有りと云云、宣旨の状を守りて沙汰致す可きの由・地頭・守護所等に仰付けらる可きの由・山門訴え申し候御下知有る可く候、此の旨を以て沙汰
申さしめ給う可きの由殿下の御気色候所なり、仍つて執達件の如し。嘉禄三年十月十日 参議在り判武蔵守殿嵯峨に下されし院宣近頃破戒不善の輩厳禁に拘わ
らず猶専修念仏を企つるの由其の聞え有り、而るに先師法眼存日の時・清涼寺の辺に多く以て止住すと云云、遺跡を相継ぎて若し同意有らば彼の寺の執務縦
い相承の理を帯すとも免許の義有る可からざるなり、早く此の旨を存して禁止せしめ給う可し院宣此くの如し仍つて執達件の如し。建保七年二月四日 按 察 使在り判
治部卿律師御房謹んで請う 院宣一紙

179 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 22:21:59.61 ID:HfSqmEwh
>>168
高松は高低差がないんですよ
空港の方とか郊外に行かない限りずーっと平ら
だからギアがないのかと

180 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 22:48:05.03 ID:BZrRC7lH
うどん市場

181 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/21(火) 22:59:03.48 ID:ewniDMwU
田村神社でうどん茹でてたじーちゃんにも171みたいなこと言われたわ(笑)
当たり前すぎて気付かないんだろうね。
うらやましい。

182 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 01:57:11.37 ID:O1WhvNAC
高松市内でかけうどんが旨い店おせーて。

183 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 02:53:57.39 ID:AqkJI8In
>>179
たしかに近距離は山越えはないですが 飯野山を迂回するとそれなりに坂道だし 琴平〜須崎は峠を2つくらい越えましたよ!!
丸亀に電動レンタサイクルがあるらしいですが それらしいのを見たことないです

184 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 03:01:46.65 ID:AqkJI8In
>>171
うん!! そう思うからやっぱり香川の人はさぬきうどんを誇っていいと思いますよ〜

さぬきうどん風のうどんは食べられるけど
さぬきうどんは香川に行かないと食べられないんだよなぁ!!

僕はさぬきうどんを取り巻くシチュエーションも味のうちだと思っているので
東京にも美味しいさぬきうどんの店があるけれど
やはり本場香川にはかないませんね

185 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 05:44:22.10 ID:UmVQaLmI
右当寺四至の内に破戒不善の専修念仏の輩法に任せて制止ある可く候更に以て芳心有る可からず候、若し猶寺家の力に拘わらずんば事の由を申し上ぐ可く候、謹んで請くる所件の如し。
建保七年閏二月四日 権律師良暁左弁官下す 綱所まさに諸寺の執務人に下知して専修念仏の輩を糾断せしむべき事。右・左大臣勅を宣奉す、専修念仏の行は諸宗衰微の基なり、仍つて去
る建永二年の春厳制五箇条の裁許を以てせる官符の施行先に畢んぬ、傾く者は進んでは憲章を恐れず退いては仏勅を憚からず或は梵宇を占め或は聚洛に交わる破戒の沙門・党を道場
に結んで偏に今按の佯を以てす仏号を唱えんが為に妄りに邪音を作し将に蕩して人心を放逸にせんとす、見聞満座の処には賢善の形を現ずと雖も寂寞破〓の夕には流俗の睡りに異ならず是
れ則ち発心の修善に非ず濫行の奸謀を企つるなり豈仏陀の元意僧徒の所行と謂わんや。
宜しく有司に仰せて慥に糾断せしむべし若し猶違犯の者は罪科の趣き一に先符に同じ但し道心修行の人をして以て仏法違越の者に濫ぜしむること莫れ更に弥陀の教説を忽せにするに非ず
只釈氏の法文を全からしめんとなり、兼ては又諸寺執務の人・五保監行の輩聞知して言わずんば与同罪曾つて寛宥せざれ、者れば宜しく承知して宣旨に依つて之を行うべし。
建保七年閏二月八日 太史小槻宿禰在り判謹んで請く 綱所宣旨一通載せらるるはまさに諸寺の執務人に下知して専修念仏の輩を糾断せしむべき事。右宣旨の状に任せ諸寺に告げ触る可きの状謹んで請くる所件の如し。
建保七年閏二月二十二日之を行う。頃年以来無慚の徒・不法の侶・如如の戒行を守らず処処の厳制を恐れず恣に念仏の別宗を建て猥りに衆僧の勤学を謗ず、しかのみならず内には妄執を凝ら
して仏意に乖き外には哀音を引いて人心を蕩かす遠近併ら専修の一行に帰し緇素殆んど顕密の両教を褊す仏法の衰滅而も斯に由る自由の奸悪誠に禁じても余り有り。
是を以て教雅法師に於ては本源を温ねて遠流し此の外同行の余党等慥かに其の行を帝土の中に停廃し悉く其の身を洛陽の外に追郤せよ但し或は自行の為或は化他の為に至心専念・如法修行の輩に於ては制の限りに在らず。
天福二年六月晦日 藤原中納言権弁奉る天福二年文暦と改む四条院の御宇後堀河院の太子なり、武蔵前司入道殿の御時。祇園の執行に仰せ付けらるる山門の下知状。大衆の僉議に云く専修念仏者・天下に繁
昌す是れ則ち近年山門無沙汰の致す所なり、件の族は八宗仏法の怨敵なり円頓行者の順魔なり、先ず京都往返の類・在家称名の所に於ては例に任せ犬神人に仰せて宜しく停止せしむべし云云、者れば大衆僉議
旨斯くの如し早く先例に任せ犬神人等に仰せ含めて専修念仏者を停止せしめ給う可し云云、恐恐謹言。延応二年五月十四日 公文勾当審賢四条院の御宇武蔵前司殿の御時。謹上 祇園の執行法眼御房逐つて申す、去る夜・大
衆僉議して先ず此の異名に於て殊に犬神人に付けて之を責む可きの由仰せ含めぬ仍つ

186 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 05:45:40.61 ID:UmVQaLmI
て実名之を獻ず、専修念仏の張本の事・唯仏・鏡仏・智願・定真・円真・正阿弥陀仏・名阿弥陀仏・善慧・道弁・真如堂狼藉の張本なり已上、唐橋油小路並に八条大御堂六波羅の総門の向いの堂・已上・当時興行の所なり。
延暦寺 別院雲居寺早く一向専修の悪行を禁断す可き事右頃年以来、愚蒙の結党・〓〓の会衆を名けて専修と曰い〓閭に旁ねし心に一分の慧解無く口に衆罪の悪言を吐き言を一念十声の悲願に寄せて敢て三毒五蓋
の重悪を憚からず盲瞑の輩是非を弁えず唯情に順ずるを以て多く愚誨に信伏す、持戒修善の人を笑うて之を雑行と号し鎮国護王の教を謗りて之を魔業と称す諸善を擯棄し衆悪を選択し罪を山岳に積み報を泥梨に招く毒気
深く入つて禁じても改むること無く偏に欲楽を嗜んで自ら止むこと能わず、猶蒼蝿の唾の為に黏さるるが如く、何ぞ狂狗の雷を逐うて走るに異ならん、恣ままに三寸の舌を振いて衆生の眼目を抜き五尺の身を養わ
んが為に諸仏の肝心を滅す、併ら只仏法の怨魔と為り専ら緇門の妖怪と謂う可し。是を以て邪師存生の昔は永く罪条に沈み、滅後の今は亦屍骨を刎らる其の徒・住蓮と安楽とは死を原野に賜い成覚と薩生とは刑を遠
流に蒙りぬ此の現罰を以て其の後報を察す可し、方に今且は釈尊の遺法を護らんが為且は衆生の塗炭を救わんが為に宜く諸国の末寺・荘園・神人・寄人等に仰せて重ねて彼の邪法を禁断すべし縦い片時と雖も彼の凶類を
寄宿せしむ可からず縦い一言と雖も其の邪説を聴受す可からず、若し又山門所部の内に専修興行の輩有らば永く重科に処して寛宥有ること勿れ、者れば三千衆徒の僉議に依つて仰す所件の如し。
延応二年山門申状近来二つの妖怪有り人の耳目を驚かす所謂達磨の邪法と念仏の哀音となり。顕密の法門に属せず王臣の祈請を致さず誠に端拱にして世を蔑り暗証にして人を軽んず小生の浅識を崇めて
見性成仏の仁と為し耆年の宿老を笑うて螻蟻〓〓の類に擬す論談を致さざれば才の長短を表さず決択に交らざれば智の賢愚を測らず、唯牆壁に向うて独り道を得たりと謂い三依纔に紆い七慢専ら盛なり長く舒巻を抛つ
附仏法の外道吾が朝に既に出現す、妖怪の至り慎まずんばあるべからず何ぞ強ちに亡国流浪の僧を撰んで伽藍伝持の主と為さんや。
御式目に云く右大将家以後・代代の将軍並に二位殿の御時に於ての事・一向に御沙汰を改ること無きか、追加の状に云く嘉禄元年より仁治に至るまで御成敗の事・正嘉二年二月十日評定、右自今以後に於ては三代の
将軍並に二位家の御成敗に準じて御沙汰を改むるに及ばずと云云。念仏停廃の事、宣旨御教書の趣き南都北嶺の状粗此くの如し、日蓮〓弱為りと雖も勅宣並に御下知の旨を守りて偏に南北明哲の
賢懐を述ぶ猶此の義を棄置せらるるに非ずんば綸言徳政を故らる可きか将た御下知を仰せらるる可きか、称名念仏の行者又賞翫せらると雖も既に違勅の者なり関東の御勘気未だ御免許をも蒙らず何ぞ恣に関東
の近住を企てんや、就中武蔵前司殿の御下知に至りては三代の将軍並に二位家の御沙汰に準じて御沙汰を改むること有る可からずと云云。
然るに今念仏者何の威勢に依つてか宣旨に背くのみに非ず御下知を軽蔑して重ねて称名念仏の専修を結構せん人に依つて事異なりと云う此の謂在るか、何ぞ恣に華夷縦横の経回を致さんや。勘文篇念仏者追放宣旨御教書の事

187 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 05:47:00.03 ID:UmVQaLmI
念仏無間地獄抄 /建長七年 三十四歳御作念仏は無間地獄の業因なり法華経は成仏得道の直路なり早く浄土宗を捨て法華経を持ち生死を離れ菩提を得可き事法華経
第二譬喩品に云く「若人信ぜずして此の経を毀謗せば、即ち一切世間の仏種を断ぜん、其の人命終して阿鼻獄に入らん、一劫を具足して劫尽きなば更生れん、是くの如く展
転して無数劫に至らん」云云 此の文の如くんば方便の念仏を信じて真実の法華を信ぜざらん者は無間地獄に堕つ可きなり念仏者云く我等が機は法華経に及ばざる間信ぜざ
る計りなり毀謗する事はなし何の科に地獄に堕つ可きか、法華宗云く信ぜざる条は承伏なるか、次に毀謗と云うは即不信なり信は道の源功徳の母と云へり菩薩の
五十二位には十信を本と為し十信の位には信心を始と為し諸の悪業煩悩は不信を本と為す云云、然ば譬喩品の十四誹謗も不信を以て体と為せり今の念仏門は不信と云い誹謗
と云い争か入阿鼻獄の句を遁れんや、其の上浄土宗には現在の父たる教主釈尊を捨て他人たる阿弥陀仏を信ずる故に五逆罪の咎に依つて必ず無間大城に堕つ可き
なり、経に今此の三界は皆是我有なりと説き給うは主君の義なり其の中の衆生悉く是れ吾子と云うは父子の義なり而るに今此の処は諸の患難多し、唯我一人能く救護を為
すと説き給うは師匠の義なり而して釈尊付属の文に此法華経をば付属有在と云云何れの機か漏る可き誰人か信ぜざらんや、而るに浄土宗は主師親たる教主釈尊の
付属に背き他人たる西方極楽世界の阿弥陀如来を憑む故に主に背けり八逆罪の凶徒なり違勅の咎遁れ難し即ち朝敵なり争か咎無けんや、次に父の釈尊を捨つる故に
五逆罪の者なり豈無間地獄に堕ちざる可けんや、次に師匠の釈尊に背く故に七逆罪の人二十逆罪の咎に依つて悪道に堕つ可きなり、浄土の三部経とは釈尊一代五時の説教
の内第三方等部の内より出でたり、此の四巻三部の経は全く釈尊の本意に非ず三世諸仏出世の本懐にも非ず唯暫く衆生誘引の方便なり譬えば塔をくむに
足代をゆふが如し念仏は足代なり法華は宝塔なり法華を説給までの方便なり法華の塔を説給て後は念仏の足代をば切り捨べきなり、然るに法華経を説き給う
て後念仏に執著するは塔をくみ立て後足代に著して塔を用ざる人の如し豈違背の咎無からんや、然れば法華の序分 ・無量義経には四十余年未顕真実と説給て念
仏の法門を打破り給う、正宗法華経には正直捨方便・但説無上道と宣べ給て念仏三昧を捨て給う之に依て阿弥陀経の対告衆長老・舎利弗尊者・阿弥陀経を打捨て法華
経に帰伏して華光如来と成り畢んぬ、四十八願付属の阿難尊者も浄土の三部経を抛て法華経を受持して山海慧自在通王仏と成り畢んぬ、阿弥陀経の長老
舎利弗は千二百の羅漢の中に智慧第一の上首の大声聞・閻浮提第一の大智者なり肩を並ぶる人なし、阿難尊者は多聞第一の極聖・釈尊一代の説法を空に誦せし広
学の智人なり、かかる極位の大阿羅漢すら尚往生成仏の望を遂げず仏在世の祖師此くの如し祖師の跡を踏む可くば三部経を抛ちて法華経を信じ無上菩提を成ず可
き者なり仏の滅後に於ては祖師先徳多しと雖も大唐楊州の善導和尚にまさる人なし唐土第一の高祖なり云云、始は楊州の明勝と云える聖人を師と為して法華経を習
たりしが道綽禅師に値つて浄土宗に移り法華経を捨て念仏者と成れり一代聖教に於て聖道浄土の二門を立てたり法華経等の諸大乗経をば聖道門と名く自力の行と嫌え
り聖道門を修行して成仏を願わん人は百人にまれに一人二人千人にまれに三人五人得道する者や有んずらん乃至千人に一人も得道なき事も有るべし観経等の三部経を浄土門と名け此の浄
土門を修行して他力本願を憑んで往生を願わん者は十即十生百即百生とて十人は十人百人は百人決定往生す可しとすすめたり、観無量寿経を所
依と為して四巻の疏を作る玄義分・序分義・定善義・散善義是なり、其の外法事讃上下・般舟讃・往生礼讃・観念法門経此等を九帖の疏と名けた
なり争か悪道に堕ちざらんや此の如く教主釈尊は娑婆世界の衆生には主師親の三徳を備て大恩の仏にて御坐す此の仏を捨て他方の仏を信じ弥陀薬師大日等を憑み奉る人は

188 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 05:48:35.75 ID:UmVQaLmI
り、善導念仏し給へば口より仏の出給うと云つて称名念仏一遍を作すに三体づつ口より出給けりと伝へたり、毎日の所作には
阿弥陀経六十巻・念仏十万遍是を欠く事なし、諸の戒品を持つて一戒も破らず三依は身の皮の如く脱ぐ事なく鉢〓は両眼の
如く身を離さず精進潔斎す女人を見ずして一期生不眠三十年なりと自歎す、凡そ善導の行儀法則を云へば酒肉五辛を制止
して口に齧まず手に取らず未来の諸の比丘も是くの如く行ずべしと定めたり、一度酒を飲み肉を食い五辛等を食い念仏申さん
者は三百万劫が間地獄に堕す可しと禁しめたり、善導が行儀法則は本律の制に過ぎたり、法然房が起請文にも書載たり、一天
四海善導和尚を以て善知識と仰ぎ貴賤上下皆悉く念仏者と成れり・但し一代聖教の大王・三世諸仏の本懐たる法華の文には若
し法を聞くこと有らん者は無一不成仏と説き給へり、善導は法華経を行ぜん者は千人に一人も得道の者有る可からずと定
む何れの説に付く可きか、無量義経には念仏をば未顕真実とて実に非ずと言ふ法華経には正直捨方便但説無上道とて正直
に念仏の観経を捨て無上道の法華経を持つ可しと言ふ此の両説水火なり何れの辺に付く可きや善導が言を信じて法華経を捨
つ可きか法華経を信じて善導の義を捨つ可きか如何、夫れ一切衆生皆成仏道の法華経、一たび法華経を聞かば決定して菩提を成ぜ
んの妙典善導が一言に破れて千中無一虚妄の法と成り、無得道教と云はれ平等大慧の巨益は虚妄と成り多宝如来の皆是
真実の証明の御言妄語と成るか十方諸仏の上至梵天の広長舌も破られ給ぬ、三世諸仏の大怨敵と為り十方如来成仏の種子
を失う大謗法の科甚重し大罪報の至り無間大城の業因なり、之に依つて忽に物狂いにや成けん所居の寺の前の柳の木に登りて自
ら頚をくくりて身を投げ死し畢んぬ邪法のたたり踵を回さず冥罰爰に見たり、最後臨終の言に云く此の身厭う可し諸苦に
責められ暫くも休息無しと即ち所居の寺の前の柳の木に登り西に向い願つて曰く仏の威神以て我を取り観音勢至来つて又我を
扶けたまえと唱え畢つて青柳の上より身を投げて自絶す云云、三月十七日くびをくくりて飛たりける程にくくり縄や切れけん柳の枝や折れけん大旱魃の堅土
の上に落て腰骨を打折て、二十四日に至るまで七日七夜の間悶絶躄地しておめきさけびて死し畢ぬ、さればにや是程の高祖をば往
生の人の内には入れざるらんと覚ゆ此事全く余宗の誹謗に非ず法華宗の妄語にも非ず善導和尚自筆の類聚伝の文なり云云、而
も流を酌む者は其の源を忘れず法を行ずる者は其の師の跡を踏む可し云云浄土門に入つて師の跡を踏む可くば臨終の時善導が如く
自害有る可きか、念仏者として頚をくくらずんば師に背く咎有る可きか如何。
日本国には法然上人浄土宗の高祖なり十七歳にして一切経を習極め天台六十巻に渡り、八宗を兼学して一代聖教の大意を得
たりとののしり、天下無雙の智者山門第一の学匠なり云云、然るに天魔や其の身に入にけん広学多聞の智慧も空く
諸宗の頂上たる天台宗を打捨て八宗の外なる念仏者の法師と成りにけり大臣公卿の身を捨て民百姓と成るが如し、選択
集と申す文を作つて一代五時の聖教を難破し念仏往生の一門を立てたり、仏説法滅尽経に云く五濁悪世には魔道興盛し魔沙門と
作つて我が道を壊乱し悪人転た海中の沙の如く善人甚だ少くして若は一人若は二人ならん云云即ち法然房是なりと山門の状に書かれ
たり、我が浄土宗の専修の一行をば五種の正行と定め権実顕密の諸大乗をば五種の雑行と簡て浄土門の正行をば善導の如く決定往
生と勧めたり、観経等の浄土の三部経の外・一代顕密の諸大乗経・大般若経を始と為して終り法常住経に至るまで貞元録に載する所の六
百三十七部・二千八百八十三巻は皆是千中無一の徒物なり永く得道有る可からず、難行・聖道門をば門を閉じ之を抛ち之を閣き之を捨て・浄
土門に入る可しと勧めたり、一天の貴賤首を傾け四海の道俗掌を合せ或は勢至の化身と号し或は善導の再誕と仰ぎ一天四海になびかぬ木
草なし、智慧は日月の如く世間を照して肩を並ぶる人なし名徳は一天に充ちて善導に超え曇鸞・道綽にも勝れたり貴賤・上下・皆選択集を以て仏法の
明鏡なりと思い道俗・男女悉く法然房を以て生身の弥陀と仰ぐ、然りと雖も恭敬供養する者は愚癡迷惑の在俗の人・帰依渇仰する人は無智放逸の

189 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 06:46:41.89 ID:vKtkbhms
>>182
市内とはどこまでですか?
今だと国分寺とかの郊外も入りますが大丈夫ですか?

>>183
琴平から須崎は車でもかなりな坂ですよね
伊予見坂(愛媛が見えたってことと推測)とかあったような…
電動自転車必須ですね
丸亀市からも随分距離ありますが…

190 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 07:14:26.95 ID:sByFmaIT
うどん市場

191 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 08:32:52.71 ID:Lg/jKX9Y
山田屋とか八十八庵だと自転車じゃちょっと大変かな

192 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 09:03:31.65 ID:AqkJI8In
>>191
山田屋は高松でチャリ借りて行きましたよ!!
あそこの坂もつらかった(>_<)

193 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 16:09:31.30 ID:O1WhvNAC
>>189
バーカ。そんなことも分かんねーのか。
文字通り市内っつたら市内だろウンコ野郎。

194 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 22:51:47.46 ID:UmVQaLmI
邪見の輩なり、権者に於ては之を用いず賢哲又之に随うこと無し。然る間斗賀尾の明慧房は天下無雙の智人・広学多聞の明匠なり、摧邪輪
三巻を造つて選択の邪義を破し、三井寺の長吏・実胤大僧正は希代の学者・名誉の才人なり浄土決疑集三巻を作つて専修の悪行を難じ、比
叡山の住侶・仏頂房・隆真法橋は天下無雙の学匠・山門探題の棟梁なり弾選択上下を造つて法然房が邪義を責む、しかのみならず南都・山門
・三井より度度奏聞を経て法然が選択の邪義亡国の基為るの旨訴え申すに依つて人王八十三代・土御門院の御宇・承元元年二月上旬に専修念
仏の張本たる安楽・住蓮等を捕縛え忽ちに頭を刎ねられ畢んぬ、法然房源空は遠流の重科に沈み畢んぬ、其の時・摂政左大臣家実と申すは近衛
殿の御事なり此の事は皇代記に見えたり誰か之を疑わん。しかのみならず法然房死去の後も又重ねて山門より訴え申すに依つて人皇八
十五代・後堀河院の御宇嘉禄三年京都六箇所の本所より法然房が選択集・並に印版を責め出して大講堂の庭に取り上げて三千の大衆会合し三
世の仏恩を報じ奉るなりとて之れを焼失せしめ法然房が墓所をば犬神人に仰せ付けて之れを掘り出して鴨河に流され畢んぬ。
宣旨・院宣・関白殿下の御教書を五畿・七道に成し下されて、六十六箇国に念仏の行者・一日片時も之れを置く可からず対馬の島に追い遣る可き
の旨諸国の国司に仰せ付けられ畢んぬ、此等の次第・両六波羅の注進状・関東相模守の請文等明鏡なる者なり。
嘉禄三年七月五日に山門に下さるる宣旨に云く。専修念仏の行は諸宗衰微の基なり、〓に因つて代代の御門・頻に厳旨を降され殊に禁遏を
加うる所なり、而るを頃年又興行を構へ山門訴え申さしむるの間・先符に任せて仰せ下さるること先に畢んぬ、其の上且は仏法の
陵夷を禁ぜんが為且は衆徒の欝訴を優に依つて其の根本と謂うを以て隆寛・成覚・空阿弥陀仏等其の身を遠流に処せしむ可きの由・不日に宣
下せらるる所なり、余党に於ては其の在所を尋ね捜して帝土を追却す可きなり、此の上は早く愁訴を慰じて蜂起を停止す可きの旨・時刻を回さず
御下知有る可く候、者綸言此の如し頼隆・誠恐・頓首謹言。七月五日酉刻 右中弁頼隆奉わる進上天台座主大僧正御房政所同七月十三日山門に下さるる宣旨に云く。
専修念仏興行の輩を停止す可きの由・五畿七道に宣下せられ畢んぬ、且御存知有る可く候綸言此の如く之を悉にす・頼隆・誠恐・頓首謹言。
七月十三日 右中弁頼隆奉わる進上天台座主大僧正御房政所殿下御教書専修念仏の事、五畿七道に仰せて永く停止せらる可きの由・先日宣下せら
れ候い畢んぬ、而るを諸国に尚其の聞え有り云云、宣旨の状を守つて沙汰致す可きの由・地頭守護所等に仰せ付けらる可きの旨・山門訴
え申し候、御存知有る可く候、此の旨を以て沙汰申さしめ給う可き由・殿下の御気色候所なり、仍て執達件の如し。
嘉禄三年十月十日 参議範輔在り判武 蔵 守 殿永尊竪者の状に云く、此の十一日に大衆僉議して云く法然房所造の選択は謗法の書なり天下之を止め置く可か

195 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 22:53:01.04 ID:UmVQaLmI
らず、仍て在在所所の所持並に其の印板を大講堂に取り上げて三世の仏恩を報ぜんが為に之を焼失せしめ畢んぬ、又云く法然上人の墓所をば感神院の犬神人に仰せ付けて破却せしめ畢んぬ。
嘉禄三年十月十五日・隆真法橋申して云く専修念仏は亡国の本為る可き旨文理之有りと。山門より雲居寺に送る状に云く、邪師源空・存生の間には永く罪条に沈み滅後の今は且死骨を
刎ねられ、其の邪類・住蓮・安楽・死を原野に賜い成覚・薩生は刑を遠流に蒙る殆ど此の現罰を以て其の後報を察す可し云云。
嗚呼世法の方を云えば違勅の者と成り帝王の勅勘を蒙り今に御赦免の天気之れ無し心有る臣下万民・誰人か彼の宗に於て布施供養を展ぶ可きや、仏法の方を云えば正法誹謗の罪
人為り無間地獄の業類なり何れの輩か念仏門に於て恭敬礼拝を致す可きや、庶幾くば末代今の浄土宗・仏在世の祖師・舎利弗・阿難等の如く浄土宗を抛つて法華経を持ち菩提の素懐を遂ぐ可き者か。
日 蓮 花 押当世念仏者無間地獄事安房の国・長狭郡・東条花房の郷蓮華寺に於て浄円房に対して日蓮阿闍梨之を註るす、文永元年甲子九月二十二日。
問うて曰く当世の念仏者・無間地獄と云う事其の故如何、答えて云く法然の選択に就いて云うなり、問うて云く其の選択の意如何、答えて曰く後鳥羽院の治天
下・建仁年中に日本国に一の彗星出でたり名けて源空法然と曰う選択一巻を記して六十余紙に及べり、科段を十六に分つ第一段の意は道綽禅師の安楽集に依つて聖道浄土の
名目を立つ、其の聖道門とは浄土の三部経等を除いて自余の大小乗の一切経殊には朝家帰依の大日経・法華経・仁王経・金光明経等の顕密の諸大乗経の名目阿弥陀仏より已外の
諸仏・菩薩・朝家御帰依の真言等の八宗の名目之を挙げて聖道門と名く、此の諸経諸仏諸宗は正像の機に値うと雖も末法に入つて之を行ぜん者は一人も生死を離る可からずと云云、又曇
鸞法師の往生論註に依つて難易の二行を立つ第二段の意は善導和尚の五部九巻の書に依つて正雑二行を立つ、其の雑行とは道綽の聖道門の料簡の如し、又此の雑行は末法に入つて
は往生を得る者の千中に一も無きなり、下の十四段には或は聖道・難行・雑行をば小善根・随他意・有上功徳等と名け念仏等を以ては大善根・随自意・無上功徳等と名けて、念仏に対して末
代の凡夫此れを捨てよ此の門を閉じよ之を閣けよ之を抛てよ等の四字を以て之を制止す、而て日本国中の無智の道俗を始めて大風に草木の従うが如く皆此の義に随つて忽に法華真言等
に随喜の意を止め建立の思を廃す、而る間人毎に平形の念珠を以て弥陀の名号を唱え或は毎日三万遍・六万遍・十万遍・四十八万遍・百万遍等唱る間又他の善根も無く念仏堂を造ること稲麻竹葦の如く、結句は法華真言

196 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 22:54:30.53 ID:UmVQaLmI
等の智者とおぼしき人人も皆或は帰依を受けんが為に或は往生極楽の為に皆本宗を捨てて念仏者と成り或は本宗にして念仏の法門を仰げるなり。
今云く日本国中の四衆の人人は形は異り替ると雖も意根は皆一法を行じて悉く西方の往生を期す、仏法繁昌の国と見えたる処に一の大なる疑
を発する事は念仏宗の亀鏡と仰ぐ可き智者達・念仏宗の大檀那と為る大名・小名並びに有徳の者多分は臨終思う如くならざるの由之を聞き之を見
る、而るに善導和尚・十即十生と定め十遍乃至一生の間・念仏者は一人も漏れず往生を遂ぐ可しと見えたり人の臨終と善導の釈とは水火なり。
爰に念仏者会して云く往生に四つ有り、一には意念往生・般舟三昧経に出でたり、二には正念往生・阿弥陀経に出でたり、三には無記往生・群
疑論に出でたり、四には狂乱往生・観経の下品下生に出でたり、詰つて曰く此の中の意・正の二は且く之を置く無記往生は何れの経論に依つて懐
感禅師・之を書けるや、経論に之無くば信用取り難し、第四の狂乱往生とは引証は観経の下品下生の文なり、第一に悪人臨終の時妙法を覚れる善知
識に値つて覚る所の諸法実相を説かしめて之を聞く者正念存し難く十悪・五逆・具諸不善の苦に逼め被れて覚ることを得ざれば善知識実相の初門と為る
故に称名して阿弥陀仏を念ぜよと云うに音を揚げて唱え了んぬ、此れは苦痛に堪え難くして正念を失う狂乱の者に非るか狂乱の者争か十念を
唱う可き、例せば正念往生の所摂なり全く狂乱の往生には例す可からず、而るに汝等が本師と仰ぐ所の善導和尚は此の文を受けて転教口称とは
云えども狂乱往生とは云わず、其の上汝等が昼夜十二時に祈る所の願文に云く願くは弟子等命終の時に臨んで心顛倒せず心錯乱せず心失念せず
身心諸の苦痛無く身心快楽禅定に入るが如し等云云、此の中に錯乱とは狂乱か而るに十悪五逆を作らざる当世の念仏の上人達並に大檀那等
の臨終の悪瘡等の諸の悪重病並に臨終の狂乱は意を得ざる事なり、而るに善導
和尚の十即十生と定め又定得往生等の釈の如きは疑無きの処に十人に九人往生すと雖も一人往生せざれば猶不審発る可し、
何に況や念仏宗の長者為る善慧・隆観・聖光・薩生・南無・真光等・皆悪瘡等の重病を受けて臨終に狂乱して死するの由之を聞き又之を
知る、其の已下の念仏者の臨終の狂乱其の数を知らず、善導和尚の定むる所の十即十生は闕けて嫌える所の千中無一と成んぬ、千中無一と定
められし法華・真言の行者は粗ぼ臨終の正念なる由之を聞けり、念仏の法門に於ては正像末の中には末法に殊に流布す可し、利根・鈍根・
善人・悪人・持戒破戒等の中には鈍根・悪人・破戒等殊に往生す可しと見えたり、故に道綽禅師は唯有浄土一門と書かれ、善導和尚は十即十生と
定め往生要集には濁世末代の目足と云えり、念仏は時機已に叶えり行ぜん者空しかる可からざるの処に是くの如きの相違は大なる疑なり、若し之に
依つて本願を疑わば仏説を疑うに成んぬ進退惟谷れり此の疑を以て念仏宗の先達並びに聖道の先達に之を尋るに一人として答うる人之れ
無し、念仏者救うて云く、汝は法然上人の捨閉閣抛の四字を謗法と過むるか汝が小智の及ばざる所なり、故に上人此の四字を私に之を書くと思えるか
、源曇鸞・道綽・善導の三師の釈より之を出したり、三師の釈又私に非ず、源浄土の三部経・竜樹菩薩の十住毘婆沙論より出ず、雙観経の上巻に云く設い
我仏を得乃至十念等と云云、第十九の願に云く設い我仏を得て諸の功徳を修め菩提心を発す等と云云、下巻に云く乃至一念等と云云、第十八の願成就
の文なり、又下巻に云く「其の上輩者○一向専念・其中輩者○一向専念・其下輩者○一向専念」と云云、此れは十九願成就の文なり、観無量寿
経に云く「仏阿難に告ぐ汝好く是の語を持て是の語を持つ者は即ち是れ無量寿仏の名を持つ」等と云云、阿弥陀経に云く小善根を以てす可からず乃至
一日七日等と云云、先ず雙観経の意は念仏往生・諸行往生と説けども一向専念と云つて諸行往生を捨て了んぬ、故に弥勒の付属には一向に念仏を付属し了
んぬ、観無量寿経の十六観も上の十五の観は諸行往生、下輩一観の三品は念仏往生なり、仏・阿難尊者に念仏を付属するは諸行を捨つる意なり、阿弥陀経に
は雙観経の諸行・観無量寿経の前十五観を束ねて小善根と名け往生を得ざるの法と定め畢んぬ、雙観経の念仏をば

197 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 23:23:23.83 ID:sbUp62cZ
>>193
平成の大合併で広大になった高松市域を指定して「どこが」とか訊くのは、無理があるっしょ。
せめて自分の居住地界隈とか、これからめぐろうとしている場所とか指定しないと。

198 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/22(水) 23:30:57.93 ID:sByFmaIT
うどん市場

199 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 01:42:42.29 ID:sLhdZSqz
>>197
だから高松市内だって言ってんだろ。日本語の分からんのかカス。

>>せめて自分の居住地界隈とか、これからめぐろうとしている場所とか指定しないと

香川になんか住んでねーし。日本一狭い県の一市なんか端から端まですぐ
めぐれるわ。
貴様はかけうどんが旨い店だけ紹介しとけやアホンダラ。

200 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 05:45:10.61 ID:YNSZoizL
無上功徳と名けて弥勒に付属し、観経念仏をば芬陀利華と名けて阿難に付属し、阿弥陀経の念仏をば大善根と名けて舎利弗に付属す、終の付属は一経の肝心を付属するなり又一経の名を付属するなり、三部経には諸の善根多し
と雖も其の中に念仏最なり、故に題目には無量寿経・観無量寿経・阿弥陀経等と云えり、釈摩訶衍論・法華論等の論を以て之れを勘うるに一切経の初には必ず南無の二字有り、梵本を以て之を言わば三部経の題目には
南無之れ有り、雙観経の修諸の二字に念仏より外の八万聖教残る可からず、観無量寿経の三福九品等の読誦大乗の一句に一切経残る可からず、阿弥陀経の念仏の大善根に対する小善根の語に法華経等漏る可きや
、総じて浄土の三部経の意は行者の意楽に随わんが為に暫く諸行を挙ぐと雖も、再び念仏に対する時は諸行の門を閉じて捨閉閣抛する事顕然なり、例せば法華経を説かんが為に無量義経を説くの時に四十余年の経を
捨てて法華の門を開くが如し、竜樹菩薩十住毘婆沙論を造つて一代聖教を難易の二道に分てり、難行道とは三部経の外の諸行なり易行道とは念仏なり、経論此くの如く分明なりと雖も震旦の人師此の義を知らず
唯善導一師のみ此の義を発得せり、所以に雙観経の三輩を観念法門に書いて云く「一切衆生・根性不同にして上中下有り其の根性に随つて仏皆無量寿仏の名を専念することを勧む」等云云、此の文の意は発菩提心・
修諸功徳等の諸行は他力本願の念仏に値わざりし以前に修する事よと有りけるを忽に之を捨てよと云うとも行者用ゆ可からず故に暫く諸行を許すなり、実には念仏を離れて諸行を以て往生を遂ぐる者之無しと書きしなり、観
無量寿経の仏告阿難等の文を善導の疏の四に之れを受けて曰く「上来に定散両門を説くと雖も仏の本願に望めば意衆生の一向に専ら阿弥陀の名を称するに在り」云云、定散とは八万の権実・顕密の諸経を尽して之を摂して
念仏に対して之れを捨つるなり、善導の法事讃に阿弥陀経の大小善根の故を釈して云く「極楽は無為涅槃界なり随縁の雑善恐らくは生じ難し故に如来要法を選んで教えて弥陀専修を念ぜしむ」等と云云、諸師の
中に三部経の意を得たる人は但導一人のみ、如来の三部経に於ては是くの」如く有れども正法像法の時は根機猶利根の故に諸行往生の機も之有りけるか。
然るに機根衰えて末法と成る間・諸行の機漸く失い念仏の機と成れり、更に阿弥陀如来・善導和尚と生れて震旦に此の義を顕し、和尚日本に生れて初は叡山に入つて修行し後には叡山を出でて一向に専修
念仏して三部経の意を顕し給いしなり、汝捨閉閣抛の四字を謗法と咎むる事未だ導和尚の釈並びに三部経の文を窺わざるか、狗の雷を齧むが如く地獄の業を増す汝知らずんば浄土家の智者に問え。
不審して云く上の所立の義を以て法然の捨閉閣抛の謗言を救うか実に浄土の三師並に竜樹菩薩・仏説により此の三部経の文を開くに念仏に対して諸行を傍と為す事粗経文に之見えたり、経文に嫌われし程
の諸行念仏に対して之を嫌わんこと過む可きに非ず、但不審なる処は雙観経の念仏已外の諸行・観無量寿経の念仏以外の定散・阿弥陀経の念仏の外の小善根の中に法華・涅槃・大日経等の極大乗経を入
れ念仏に対して不往生の善根ぞと仏の嫌わせ給いけるを竜樹菩薩・三師並に法然之を嫌わば何の失有らん但三部経の小善根等の句に法華・涅槃・大日経等は入る可しとも覚えざれば三師並に法然の釈を用い
ざるなり、無量義経の如きは四十余年・未顕真実と説いて法華八箇年を除きて以前四十二年に説く所の大小・権実の諸経は一字一点も未顕真実の語に漏る可しとも覚えず、しかのみならず四十二年の間に説く所の
阿含・方等・般若・華厳の名目之を出だせり、既に大小の諸経を出して生滅無常を説ける諸の小乗経を阿含の句に摂し、三にして無差別の法門を説ける諸大乗経を華厳海空の句に摂し、十八空等を説ける諸大乗経
を般若の句に摂し、弾呵の意を説ける諸大乗経を方等の句に摂す、是くの如く年限を指し経の題目を挙げ無量義経に依つて法華経に対して諸経を嫌い・嫌える所の諸経に依れる諸宗を下すこと天台大師の私に非ず、
汝等が浄土の三部経の中には念仏に対して諸行を嫌う文は之有りとも嫌わるる諸行は浄土の三部経よりの外の五十年の諸経なりと云う現文は之無し、又無量義経の如く阿含・方等・般若・華厳等をも挙げず

201 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 05:46:22.20 ID:YNSZoizL
誰か知る三部経には諸の小乗経並に歴劫修行の諸経等の諸行を仏・小善根と名け給うと云ふ事を、左右無く念仏よりの外の諸行を小善等と云えるを法華涅槃等の
一代の教なりと打ち定めて捨閉閣抛の四字を置きては仏意にや乖くらんと不審する計りなり、例せば王の所従には諸人の中・諸国の中の凡下等一人も残る可からず
民が所従には諸人諸国の主は入る可からざるが如し、誠に浄土の三部経等が一代超過の経ならば五十年の諸経を嫌うも其の謂れ之有りなん三部経の文より事起つ
て一代を摂す可しとは見えず、但一機一縁の小事なり何ぞ一代を摂して之を嫌わん、三師並に法然此の義を弁えずして諸行の中に法華・涅槃並に一代を摂して末代に
於て之を行ぜん者は千中無一と定むるは近くは依経に背き遠くは仏意に違う者なり、但し竜樹の十住毘婆沙論の難行の中に法華真言等を入ると云うは論文に分明に之有
りや、設い論文に之有りとも慥なる経文之無くば不審の内なり、竜樹菩薩は権大乗の論師為りし時の論なるか、又訳者の入れたるかと意得可し、其の故は
仏は無量義経に四十余年は難行道・無量義経は易行道と定め給う事金口の明鏡なり、竜樹菩薩仏の記文に当つて出世して諸経の意を演ぶ豈仏説なる難易の
二道を破つて私に難易の二道を立てんや、随つて十住毘婆沙論の一部始中終を開くに全く法華経を難行の中に入れたる文之無く只華厳経の十地を釈するに第
地に至り畢つて宣べず、又此の論に諸経の歴劫修行の旨を挙ぐるに菩薩難行道に堕し二乗地に堕して永不成仏の思を成す由見えたり法華已前の論なる事疑無し、竜
樹菩薩の意を知らずして此の論の難行の中に法華真言を入れたりと料簡するか、浄土の三師に於ては書釈を見るに難行・雑行・聖道の中に法華経を入れた
る意粗之有り、然りと雖も法然が如き放言の事之無し、しかのみならず仏法を弘めん輩は教機時国教法流布の前後を〓む可きか。
如来在世に前の四十余年には大小を説くと雖も説時至らざるの故に本懐を演べ給わず、機有りと雖も時無ければ大法を説き給わず、霊山八年の間
誰か円機ならざる時も来る故に本懐を演べたもうに権機移つて実機と成る、
法華経の流通並に涅槃経には実教を前とし権教を後とす可きの由見えたり、在世には実を隠して権を前にす滅後には実を前として権を後と為す可き道理
顕然なり、然りと雖も天竺国には正法一千年の間は外道有り、一向小乗の国有り、又一向大乗の国有り、又大小兼学の国有り、漢土に仏法渡つても又天竺の
如し、日本国に於ては外道も無く小乗の機も無く唯大乗の機のみ有り、大乗に於ても法華よりの外の機無し、但し仏法日本に渡り始めし時暫く小乗の三宗・権大乗の
三宗を弘むと雖も桓武の御宇に伝教大師の御時六宗情を破つて天台宗と成りぬ、倶舎・成実・律の三宗の学者も彼の教の如く七賢三道を経て見思を断じ二乗と成らん
とは思わず、只彼の宗を習つて大乗の初門と為し彼の極を得んとは思わず、権大乗の三宗を習える者も五性各別等の宗義を捨てて一念三千・五輪等の妙観を
窺う、大小・権実を知らざる在家の檀那等も一向に法華真言の学者の教に随つて之を供養する間・日本一洲は印度震旦には似ず一向純円の機なり、恐くは霊山八
年の機の如し、之を以て之を思うに浄土の三師は震旦・権大乗の機に超えじ、法然に於ては純円の機・純円の教・純円の国を知らず、権大乗の一分為る観経等の念仏
、権実をも弁えざる震旦の三師の釈之を以て此の国に流布せしめ実機に権法を授け、純円の国を権教の国と成し醍醐を嘗むる者に蘇味を与うるの失誠に甚だ多し。

202 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 05:47:36.58 ID:YNSZoizL
題目弥陀名号勝劣事南無妙法蓮華経と申す事は唱えがたく南無阿弥陀仏・南無薬師如来なんど申す事は唱えやすく又文字の数
の程も大旨は同けれども功徳の勝劣は遥に替りて候なり、天竺の習ひ仏出世の前には二天・三仙の名号を唱えて天を願ひ
けるに仏世に出させ給いては仏の御名を唱ふ、然るに仏の名号を二天・三仙の名号に対すれば天の名は瓦礫のごとし仏の名
号は金銀・如意宝珠等のごとし、又諸仏の名号は題目の妙法蓮華経に対すれば瓦礫と如意宝珠の如くに侍るなり、然るを仏教の
中の大小権実をも弁へざる人師なんどが仏教を知りがほにして仏の名号を外道等に対して如意宝珠に譬へたる経文を見・又法華経の
題目を如意宝珠に譬へたる経文と喩の同きをもつて念仏と法華経とは同じ事と思へるなり、同じ事と思う故に又世間に貴と思
う人の只弥陀の名号計を唱うるに随つて・皆人一期の間一日に六万遍・十万遍なんど申せども法華経の題目をば一期に一遍も唱
へず、或は世間に智者と思はれたる人人・外には智者気にて内には仏教を弁へざるが故に念仏と法華経とは只一なり南無阿弥陀仏と
唱うれば法華経を一部よむにて侍るなんど申しあへり是は一代の諸経の中に一句一字もなき事なり、設ひ大師先徳の釈の中より出たり
とも且は観心の釈か且はあて事かなんど心得べし、法華経の題目は過去に十万億の生身の仏に値ひ奉つて功徳を成就する人・初
めて妙法蓮華経の五字の名を聞き始めて信を致すなり、諸仏の名号は外道・諸天・二乗・菩薩の名号にあはすれば瓦礫と如意宝珠
の如くなれども法華経の題目に対すれば又瓦礫と如意宝珠との如し、当世の学者は法華経の題目と諸仏の名号とを功徳ひとしと思ひ
又同じ事と思へるは瓦礫と如意宝珠とを同じと思ひ一と思うが如し、止観の五に云く「設い世を厭う者も下劣の乗を翫び枝葉に攀付し狗作務に狎れ〓猴を敬いて
帝釈と為し瓦礫を崇めて是明珠なりとす此の黒闇の人豈道を論ず可けんや」等云云、文の心は設ひ世をいとひて出家遁世して山林
に身をかくし名利名聞をたちて一向後世を祈る人人も法華経の大乗をば修行せずして権教下劣の乗につきたる名号等を唱うるを瓦礫
を明珠なんどと思いたる僻人に譬へ闇き悪道に行くべき者と書れて侍るなり、弘決の一には妙楽大師・善住天子経をかたらせ給いて法
華経の心を顕はして云く「法を聞いて謗を生じ地獄に堕するは恒沙の仏を供養する者に勝る等」云云、法華経の名を聞いてそしる罪は
弥陀仏・釈迦仏・薬師仏等の恒河沙の仏を供養し名号を唱うるにも過ぎたりされば当世の念仏者の念仏を六万遍・乃至十万遍申すなんど
云へども彼にては終に生死をはなるべからず、法華経を聞くをば千中無一・雑行・未有一人得者なんど名けて或は抛よ或は門を閉じよなん
ど申す謗法こそ設ひ無間大城に堕るとも後に必生死は離れ侍らんずれ、同くは今生に信をなしたらばいかによく候なん。
問う世間の念仏者なんどの申す様は此身にて法華経なんどを破する事は争か候べき念仏を申すもとくとく極楽世界に参りて法華経をさとら
んが為なり、又或は云く法華経は不浄の身にては叶ひがたし恐れもあり念仏は不浄をも嫌はねばこそ申し候へなんど申すはいかん、答えて
云く此の四五年の程は世間の有智無智を嫌はず此の義をばさなんめりと思いて過る程に日蓮一代聖教をあらあら引き見るにいまだ此の二義の
文を勘へ出さず詮ずるところ近来の念仏者並に有智の明匠とおぼしき人人の臨終の思うやうにならざるは是大謗法の故なり、人ごと
に念仏申して浄土に生れて法華経をさとらんと思う故に穢土にして法華経を行ずる者をあざむき又行ずる者もすてて念仏を申す心は出
来るなりと覚ゆ謗法の根本此の義より出たり、法華経こそ此の穢土より浄土に生ずる正因にては侍れ念仏等は未顕真実の故に浄土の直因
にはあらず、然るに浄土の正因をば極楽にして後に修行すべき物と思ひ極楽の直因にあらざる念仏をば浄土の正因と思う事僻案なり、浄土門
は春沙を田に蒔いて秋米を求め天月をすてて

203 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 06:33:56.94 ID:wMLg68mY
つぐぐれかす

204 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 06:35:22.57 ID:wMLg68mY
↑199あてね
法華経あらしは199みたいな失礼なバカを業火て焼き尽くしてくれたらいいのに。

205 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 08:19:17.41 ID:1ENNfESr
ただの荒しか。

206 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 08:52:45.68 ID:FveW5zwP
今の高松市内でかけうどんがうまいのは、清水屋さんだと思う

207 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 10:59:24.07 ID:VNa4IrHO
うどん市場

208 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 12:47:20.08 ID:sLhdZSqz
>>206
おう、ありがとな。
今度行ってみるわ。

209 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 20:22:22.57 ID:TCc883Ys
   /\__/ヽ
  //~  ~\:\
 | (●) (●) :|
 | ノ(_)ヽ ::|
 | `-=ニ=-′::|
  \  `=′ ::/
  /`ー――-´\手抜きワキガゴミ糞ババア死ね!!アホが!

210 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 23:27:53.00 ID:YNSZoizL
水に月を求るに似たり人の心に叶いて法華経を失ふ大術此の義にはすぎず、次に不浄念仏の事・一切念仏者の師とする善導和尚・法然上人は他事にはいわれなき事多けれども
此の事にをいてはよくよく禁められたり、善導の観念法門経に云く酒肉五辛を手に取らざれ口にかまざれ手にとり口にもかみて念仏を申さば手と口に悪瘡付くべしと禁め法然上人
は起請を書いて云く酒肉五辛を服して念仏申さば予が門弟にあらずと云云、不浄にして念仏を申すべしとは当世の念仏者の大妄語なり。
問うて云く善導和尚・法然上人の釈を引くは彼の釈を用るや否や、答えて云くしからず念仏者の師たる故に彼がことば己が祖師に相違するが故に彼の祖師の禁めをもて彼
を禁るなり、例せば世間の沙汰の彼が語の彼の文書に相違するを責るが如し、問うて云く善導和尚・法然上人には何事の失あれば用いざるや、答えて云く仏の御遺言には我が
滅度の後には四依の論師たりといへども法華経にたがはば用うべからずと涅槃経に返す返す禁め置かせ給いて侍るに法華経には我が滅度の後末法に諸経失せて後殊に法華
経流布すべき由・一所二所ならずあまたの所に説かれて侍り、随つて天台・妙楽・伝教・安然等の義に此事分明なり、然るに善導・法然・法華経の方便の一分たる四十余年の
内の未顕真実の観経等に依つて仏も説かせ給はぬ我が依経の読誦大乗の内に法華経をまげ入れて還つて我が経の名号に対して読誦大乗の一句をすつる時法華経を抛てよ門
を閉じよ千中無一なんど書いて侍る僻人をば眼あらん人是をば用うべしやいなや。
疑つて云く善導和尚は三昧発得の人師・本地阿弥陀仏の化身・口より化仏を出せり、法然上人は本地大勢至菩薩の化身既に日本国に生れては念仏を弘めて頭より光を現ぜ
り争か此等を僻人と申さんや、又善導和尚・法然上人は汝が見る程の法華経並に一切経をば見給はざらんや定めて其の故是あらんか、答えて云く汝が難ずる処をば世間の人
人・定めて道理と思はんか、是偏に法華経並に天台・妙楽等の実経・実義を述べ給へる文義を捨て善導・法然
等の謗法の者にたぼらかされて年久くなりぬるが故に思はする処なり、先ず通力ある者を信ぜば外道天魔を信ずべきか或る外道は大海を吸干し或る外道は恒河を十二年ま
で耳に湛えたり第六天の魔王は三十二相を具足して仏身を現ず、阿難尊者・猶魔と仏とを弁へず善導・法然が通力いみじしというとも天魔外道には勝れず、其の上仏の最後
の禁しめに通を本とすべからずと見えたり、次に善導・法然は一切経・並に法華経をばおのれよりも見たりなんどの疑ひ是れ又謗法の人のためにはさもと思ひぬべし、然りとい
へども如来の滅後には先の人は多分賢きに似て後の人は大旨ははかなきに似たれども又先の世の人の世に賢き名を取りてはかなきも是あり、外典にも三皇・五帝・老子・孔子の
五経等を学びて賢き名を取れる人も後の人にくつがへされたる例是れ多きか、内典にも又かくの如し、仏法漢土に渡りて五百年の間は明匠国に充満せしかども光宅の法雲・道場の
慧観等には過ぎざりき、此等の人人は名を天下に流し智水を国中にそそぎしかども・天台智者大師と申せし末の人・彼の義どもの僻事なる由を立て申せしかば初には用ひず
後には信用を加えし時始めて五百余年の間の人師の義どもは僻事と見えしなり、日本国にも仏法渡りて二百余年の間は異義まちまちにして何れを正義とも知らざりし程に伝教大師
と申す人に破られて前二百年の間の私義は破られしなり、其の時の人人も当時の人の申す様に争か前前の人は一切経並に法華経をば見ざるべき定めて様こそあるらめなん
と申しあひたりしかども叶はず経文に違ひたりし義どもなれば終に破れて止みにき、当時も又かくの如し此の五十余年が間は善導の千中無一・法然が捨閉閣抛の四字等は権者
の釈なれば・ゆへこそあらんと思いてひら信じに信じたりし程に日蓮が法華経の或は悪世末法時或は於後末世或は令法久住等の文を引きむかへて相違をせむる時我が師の私義
破れて疑いあへるなり、詮ずるところ後五百歳の経文の誠なるべきかの故に念仏者の念仏をもて法華経を失ひつるが還つて法華経の弘まらせ給うべきかと覚ゆ、但し御用心
の御為に申す世間の悪人は魚鳥鹿等を殺して世路を渡る、此等は罪なれども仏法を失ふ縁とはならず懺悔

211 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 23:29:05.60 ID:YNSZoizL
をなさざれば三悪道にいたる、又魚鳥鹿等を殺して売買をなして善根を修する事もあり、此等は世間には悪と思はれて遠く善となる事もあり、仏教をもつて
仏教を失ふこそ失ふ人も失ふとも思はず只善を修すると打ち思うて又そばの人も善と打ち思うてある程に思はざる外に悪道に堕つる事の出来候なり、
当世には念仏者なんどの日蓮に責め落されて我が身は謗法の者なりけりと思う者も是あり、聖道の人人の御中にこそ実の謗法の人人は侍れ彼の人人の
仰せらるる事は法華経を毀る念仏者も不思議なり念仏者を毀る日蓮も奇怪なり、念仏と法華とは一体の物なり、されば法華経を読むこそ念仏を申すよ念仏申
すこそ法華経を読むにては侍れと思う事に候なりとかくの如く仰せらるる人人・聖道の中にあまたをはしますと聞ゆ、随つて檀那も此の義を存じて日蓮並に念
仏者をおこがましげに思へるなり先日蓮が是れ程の事をしらぬと思へるははかなし。
仏法漢土に渡り初めし事は後漢の永平なり渡りとどまる事は唐の玄宗皇帝・開元十八年なり、渡れるところの経律論・五千四十八巻・訳者一百七十六人其の
経経の中に南無阿弥陀仏は即南無妙法蓮華経なりと申す経は一巻一品もおはしまさざる事なり、其の上阿弥陀仏の名を仏説き出し給う事は始め華厳より終
り般若経に至るまで四十二年が間に所所に説かれたり、但し阿含経をば除く一代聴聞の者・是を知れり、妙法蓮華経と申す事は仏の御年七十二・成道より
已来四十二年と申せしに霊山にましまして無量義処三昧に入り給いし時・文殊・弥勒の問答に過去の日月燈明仏の例を引いて我燈明仏を見る乃至法華経
を説かんと欲すと先例を引きたりし時こそ南閻浮提の衆生は法華経の御名をば聞き初めたりしか、三の巻の心ならば阿弥陀仏等の十六の仏は昔大通智勝仏
の御時・十六の王子として法華経を習つて後に正覚をならせ給へりと見えたり、弥陀仏等も凡夫にてをはしませし時は妙法蓮華経の五字を習つてこそ仏には
ならせ給ひて侍れ、全く南無阿弥陀仏と申して正覚をならせ給いたりとは見えず、妙法蓮華経は能開なり南無阿弥陀仏は所開なり、能開所開を弁へずして南無阿弥陀仏こそ南無妙法蓮華経よ
と物知りがほに申し侍るなり、日蓮幼少の時・習いそこなひの天台宗・真言宗に教へられて此の義を存じて数十年の間ありしなり、是れ存外の僻案なり
但し人師の釈の中に一体と見えたる釈どもあまた侍る、彼は観心の釈か或は仏の所証の法門につけて述たるを今の人弁へずして全体一なりと思いて人を僻
人に思うなり、御 迹あるべきなり、念仏と法華経と一つならば仏の念仏説かせ給いし観経等こそ如来出世の本懐にては侍らめ、彼をば本懐ともをぼしめさずして法
華経を出世の本懐と説かせ給うは念仏と一体ならざる事明白なり、其の上多くの真言宗・天台宗の人人に値い奉りて候し時・此の事を申しければされば僻案にて侍り
けりと申す人是れ多し、敢て証文に経文を書いて進ぜず候はん限りは御用ひ有るべからず是こそ謗法となる根本にて侍れ、あなかしこ・あなかしこ。日蓮花押

212 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 23:30:46.74 ID:YNSZoizL
法華浄土問答抄理即名字即 三諦の名を聞く穢土 観行即 五品を明す八十八使の見惑を断ず法華宗立六即 相似即 八十一品の思惑を断ず
九品の塵沙を断ず分真即 四十一品の無明を断ず報土究竟即 一品の無明を断ず中品戒行世善等穢土 理即浄土下品名字即浄土宗の所立
観行即報土 相似即分真即究竟即
弁成の立、我が身叶い難きが故に且く聖道の行を捨閉し閣抛し浄土に帰し浄土に往生して法華を聞いて無生を悟ることを得べきなり。
日蓮難じて云く、我が身叶い難ければ穢土に於て法華経等・教主釈尊等を捨閉し閣抛し浄土に至つて之を悟る可し等云云、何れの経文に依
つて此くの如き義を立つるや、又天台宗の報土は分真即・究竟即・浄土宗の報土は名字即・乃至・究竟即等とは何れの経論釈に出でたるや
、又穢土に於ては法華経等・教主釈尊等を捨閉し閣抛し浄土に至つて法華経を悟る可しとは何れの経文に出でたるや。
弁成の立に、余の法華等の諸行等を捨閉し閣抛して念仏を用ゆる文は観経に云く「仏・阿難に告ぐ汝好く是の語を持て是の語を持つ者は即
ち是れ無量寿仏の名を持つ」文、浄土に往生して法華を聞くと云う事は文に云く「観世音・大勢至・大悲の音声を以つて其れが為に広く諸法実
相除滅罪法を説く、聞き已つて歓喜し時に応じて即菩提の心を発す」文、余は繁き故に且く之を置く。
又日蓮難じて云く、観無量寿経は如来成道・四十余年の内なり法華経は後八箇年の説なり如何んが已説の観経に兼ねて未説の法華経
の名を載せて捨閉閣抛の可説と為す可きや、随つて「仏告阿難」等の文に至つては只弥陀念仏を勧進する文なり未だ法華経を捨閉し閣抛す
ることを聞かず、何に況や無量義経に法華経を説かんが為に先ず四十余年の已説の経経を挙げて未顕真実と定め畢んぬ、豈未顕真実の観
経の内に已顕真実の法華経を挙げて捨て乃至之を抛てと為す可きや、又云く「久しく此の要を黙して務めて速かに説かず」等云云、既に教主
釈尊四十余年の間・法華の名字を説かず何ぞ已説観経の念仏に対して此の法華経を抛たんや、次ぎに「下品下生・諸法実相・除滅罪法等」云
云、夫れ法華経已前の実相其の数一に非ず先ず外道の内の長爪の実相・内道の内の小乗乃至爾前の四教・皆所詮の理は実相な
り、何ぞ必ずしも已説の観経に載する所の実相のみ法華経に同じと意得べきや、

213 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 23:31:40.57 ID:oe9v+mzu
>>192
お疲れでした
遠いですが山田屋さんも今は高松なのですよ

214 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/23(木) 23:34:40.84 ID:VNa4IrHO
うどん市場

215 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/24(金) 05:53:03.92 ID:efMPAvaN
今度慥なる証文を出して法然上人の無間の苦を救わるべきか。又弁成の立に、観経は已説の経なりと雖も未来を面とする故に未来の衆生は未来に有る
所の経巻之を読誦して浄土に往生すべし、既に法華等の諸経・未来流布の故に之れを読誦して往生すべきか、其の法華を捨閉閣抛し観経の持無量寿仏の
文に依つて法然是くの如く行じ給うか、観経の持無量寿仏の文の上に諸善を説き一向に無量寿仏を勧持せる故に申せしめ候、実相に於いても多く有りと
云う難、彼は浄土の故に此の難来るべからず、法然上人・聖道の行機堪え難き故に未来流布の法華を捨閉閣抛す、故に是れ慈悲の至進なれば此
の慈悲を以て浄土に往生し全く地獄に堕すべからざるか。
日蓮難じて云く、観経を已説の経なりと云云、已説に於ては承伏か、観経の時未だ法華経を説かずと雖も未来を鑒みて捨閉閣抛すべしと法然上
人は意得給うか云云、仏・未来を鑒みて已説の経に未来の経を載せて之を制止すと云わば已説の小乗経に未説の大乗経を載せて之を制止す
べきか、又已説の権大乗経に未説の実大乗経を載せて未来流布の法華経を制止せば、何が故に仏爾前経に於て法華の名を載せざる由、之を説きたまうや。
法然上人慈悲の事、慈悲の故に法華経と教主釈尊とを抛つなりと云わば所詮上に出す所の証文は未だ分明ならず慥なる証文を出して法然上人の極
苦を救わる可きか、上の六品の諸行往生を下の三品の念仏に対して諸行を捨つ豈法華を捨つるに非ずや等云云、観無量寿経の上六品の諸行は法華已
前の諸行なり、設い下の三品の念仏に対して上六品の諸行之を抛つとも但法華経は諸行に入らず何ぞ之を閣かんや、又法華の意は爾前の諸行と観経の
念仏と共に之を捨て畢りて如来出世の本懐を遂げ給うなり、日蓮管見を以て一代聖教並びに法華経の文を勘うるに未だ之を見ず、法華経の名を挙げて或は之
を抛ち或は其の門を閉ずる等と云う事を、若し爾らば法然上人の憑む所の弥陀本願の誓文並びに法華経の入阿鼻獄の釈尊の誡文・如何ぞ之を
免る可けんや、法然上人・無間獄に堕せば所化の弟子並びに諸檀那等共に阿鼻大城に堕ちんか、今度分明なる証文を出して法然上人の阿鼻の炎を消さる可し云云。
文永九年太歳壬申正月十七日日 蓮 花 押 弁 成 花 押法華真言勝劣事法華真言勝劣事東寺の弘法大師空海の所立に云く法華経は猶華厳経に劣れり
何に況や大日経等に於いてをやと云云、慈覚大師円仁・智証大師円珍・安然和尚等の云く法華経の理は大日経に同じ印と真言との事に於ては是
れ猶劣れるなりと云云其の所釈は余処に之を出す。空海は大日経・菩提心論等に依つて十住心を立てて顕密の勝劣を判ず、其の中に第六に他縁大乗
心は法相宗・第七に覚心不生心は三論宗・第八に如実一道心は天台宗・第九に極無自性心は華厳宗・第十に秘密荘厳心は真言宗なり、此の所
立の次第は浅き従り深きに至る其の証文は大日経の住心品と菩提心論とに出づと云えり、然るに出す所の大日経の住心品を見て他縁大乗・覚心
不生・極無自性を尋ぬるに名目は経文に之有り然りと雖も他縁・覚心・極無自性の三句を法相・三論・華厳に配する名目は之無し、其の上覚心不
生と極無自性との中間に如実一道の文義共に之無し、但し此の品の初に「云何なるか菩提・謂く如実に自心を知る」等の文之有り、此の文

216 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/24(金) 05:54:25.56 ID:efMPAvaN
を取つて此の二句の中間に置いて天台宗と名づけ華厳宗に劣るの由之を存す、住心品に於ては全く文義共に之無し、有文有義・無文有義の二
句を虧く信用に及ばず、菩提心論の文に於ても法華・華厳の勝劣都て之を見ざる上、此の論は竜猛菩薩の論と云う事上古より諍論之れ有り、
此の諍論絶えざる已前に亀鏡に立つる事は竪義の法に背く、其の上善無畏・金剛智等評定有つて大日経の疏義釈を作れり一行阿闍梨の執
筆なり、此の疏義釈の中に諸宗の勝劣を判ずるに法華経と大日経とは広略の異なりと定め畢んぬ、空海の徳貴しと雖も争か先師の義に背く可
きやと云う難此れ強し此れ安然の難なり、之に依つて空海の門人之を陳ずるに旁陳答之有り或は守護経或は六波羅蜜経或は楞伽経或は金剛
頂経等に見ゆと多く会通すれども総じて難勢を免れず、然りと雖も東寺の末学等大師の高徳を恐るるの間強ちに会通を加えんとすれども結句会
通の術計之無く問答の法に背いて伝教大師最澄は弘法大師の弟子なりと云云、又宗論の甲乙等旁論ずる事之有りと云云。
日蓮案じて云く華厳宗の杜順・智厳・法蔵等・法華経の始見今見の文に就いて法華・華厳・斉等の義之を存す、其の後澄観始今の文に依つて
等の義を存すること祖師に違せず其の上一往の弁を加えて法華と華厳と斉等なりと云えり、但し華厳は法華経より先なり華厳経の時仏最初に法
慧功徳林等の大菩薩に対して出世の本懐之を遂ぐ、然れども二乗並に下賤の凡夫等・根機未熟の故に之を用いず、阿含・方等・般若等の調熟に
依つて還つて華厳経に入らしむ此れを今見の法華経と名づく、大陣を破るに余残堅からざる等の如し、然れば実に華厳経法華経に勝れたり等と云
云、本朝に於て勤操等に値いて此の義を習学す後に天台真言を学すと雖も旧執改まらざるが故に此の義を存するか、何に況や華厳経法華経に勝るの
由は陳隋より已前・南三・北七皆此の義を存す、天台已後も又諸宗此の義を存せり但だ弘法一人に非ざるか、但し澄観始見今見の文に依つて華
厳経は法華経より勝ると料簡する才覚に於ては天台智者大師涅槃経の「是経出世乃至如法華中」等の文に依つて法華涅槃斉等の義を存するのみに
非ず又勝劣の義を存するは此の才覚を学びて此の義を存するか此の義若し僻案ならば空海の義も又僻見なる可きなり、天台真言の書に云く法
華経と大日経とは広略の異なり略とは法華経なり、大日経と斉等の理なりと雖も印真言之を略する故なり、広とは大日経なり極理を説くのみに非
ず印真言をも説く故なり、又法華経と大日経とに同劣の二義有り、謂く理同事劣なり、又二義有り一には大日経は五時の摂なり是れ与の義なり、
二には大日経は五時の摂に非ず是れ奪の義なり、又云く法華経は譬えば裸形の猛者の如し大日経は甲冑を帯せる猛者なり等と云云、又云く印真
言無きは其の仏を知る可からず等と云云。
日蓮不審して云く何を以て之を知る理は法華経と大日経と斉等なりと云う事を、答えて云く疏と義釈並に慈覚・智証等の所釈に依るなり。
求めて云く此等の三蔵大師等は又何を以て之を知るや理は斉等の義なりと、答えて云く三蔵大師等をば疑う可からず等と云云、難じて云く
此の義・論義の法に非ざる上仏の遺言に違背す慥に経文を出す可し若し経文無くんば義分無かる可し如何、答う威儀形色経・瑜祇経・観智儀
軌等なり、文は口伝す可し、問うて云く法華経に印・真言を略すとは仏よりか経家よりか訳者よりか、答えて云く或は仏と云い或は経家と云い或は訳者
と云うなり、不審して云く仏より真言・印を略して法華経と大日経と理同事勝の義之有りといわば此の事何れの経文ぞや文証の所出を知らず我意の浮
言ならば之を用ゆ可からず若し経家・訳者より之を略すといわば仏説に於ては何ぞ理同事勝の釈を作る可きや法華経と大日経とは全躰斉なり能く能く子細を尋ぬ可きなり。
私に日蓮云く威儀形色経・瑜祇経等の文の如くば仏説に於ては法華経に印真言有るか、若し爾らば経家・訳者之を略せるが、六波羅蜜経の如
きは経家之を略す、旧訳の仁王経の如きは訳者之を略せるか、若し爾らば天台真言の理同事異の釈は経家並に訳者の時より法華経・大
日経の勝劣なり、全く仏説の勝劣に非ず此れ天台真言の極なり、

217 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/24(金) 05:55:28.26 ID:efMPAvaN
天台宗の義勢才覚の為に此の義を難ず、天台真言の僻見此くの如し、東寺所立の義勢は且く之を置く僻見眼前の故なり、抑天台真言宗の所立
・理同事勝に二難有り、一には法華経と大日経と理同の義其の文全く之無し、法華経と大日経と先後如何、既に義釈に二経の前後之を定め畢
つて法華経は先き大日経は後なりと云へり、若し爾らば大日経は法華経の重説なる流通なり、一法を両度之を説くが故なり若し所立の如くば法華
経の理を重ねて之を説くを大日経と云う、然れば則ち法華経と大日経と敵論の時は大日経の理之を奪つて法華経に付く可し、但し大日経の得分は
但印真言計りなり、印契は身業・真言は口業なり身口のみにして意無くば印・真言有る可からず、手口等を奪つて法華経に付けなば手無くして印を
結び口無くして真言を誦せば虚空に印真言を誦結す可きか如何、裸形の猛者と甲冑を帯せる猛者との譬の事、裸形の猛者の進んで大陣を破ると
甲冑を帯せる猛者の退いて一陣をも破らざるとは何れが勝るるや、又猛者は法華経なり甲冑は大日経なり、猛者無くんば甲冑何の詮か之有ら
ん此れは理同の義を難ずるなり、次に事勝の義を難ぜば法華経には印・真言無く大日経には印真言之有りと云云、印契真言の有無に付て二経の
勝劣を定むるに大日経に印真言有つて法華経に之無き故に劣ると云わば、阿含経には世界建立・賢聖の地位是れ分明なり、大日経には之無し、
彼の経に有る事が此の経に無きを以て勝劣を判ぜば大日経は阿含経より劣るか、雙観経等には四十八願是れ分明なり大日経に之無し、般若経に
は十八空是れ分明なり大日経には之無し、此等の諸経に劣ると云う可きか、又印・真言無くんば仏を知る可からず等と云云、今反詰して云
く理無くんば仏有る可からず仏無くんば印契真言・一切徒然と成るべし。
彼難じて云く賢聖並に四十八願等をば印真言に対す可からず等と云云、今反詰して云く最上の印真言之無くば法華経は大日経等よりも劣るか
、若し爾らば二乗若し灰断の執を改めずんば印真言も無用なり、一代の聖教に皆二乗を永不成仏と簡い随つて大日経にも之を隔つ、皆成仏ま
でこそ無からめ三分が二之を捨て百分が六十余分得道せずんば仏の大悲何かせん、凡そ理の三千之有つて成仏すと云う上には何の不足か
有る可き成仏に於ては〓なる仏・中風の覚者は之有る可からず、之を以て案ずるに印真言は規模無きか、又諸経には始成正覚の旨を談じて三
身相即の無始の古仏を顕さず、本無今有の失有れば大日如来は有名無実なり、寿量品に此の旨を顕す釈尊は天の一月・諸仏菩薩は万水
に浮べる影なりと見えたり、委細の旨は且く之を置く。
又印・真言無くんば祈祷有る可からずと云云、是れ又以ての外の僻見なり、過去現在の諸仏・法華経を離れて成仏す可からず法華経を以て
正覚を成じ給う、法華経の行者を捨て給わば諸仏還つて凡夫と成り給うべし恩を知らざる故なり、又未来の諸仏の中の二乗も法華経を離れて
は永く枯木敗種なり、今は再生の華果なり、他経の行者と相論を為す時は華光如来・光明如来等は何れの方に付く可きや、華厳経等の諸経
の仏・菩薩・人天・乃至四悪趣等の衆は皆法華経に於て一念三千・久遠実成の説を聞いて正覚を成ず可し何れの方に付く可きや、真言宗等と
外道並に小乗・権大乗の行者等と敵対相論を為すの時は甲乙知り難し、法華経の行者に対する時は竜と虎と師子と兎との闘いの如く諍論分絶え
たる者なり、慧亮脳を破りし時・次第位に即き相応加持する時・真済の悪霊伏せらるる等是なり、一向真言の行者は法華経の行者に劣れる証
拠是なり、問うて云く義釈の意は法華経・大日経共に二乗作仏・久遠実成を明かすや如何、答えて云く共に之を明かす、義釈に云く「此
の経の心の実相は彼の経の諸法実相なり」と云云、又云く「本初は是れ寿量の義なり」等と云云。
問うて云く華厳宗の義に云く華厳経には二乗作仏・久遠実成之を明かす、天台宗は之を許さず、宗論は且く之を置く人師を捨てて本経を
存せば華厳経に於ては二乗作仏・久遠実成の相似の文之有りと雖も実には之無し、法華経には二乗作仏・久遠実成之有り大日経には之
無し印真言と二乗作仏・久遠実成とを対論せば天地雲泥なり、諸経に印真言を簡わざるに大日経に之を説いて何の詮か有る可きや、

218 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/24(金) 06:47:48.77 ID:TTrwjhb+
>>206
明日行ってみよう
善通寺の清水屋さん移転してたの知らんかった

219 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/24(金) 07:43:14.53 ID:qzsruXMK
うどん市場

220 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/24(金) 08:38:27.11 ID:tuI6+jNP
松岡のうどんまた食いたい。
汁がうまいんだよな。

221 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/24(金) 09:56:03.50 ID:NBdAiB1v
みんなわかってノってるんだろうけど

×山田屋

○山田家 な。
 
人の間違いを指摘しないやさしさにあふれたスレだな
と、>>191で書き間違えたオレが言ってみる

222 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/24(金) 11:04:04.43 ID:OTA6ccSf
>>221
実際のところ、「屋」なのか「家」なのか、迷うことあるね。

223 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/25(土) 05:46:54.37 ID:K5SeqS4y
之を以て之を思うに義釈には大日経に於て二乗作仏・久遠実成を存すと雖も実には之無きか如何、答えて云く華厳経の如く相似の文之有りと雖も
実義之無きか、私に云く二乗作仏無くば四弘誓願満足す可からず、四弘誓願満たずんば又別願も満す可からず、総別の二願満せずんば衆生の成仏も有り難きか能く能く意得可し云云。
問うて云く大日経の疏に云く大日如来は無始無終なり遥に五百塵点に勝れたりと如何、答う毘廬遮那の無始無終なる事華厳・浄名・般若等の諸大
乗経に之を説く独り大日経のみに非ず、問うて云く若し爾らば五百塵点は際限有れば有始有終なり無始無終は際限無し、然れば則ち法華経は諸経
に破せらるるか如何、答えて云く他宗の人は此の義を存す天台一家に於て此の難を会通する者有り難きか、今大日経並に諸大乗経の無始無終は法身
の無始無終なり三身の無始無終に非ず、法華経の五百塵点は諸大乗経の破せざる伽耶の始成之を破りたる五百塵点なり、大日経等の諸大乗経には全く此の義
無し、宝塔の涌現・地涌の涌出・弥勒の疑・寿量品の初の三誡四請・弥勒菩薩・領解の文に「仏希有の法を説きたもう昔より未だ曾つて聞かざる所なり」等の文是なり、大日経
六巻並に供養法の巻・金剛頂経・蘇悉地経等の諸の真言部の経の中に未だ三止四請・三誡四請・二乗の劫国名号・難信難解等の文を見ず。
問うて云く五乗の真言如何、答う未だ二乗の真言を知らず四諦・十二因縁の梵語のみ有るなり、又法身平等に会すること有らんや。
問うて云く慈覚・智証等・理同事勝の義を存す争か此等の大師等に過ぎんや、答えて云く人を以て人を難ずるは仏の誡なり何ぞ汝・仏の制誡に違背するや但経文を以
て勝劣の義を存す可し、難じて云く末学の身として祖師の言に背かば之を難ぜざらんや、答う末学の祖師に違する之を難ぜば何ぞ智証慈覚の天台・妙楽に違する
を何ぞ之を難ぜざるや、問うて云く相違如何、答えて云く天台妙楽の意は已今当の三説の中に法華経に勝れたる経之れ有
る可からず、若し法華経に勝れたる経之有りといわば一宗の宗義之を壊る可きの由之を存す、若し大日経・法華経に勝るといわば天台妙楽の宗義忽に破る可きをや。
問うて云く天台妙楽の已今当の宗義証拠経文に有りや、答えて云く之れ有り法華経法師品に云く「我が所説の経典は無量千万億已に説き今説き当に説かん而も其の
中に於て此の法華経最も為れ難信難解なり」等と云云、此の経文の如くんば五十余年の釈迦所説の一切経の内には法華経は最第一なり、難じて云く真言
師の云く法華経は釈迦所説の一切経の中に第一なり、大日経は大日如来所説の経なりと、答えて云く釈迦如来より外に大日如来閻浮提に於て八相成道して大
日経を説けるか是一、六波羅蜜経に云く過去現在並に釈迦牟尼仏の所説の諸経を分ちて五蔵と為し其の中の第五の陀羅尼蔵は真言なりと真言の経・釈迦如来の所
説に非ずといわば経文に違す是二、「我所説経典」等の文は釈迦如来の正直捨方便の説なり大日如来の証明分身の諸仏広長舌相の経文なり是三、五仏の章・尽く諸
仏皆法華経を第一なりと説き給う是四、「要を以て之を言わば・如来の一切の所有の法・乃至皆此の経に於て宣示顕説す」等と云云、此の経文の如くならば法華経は釈
迦所説の諸経の第一なるのみに非ず、大日如来・十方無量諸仏の諸経の中に法華経第一なり、此の外一仏二仏の所説の諸経の中に法華経に勝れたるの経之有りと云
わば信用す可からず是五、大日経等の諸の真言経の中に法華経に勝れたる由の経文之れ無し是六、仏より外の天竺・震旦・日本国の論師・人師の中に天台大師より外の
人師の所釈の中に一念三千の名目之無し、若し一念三千を立てざれば性悪の義之無し性悪の義之無くんば仏菩薩の普現色身・不動愛染等
の降伏の形・十界の曼荼羅・三十七尊等・本無今有の外道の法に同じきか是七。
問うて云く七義の中に一一の難勢之有り然りと雖も六義は且く之を置く第七の義如何、華厳の澄観・真言の一行等・皆性悪の義
を存す何ぞ諸宗に此の義無しと云うや、答えて云く華厳の澄観・真言の一行は天台所立の義を盗んで

224 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/25(土) 05:50:19.09 ID:K5SeqS4y
自宗の義と成すか、此の事余処に勘えたるが如し、問うて云く天台大師の玄義の三に云く「法華は衆経を総括す乃至舌口中に爛る人
を以て彼の大虚を局ること莫れ」等と云云、釈籤の三に云く「法華宗極の旨を了せずして声聞に記する事相のみ華厳・般若の融通無礙な
るに如かずと謂う諌暁すれども止まず舌の爛れんこと何ぞ疑わん、乃至已今当の妙〓に於て固く迷えり舌爛れて止まざるは猶為れ華
報なり謗法の罪苦・長劫に流る」等と云云、若し天台妙楽の釈実ならば南三・北七並に華厳・法相・三論・東寺の弘法等・舌爛れんこと何の
疑有らんや、乃至苦流長劫の者なるか、是は且く之を置く慈覚・智証等の親り此の宗義を承けたる者法華経は大日経より劣の義存す可し、
若し其の義ならば此の人人の「舌爛口中苦流長劫」は如何、答えて云く此の義は最上の難の義なり口伝に存り云云。
文永元年甲子七月二十九日之を記す。日 蓮 花 押真言七重勝劣事/文永七年 四十九歳御作与富木常忍一 法華・大日二経の七重勝
劣の事。一 尸那・扶桑の人師・一代聖教を判ずるの事。一 鎮護国家の三部の事。一 内裏に三宝有り内典の三部に当るの
事。一 天台宗に帰伏する人人の四句の事。一 今経の位を人に配するの事。一 三塔の事。
一 日本国仏神の座席の事。法華・大日二経の七重勝劣の事。已今当第一本門第一法華経第一迹門第二「薬王今汝に告ぐ・諸
経の中に於いて最も其の上に在り」涅槃経第二 「是経出世」無量義経第三 「次に方等十二部経・摩訶般若・華厳海空を説く・真実
甚深・真実甚深」華厳経第四般若経第五蘇悉地経第六 上に云く「三部の中に於て此の経を王と為す」、中に云く「猶成就せずんば当
に此の法を作すべし決定として成就せん、所謂乞食・精勤・念誦・大恭敬・巡八聖跡・礼拝行道なり、或は復大般若経七遍或は一百遍
を転読す」、下に云く「三時に常に大乗般若等の経を読め」
大日経第七 三国に未だ弘通せざる法門なり。尸那・扶桑の人師一代聖教を判ずるの事華厳経第一涅槃経第二 南北の義 晋・斉等五百
余年・三百六十余人光宅を以て長と為す。法華経第三般若経第一 吉蔵の義 梁代の人なり。法華経第一 南岳の御弟子なり。涅槃経第
二 天台智者大師の御義 陳隋二代の人なり。華厳経第三 妙楽等之を用う。
深密経第一法華経第二 玄奘の義 唐の始め太宗の御宇の人なり。般若経第三華厳経第一法華経第二 法蔵・澄観等の義 唐の半ば則
天皇后の御宇の人なり。涅槃経第三大日経第一法華経第二 善無畏・不空等の義 唐の末・玄宗の御宇の人なり。諸経第三
法華経第一涅槃経第二 伝教の御義 人王五十代桓武の御宇及び平城・嵯峨の御代の人、比叡山延暦寺なり。諸経第三大日経第一
華厳経第二 弘法の義 人王五十二代嵯峨・淳和二代の人、東寺・高野等なり。法華経第三大日経第一法華経第二 慈覚の義 善
無畏を以て師と為す、仁明・文徳・清和の三代、叡山講堂総持院なり。諸経第三 智証之に同ず、園城寺なり。
鎮護国家の三部の事法華経密厳経 不空三蔵 大暦に法華寺に之を置く、大暦二年護摩寺を改めて法華寺を立つ、中央に法華
経・脇士に両部の大日なり。仁王経法華経浄名経 聖徳太子 人王三十四代推古天皇の御宇、四天王寺に之を置く摂津の国難波郡仏法最初の寺な

225 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/25(土) 05:52:34.46 ID:K5SeqS4y
り。勝鬘経法華経金光明経 伝教大師 人王五十代桓武天皇の御宇、比叡山延暦寺止観院に之を置く、年分得度者一人は遮那業一人は止観業なり。
仁王経大日経金剛頂経 慈覚大師 人王五十四代仁明天皇の御宇、比叡山東塔の西総持院に之を置かる、御本尊は大日如来、金蘇の二疏十四巻安置せらる。
蘇悉地経内裏に三宝有り内典の三部に当るの事。神 璽 国の手験なり。宝 剣 国敵を禦ぐ財なり、平家の乱の時に海に入りて見えず。内侍所 天照太神影を浮かべ給う神鏡と云う、左馬頭頼茂に打たれて焼失す。
天台宗に帰伏する人人の四句の事三論の嘉祥大師一に身心倶に移る華厳の澄観法師真言の善無畏・不空二に心移りて身移らず 華厳の法蔵法相の慈恩
三に身移りて心移らず 慈覚大師智証大師四に身心倶に移らず 弘法大師今経の位を人に配するの事征夷将軍 鎌倉殿 無量義経摂政 涅槃経院 迹門十四品
天子 本門十四品三塔の事中 堂 伝教大師の御建立 止観・遮那の二業を置く、御本尊は薬師如来なり、延暦年中の御建立・王城の丑寅に当る、桓武天皇の御崇重、天子本命の道場と云う。
止観院 本院 天竺には霊鷲山と云い震旦には天台山と云い扶桑には比叡山と云う、三国伝灯の仏法此に極まれり。講 堂 総持院 慈覚大師の建立 鎮護
国家の道場と云う、御本尊は大日如来なり、承和年中の建立、止観院の西に真言の三部を置き是を東塔と云うなり、伝教の御弟子第三の座主なり。
西塔釈迦堂 宝幢院 円澄の建立 伝教の御弟子なり。横川 観音堂 楞厳院 慈覚の建立日本国仏神の座席の事問う吾が朝には何れの仏を以て一の
座と為し何れの法を以て一の座と為し何れの僧を以て一の座と為すや、答う観世音菩薩を以て一の座と為し真言の法を以て一の座と為し東寺の僧を以て一の座と為すなり。
問う日本には人王三十代に仏法渡り始めて後は山寺種種なりと雖も延暦寺を以て天子本命の道場と定め鎮護国家の道場と定む、然して日本最初の
本尊釈迦を一の座と為す然らずんば延暦寺の薬師を以て一の座と為すか、又代代の帝王起請を書いて山の弟子とならんと定め給ふ故に法華経を以て法
の一の座と為し延暦寺の僧を以て一の座と為す可し、何ぞ仏を本尊とせず菩薩を以て諸仏の一の座と為すや、答う尤も然る可しと雖も慈覚の御時・叡山は真言
になる東寺は弘法の真言を建立す故に共に真言師なり、共に真言師なるが故に東寺を本として真言を崇む真言を崇むる故に観音を以て本尊とす真言には菩薩を
ば仏にまされりと談ずるなり、故に内裏に毎年正月八日の内道場の法行わる東寺の一の長者を召して行わる若し一の長者暇有らざれば二の長者行うべし三まで
は及ぼす可からず云云、故に仏には観音・法には真言・僧には東寺法師なり、比叡山をば鬼門の方とて之を下す譬えば武士の如しと云うて崇めざるなり故に日本国は亡国とならんとするなり。
問う神の次第如何、答う天照太神を一の座と為し八幡大菩薩を第二の座と為す是より已下の神は三千二百三十二社なり。

226 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/25(土) 06:30:09.22 ID:Oq3TQ6Ib
>>220
出汁がいいよね
あの優しいうどんは ほのぼのする
>>221
思い切り間違えてたわ
恥ずかしい

227 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/25(土) 07:54:06.00 ID:En42rHOb
うどん市場

228 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/26(日) 06:13:05.72 ID:gMlGBDwZ
真言天台勝劣事 /文永七年 四十九歳御作問う何なる経論に依つて真言宗を立つるや、答う大日経・金剛頂経・蘇悉地経
並びに菩提心論此の三経一論に依つて真言宗を立つるなり、問う大日経と法華経と何れか勝れたるや、答う法華経は或
は七重或いは八重の勝なり大日経は七八重の劣なり、難じて云く驚いて云く古より今に至るまで法華より真言劣ると云う義都
て之無し之に依つて弘法大師は十住心を立てて法華は真言より三重の劣と釈し給へり覚鑁は法華は真言の履取に及
ばずと釈せり打ち任せては密教勝れ顕教劣るなりと世挙つて此を許す七重の劣と云う義は甚珍しき者をや、答う真言は七重の
劣と云う事珍しき義なりと驚かるるは理なり、所以に法師品に云く「已に説き今説き当に説かん而も其の中に於て此の法華経は最
も為れ難信難解なり」云云、又云く「諸経の中に於て最も其の上に在り」云云、此の文の心は法華は一切経の中に勝れたり
此其一、次に無量義経に云く「次に方等十二部経摩訶般若華厳海空を説く」云云、又云く「真実甚深甚深甚深なり」云云、此の
文の心は無量義経は諸経の中に勝れて甚深の中にも猶甚深なり然れども法華の序分にして機もいまだなましき故に正説の法
華には劣るなり此其二、次に涅槃経の九に云く「是の経の世に出ずるは彼の果実の利益する所多く一切を安楽ならしむるが如く能
く衆生をして仏性を見せしむ、法華の中の八千の声聞記〓を得授するが如く大果実を成じ秋収冬蔵して更に所作無きが如し」云
云、籤の一に云く「一家の義意謂く二部同味なれども然も涅槃尚劣る」云云、此の文の心は涅槃経も醍醐味・法華経も醍醐味同じ
醍醐味なれども涅槃経は尚劣るなり法華経は勝れたりと云へり、涅槃経は既に法華の序分の無量義経よりも劣り醍醐味なるが
故に華厳経には勝たり此其三、次に華厳経は最初頓説なるが故に般若には勝れ涅槃経の醍醐味には劣れり
此其四、次に蘇悉地経に云く「猶成ぜざらん者は或は復大般若経を転読すること七遍」云云、此の文の心は大般若経は華厳経には劣り
蘇悉地経には勝ると見えたり此其五、次に蘇悉地経に云く「三部の中に於て此の経を王と為す」云云、此の文の心は蘇悉地
経は大般若経には劣り大日経金剛頂経には勝ると見えたり此其六、此の義を以て大日経は法華経より
七重の劣とは申すなり法華の本門に望むれば八重の劣とも申すなり。
次に弘法大師の十住心を立てて法華は三重劣ると云う事は安然の教時義と云う文に十住心の立様を破して云く五
つの失有り謂く一には大日経の義釈に違する失・二には金剛頂経に違する失・三には守護経に違する失・四には菩
提心論に違する失・五には衆師に違する失なり、此の五つの失を陳ずる事無くしてつまり給へり、然る間法華は真言より
三重の劣と釈し給へるが大なる僻事なり謗法に成りぬと覚ゆ、次に覚鑁の法華は真言の履取に及ばずと舎利講の式
書かれたるは舌に任せたる言なり証拠無き故に専ら謗法なる可し、次に世を挙げて密教勝れ顕教劣ると此を許すと云う事是れ
偏に弘法を信じて法を信ぜざるなり、所以に弘法をば安然和尚五失有りと云うて用いざる時は世間の人は何様に密教勝ると思ふ
可き抑密教勝れ顕教劣るとは何れの経に説きたるや是又証拠無き事を世を挙げて申すなり、猶難じて云く大日経等は是中央大日
法身無始無終の如来法界宮或は色究竟天他化自在天にして菩薩の為に真言を説き給へり法華は釈迦応身霊山にして二乗の為に説
き給へり或は釈迦は大日の化身なりとも云へり、成道の時は大日の印可を蒙て〓字の観を教えられ後夜に仏になるなり大日如
だにもましまさずば争か釈迦仏も仏に成り給うべき此等の道理を以て案ずるに法華より真言勝れたる事は云うに及ば
ざるなり、答て云く依法不依人の故にいかやうにも経説のやうに依る可きなり、大日経は釈迦の大日となつて説き給へる
経なり故に金光明と最勝王経との第一には中央釈迦牟尼と云へり又金剛頂経の第一にも中央釈迦牟尼仏と云へり
日と釈迦とは一つ中央の仏なるが故に大日経をば釈迦の説とも云うべし大日の説とも云うべし、又毘盧遮那と云うは

229 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/26(日) 06:14:29.45 ID:gMlGBDwZ
天竺の語大日と云うは此の土の語なり釈迦牟尼を毘盧遮那と名づくと云う時は大日は釈迦の異名なり加之旧訳の経に盧舎那と
云うをば新訳の経には毘盧遮那と云う然る間・新訳の経の毘盧遮那法身と云うは旧訳の経の盧舎那他受用身なり、故に大
日法身と云うは法華経の自受用報身にも及ばず況や法華経の法身如来にはまして及ぶ可からず法華経の自受用身と法身
とは真言には分絶えて知らざるなり法報不分二三莫弁と天台宗にもきらはるるなり、随つて華厳経の新訳には或は釈迦と称
づけ或は毘盧遮那と称くと説けり故に大日は只是釈迦の異名なりなにしに別の仏とは意得可きや、次に法身の説法と云う事何
れの経の説ぞや弘法大師の二教論には楞伽経に依つて法身の説法を立て給へり、其の楞伽経と云うは釈迦の説にして未顕真
実の権教なり法華経の自受用身に及ばざれば法身の説法とはいへどもいみじくもなし此の上に法は定んで説かず報は二義に通
ずるの二身の有るをば一向知らざるなり、故に大日法身の説法と云うは定んで法華の他受用身に当るなり、次に大日無始無
終と云う事既に「我昔道場に坐して四魔を降伏す」とも宣べ又「四魔を降伏し六趣を解脱し一切智智の明を満足す」等云云、此
等の文は大日は始て四魔を降伏して始て仏に成るとこそ見えたれ全く無始の仏とは見えず、又仏に成りて何程を経ると説かざ
る事は権経の故なり実経にこそ五百塵点等をも説きたれ、次に法界宮とは色究竟天か又何れの処ぞや色究竟天或は他化自在
天は法華宗には別教の仏の説処と云うていみじからぬ事に申すなり又菩薩の為に説くとも高名もなし例せば華厳経は一向菩薩
の為なれども尚法華の方便とこそ云はるれ、只仏出世の本意は仏に成り難き二乗の仏に成るを一大事とし給へりされば大論に
は二乗の仏に成るを密教と云ひ二乗作仏を説かざるを顕教と云へり、此の趣ならば真言の三部経は二乗作仏の旨無きが故に還
つて顕教と云ひ法華は二乗作仏を旨とする故に密教と云う可きなり、随つて諸仏秘密の蔵と説けば子細なし世間の人密教勝る
と云うはいかやうに意得たるや但し「若し顕教に於て修行する者は久く三大無数劫を経」等と云えるは既に三大無数劫と云う故に是三蔵四阿含経を
指して顕教と云いて権大乗までは云わず況や法華実大乗までは都て云わざるなり。
次に釈迦は大日の化身〓字を教えられてこそ仏には成りたれと云う事此は偏に六波羅蜜経の説なり、彼の経一部
十巻は是れ釈迦の説なり大日の説には非ず是れ未顕真実の権教なり随つて成道の相も三蔵教の教主の相なり六年
苦行の後の儀式なるをや、彼の経説の五味を天台は盗み取つて己が宗に立つると云う無実を云い付けらるるは弘法大
師の大なる僻事なり、所以に天台は涅槃経に依つて立て給へり全く六波羅蜜経には依らず況んや天台死去の後百九十年
あつて貞元四年に渡る経なり何として天台は見給うべき不実の過弘法大師にあり、凡そ彼の経説は皆未顕真実なり
之を以て法華経を下さん事甚だ荒量なり、猶難じて云く如何に云うとも印真言・三摩耶尊形を説く事は大日経程法華経
には之無く事理倶密の談は真言ひとりすぐれたり、其の上真言の三部経は釈迦一代五時の摂属に非ずされば弘法大師の宝
鑰には釈摩訶衍論を証拠として法華は無明の辺域・戯論の法と釈し給へり・爰を以て法華劣り真言勝ると申す
なり、答う凡そ印相尊形は是れ権経の説にして実教の談に非ず設い之を説くとも権実大小の差別浅深有るべし、所以に阿含
経等にも印相有るが故に必ず法華に印相尊形を説くことを得ずして之を説かざるに非ず説くまじければ是を説かぬにこそ有れ法華は
只三世十方の仏の本意を説いて其形がとあるかうあるとは云う可からず、例せば世界建立の相を説かねばとて法華は倶舎より劣るとは
云う可からざるが如し、次に事理倶密の事・法華は理秘密・真言は事理倶密なれば勝るとは何れの経に説けるや抑法華の理秘密とは何
様の事ぞや、法華の理とは迹門・開権顕実の理か其の理は真言には分絶えて知らざる理なり、法華の事とは又久遠実成の事なり
此の事又真言になし真言に云う所の事理は未開会の権教の事理なり何ぞ法華に勝る可きや、次に一代五時の摂属に非ずと云う事是れ
往古より諍なり唐決には四教有るが故に方等部に摂すと云へり、教時義には一切智智・一味の開会を説くが故に
法華の摂と云へり、二義の中に方等の摂と云うは吉き義なり、所以に一切智智・一味の

230 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/26(日) 06:15:31.22 ID:gMlGBDwZ
文を以て法華の摂と云う事甚だいはれなし彼は法開会の文にして全く人開会なし争か法華の摂と云わるべき、法開会の文は方等
般若にも盛んに談ずれども法華に等き事なし彼の大日経の始終を見るに四教の旨具にあり尤も方等の摂と云う可し、所以
に開権顕実の旨有らざれば法華と云うまじ一向小乗三蔵の義無ければ阿含の部とも云う可からず、般若畢竟空を説かねば
般若部とも云う可からず、大小四教の旨を説くが故に方等部と云わずんば何れの部とか云わん、又一代五時を離れて外に仏
有りと云う可からず若し有らば二仏並出の失あらん、又其の法を釈迦統領の国土にきたして弘む可からず、次に弘法大師釈摩訶
衍論を証拠と為て法華を無明の辺域戯論の法と云う事是れ以ての外の事なり、釈摩訶衍論は竜樹菩薩の造なり、是は釈迦如来
の御弟子なり争か弟子の論を以て師の一代第一と仰せられし法華経を押下して戯論の法等と云う可きや、而も論に其の明文無く随
つて彼の論の法門は別教の法門なり権経の法門なり是円教に及ばず又実教に非ず何にしてか法華を下す可き、其の上彼の論に幾
の経をか引くらんされども法華経を引く事は都て之無し権論の故なり、地体弘法大師の華厳より法華を下され
たるは遥に仏意にはくひ違いたる心地なり、用ゆべからず用ゆべからず。日 蓮 花 押与富木常忍 土木殿等の人人御中日 蓮
空に読み覚えよ老人等は具に聞き奉れ早早に御免を蒙らざる事は之を歎く可からず定めて天之を抑うるか、藤河入道を以て之
を知れ去年流罪有らば今年横死に値う可からざるか彼を以て之を惟うに愚者は用いざる事なり、日蓮が御免を蒙らん
と欲するの事を色に出す弟子は不孝の者なり、敢て後生を扶く可からず、各各此の旨を知れ。
真言宗は天竺より之無し開元の始に善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵等・天台大師己証の一念三千の法門を盗んで
大日経に入れて之を立て真言宗と号す、華厳宗は則天皇后の御宇に之を始む、澄観等天台の十乗の観法を盗んで華厳経
に入れて之を立て華厳宗と号す、法相三論は言うに足らず、禅宗は梁の世に達磨大師楞伽経等を以てす大乗の空の一分な
り、其の学者等大慢を成して教外別伝等と称し一切経を蔑如す天魔の所為なり、浄土宗は善導等・観経等を見て一分の慈
悲を起し摂地二論の人師に向つて一向専修の義を立て畢んぬ、日本の法然之を〓り天台真言等を以て雑行に入れ
末代不相応の思いを為して国中を誑惑して長夜に迷わしむ、之を明めし導師は但日蓮一人なるのみ。
涅槃経に云く「若し善比丘法を壊る者を見て置いて呵嘖し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨なり」
等云云、潅頂章安大師云く「仏法を壊乱するは仏法の中の怨なり慈無くして詐り親しむは即ち是れ彼が怨なり彼が為に悪を
除くは即ち是れ彼が親なり」等云云、法然が捨閉閣抛・禅家等が教外別伝・若し仏意に叶わずんば

231 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/26(日) 06:16:57.60 ID:gMlGBDwZ
日蓮は日本国の人の為には賢父なり聖親なり導師なり、之を言わざれば一切衆生の為に「無慈詐親
即是彼怨」の重禍脱れ難し、日蓮既に日本国の王臣等の為には「為彼除悪即是彼親」に当れり此の
国既に三逆罪を犯す天豈之を罰せざらんや、涅槃経に云く「爾の時に世尊・地の少しの土を取つて之を抓
の上に置いて迦葉に告げて言わく是の土多きや十方世界の地土多きや、迦葉菩薩仏に白して言さく世尊抓
の上の土は十方所有の土の比ならざるなり○四重禁を犯し五逆罪を作つて○一闡提と作つて諸の善
根を断じ是の経を信ぜざるものは十方界所有の地土の如し○五逆罪を作らず○一闡提と作らず善根を断
ぜず是くの如き等の涅槃経典を信ずるは抓の上の土の如し」等云云、経文の如くんば当世日本国は十方の
地土の如く日蓮は抓の上の土の如し。
法華経に云く「諸の無智の人有つて悪口罵詈」等云云、法滅尽経に云く「吾・般泥〓の後五逆濁世に魔
道興盛なり魔沙門と作つて吾が道を壊乱す○悪人転た多くして海中の沙の如し劫尽きんとする時・日月
転た短く善者甚だ少くして若しは一若しは二人」等云云、又云く「衆魔の比丘・命終の後精神当に無択地獄
に堕つべし」等云云、今道隆が一党・良観が一党・聖一が一党・日本国の一切の四衆等は是の経文に当るな
り、法華経に云く「仮使い劫焼に乾れたる草を担い負いて中に入つて焼けざらんも亦未だ難しとせず我が滅度の後
に若し此の経を持つて一人の為にも説かん是れ則ち為れ難し」等云云、日蓮は此の経文に当れり、「諸の
無智の人有つて悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者あらん」等云云、仏陀記して云く後の五百歳に法華経の行者有つて諸の無
智の者の為に必ず悪口罵詈・刀杖瓦礫・流罪死罪せられん等云云、日蓮無くば釈迦・多宝・十方の諸仏の未来記は当に大妄語なるべきなり。
疑つて云く汝当世の諸人に勝るることは一分爾る可し真言・華厳・三論・法相等の元祖に勝るとは豈に慢過慢の
者に非ずや過人法とは是なり汝必ず無間大城に堕つ可し、故に首楞厳経に説いて云く「譬えば窮人妄りに帝王と号
して自ら誅滅を取るが如し況んや復法王如何ぞ妄りに竊まん因地直からざれば果紆曲を招かん」等云云
涅槃経に云く「云何なる比丘か過人法に堕する○未だ四沙門果を得ず云何んぞ当に諸の世間の人をして我は已に得た
りと謂わしむべき」等云云、答えて云く法華経に云く「又大梵天王の一切衆生の父の如く」又云く「此の経は○諸経の中の王
なり最も為れ第一なり能く是の経典を受持すること有らん者は亦復是くの如し一切衆生の中に於て亦為れ第一なり」等
云云、伝教大師の秀句に云く「天台法華宗の諸宗に勝れたるは所宗の経に拠るが故なり自讃毀他ならず庶くは有智の君子経
を尋ねて宗を定めよ」等云云、星の中に勝れたる月・星月の中に勝れたるは日輪なり、小国の大臣は大国の無官より下る
傍例なり、外道の五通を得るより仏弟子の小乗の三賢の者の未だ一通を得ざるは天地猶勝る、法華経の外の諸経の大菩薩は法
華の名字即の凡夫より下れり何ぞ汝始めて之を驚かんや教に依つて人の勝劣を定む先ず経の勝劣を知らずんば何ぞ人の高下を論ぜんや。
問うて云く汝法華経の行者為らば何ぞ天汝を守護せざるや、答えて云く法華経に云く「悪鬼其の身に入る」等云云、首楞
厳経に云く「修羅王有り世界を執持して能く梵王及び天の帝釈四天と権を諍う此の阿修羅は変化に因つて有り天趣の所摂なり」等云云。
能く大梵天王・帝釈・四天と戦う大阿修羅王有りて禅宗・念仏宗・律宗等の棟梁の心中に付け入つて次第に国主国中
に遷り入つて賢人を失う、是くの如き大悪は梵釈も猶防ぎ難きか何に況んや日本守護の小神をや但地涌千界の大菩薩・
釈迦・多宝・諸仏の御加護に非ざれば叶い難きか、日月は四天の明鏡なり、諸天定めて日蓮を知りたまうか日月は
十方世界の明鏡なり諸仏も定めて日蓮を知りたまうか、一分も之を疑う可からず、但し先業未だ尽きざるなり日蓮流罪
に当れば教主釈尊衣を以て之を覆いたまわんか、去年九月十二日の夜中には虎口を脱れたるか「必ず心の固きに仮
りて神の守り即ち強し」等とは是なり、汝等努努疑うこと勿れ決定して疑い有る可からざる者なり、恐恐謹言。

232 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/26(日) 07:29:45.28 ID:pW2SfFiH
マルタニ製麺リベンジ

233 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/26(日) 07:37:29.67 ID:NfgSf/sC
うどん市場

234 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/26(日) 11:45:09.44 ID:6jye/6z/
>>232
あそこは玉切れ終了が早いからね。

235 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/26(日) 16:36:19.75 ID:h1RseadL
JR栗林駅の1階にあるお饂飩屋さんが、
特に期待していなかっただけに、びっくり。
とても旨かった記憶がありまする。
ちなみに県外人です。

236 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/26(日) 23:21:32.26 ID:+q3xdwrQ
おっさん、亀、小腹、ウサギ、きよし、
こいつらって味オンチだよな。

237 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 02:10:44.53 ID:xTLe1yve
>>235
栗林?それどこですか

238 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 05:46:53.42 ID:/Q5OEkrR
五月五日 日蓮 花押 此の書を以て諸人に触れ示して恨を残すこと勿れ。土木殿真言見聞真言見聞 / 文永九年七月 五十一歳御作与三位房日行問う真言亡国とは
証文何なる経論に出ずるや、答う法華誹謗・正法向背の故なり、問う亡国の証文之無くば云何に信ず可きや、答う謗法の段は勿論なるか若し謗法ならば亡国堕獄
疑い無し、凡そ謗法とは謗仏・謗僧なり三宝一体なる故なり是れ涅槃経の文なり、爰を以て法華経には「則ち一切世間の仏種を断ず」と説く是を即ち一闡提と名づく涅槃
経の一と十と十一とを委細に見る可きなり、罪に軽重有れば獄に浅深を構えたり、殺生・偸盗等乃至一大三千世界の衆生を殺害すれども等活黒繩等の上七大地獄の因
として無間に堕つることは都て無し、阿鼻の業因は経論の掟は五逆・七逆・因果撥無・正法誹謗の者なり、但し五逆の中に一逆を犯す者は無間に堕つと雖も一中劫を経て
罪を尽して浮ぶ、一戒をも犯さず道心堅固にして後世を願うと雖も法華に背きぬれば無間に堕ちて展転無数劫と見えたり、然れば則ち謗法は無量の五逆に過ぎたり、是を
以て国家を祈らんに天下将に泰平なるべしや、諸法は現量に如かず承久の兵乱の時・関東には其の用意もなし国主として調伏を企て四十一人の貴僧に仰せて十五壇の
秘法を行はる、其の中に守護経の法を紫宸殿にして御室始めて行わる七日に満ぜし日・京方負け畢んぬ亡国の現証に非ずや、是は僅に今生の小事なり権
教・邪法に依つて悪道に堕ちん事浅〓かるべし。
問う権教邪宗の証文は如何既に真言教の大日覚王の秘法は即身成仏の奥蔵なり、故に上下一同に是の法に帰し天下悉く大法を仰ぐ海内を静め天下を治む
る事偏に真言の力なり、権教・邪法と云う事如何、答う権教と云う事・四教含蔵・帯方便の説なる経文顕然なり、然れば四味の諸教に同じて久遠を隠し二乗を隔つ
況んや尽形寿の戒等を述ぶれば小乗権教なる事疑無し、爰を以て遣唐の疑問に禅林寺の広修・国清寺の維〓の決判分明に方等部の摂と云うなり、疑つて云く経文
の権教は且く之を置く唐決の事は天台の先徳・円珍大師之を破す、大日経の指帰に「法華すら尚及ばず況や自余の教をや」云云、既に祖師の所判なり誰か之に背く可き
や、決に云く「道理前の如し」依法不依人の意なり但し此の釈を智証の釈と云う事不審なり、其の故は授決集の下に云く「若し法華・華厳・涅槃等の経に望めば是れ摂引門
」と云へり、広修・維〓を破する時は法華尚及ばずと書き授決集には是れ摂引門と云つて二義相違せり指帰が円珍の作ならば授決集は智証の釈に非ず、授決集が実
ならば指帰は智証の釈に非じ、今此の事を案ずるに授決集が智証の釈と云う事天下の人皆之を知る上、公家の日記にも之を載せたり指帰は人多く之を知らず公家
の日記にも之無し、此を以つて彼を思うに後の人作つて智証の釈と号するが能く能く尋ぬ可き事なり、授決集は正しき智証の自筆なり、密家に四句の五蔵を設けて十
住心を立て論を引き伝を三国に寄せ家家の日記と号し我が宗を厳るとも皆是れ妄語胸臆の浮言にして荘厳己義の法門なり、所詮法華経は大日経より三重の劣・戯論
の法にして釈尊は無明纒縛の仏と云う事慥なる如来の金言経文を尋ぬ可し、証文無くんば何と云うとも法華誹謗の罪過を免れず此の事当家の肝心なり返す返す忘失す
る事勿れ、何れの宗にも正法誹謗の失之有り対論の時は但此の一段に在り仏法は自他宗異ると雖も翫ぶ本意は道俗・貴賤・共に離苦得楽・現当二世の為なり、謗法に成
り伏して悪道に堕つ可くば文殊の智慧・富楼那の弁説一分も無益なり無間に堕つる程の邪法の行人にて国家を祈祷せんに将た善事を成す可きや、顕密対判
の釈は且らく之を置く華厳に法華劣ると云う事能く能く思惟す

239 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 05:48:14.02 ID:/Q5OEkrR
可きなり、華厳経の十二に云く四十華厳なり「又彼の所修の一切功徳六分の一常に王に属す○是くの如く修及び造を障る不善所有の罪業六分の
一還つて王に属す」文、六波羅蜜経の六に云く「若し王の境内に殺を犯す者有れば其の王便ち第六分の罪を獲ん偸盗・邪行・及び妄語も亦復是くの
如し何を以ての故に若しは法も非法も王為れ根本なれば罪に於いても福に於いても第六の一分は皆王に属するなり」云云、最勝王経に云く「悪人を
愛敬し善人を治罰するに由るが故に他方の怨賊来り国人喪乱に遭わん」等云云、大集経に云く「若し復諸の刹利国王・諸の非法を作し世尊の声聞の
弟子を悩乱し若しは以て毀罵し刀杖もて打斫し及び衣鉢種種の資具を奪い若しは他の給施に留難を作す者有らば、我等彼をして自然に卒に他方
の怨敵を起さしめ及び自の国土にも亦兵起・疫病・饑饉・非時風雨・闘諍言訟せしめ又其の王久しからずして復当に己が国を亡失すべからしむ」云
云、大三界義に云く「爾の時に諸人共に聚りて衆の内に一の有徳の人を立て名けて田主と為して各所収の物六分の一を以て以て田主に貢輸す一人
を以て主と為し政法を以て之を治む、〓に因つて以後・刹利種を立て大衆欽仰して恩率土に流る復・大三末多王と名ずく」已上倶舎に依り之を出すなり。
顕密の事、無量義経十功徳品に云く第四功徳の下「深く諸仏秘密の法に入り演説す可き所違無く失無し」と、抑大日の三部を密説と云ひ法華経を
顕教と云う事金言の所出を知らず、所詮真言を密と云うは是の密は隠密の密なるか微密の密なるか、物を秘するに二種有り一には金銀等を蔵に篭
むるは微密なり、二には疵・片輪等を隠すは隠密なり、然れば則ち真言を密と云うは隠密なり其の故は始成と説く故に長寿を隠し二乗を隔つる故に
記小無し、此の二は教法の心髄・文義の綱骨なり、微密の密は法華なり、然れば則ち文に云く四の巻法師品に云く「薬王此の経は是れ諸仏秘要
の蔵なり」云云、五の巻安楽行品に云く「文殊師利・此の法華経は諸仏如来秘密の蔵なり諸経の中に於て最も其の上に在り」云云、寿量品に云く
「如来秘密神通之力」云云、如来神力品に云く「如来一切秘要之蔵」云云、
しかのみならず真言の高祖・竜樹菩薩・法華経を秘密と名づく二乗作仏有るが故にと釈せり、次に二乗作仏無きを秘密とせずば真言は即ち秘密
の法に非ず、所以は何ん大日経に云く「仏・不思議真言相道の法を説いて一切の声聞・縁覚を共にせず亦世尊普く一切衆生の為にするに非ず」
云云、二乗を隔つる事前四味の諸教に同じ、随つて唐決には方等部の摂と判ず経文には四教含蔵と見えたり、大論第百巻に云く第九十品を釈
す「問うて曰く更に何れの法か甚深にして般若に勝れたる者有つて般若を以て阿難に嘱累し而も余の経をば菩薩に嘱累するや、答えて曰く般若波
羅蜜は秘密の法に非ず而も法華等の諸経に阿羅漢の受決作仏を説いて大菩薩能く受用す譬えば大薬師の能く毒を以て薬と為すが如し」等云云
玄義の六に云く「譬えば良医の能く毒を変じて薬と為すが如く二乗の根敗反た復すること能わず之を名づけて毒と為す今経に記を得るは即ち
是れ毒を変じて薬と為す、故に論に云く余経は秘密に非ずとは法華を秘密と為せばなり、復本地の所説有り諸経に無き所後に在つて当に広く
明すべし」云云、籤の六に云く「第四に引証の中・論に云く等と言うは大論の文証なり秘密と言うは八経の中の秘密には非ず但是れ前に未だ
説かざる所を秘と為し開し已れば外無きを密と為す」文、文句の八に云く「方等般若に実相の蔵を説くと雖も亦未だ五乗の作仏を説かず亦未だ
発迹顕本せず頓漸の諸経は皆未だ融会せず故に名づけて秘と為す」文、記の八に云く「大論に云く法華は是れ秘密・諸の菩薩に付すと、今の
下の文の如きは下方を召すに尚本眷属を待つ験けし余は未だ堪えざることを」云云、秀句の下に竜女の成仏を釈して「身口密なり」と云えり
云、此等の経論釈は分明に法華経を諸仏は最第一と説き秘密教と定め給へるを経論に文証も無き妄語を吐き法華を顕教と名づけて之を下
し之を謗ず豈大謗法に非ずや。抑も唐朝の善無畏金剛智等法華経と大日経の両経に理同事勝の釈を作るは梵華両国共に勝劣か、法華経
も天竺には十六里の宝蔵に有れば無量の事有れども流沙・葱嶺等の険難・五万八千里・十万里の路次容易ならざる間・枝葉

240 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 05:49:41.26 ID:/Q5OEkrR
をば之を略せり、此等は併ながら訳者の意楽に随つて広を好み略を悪む人も有り略を好み広を悪む人も有り、然れば則ち玄弉は広を好んで
四十巻の般若経を六百巻と成し、羅什三蔵は略を好んで千巻の大論を百巻に縮めたり、印契・真言の勝るると云う事是を以て弁え難し、羅
什所訳の法華経には是を宗とせず不空三蔵の法華の儀軌には印・真言之有り、仁王経も羅什の所訳には印・真言之無し不空所訳の経に
は之を副えたり知んぬ是れ訳者の意楽なりと、其の上法華経には「為説実相印」と説いて合掌の印之有り、譬喩品には「我が此の法印・世
間を利益せんと欲するが為の故に説く」云云、此等の文如何只広略の異あるか、又舌相の言語・皆是れ真言なり、法華経には「治生の産
業は皆実相と相違背せず」と宣べ、亦「是れ前仏経中に説く所なり」と説く此等は如何、真言こそ有名無実の真言・未顕真実の権教なれば
成仏得道跡形も無く始成を談じて久遠無ければ性徳本有の仏性も無し、三乗が仏の出世を感ずるに三人に二人を捨て三十人に二十人を
除く、「皆令入仏道」の仏の本願満足す可からず十界互具は思いもよらず・まして非情の上の色心の因果争か説く可きや。
然らば陳隋二代の天台大師が法華経の文を解りて印契の上に立て給へる十界互具・百界千如・一念三千を善無畏は盗み取つて我が宗
の骨目とせり、彼の三蔵は唐の第七玄宗皇帝の開元四年に来る如来入滅より一千六百六十四年か、開皇十七年より百二十余年なり何
ぞ百二十余年已前に天台の立て給へる一念三千の法門を盗み取つて我が物とするや、而るに己が依経たる大日経には衆生の中に機を
簡ひ前四味の諸経に同じて二乗を簡へり、まして草木成仏は思いもよらずされば理を云う時は盗人なり、又印契・真言何れの経にか之を簡
える若し爾れば大日経に之を説くとも規模ならず、一代に簡われ諸経に捨てられたる二乗作仏は法華に限れり、二乗は無量無辺劫の間・
千二百余尊の印契真言を行ずとも法華経に値わずんば成仏す可からず、印は手の用・真言は口の用なり其の主が成仏せざれば口と手と
別に成仏す可きや、一代に超過し三説に秀でたる二乗の事をば物とせず事に依る時は印真言を尊む者・劣謂勝見の外道なり。
無量義経説法品に云く「四十余年・未顕真実」文、一の巻に云く「世尊は法久くして後要ず当に真実を説きたもうべし」文、又云く「一大事
の因縁の故に世に出現したもう」文、四の巻に云く「薬王今汝に告ぐ我が所説の諸経あり而も此の経の中に於て法華最も第一なり」文、又
云く「已に説き今説き当に説かん」文、宝塔品に云く「我仏道を為つて無量の土に於て始より今に至るまで広く諸経を説く而も其の中に於て
此の経第一なり」文、安楽行品に云く「此の法華経は是れ諸の如来第一の説なり諸経の中に於て最も為甚深なり」文、又云く「此の法華経
は諸仏如来秘密の蔵なり諸経の中に於て最も其の上に在り」文、薬王品に云く「此の法華経も亦復是くの如し諸経の中に於て最も為其
の上なり」文、又云く「此の経も亦復是くの如し諸経の中に於て最も為其の尊なり」文、又云く「此の経も亦復是の如し諸経の中の王なり」
文、又云く「此の経も亦復是の如し一切の如来の所説若しは菩薩の所説若しは声聞の所説諸の経法の中に最為第一なり」等云云、玄の
十に云く「又・已今当の説に最も為れ難信難解・前経は是れ已説なり」文、秀句の下に云く「謹んで案ずるに法華経法師品の偈に云く薬
王今汝に告ぐ我が所説の諸経あり而も此の経の中に於て法華最も第一なり」文、又云く「当に知るべし已説は四時の経なり」文、文句の
ならず」云云、釈迦・多宝・十方の諸仏・天台・妙楽・伝教等は法華経は真実・華厳経は方便なり、「未だ真実を顕さず正直に方便を捨て
て余経の一偈をも受けざれ」「若し人信ぜずして乃至其の人命終して阿鼻獄に入らん」と云云。
弘法大師は「法華は戯論・華厳は真実なり」と云云、何れを用う可きや、宝鑰に云く「此くの如き乗乗は自乗に名を得れども後に望
めば戯論と作る」文、又云く「謗人謗法は定めて阿鼻獄に堕せん」文、記の五に云く「故に

241 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 06:13:07.33 ID:dgJh8xss
>>237
高松市

242 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 06:56:26.61 ID:gi4F6fpB
>>237
くりばやし じゃないよ〜〜

243 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 07:46:47.32 ID:05eSC8ZP
うどん市場

244 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 22:37:10.19 ID:/Q5OEkrR
実相の外は皆戯論と名づく」文、梵網経の疏に云く「第十に謗三宝戒亦は謗菩薩戒と云い或は邪見と云う謗は是れ乖背の名なり〓て是れ解・理に称わず
言は実に当らずして異解して説く者を皆名づけて謗と為すなり」文、玄の三に云く「文証無き者は悉く是れ邪偽・彼の外道に同じ」文、弘の十に云く「今
の人他の所引の経論を信じて謂いて憑み有りと為して宗の源を尋ねず謬誤何ぞ甚しき」文、守護章上の中に云く「若し所説の経論明文有らば権実・大
小・偏円・半満を簡択す可し」文、玄の三に云く「広く経論を引いて己義を荘厳す」文。抑弘法の法華経は真言より三重の劣・戯論の法にして尚華厳にも
劣ると云う事大日経六巻に供養法の巻を加えて七巻三十一品・或は三十六品には何れの品何れの巻に見えたるや、しかのみならず蘇悉地経三十四品・
金剛頂経三巻三品或は一巻に全く見えざる所なり、又大日経並びに三部の秘経には何れの巻・何れの品にか十界互具之有りや都て無きなり、法華
経には事理共に有るなり、所謂久遠実成は事なり二乗作仏は理なり、善無畏等の理同事勝は臆説なり信用す可からざる者なり。
凡そ真言の誤り多き中一、十住心に第八法華・第九華厳・第十真言云云何れの経論に出でたるや。一、善無畏の四句と弘法の十住心と眼前違目なり何ぞ師弟敵対するや。
一、五蔵を立つる時・六波羅蜜経の陀羅尼蔵を何ぞ必ず我が家の真言と云うや。一、震旦の人師争つて醍醐を盗むと云う年紀何ぞ相違するや、其の故は
開皇十七年より唐の徳宗の貞元四年戊辰の歳に至るまで百九十二年なり何ぞ天台入滅百九十二年の後に渡れる六波羅蜜経の醍醐を盗み給う可
きや顕然の違目なり、若し爾れば謗人謗法定堕阿鼻獄というは自責なるや。一、弘法の心経の秘鍵の五分に何ぞ法華を摂するや能く能く尋ぬ可き事なり。
真言七重難。一、真言は法華経より外に大日如来の所説なり云云、若し爾れば大日の出世成道・説法利生は釈尊より前か後か如何、対機説
法の仏は八相作仏す父母は誰れぞ名字は如何に娑婆世界の仏と云はば世に二仏無く国に二主無きは聖教の通判なり、涅槃経の三十五の巻を見る
可きなり、若し他土の仏なりと云はば何ぞ我が主師親の釈尊を蔑にして他方・疎縁の仏を崇むるや不忠なり不孝なり逆路伽耶陀なり、若し一体と云は
ば何ぞ別仏と云うや若し別仏ならば何ぞ我が重恩の仏を捨つるや、唐尭は老い衰へたる母を敬ひ虞舜は頑なる父を崇む是一、六波羅蜜経に云く「所謂過
去無量〓伽沙の諸仏世尊の所説の正法・我今亦当に是の如き説を作すべし所謂八万四千の諸の妙法蘊なり○而も阿難陀等の諸大弟子をして一たび耳に聞
いて皆悉く憶持せしむ」云云、此の中の陀羅尼蔵を弘法我が真言と云える若し爾れば此の陀羅尼蔵は釈迦の説に非ざるか此の説に違す是二、凡そ法華経は無
量千万億の已説・今説・当説に最も第一なり、諸仏の所説・菩薩の所説・声聞の所説に此の経第一なり諸仏の中に大日漏る可きや、法華経は正直無上道の説
・大日等の諸仏長舌を梵天に付けて真実と示し給う是三、威儀形色経に「身相黄金色にして常に満月輪に遊び定慧智拳の印法華経を証誠す」と、又五
仏章の仏も法華経第一と見えたり是四、「要を以て之を云わば如来の一切所有の法乃至皆此の経に於て宣示顕説す」云云、此等の経文は釈迦所説の諸経の
中に第一なるのみに非ず三世の諸仏の所説の中に第一なり此の外・一仏二仏の所説の経の中に法華経に勝れたる経有りと云はば用ゆ可からず法華経は三世
不壊の経なる故なり是五、又大日経等の諸経の中に法華経に勝るる経文之無し是六、釈尊御入滅より已後天竺の論師二十四人の付法蔵・其の外大権の垂迹・震旦
の人師・南三北七の十師・三論法相の先師の中に天台宗より外に十界互具・百界千如・一念三千と談ずる人之無し、若し一念三千を立てざれば性悪の義
之無し性悪の義無くば仏菩薩の普現色身・真言両界の漫荼羅・五百七百の諸尊は本無今有の外道の法に同ぜんか、若し

245 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 22:38:30.77 ID:/Q5OEkrR
十界互具・百界千如を立てば本経何れの経にか十界皆成の旨之を説けるや、天台円宗見聞の後・邪智荘厳の為に盗み取れる法門なり、
才芸を誦し浮言を吐くには依る可からず正しき経文・金言を尋ぬ可きなり是七。涅槃経の三十五に云く「我処処の経の中に於て説いて言く
一人出世すれば多人利益す一国土の中に二の転輪王あり一世界の中に二仏出世すといわば是の処有ること無し」文、大論の九に云く「十方
恒河沙の三千大千世界を名づけて一仏世界と為す是の中に更に余仏無し実には一りの釈迦牟尼仏なり」文、記の一に云く「世には二仏無く
国には二主無し一仏の境界には二の尊号無し」文、持地論に云く「世に二仏無く国に二主無く一仏の境界に二の尊号無し」文。
七月 日日 蓮 花 押蓮盛抄蓮盛抄 / 建長七年 三十四歳御作禅宗云く涅槃の時・世尊座に登り拈華して衆に示す迦葉・破顔微笑せり、
仏の言く吾に正法眼蔵・涅槃の妙心・実相無相・微妙の法門有り文字を立てず教外に別伝し摩訶迦葉に付属するのみと、問うて云く何なる経
文ぞや、禅宗答えて云く大梵天王問仏決疑経の文なり、問うて云く件の経何れの三蔵の訳ぞや貞元・開元の録の中に曾つて此の経無し如
何、禅宗答えて云く此の経は秘経なり故に文計り天竺より之を渡す云云、問うて云く何れの聖人何れの人師の代に渡りしぞや跡形無きなり
此の文は上古の録に載せず中頃より之を載す此の事禅宗の根源なり尤も古録に載すべし知んぬ偽文なり、禅宗云く涅槃経の二に云く「我今
所有の無上の正法悉く以て摩訶迦葉に付属す」云云此の文如何、答えて云く無上の言は大乗に似たりと雖も是れ小乗を指すなり外道の邪法に対すれば小乗をも
正法といはん、例せば大法東漸と云えるを妙楽大師解釈の中に「通じて仏教を指す」と云いて大小権実をふさねて大法と云うなり云
云、外道に対すれば小乗も大乗と云われ下〓なれども分には殿と云はれ上〓と云はるるがごとし、涅槃経の三に云く「若し法宝を以て
阿難及び諸の比丘に付属せば久住を得じ何を以ての故に一切の声聞及び大迦葉は悉く当に無常なるべし彼の老人の他の寄物を受くる
が如し、是の故に応に無上の仏法を以て諸の菩薩に付属すべし諸の菩薩は善能問答するを以て是くの如きの法宝則ち久住することを得・
無量千世増益熾盛にして衆生を利安せん彼の壮なる人の他の寄物を受くるが如し是の義を以ての故に諸大菩薩乃ち能く問うのみ」云云、大
小の付属其れ別なること分明なり、同経の十に云く「汝等文殊当に四衆の為に広く大法を説くべし今此の経法を以て汝に付属す乃至迦葉阿
難等も来らば復当に是くの如き正法を付属すべし」云云故に知んぬ文殊迦葉に大法を付属すべしと云云、仏より付属する処の法は小
乗なり悟性論に云く「人心をさとる事あれば菩提の道を得る故に仏と名づく」菩提に五あり何れの菩提ぞや得道又種種なり何れの道ぞや余経
に明す所は大菩提にあらず又無上道にあらず経に云く「四十余年未顕真実」云云。問うて云く法華は貴賤男女何れの菩提の道を得べきや、答え
て云く「乃至一偈に於ても皆成仏疑い無し」云云、又云く「正直に方便を捨て但無上道を説く」云云、是に知んぬ無上菩提なり「須臾も之を聞いて
即ち阿耨菩提を究竟することを得るなり」此の菩提を得ん事須臾も此の法門を聞く功徳なり、問うて云く須臾とは三十須臾を一日一夜と云う「須臾
聞之」の須臾は之を指すか如何、答う件の如し天台止観の二に云く「須臾も廃すること無かれ」云云、弘決に云く「暫くも廃することを
許さざる故に須臾と云う」故に須臾は刹那なり。問うて云く本分の田地にもとづくを禅の規模とす、答う本分の田地とは何者ぞや又何れの
経に出でたるぞや法華経こそ人天の福田なればむねと人天を教化し給ふ故に仏を天人師と号す此の経を信ずる者は己身の仏を見る

246 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 22:40:03.00 ID:/Q5OEkrR
のみならず過・現・未の三世の仏を見る事・浄頗梨に向ふに色像を見るが如し、経に云く「又浄明鏡に悉く諸の色像を見るが如し」云云。
禅宗云く是心即仏・即身是仏と、答えて云く経に云く「心は是れ第一の怨なり此の怨最も悪と為す此の怨能く人を縛り送つて閻羅の
処に到る汝独り地獄に焼かれて悪業の為に養う所の妻子兄弟等・親属も救うこと能わじ」云云、涅槃経に云く「願つて心の師と作つ
て心を師とせざれ」云云、愚癡無懺の心を以て即心即仏と立つ豈未得謂得・未証謂証の人に非ずや。
問う法華宗の意如何、答う経文に「具三十二相・乃是真実滅」云云、或は「速成就仏身」云云、禅宗は理性の仏を尊んで己れ仏に
均しと思ひ増上慢に堕つ定めて是れ阿鼻の罪人なり、故に法華経に云く「増上慢の比丘は将に大坑に墜ちんとす」禅宗云く毘盧の
頂上を〓むと、云く毘盧とは何者ぞや若し周遍法界の法身ならば山川・大地も皆是れ毘盧の身土なり是れ理性の毘盧なり、此の身土
に於ては狗・野干の類も之を〓む禅宗の規模に非ず・若し実に仏の頂を〓まんか梵天も其の頂を見ずと云えり薄地争でか之を〓
む可きや、夫れ仏は一切衆生に於いて主師親の徳有り若し恩徳広き慈父を〓まんは不孝逆罪の大愚人・悪人なり、孔子の典籍尚
以て此の輩を捨つ況んや如来の正法をや豈此の邪類・邪法を讃めて無量の重罪を獲んや云云、在世の迦葉は頭頂礼敬と云う滅後の闇禅は頂上を〓むと云う恐る可し。
禅宗云く教外別伝不立文字、答えて云く凡そ世に流布の教に三種を立つ、一には儒教此れに二十七種あり、二には道教此れに二
十五家あり、三には十二分教・天台宗には四教・八教を立つるなり此等を教外と立つるか、医師の法には本道の外を外経師と云う
人間の言には姓のつづかざるをば外戚と云う仏教には経論にはなれたるをば外道と云う、涅槃経に云く「若し仏の所説に順わざる者有
らば当に知るべし是の人は是れ魔の眷属なり」云云、弘決九に云く「法華已前は猶是れ外道の弟子なり」云云、禅宗云く仏祖不伝云云、
答えて云く然らば何ぞ西天の二十八祖東土の六祖を立つるや、付属摩訶迦葉の立義已に破るるか自語相違は如何、禅宗云く向上の一
路は先聖不伝云云、答う爾らば今の禅宗も向上に於ては解了すべからず若し解らずんば禅に非ざるか凡そ向上を歌つて以て〓慢に
住し未だ妄心を治せずして見性に奢り機と法と相乖くこと此の責尤も親し旁がた化儀を妨ぐ其の失転多し謂く教外と号し剰さえ教外を学
び文筆を嗜みながら文字を立てず言と心と相応せず豈天魔の部類・外道の弟子に非ずや、仏は文字に依つて衆生を度し給うなり、問う
其の証拠如何、答えて云く涅槃経の十五に云く「願わくは諸の衆生悉く皆出世の文字を受持せよ」文、像法決疑経に云く「文字に依るが故
に衆生を度し菩提を得」云云、若し文字を離れば何を以てか仏事とせん禅宗は言語を以て人に示さざらんや若し示さずといはば南天竺の
達磨は四巻の楞伽経に依つて五巻の疏を作り慧可に伝うる時我漢地を見るに但此の経のみあつて人を度す可し汝此れに依つて世を度
す可し云云、若し爾れば猥に教外別伝と号せんや、次に不伝の言に至つては冷煖二途・唯自覚了と云つて文字に依るか其れも
相伝の後の冷煖自知なり是を以て法華に云く「悪知識を捨て善友に親近せよ」文、止観に云く「師に値わざれば邪慧日に増し生死月に
甚し稠林に曲木を曵くが如く出づる期有こと無けん」云云、凡そ世間の沙汰尚以て他人に談合す況んや出世の深理寧ろ輙く自己を本分
とせんや、故に経に云く「近きを見る可からざること人の睫の如く遠きを見る可からざること空中の鳥の跡の如し」云云、上根上機の坐禅は
且く之を置く当世の禅宗は瓮を蒙つて壁に向うが如し、経に云く「盲冥にして見る所無し大勢の仏及び断苦の法を求めず深く諸の
邪見に入つて苦を以て苦を捨てんと欲す」云云、弘決に云く「世間の顕語尚識らず況んや中道の遠理
をや円常の密教寧ろ当に識る可けんや」云云、当世の禅者]皆是れ大邪見の輩なり、就中三惑未断の凡夫の語録を用いて四
智円明の如来の言教を軽んずる返す返す過てる者か、疾の前に薬なし・機の前に教なし・等覚の菩薩すら尚教を用いき

247 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 22:52:22.53 ID:dgJh8xss
>>242
りつりんだよー

248 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/27(月) 23:28:43.28 ID:05eSC8ZP
うどん市場

249 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 06:33:32.02 ID:GZ4jY20C
底下の愚人何ぞ経を信ぜざる云云、是を以て漢土に禅宗興ぜしかば其の国忽ちに亡びき本朝の滅す可き瑞相に闇証
の禅師充満す、止観に云く「此れ則ち法滅の妖怪なり亦是れ時代の妖怪なり」云云。禅宗云く法華宗は不立文字の義を破す
何故ぞ仏は一字不説と説き給うや、答う汝楞伽経の文を引くか本法自法の二義を知らざるか学ばずんば習うべし其の
上彼の経に於いては未顕真実と破られ畢んぬ何ぞ指南と為ん。問うて云く像法決疑経に云く「如来の一句の法を説きたもうを見
ず」云云如何、答う是は常施菩薩の言なり法華経には「菩薩是の法を聞いて疑網皆已に除く千二百の羅漢悉く亦当に作仏す
べし」と云つて八万の菩薩も千二百の羅漢も悉く皆列座し聴聞随喜す、常施一人は見えず何れの説に依る可き法華の座に挙ぐる
菩薩の上首の中に常施の名之無し見えずと申すも道理なり、何に況や次下に「然るに諸の衆生出没有るを見て法を説いて人
を度す」云云、何ぞ不説の一句を留めて可説の妙理を失う可き、汝が立義一一大僻見なり執情を改めて法華に帰伏す可し、然らずんば豈無道心に非ずや。
八宗違目抄八宗違目抄 /文永九年二月 五十一歳御作与富木常忍記の九に云く「若し其れ未だ開せざれば法報は迹
に非ず若し顕本し已れば本迹各三なり」文句の九に云く「仏三世に於て等しく三身有り諸教の中に於て之を秘して伝えず」
法身如来 正因仏性仏 報身如来 衆生 了因仏性応身如来 縁因仏性

250 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 06:34:25.97 ID:GZ4jY20C
小乗経には仏性の有無を論ぜず。衆生の仏性 華厳・方等・般若・大日経等には衆生本より正因仏性有つて了因・縁因無し。
法華経には本より三因仏性有り。文句の十に云く「正因仏性法身の性なりは本当に通亙す、縁・了仏性は種子本有なり今に適むるに非ざるなり」
今此の三界は皆是れ我が有なり 主国王世尊なり法華経第二に云く其の中の衆生は悉く是れ吾が子なり 親父なり而も今此の処は諸の患難多し
導師なり唯我一人のみ能く救護をなす主 国王 報身如来寿量品に云く我も亦為世の父文 師 応身如来親 法身如来五百問論に云く「若し父の寿の
遠を知らずして復父統の邦に迷わば徒らに才能と謂うとも全く人の子に非ず」又云く「但恐らくは才一国に当るとも父母の年を識らざらんや」
古今仏道論衡道宣の作に云く「三皇已前は未だ文字有らず但其の母を識つて其の父を識らず禽獣に同じ鳥等なり」等云云、慧遠法師周の武帝を詰る語なり
倶舎宗成実宗 一向に釈尊を以て本尊と為す爾りと雖も但応身に限る。律宗華厳宗三論宗 釈尊を以て本尊と為すと雖も法身は無始無終・報身は有始無終・応身は有始有終なり。
法相宗一義に云く大日如来は釈迦の法身なり真言宗 一向に大日如来を以て本尊と為す二義有り一義に云く大日如来は釈迦の法身には非ず。

251 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 06:35:17.92 ID:GZ4jY20C
但し大日経には大日如来は釈迦牟尼仏なりと見えたり人師よりの僻見なり。浄土宗 一向に阿弥陀如来を以て本尊と為す。法華宗より外の真言等
の七宗・並に浄土宗等は釈迦如来を以て父と為すことを知らず、例せば三皇已前の人・禽獣に同ずるが如し鳥の中に鷦鷯鳥も鳳凰鳥も父を知らず
獣の中には兎も師子も父を知らず、三皇以前は大王も小民も共に其の父を知らず天台宗よりの外真言等の諸宗の大乗宗は師子と鳳凰
の如く小乗宗は鷦鷯と兎等の如く共に父を知らざるなり。華厳宗に十界互具一念三千を立つること澄観の疏に之有り。
真言宗に十界互具一念三千を立つること大日経の疏に之を出す。天台宗と同異如何、天台宗已前にも十界互具・一念三千を立つるや、
記の三に云く「然るに衆釈を攅むるに既に三乗及び一乗・三一倶に性相等の十有りと許す何すれぞ六道の十を語らざるや」此の釈の
如くんば天台已前五百余年の人師三蔵等の法華経に依る者一念三千の名目を立てざるか。
問うて云く華厳宗は一念三千の義を用いるや華厳宗は唐の則天皇后の御宇に之を立つ、答えて云く澄観の疏三十三清涼国師に云く
「止観の第五に十法成乗を明す中の第二に真正発菩提心○釈して云く然も此の経の上下の発心の義は文理淵博にして其の撮略を見
る故に取つて之を用い引いて之を証とす」と、二十九に云く「法華経に云く唯仏与仏等と天台云く○便ち三千世間を成すと彼の宗に
は此れを以つて実と為す○一家の意理として通ぜざる無し」文。華厳経に云く旧訳には功徳林菩薩之を説くと、新訳には覚林菩薩之を
説くと、弘決には如来林菩薩と引く「心は工なる画師の種種の五陰を画くが如く一切世間の中に法として造らざること無し心の如く仏も
亦爾なり仏の如く衆生も然なり心と仏と及び衆生と是の三差別無し若し人三世一切の仏を了知せんと欲せば当に是くの如く観ずべし心は諸の如来を造ると」

252 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 06:35:58.50 ID:GZ4jY20C
法華経に云く此れは略開三の文なり仏の自説なり「所謂諸法とは如是相・如是性・如是体・如是力・如是作・如是因・如是縁・如是果・如是
報・如是本末究竟等」又云く「唯一大事の因縁を以ての故に世に出現したもう諸仏世尊は衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」
蓮華三昧経に云く「本覚心・法身常に妙法の心蓮台に住して本より来た三身の徳を具足し三十七尊金剛界の三十七尊なり心城に住
したまえるを帰命したてまつる・心王大日遍照尊・心数恒沙・諸の如来も普門塵数・諸の三昧・因果を遠離して法然として具す無辺の徳
海・本より円満還つて我・心の諸仏を頂礼す」、仏蔵経に云く「仏一切衆生心中に皆如来有して結跏趺坐すと見そなわす」文。
問うて云く真言宗は一念三千を用いるや、答えて云く大日経の義釈善無畏・金剛智・不空・一行に云く此の文に五本有り十巻の本は伝教
弘法之を見ず智証之を渡す「此の経は是れ法王の秘宝なり妄りに卑賤の人に示さざれ釈迦出世して四十余年に舎利弗の慇懃なる三請に
因りて方に為に略して妙法蓮華の義を説きたまいしが如し、今此の本地の身又是れ妙法蓮華最深の秘処なるが故に、寿量品に云く常在霊鷲
山・及余諸住処・乃至・我浄土不毀・而衆見焼尽と即ち此の宗の瑜伽の意ならくのみ又補処の菩薩の慇懃の三請に因つて方に為に之を説
けり」と、又云く「又此の経の宗は横に一切の仏教を統ぶ唯蘊無我にして世間の心を出で蘊の中に住すと説くが如きは即ち諸部の小乗三蔵を
摂す、蘊の阿頼耶を観じて自心の本不生を覚ると説くが如きは即ち諸経の八識・三性・無性の義を摂す、極無自性心と十縁生の句を説くが如
きは即ち華厳・般若の種種の不思議の境界を摂して皆其の中に入る、如実知自心を一切種智と名づくと説くが如きは則ち仏性涅槃経なり一乗
法華経なり如来秘蔵大日経なり皆其の中に入る種種の聖言に於て其の精要を統べざること無し、毘盧遮那経の疏伝教弘法
之を見る第七の下に云く天台の誦経は是れ円頓の数息なりと謂う是れ此の意なり」と。
大宋の高僧伝巻の第二十七の含光の伝に云く「代宗光を重んずること玄宗代宗の御宇に真言わたる含光は不空三蔵の弟子なり不空を見るが

253 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 06:36:52.83 ID:GZ4jY20C
如し勅委して五台山に往いて功徳を修せしむ、時に天台の宗学湛然妙楽・天台第六の師なり禅観を
解了して深く智者天台なりの膏腴を得たりと、嘗つて江淮の僧四十余人と清涼の境界に入る、湛然・光
と相見て西域伝法の事を問う、光の云く一国の僧空宗を体得する有りと問うて智者の教法に及ぶ梵僧
く曾て聞く此の教邪正を定め偏円を暁り止観を明して功第一と
推す再三・光に嘱す或は因縁あつて重ねて至らば為に唐を翻して梵と為して附し来れ某願くは受持せんと
屡屡手を握つて叮嘱す、詳かにするに其の南印土には多く竜樹の宗見を行ず故に此の流布を願うこと有
るなりと、菩提心義の三に云く一行和上は元是れ天台一行三昧の禅師なり能く天台円満の宗趣を得たり故
に凡そ説く所の文言義理動もすれば天台に合す、不空三蔵の門人含光・天竺に帰るの日・天竺の僧問わく
伝え聞く彼の国に天台の教有りと理致・須ゆ可くば翻訳して此の方に将来せんや云云、此の三蔵の旨も亦
天台に合す、今或る阿闍梨の云く真言を学せんと欲せば先ず共に天台を学せよと而して門人皆瞋る」云云。
問うて云く華厳経に一念三千を明すや、答えて云く「心仏及衆生」等云云、止観の一に云く「此の一念の
心は縦ならず横ならず不可思議なり但己のみ爾るに非ず仏及び衆生も亦復是くの如し、華厳に云く心と仏
と及び衆生と是の三差別無しと当に知るべし己心に一切の法を具することを」文、弘の一に云く「華厳の下は引
いて理の斉きことを証す、故に華厳に初住の心を歎じて云く心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も然り心と仏
と及び衆生と是の三差別無し諸仏は悉く一切は心に従つて転ずと了知したまえり、若し能く是くの如く解すれば彼
の人真に仏を見たてまつる、身亦是れ心に非ず心も亦是れ身に非ず一切の仏事を作すこと自在にして未曾有なり
、若し人・三世一切の仏を知らんと欲求せば応に是くの如き観を作すべし心・諸の如来を造すと、若し今
家の諸の円文の意無くんば彼の経の偈の旨・理として実に消し難からん」と。

254 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 07:20:46.95 ID:VMkiMhm/
うどん市場

255 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 08:08:58.04 ID:bdo27a6L
>>235
うどん雅や_φ(・_・

256 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 14:57:23.53 ID:OeyaNp2p
県外人におすすめ  「かな泉」

257 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 20:25:00.43 ID:zsQSd3RW
くそ不味いのにつぶれない店ってなんなの?

258 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 22:23:13.69 ID:GZ4jY20C
小乗の四阿含経三蔵教 心生の六界 心具の六界を明さず。大乗通教 心生の六界 亦心具を明さず。別教 心生の十界 心具の十界を明さず。思議の十界爾前・華厳等の円円教 不思議の十界互具。法華の円
止の五に云く「華厳に云く心は工なる画師の種種の五陰を造るが如く一切世間の中に心より造らざること莫しと種種の五陰とは前の十法界の五陰の如きなり」又云く「又十種の五陰・一一に各十法を具す謂く如
是相・性・体・力・作・因・縁・果・報・本末究竟等なり」文、又云く「夫れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界には即ち三千種の世間を具す此の
三千・一念の心に在り」文、弘の五に云く「故に大師・覚意三昧・観心食法及び誦経法・小止観等の諸の心観の文に但自他等の観を以て三仮を推せり並びに未だ一念三千具足を云わず、乃至観心論の中に亦
只三十六の問を以て四心を責むれども亦一念三千に渉らず、唯四念処の中に略して観心の十界を云うのみ、故に止観に正しく観法を明すに至つて並びに三千を以て指南と為せり、乃ち是れ終窮究竟の極説
なり、故に序の中に説己心中所行法門と云う良に以有るなり請う尋ね読まん者心に異縁無かれ」、止の五に云く「此の十重の観法は横竪に収束し微妙精巧なり初は則ち境の真偽を簡び中は則ち正助相添い
後は則ち安忍無著なり、意円かに法巧みに該括周備して初心に規矩し将に行者を送つて彼の薩雲に到らんとす初住なり闇証の禅師・誦文の法師の能く知る所に非ざるなり、蓋し如来積劫の懃求したまえる所・道場の妙悟し
たまえる所・身子の三請する所・法譬の三たび説く所正しく〓に在るに由るか」、弘の五に云く「四教の一十六門乃至八教の一期の始終に遍せり今皆開顕して束ねて一乗に入れ遍く諸経を括りて一実に備う、若
し当分を者尚偏教の教主の知る所に非ず況んや復た世間闇証の者をや○、蓋し如来の下は称歎なり十法は既に是れ法華の所乗なり是の故に還つて法華の文を用いて歎ず迹の説に約せば即ち大通智勝仏の
時を指して以て積劫と為し寂滅道場を以て妙悟と為す若し本門に約せば我本行菩薩道の時を指して以て積劫と為し本成仏の時を以て妙悟と為す、本迹二門只是れ此の十法を求悟せるなり、身子等とは寂場にし
て説かんと欲するに物の機未だ宜からず其の苦に堕せん事を恐れて更に方便を施す四十余年種種に調熟し法華の会に至つて初めて略して権を開するに動執生疑して慇懃に三請す五千起ち去つて方に枝葉無し
四一を点示して五仏の章を演べ上根の人に被るを名づけて法説と為し、中根は未だ解せざれば猶譬喩を〓う下根は器劣にして復た因縁を待つ、仏意聯綿として〓の十法に在り、故に十法の文の末に皆大車に譬え
たり今の文の憑る所意此に在り、惑者は未だ見ず尚華厳を指す唯華厳円頓の名を知つて而して彼の部の兼帯の説に昧し、全く法華絶待の意を失つて妙教独顕の能を貶挫す、迹本の二文を験して五時の説
を〓うれば円極謬らず何ぞ須らく疑を致すべけん是の故に結して正しく〓に在るかと曰う」、又云く「初に華厳を引くことを者重ねて初に引いて境相を示す文を〓す前に心造と云うは即ち是れ心具なり故に造の
文を引いて以て心具を証す、彼の経第十八の中に功徳林菩薩の偈を説いて云うが如く心は工なる画師の種種の五陰を造るが如く一切世界の中に法として造らざること無し心の如く仏も亦爾なり仏の如く衆生も
然なり心と仏と及び衆生と是の三差別無し、若し人三世の一切の仏を知らんと欲求せば応に是くの如く観ずべし心は諸の如来を造ると今の文を解せずんば如何ぞ偈の心造一切三無差別を消せん
」文、諸宗の是非之を以て之を糾明す可きなり、恐恐謹言。二月十八日日 蓮 在 御 判早勝問答 /文永八年 五十歳御作浄土宗問答。問う六字の名号は善悪の中には何ぞや、

259 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 22:24:08.69 ID:GZ4jY20C
答う一義に云く今問う所の善悪は世出の中には何ぞや、一義に云く云う所の善悪を治定せば堕獄治定なるか、一義に云く名号悪と治定せ
ば堕獄治定なるか、一義に云く念仏無間治定して其の上に善悪を尋ぬるか、一義に云く汝が依経は権実の中には何れぞや。
問う念仏無間と云わば法華も無間なり、答う一義に云く法華無間とは自義なるか経文なるか、一義に云く念仏無間をば治定して法華無間と云
うか、一義に云く祖師の謗法を治定して法華も無間と云うか、一義に云く汝が云う所の法華は超過の法華か又弥陀成仏の法華か。
問うて云く念仏無間の証拠二十八品の中には何れぞや、答う一義に云く二十八品の中に証拠有らば堕獄治定なるか、一義に云く法華を誹
謗するを証拠とするなり、一義に云く法華の文を尋ぬるは信じて問うか信ぜずして問うか、一義に云く直に入阿鼻獄の文を出すなり、一義
に云く妙法蓮華経其の証拠なり、一義に云く弥陀の本誓に背く故なり、一義に云く弥陀の命を断つ故なり、一義に云く有縁の釈尊に背く故なり念仏無間は三世諸仏の配立なり。
問う止観の念仏の事、答う一義に云く法然所立の念仏は堕獄治定して止観を問うか、一義に云く西方の念仏と一なるか異なるか、一
義に云く止観の念仏は法華を誹謗するか、一義に云く彼に文段を問う可し、一義に云く止観に依つて浄土宗を建立するか。
問う観経は法華已後の事、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く已前ならば無間は治定なるか、一義に云く汝が謗法は無間をば治定して問うか。
問う観経と法華と同時なり、答う一義に云く同時なる故に法華を謗ずるか、さては返つて観経をも謗ずるなり。
問う先師の謗法は一往なり且くの字を置く故なり、答う一義に云く且く謗ぜよとは自義か経文か、一義に云く始終共に謗ぜば堕獄は治定なるか。
問う未顕真実は往生に非ず成仏の方なり、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く余経は無得道と云う人は僻事か。
問う法華本迹の阿弥陀をば如何、答う一義に云く法華の弥陀は法華経を謗ぜんと誓い給いしか、一義に云く法華の弥陀と三部経と同じきか異なるか、異ならば無間治定なるか。
問う一称南無仏と何んぞ称名を無益と云わんや、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く法華を信じて問うか信ぜずして問うか。
問う法華に「諸の如来に於て」「諸仏を恭敬す」と何ぞ弥陀を捨つるや、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか大旨上の如し。
問う「余の深法中に示教利喜す」と何ぞ余経を謗ずるや、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるや、一義に云く汝が誹謗は治定して問うか又自義か経文か大旨上の如し。
問う普門品に観世音の称名功徳を挙ぐと見えたり何ぞ余の仏・菩薩を捨てんや、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く此の観音は法華を謗
ずるか、一義に云く此の品に依つて念仏を立つるか、私に云く彼が経文釈義を引かん時は先ず文段を一一問う可し、大段万事の問には誹謗の言を先とす可きなり、前の当家の義云云。

260 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 22:25:19.17 ID:GZ4jY20C
問う禅天魔の故如何、答う一義に云く仏経に依らざる故なり、一義に云く一代聖教を誹謗する故なり。
問う禅とは三世諸仏成道の始は坐禅し給へり如何、答う一義に云く汝が坐禅は仏の出世に背かば天魔治定なるか、又坐禅は大小の中には何れぞや、一義に云く仏の端座六年は法華に無益と云うか。
問う禅法には仏説無益なり、答う一義に云く是自義なるか経文なるか、一義に云くやがて是が天魔の所為なり。
問う経文には「是法不可示」と如何、答う一義に云く此の文は法華無益と云う文なるか、一義に云く爾らば法華に依るか、一義に云く文段を以て責む可きなり。
問う竜女は坐禅の成仏なり其の故は経文に「深く禅定に入つて諸法に了達す」と説き給へり、知んぬ法華無益と云うことを、答う一義に云く此の義は自義なるか経文
なるか、一義に云く若し法華の成仏ならば天魔治定なるか、一義に云く文殊海中の教化は論説妙法と宣べたり如何。
問う常に坐禅を好み深く禅定に入つて常に坐禅を貴ぶとも説けり如何、答う一義に云く文段を以て責む可し、一義に云く此の文は法華無益と云う文なるか、一義に云く此の文を以て禅宗を建立するか。
問う唯独り自のみ明了にして余人の見ざる所と云う故に禅宗ひとり真性を見て余人は見ずと云うなり、答う一義に云く文段を以て責む可し経文を見る可し、問
う像法決疑経に云く「一字不説」と爾らば一代は未顕真実と聞きたり真実は只迦葉一人教の外に別伝し給へり如何、答う此の文は仏説か若し仏説ならば汝此の文
に依る故に自語相違なり、一義に云く言う所の迦葉は何なる経にて成仏するや、一義に云く言う所の経文は三説の中には何れぞや、一義に云く楞伽経は仏説なるか。
問う三大部に観心之有り何ぞ禅天魔と云うや、答う一義に云く汝は三大部にて宗を立つるか、一義に云く三大部の観心は汝が禅と同じきか、一義に云く汝は天台を師
とするか、一義に云く三大部の観心は諸経を捨つるか。問う雙非の禅の事如何、答う一義に云く一度は法華に依り一度は法華無益なり、一義に云く二義共に天魔なり一
義に云く此の義に背かん者は僻事なるか。問う法華宗は妙法の道理を知るや、答う一義に云く汝は天魔を治定して問うか、一義に云く汝は法華を信じて問うか、一
義に云く妙法を知つて問うか知らずして問うか、一義に云く汝が問う所の妙法は今経に付いて百二十の妙有り其の品品を問うか、一義に云く汝は此の妙法に依つて禅を建立するか。
天台宗問答。問う天台宗を無間という証拠如何、答う一義に云く法華を誹謗する故なり、一義に云く経文に背く故なり。問う余経無益と云う事は〓を判ずる一往の意なり再往の日
は諸乗一仏乗と開会す何ぞ一往を執して再往の義を捨つるや、答う一義に云く今言う所の開会とは何れの教の開会ぞや、一義に云く今経に於て本迹の十妙の下に各二十の開会あり亦教行
人理の四一開会の中には何れぞや、一義に云く能開・所開の中には何れぞや、一義に云く開会の後善悪無しと云うか、一義に云く天台宗は法華を信ずるか、一義に云く開会の後諸宗を簡ば
ずと云わば天台大師僻事なるか其の故は南三北七云云伝教大師は六宗と云云、一義に云く天台宗は悪行をも致す可きか性悪不断と云うが故に自語相違なりと責む可きなり、一義に云く開会
の後に権実を立つる人は僻事なるか爾らば薬王の十喩・法師の三説超過云云、一義に云く此の故に開会の心を以て慈覚は法華を謗ずるか、一義に云く汝は慈覚の弟子なるか爾らば謗法治定なるか。
問う善悪不二・邪正一如の故に強ちに善悪を云う可からず元意の重是なり、答えて云く天台の出世は

261 :絶倫アキラの説教部屋EX:2014/01/28(火) 22:35:43.69 ID:x812/sP/
俺様は、宇宙一の美女“すうざん・ぼいる”タソのめざましマソ汁ゴックゴク(照)
グヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒモヘ~(笑)ブヒブヒブヒヒヒヒヒヒ(笑)グハッ?(笑)ウケケケケ(笑)プピッ!(笑)デヘヘヘヘ(笑)

262 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/28(火) 22:54:49.43 ID:VMkiMhm/
うどん市場

263 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 05:28:25.80 ID:e/AiM2Iw
うどん大好き
地元離れるとうどんのありがたみがめちゃわかる
知ってる人いたら教えて欲しいんだけど、亀阜小学校の西側にあった製麺所の名前わからないかな
15年前くらいに行ったっきり
名前も忘れてしまったからググることもでけん
朝の5時とかに徹夜明けで食べに行ってたんや
まだやってるんかな
鯖の天ぷらとか昆布の天ぷらがうまかった
すんげーでかくてお椀からはみ出てた

264 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 05:36:44.16 ID:/YqgZOO/
悪を息めんが為か又悪を増さんが為か、一義に云く悪事を致せとは法華経二十八品の中には何れの処に見えたるや。
問う絶待妙の事、答う一義に云く先ず文段を問う可し、一義に云く何れの教の絶待ぞや、一義に云く此の故に慈覚は法華を謗ずるか。
問う相待は一往・絶待は再往と見えたり如何、答う自義なるか経文なるか、一義に云く相待妙一往と云うは二十八品の中には何れに見
えたるや、一義に云く相待妙は法華に明すか余経に明すか若し法華に明さば法華は一往なるか。問う約教約部の故に約部の日は一往
爾前の円を嫌うなり、答う一義に云く言う所の約教は天台の判釈の四種の約教の中には何れぞや、一義に云く約部は落居の釈なるか、一義に
云く約部を捨つ可きか、一義に云く約教の時爾前の円を嫌わば堕獄は治定なるか、一義に云く約教の辺にて今昔円同じとは法華経
二十八品の中何れぞや、一義に云く玄文の第一の施開廃の三重の故に開会の後も余経を捨つると云う文をば知るか知らざるか。
山門流の真言宗問答。問う法華第一と云うは顕教の門なり真言に対すれば第一とは云う可からず、答う自義なるか経文なるか爰を以て慈覚
大師を無間と申すなり、一義に云く真言に対して法華第一ならば亡国治定なるか、一義に云く真言は已今・当・の中には何れぞや、若し
外と云わば一機一縁の一往にして秘密とは云わる可からざるなり。問う法華と真言とは理同事勝の故に真言に対すれば戯論の法と云う
か、答う一義に云くさてこそ汝は無間治定なれ、一義に云くさては慈覚は真言をも謗ずるなり其の故は理同の法華を謗ずる故なり。
問う伝教の本理大綱集の文を以て顕密同と云う事、答う一義に云く此の書は伝教の御作に非ざるなり、一義に云く此の書に依つて法華を慈覚は謗ずるか。
東寺流の問答。問う真言は釈尊の説と云う事其の証拠如何、答う若し真言釈尊の説ならば亡国は治定なるか、若し然なりと云わば弘法大
師五蔵を立つる時・法華を六波羅蜜経の五蔵の第四般若波羅蜜蔵・第五の陀羅尼蔵をば真言と建立し給へり如何。問う真言宗を未顕真実とは
言うべからず其の故は釈迦の説の外に建立する故なり如何、答えて云く若し釈尊の説教ならば亡国は治定なるか、一義に云く六波羅蜜経は釈迦
の説なるか大日の説なるか、若し釈迦の説ならば未顕真実は治定なるか、他云く釈迦所説の顕教無益なりと。尋ねて云く六波羅蜜経は顕教密教の
中には何れぞや、他云く六波羅蜜経は雑部の真言なり我が家の三部は純説の真言なり、答う助証正証と云う事全く弘法の所判に見えず若し弘法の
義ならば堕獄は治定なるか、他云く真言は速疾の教・顕教は迂回歴劫の教なり云云、自ら云く自義なるか経文なるか、他云く五秘密教に云く「若し顕
教に於て修行する者は久しく三大無数劫を経」と説けり是れ其の証拠なり如何、答う、さて此の経は釈迦の説なるか大日の説なるか若し釈迦の説ならば未顕真実は治定なるか。
問う法華宗は何れの経に依つて仏の印契相好を造るや顕教には無し但真言の印を盗むと覚えたり如何、答う之に依つて法華を謗ずるか、一義
に云く汝盗むの義相違せば亡国は治定なるか、一義に云く汝法華宗の建立する所の大段の妙法蓮華経をば本尊と落居して問うか、一義に云く釈尊
を三部に依つて建立する故に驢牛の三身と下すか若し爾なりと云わば返つて汝は真言を誹謗する者なりと責む可し、一義に云く三世の諸仏の印契相
好実に妙法蓮華経に依つて具足するの義・落居せば亡国は治定なるか、又盗人は治定なるか、一義に云く竜女・霊山に即身に印契相好具足し南方に
成道を唱えしは真言に依つて建立するか若し爾なりと云わば直に経文を出せと責む可き

265 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 05:37:39.38 ID:/YqgZOO/
なり。
問う亡国の証拠如何、答う法華を誹謗する故なり云云、一義に云く三徳の釈尊に背く故なり云云、一義に云く現世安穏・後生善処の妙法蓮華経に背
き奉る故に今生には亡国・後生には無間と云うなり、一義に云く法華経第三の劣とは経文なるか自義なるか若し爾らば亡国治定なるか。
他云く密教に対すれば第三の劣なり、答う一義に云く此の義経文なるか自義なるか、一義に云く顕教の内に法華第一なる事・落居するか、若し爾なり
と云はばさては弘法は僻事なり顕教の内にして法華を華厳に対して第二・真言に対して第三と云う故なり、一義に云く真言に対して第一ならば亡国は治定なるか。
他云く印真言を説かざるが故に第三の劣と云うなり、答う此の故に劣とは経文なるか自義なるか、一義に云く若し法華に説かば亡国は治定なるか。
他云く大日・釈迦各別なり、答う一義に云く此の故に法華を謗ずるか、一義に云く若し一仏ならば亡国は治定なるか、一義に云く各別なれば劣とは経文なるか自義なるか。
他云く顕教は応身・密教は法身の説なり此の故に法華は第三の劣なり、自ら云く応身の説の故に法華劣とは経文なるか自義なるか、一義に云く法華
法身の説ならば亡国治定なるか、一義に云く真言は応身の説ならば亡国は治定なるか。他云く五智・五仏の時は北方は釈迦・中央は大日と見えたり如
何、答う一義に云く中央釈迦ならば亡国治定なるか、一義に云く北方釈迦と云う事は三部の内に無し不空の義なり仏説に非ず。
他云く法華は穢土の説なり真言は三界の外の法界宮の説なり、答う一義に云く真言は三界の内の説ならば亡国治定なるか義釈の文。
他云く顕教の内にて大日釈迦一体と説くとも密教の内にては二仏各別なり名は同じけれども義異るなり如何、答う此の故に亡国と云うなり、一義に云く此くの如く云う事直に経文を出す可きなり。
他云く竜女は真言の成仏・法華には三密闕くる故なり、答う自義なるか経文なるか。
他云く経文なり「陀羅尼を得・不退転を得たり」云云、陀羅尼は三密の加持なり、答う、此の陀羅尼を真言と云うは自義なるか経文なるか、一義に云
くさては弘法の僻事なり其の故は此の陀羅尼を戯論第三の劣と下すなり、一義に云く自語相違なり法華に印有る故なり。
他云く守護経の文に依れば釈迦は大日より三密の法門を習いて成仏するなり、答う此の故に法華を謗ずるか、一義に云く此の文は三説の内
なるか外なるか、一義に云く此れに相違せば亡国は治定なるか。他云く法華経には「合掌を以て敬心し・具足の道を聞かんと欲す」と云へり何ぞ印・真言を
捨つるや、答う此の故に法華を謗ずるか、一義に云く自義なるか経文なるか、一義に云く此の故に真言を捨てずとは経文なるか、一義に云く此の文は真言を持
つと云う文なるか、一義に文段を以て責む可し。他云く弘法大師を無間と云うは経文なるか自義なるか、答う経文なり。
他云く二十八品の中には何れぞや、答う二十八品の中に有らば堕獄治定なるか、他云く爾なり、答う法華を誹謗すること治定なるか若し爾らば経文を出して責む可きなり。

266 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 05:39:04.84 ID:/YqgZOO/
宿屋入道への御状 /文永五年八月 四十七歳御作与宿屋光則 於鎌倉其の後は書・絶えて申さず不審極り無く候、抑去る正嘉元年丁巳八月二十三日戌亥の刻の大地
震、日蓮諸経を引いて之を勘えたるに念仏宗と禅宗等とを御帰依有るが故に日本守護の諸大善神瞋恚を作して起す所の災なり、若し此れを対治無くんば他国の為
に此の国を破らる可きの由勘文一通之を撰し正元二年庚申七月十六日御辺に付け奉つて故最明寺入道殿へ之を進覧す、其の後九箇年を経て今年大蒙古国より牒
状之有る由・風聞す等云云、経文の如くんば彼の国より此の国を責めん事必定なり、而るに日本国の中には日蓮一人当に彼の西戎を調伏するの人たる可しと兼て之
を知り論文に之を勘う、君の為・国の為・神の為・仏の為・内奏を経らる可きか、委細の旨は見参を遂げて申す可く候、恐恐謹言。
文永五年八月二十一日日 蓮 花 押 宿屋左衛門入道殿北条時宗への御状北条時宗への御状謹んで言上せしめ候、抑も正月十八日・西戎大蒙古国の牒状到来
すと、日蓮先年諸経の要文を集め之を勘えたること立正安国論の如く少しも違わず普合しぬ、日蓮は聖人の一分に当れり未萠を知るが故なり、然る間重ねて此の
由を驚かし奉る急ぎ建長寺・寿福寺・極楽寺・多宝寺・浄光明寺・大仏殿等の御帰依を止めたまえ、然らずんば重ねて又四方より責め来る可きなり、
速かに蒙古国の人を調伏して我が国を安泰ならしめ給え、彼を調伏せられん事日蓮に非ざれば叶う可からざるなり、諌臣国に在れば則ち其の国
正しく争子家に在れば則ち其の家直し、国家の安危は政道の直否に在り仏法の邪正は経文の明鏡に依る。
夫れ此の国は神国なり神は非礼を稟けたまわず天神七代・地神五代の神神・其の外諸天善神等は一乗擁護の神明なり、然も法華経を以て食と為し
正直を以て力と為す、法華経に云く諸仏救世者・大神通に住して衆生を悦ばしめんが為の故に無量の神力を現ずと、一乗棄捨の国に於ては豈善神怒を
成さざらんや、仁王経に云く「一切の聖人去る時七難必ず起る」と、彼の呉王は伍子胥が詞を捨て吾が身を亡し・桀紂は竜比を失つて国位を喪ぼす、今日本国
既に蒙古国に奪われんとす豈歎かざらんや豈驚かざらんや、日蓮が申す事御用い無くんば定めて後悔之有る可し、日蓮は法華経の御使なり経に云く「則ち如来
の使如来の所遣として如来の事を行ず」と、三世諸仏の事とは法華経なり、此の由方方へ之を驚かし奉る一所に集めて御評議有つて御報に予かる可く候、
所詮は万祈を抛つて諸宗を御前に召し合せ仏法の邪正を決し給え、〓底の長松未だ知らざるは良匠の誤り闇中の錦衣を未だ見ざるは愚人の失なり。
三国仏法の分別に於ては殿前に在り所謂阿闍世・陳隋・桓武是なり、敢て日蓮が私曲に非ず只偏に大忠を懐く故に身の為に之を申さず神の為・君の為・
国の為・一切衆生の為に言上せしむる所なり、恐恐謹言。文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押 謹上 宿屋入道殿宿屋左衛門光則への御状
宿屋左衛門光則への御状先年勘えたるの書安国論に普合せるに就て言上せしめ候い畢んぬ、抑正月十八日西戎大蒙古国より牒状到来

267 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 05:40:53.45 ID:/YqgZOO/
すと、之を以て之を按ずるに日蓮は聖人の一分に当り候か、然りと雖も未だ御尋に予らず候の間重ねて諌状を捧ぐ、希くば御帰依の寺僧を停止せられ宜しく法華経に帰せしむべし、若し然らずん
ば後悔何ぞ追わん、此の趣を以て十一所に申せしめ候なり定めて御評議有る可く候か、偏に貴殿を仰ぎ奉る早く日蓮が本望を遂げしめ給え、十一箇所と申すは平の左衛門尉殿に申せしむる所
なり委悉申し度く候と雖も上書分明なる間省略せしめ候、御気色を以て御披露庶幾せしむる所に候、恐恐謹言。
文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押 謹上 宿屋入道殿平左衛門尉頼綱への御状平左衛門尉頼綱への御状蒙古国の牒状到来に就いて言上せしめ候い畢んぬ、抑先年日蓮立正安国
論に之を勘えたるが如く少しも違わず普合せしむ、然る間重ねて訴状を以て愁欝を発かんと欲す爰を以て諌旗を公前に飛ばし争戟を私後に立つ、併ながら貴殿は一天の屋
梁為り万民の手足為り争でか此の国滅亡の事を歎かざらんや慎まざらんや、早く須く退治を加えて謗法の咎を制すべし。
夫れ以れば一乗妙法蓮華経は諸仏正覚の極理・諸天善神の威食なり之を信受するに於ては何ぞ七難来り三災興らんや、剰え此の事を申す日蓮をば流罪せらる争でか日月星宿罰
を加えざらんや、聖徳太子は守屋の悪を倒して仏法を興し秀郷は将門を挫いて名を後代に留む、然らば法華経の強敵為る御帰依の寺僧を退治して宜く善神の擁護を蒙るべき者なり、御
式目を見るに非拠を制止すること分明なり、争でか日蓮が愁訴に於ては御叙い無らん豈御起請の文を破るに非ずや、此の趣を以て方方へ愚状を進らす、所謂鎌倉殿・宿屋入道殿・建長寺・寿福寺・極楽寺・
大仏殿・長楽寺・多宝寺・浄光明寺・弥源太殿並びに此の状合せ十一箇所なり、各各御評議有つて速かに御報に預るべく候、若し爾らば卞和が璞磨いて玉と成り法王髻
中の明珠此の時に顕れんのみ、全く身の為に之を申さず、神の為君の為国の為一切衆生の為に言上せしむるの処なり件の如し、恐恐謹言。
文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押 平左衛門尉殿北条弥源太への御状北条弥源太への御状去ぬる月御来臨急ぎ急ぎ御帰宅本意無く存ぜしめ候い畢んぬ、抑蒙古国
の牒状到来の事・上一人より下万民に至るまで驚動極り無し然りと雖も何の故なること人未だ之れを知らず、日蓮兼ねて存知せしむるの間既に一論を造つて之を進覧せり徴
先達つて顕れ則ち災必ず後に来る、去ぬる正嘉元年丁巳八月廿三日戌亥の刻の大地震是併ながら此の瑞に非ずや、法華経に云く如是相と天台大師云く「蜘蛛下りて喜事来り
〓鵲鳴いて行人来る」と、易に云く吉凶動に於て生ずと此等の本文豈替るべけんや、所詮諸宗の帰依を止めて一乗妙経を信受せしむべきの由勘文を捧げ候、日本亡国の根源は
浄土・真言・禅宗・律宗の邪法悪法より起れり諸宗を召し合せ諸経勝劣を分別せしめ給え、殊に貴殿は相模の守殿の同姓なり根本滅するに於ては枝葉豈栄えんや、早く蒙古国を調
伏し国土を安穏ならしめ給え、法華を謗ずる者は三世諸仏の大怨敵なり、天照太神・八幡大菩薩等・此の国を放ち給う故・大蒙古国より牒状来るか、自今已後各各
生取と成り他国の奴と成る可し、此の趣き方方へ之れを驚かし愚状を進ぜしめ候なり、恐恐謹言。文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押建長寺道隆への御状
夫れ仏閣軒を並べ法門屋に拒る仏法の繁栄は身毒支那に超過し僧宝の形儀は六通の羅漢の如し、

268 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 05:54:50.53 ID:e/AiM2Iw
>>263だけど自己解決した
現在閉店しています
つらい

269 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 07:05:57.84 ID:gW4n5kZT
うどん市場

270 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 07:20:27.99 ID:MZKOjCti
>>268
丸山製麺ですね
朝早くからやってる店でしたね
代がわりできたらよかったのかもと思いつつ、思い出の中にある方がいいかもとも思います

271 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 09:57:08.37 ID:yQm3YDcT
>>263
なつかしいですね
僕も朝の店の一軒です
丸山なくなって 今は枝メインになりました

272 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 11:29:53.21 ID:Pl/cfsBO
丸山は早朝に行ける良い店だったなぁ

273 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 20:53:13.96 ID:m/SpiVUr
丸山の油揚げ、うまかったなあ。

274 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 21:43:09.71 ID:5i60xnWs
>>237の言ってるのって栗林駅ってことだよね
あれってことでんだったっけ?
香川離れて10年もすると結構忘れるもんでさ

275 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:12:09.82 ID:/YqgZOO/
夫れ仏閣軒を並べ法門屋に拒る仏法の繁栄は身毒支那に超過し僧宝の形儀は六通の羅漢の如し、然りと雖も一代諸経に於て未だ勝劣・浅深を知らず併がら禽獣に同じ忽ち三徳の釈迦
如来を抛つて、他方の仏・菩薩を信ず是豈逆路伽耶陀の者に非ずや、念仏は無間地獄の業・禅宗は天魔の所為・真言は亡国の悪法・律宗は国賊の妄説と云云、爰に日蓮去ぬる文応元
年の比勘えたるの書を立正安国論と名け宿屋入道を以て故最明寺殿に奉りぬ、此の書の所詮は念仏・真言・禅・律等の悪法を信ずる故に天下に災難頻りに起り剰え他国より此の国責め
らる可きの由之を勘えたり、然るに去ぬる正月十八日牒状到来すと日蓮が勘えたる所に少しも違わず普合せしむ、諸寺諸山の祈祷威力滅する故か将又悪法の故なるか鎌倉中の上下万
人・道隆聖人をば仏の如く之を仰ぎ良観聖人をば羅漢の如く之れを尊む、其の外寿福寺・多宝寺・浄光明寺・長楽寺・大仏殿の長老等は「 我慢の心充満し、未だ得ざるを得たりと謂う」の増
上慢の大悪人なり、何ぞ蒙古国の大兵を調伏せしむ可けんや、剰え日本国中の上下万人悉く生取と成る可く今世には国を亡し後世には必ず無間に堕せん、日蓮が申す事を御用い無くん
ば後悔之れ有る可し此の趣鎌倉殿・宿屋入道殿・平の左衛門の尉殿等へ之を進状せしめ候、一処に寄り集りて御評議有る可く候、敢て日蓮が私曲の義に非ず只経論の文に任す処なり、
具には紙面に載せ難し併ながら対決の時を期す、書は言を尽さず言は心を尽さず、恐恐謹言。文永五年戊辰十月十一日日 蓮 花 押 進上 建長寺道隆聖人侍者御中

276 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:13:08.76 ID:/YqgZOO/
極楽寺良観への御状西戎大蒙古国簡牒の事に就て鎌倉殿其の外へ書状を進ぜしめ候、日蓮去る文応元年の比勘え申せし立正安国論の如く毫末計りも之に相違せず候、此の事
如何、長老忍性速かに嘲哢の心を翻えし早く日蓮房に帰せしめ給え、若し然らずんば人間を軽賤する者・白衣の与に法を説くの失脱れ難きか、依法不依人とは如来の金言なり、良
観聖人の住処を法華経に説て云く「或は阿練若に有り納衣にして空閑に在り」と、阿練若は無事と翻ず争か日蓮を讒奏するの条住処と相違せり併ながら三学に似たる矯賊の聖人な
り、僣聖増上慢にして今生は国賊・来世は那落に堕在せんこと必定なり、聊かも先非を悔いなば日蓮に帰す可し、此の趣き鎌倉殿を始め奉り建長寺等其の外へ披露せしめ候、所詮本
意を遂げんと欲せば対決に如かず、即ち三蔵浅近の法を以て諸経中王の法華に向うは江河と大海と華山と妙高との勝劣の如くならん、蒙古国調伏の秘法定めて御存知有る可
く候か、日蓮は日本第一の法華経の行者蒙古国退治の大将為り「於一切衆生中亦為第一」とは是なり、文言多端理を尽す能わず併ながら省略せしめ候、恐恐謹言。
文永五年戊辰十月十一日 日蓮 花押 謹上 極楽寺長老良観聖人御所大仏殿別当への御状大仏殿別当への御状去る正月十八日西戎大蒙古国より牒状到来し候い畢んぬ、其
の状に云く大蒙古国皇帝・日本国王に書を上る大道の行わるる其の義〓たり信を構え睦を修す其の理何ぞ異ならん乃至至元三年丙寅正月日と、右此の状の如くんば返牒
に依つて日本国を襲う可きの由分明なり、日蓮兼ねて勘え申せし立正安国論に少しも相違せず急かに退治

277 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:14:08.55 ID:/YqgZOO/
を加え給え、然れば日蓮を放て之を叶う可からず、早く我慢を倒して日蓮に帰すべし、今生空しく過ぎなば後悔何ぞ追わん委しく之を記すこと能わず、此の趣方方へ申せしめ候、一処に聚集して御調伏有る可く候か。
文永五年十月十一日日 蓮 花 押謹上 大仏殿別当御房寿福寺への御状寿福寺への御状風聞の如くんば蒙古国の簡牒・去る正月十八日慥に到来候い畢んぬ、然れば先年日蓮が勘えし書の立正安国論
の如く普合せしむ、恐くは日蓮は未萠を知る者なるか、之を以て之を按ずるに念仏・真言・禅・律等の悪法・一天に充満して上下の師と為るの故に此の如き他国侵逼の難起れるなり、法華不信の
失に依つて皆一同に後生は無間地獄に堕す可し早く邪見を翻し達磨の法を捨てて一乗正法に帰せしむ可し、然る間方方へ披露せしめ候の処なり、早早一処に集りて御評議有る可く候、委くは対決の時を期す、恐恐謹言。
文永五年十月十一日日 蓮 花 押 謹上 寿福寺侍司御中浄光明寺への御状浄光明寺への御状大蒙古国の皇帝・日本国を奪う可きの由・牒状を渡す、此の事先年立正安国論に勘え申せし如く少し
も相違せしめず内内日本第一の勧賞に行わる可きかと存ぜしめ候の処剰え御称歎に預らず候、是れ併ながら鎌倉中著〓の類・律宗・禅宗等が「向国王大臣誹謗説我悪」の故なり、早く二百五十戒を抛つて日蓮に帰して成仏を期す可し、

278 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:15:24.64 ID:/YqgZOO/
若し然らずんば堕在無間の根源ならん、此の趣き方方へ披露せしめ候い畢んぬ、早く一処に集りて対決を遂げしめ給え日蓮・庶幾せしむる処なり、敢て諸宗
を蔑如するに非ざるのみ、法華の大王戒に対して小乗〓〓戒・豈相対に及ばんや、笑う可し笑う可し。文永五年十月十一日日 蓮 花 押 謹上 浄光明寺侍者御中
多宝寺への御状多宝寺への御状日蓮・故最明寺殿に奉りたるの書・立正安国論御披見候か未萠を知つて之を勘え申す処なり、既に去る正月蒙古国の簡牒到
来す何ぞ驚かざらんや、此の事不審千万なり縦い日蓮は悪しと雖も勘うる所の相当るに於ては何ぞ用いざらんや、早く一所に集りて御評議有る可し、若し日蓮が
申す事を御用い無くんば今世には国を亡し後世は必ず無間大城に堕す可し、此の旨方方へ之を申せしめしなり敢て日蓮が私曲に非ず委しく御報に預る可く候、
言は心を尽さず書は言を尽さず併ながら省略せしめ候、恐恐謹言。文永五年十月十一日日 蓮 花 押 謹上 多宝寺侍司御中長楽寺への御状長楽寺への御状
蒙古国・調伏の事に就いて方方へ披露せしめ候い畢んぬ、既に日蓮・立正安国論に勘えたるが如く普合せしむ、早く邪法邪教を捨て実法実教に帰す可し、若し
御用い無くんば今生には国を亡し身を失い後生には必ず那落に

279 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:16:26.60 ID:/YqgZOO/
堕す可し、速かに一処に集りて談合を遂げ評議せしめ給え日蓮庶幾せしむる所なり、御報に依つて其の旨を存ず可く候の処なり敢て諸宗を蔑如するに非ず但此の国の安泰を存する計りなり、恐恐謹言。
文永五年十月十一日日 蓮 花 押 謹上 長楽寺侍司御中弟子檀那中への御状弟子檀那中への御状大蒙古国の簡牒到来に就いて十一通の書状を以て方方へ申せしめ候、定めて日蓮が弟子檀那・流罪・
死罪一定ならん少しも之を驚くこと莫れ方方への強言申すに及ばず是併ながら而強毒之の故なり、日蓮庶幾せしむる所に候、各各用心有る可し少しも妻子眷属を憶うこと莫れ権威を恐るること莫れ、今度
生死の縛を切つて仏果を遂げしめ給え、鎌倉殿・宿屋入道・平の左衛門尉・弥源太・建長寺・寿福寺・極楽寺・多宝寺・浄光明寺・大仏殿・長楽寺已上十一箇所仍つて十一通の状を書して諌訴せしめ候
い畢んぬ、定めて子細有る可し、日蓮が所に来りて書状等披見せしめ給え、恐恐謹言。文永五年戊辰十月十一日日 蓮 花 押 日蓮弟子檀那中

280 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:18:45.22 ID:/YqgZOO/
問注得意抄問注得意抄 /文永六年五月 四十八歳御作与富木入道外二人土木入道殿日 蓮 今日召し合せ御問注の由承り候、各各御所念の如くならば三千年に一度
花さき菓なる優曇華に値えるの身か、西王母の薗の桃・九千年に三度之を得たる東方朔が心か一期の幸何事か之に如かん、御成敗の甲乙は且らく之を置く前立つて欝
念を開発せんか、但し兼日御存知有りと雖も駿馬にも鞭うつの理之有り、今日の御出仕・公庭に望んでの後は設い知音為りと雖も傍輩に向つて雑言を止めらる可し両方
召し合せの時・御奉行人・訴陳の状之を読むの尅何事に付けても御奉行人の御尋ね無からんの外一言を出す可からざるか、設い敵人等悪口を吐くと雖も各各当身の事・
一二度までは聞かざるが如くすべし、三度に及ぶの時・顔貌を変ぜず〓言を出さず〓語を以て申す可し各各は一処の同輩なり私に於ては全く遺恨無きの由之を申さる可き
か、又御供雑人等に能く能く禁止を加え喧嘩を出す可からざるか、是くの如き事書札に尽し難し心を以て御斟酌有る可きか、此等の矯言を出す事恐を存すと雖も仏経と行
者と檀那と三事相応して一事を成さんが為に愚言を出す処なり、恐恐謹言。五月九日日 蓮 花 押 三人御中行敏御返事行敏御返事 /文永八年七月 五十歳御作与浄土僧行敏行敏初度の難状
未だ見参に入らずと雖も事の次を以て申し承るは常の習に候か、抑風聞の如くんば所立の義尤も以て不審なり、法華の前に説ける一切の諸経は皆是妄語にして
出離の法に非ずと是一、大小の戒律は世間を誑惑して悪道に堕せしむるの法と是二、念仏は無間地獄の業為と是三、禅宗は天魔の説・若し依つて行ずる者は悪見を
増長すと是四、事若し実なば仏法の怨敵なり、仍て対面を遂げて悪見を破らんと欲す、将又其の義無くんば争でか悪名を痛ませられざらんや、是非に付き委く示し賜わる可きなり、恐恐謹言。
七月八日 僧行敏 花押日蓮阿闍梨御房聖人御返事聖人御返事条条御不審の事・私の問答は事行き難く候か、然れば上奏を経られ仰せ下さるるの趣に随つて是非を
糾明せらる可く候か、此の如く仰せを蒙り候条尤も庶幾する所に候、恐恐謹言。七月十三日 日蓮 花押 行敏御房御返事

281 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:26:01.76 ID:MZKOjCti
>>274
うどん屋の話なら
>>235にJRって書いてある
栗林駅だけの話ならことでんもJRも両方あるよ

282 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:42:05.14 ID:5i60xnWs
>>281
ほんとだ
思いっきり書いてあった
すまね
うどんに目が眩んでた

283 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:50:38.79 ID:Pl/cfsBO
数ヶ月住んでただけなら忘れることもあるかも知れんが、栗林とか忘れるなんて香川県民ではありえなくね?

284 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:54:26.46 ID:gW4n5kZT
うどん市場

285 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/29(水) 22:59:56.03 ID:5i60xnWs
生まれてから25才まで高松に住んでました
駅にあんまりくわしくないのは移動が主に車だったせいかなあと思います
気分害されたならすみません

286 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 05:47:04.71 ID:hbecDmLb
行敏訴状御会通 /文永八年 五十歳御作当世日本第一の持戒の僧・良観聖人並びに法然上人の孫弟子念阿弥陀仏・道阿弥陀仏
等の諸聖人等日蓮を訴訟する状に云く早く日蓮を召し決せられて邪見を摧破し正義を興隆せんと欲する事云云、日蓮云く邪見を摧
破し正義を興隆せば一眼の亀の浮木の穴に入るならん、幸甚幸甚。
彼の状に云く右八万四千の教乃至一を是として諸を非とする理豈に然る可けんや云云、道綽禅師云く当今末法は是れ五濁悪世なり唯
浄土の一門のみ有つて路に通入す可し云云、善導和尚云く千中無一云云、法然上人云く捨閉閣抛云云、念阿上人等の云く一を是とし
諸を非とす謗法なり云云、本師三人の聖人の御義に相違す豈に逆路伽耶陀の者に非ずや、将又忍性良観聖人彼等の立義に与力して
此を正義と存せらるるか、又云く而るに日蓮偏えに法華一部に執して諸余の大乗を誹謗す云云、無量義経に云く四十余年未顕真実・法
華経に云く要当説真実と・又云く宣示顕説と・多宝仏証明を加えて云く皆是真実と・十方の諸仏は舌相至梵天と云う云云、已今当の三説
を非毀して法華経一部を讃歎するは釈尊の金言なり諸仏の傍例なり敢て日蓮が自義に非ず、其の上此の難は去る延暦・大同・弘仁の
比・南都の徳一大師が伝教大師を難破せし言なり、其の難已に破れて法華宗を建立し畢んぬ。
又云く所謂法華前説の諸経は皆是れ妄語なりと云云此又日蓮が私の言に非ず、無量義経に云く未だ真実を顕さず未顕真実とは妄語
の異名なり 法華経第二に云く寧ろ虚妄有りや不なり云云、第六に云く此の良医虚妄の罪を説くや不や云云、涅槃経に云く如来虚妄の言無
しと雖も若し衆生虚妄の説に因ると知れば云云、天台云く則ち為如来綺語の語云云、四十余年の経経を妄語と称すること又日蓮が私の言
に非ず、又云く念仏は無間の業と云云法華経第一に云

287 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 05:48:05.56 ID:hbecDmLb
く我れ則ち慳貪に堕せん此の事為不可なり云云、第二に云く其の人命終して阿鼻獄に入らん云云、大覚世尊但観経念仏等の四十余年
の経経を説て法華経を演説したまわずんば三悪道を脱れ難し云云、何に況や末代の凡夫一生の間但自らも念仏の一行に留り他人をも
進めずんば豈無間に堕せざらんや、例せば民と子との王と親とに随わざるが如し、何に況や道綽・善導・法然上人等・念仏等を修行する
輩・法華経の名字を挙げて念仏に対当して勝劣難易等を論じ未有一人得者・十即十生・百即百生・千中無一等と謂うは無間の大火を招かざ
らんや、又云く禅宗は天魔波旬の説と云云、此又日蓮が私の言に非ず彼の宗の人人の云く教外別伝と云云、仏の遺言に云く我が経の外に
正法有りといわば天魔の説なり云云、教外別伝の言豈此の科を脱れんや、又云く大小の戒律は世間誑惑の法と云云、日蓮が云く小乗戒は仏
世すら猶之を破す其の上月氏国に三寺有り、所謂一向小乗の寺と一向大乗の寺と大小兼行の寺となり云云、一向小と一向大とは水火の如し
将又道路をも分隔せり、日本国に去る聖武皇帝と孝謙天皇との御宇に小乗の戒壇を三所に建立せり、其の後・桓武の御宇に伝教大師之を責め
破りたまいぬ、其の詮は小乗戒は末代の機に当らずと云云、護命・景深の本師等其の諍論に負くるのみに非ず六宗の碩徳・各退状を捧げ伝教
大師に帰依し円頓の戒体を伝受す云云、其の状今に朽ちず汝自ら開き見よ、而るを良観上人・当世日本国の小乗は昔の科を存せずという、
又云く年来の本尊・弥陀観音等の像を火に入れ水に流す等云云、此の事慥なる証人を指し出し申す可し若し証拠無くんば良観上人等自ら本
尊を取り出して火に入れ水に流し科を日蓮に負せんと欲するか委細は之を糾明せん時・其の隠れ無らんか、但し御尋ね無き間は其の重罪は
良観上人等に譲り渡す、二百五十戒を破失せる因縁此の大妄語に如かず無間大城の人・他処に求ること勿れ、又云く凶徒を室中に集むと云云、法華経に云く或は阿練若に
有り等云云、妙楽云く東春云く輔正記云く此等の経釈等を以て当世日本国に引き向うるに汝等が挙る所の建長寺・寿福寺・極楽寺・多宝寺
・大仏殿・長楽寺・浄光明寺等の寺寺は妙楽大師の指す所の第三

288 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 05:49:03.48 ID:hbecDmLb
最甚の悪所なり、東春に云く即ち是れ出家処に一切の悪人を摂す云云、又云く両行は公処に向う等云云、又云く兵杖等云云、涅槃経に
云く・天台云く・章安云く・妙楽云く法華経守護の為の弓箭兵杖は仏法の定れる法なり例せば国王守護の為に刀杖を集むるが如し、但し良
観上人等弘通する所の法・日蓮が難脱れ難きの間既に露顕せしむ可きか、故に彼の邪義を隠さんが為に諸国の守護・地頭・雑人等を相
語らいて言く日蓮並びに弟子等は阿弥陀仏を火に入れ水に流す汝等が大怨敵なりと云云、頚を切れ所領を追い出せ等と勧進するが
故に日蓮の身に疵を被り弟子等を殺害に及ぶこと数百人なり、此れ偏に良観・念阿・道阿等の上人の大妄語より出たり心有らん人人は
驚く可し怖る可し云云、毘瑠璃王は七万七千の諸の得道の人を殺す、月氏国の大族王は卒都婆を滅毀し僧伽藍を廃すること凡そ一千六
百余処乃至大地震動して無間地獄に堕ちにき、毘盧釈迦王は釈種九千九百九十万人を生け取りて並べ従えて殺戮す積屍莽の如く流血池
を成す、弗沙弥多羅王は四兵を興して五天を回らし僧侶を殺し寺塔を焼く、説賞迦王は仏法を毀壊す、訖利多王は僧徒を斥逐し仏法を毀壊
す、欽明・敏達・用明の三王の詔に曰く炳然として宜く仏法を断ずべし云云、二臣自ら寺に詣で堂塔を斫倒し仏像を毀破し火を縦つて之を焼き
所焼の仏像を取つて難波の堀江に棄て三尼を喚び出して其の法服を奪い並びに笞を加う云云、大唐の武宗は四千六百余処を滅失して僧尼還
俗する者計うるに二十六万五百人なり、去る永保年中には山僧・園城寺を焼き払う云云、御願は十五所・堂院は九十所・塔婆は四基・鐘楼は六宇
・経蔵は二十所・神社は十三所・僧坊は八百余宇・舎宅は三千余等云云、去る治承四年十二月二十二日・太政入道浄海・東大・興福の両寺を焼失
して僧尼等を殺す、此等は仏記に云く此等の悪人は仏法の怨敵には非ず三明六通の羅漢の如き僧侶等が我が正法を滅失せん、所謂守護経に云く・涅槃経に云く。日 蓮 花 押

289 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 05:50:04.67 ID:hbecDmLb
一昨日御書 /文永八年九月 五十歳御作与平左衛門尉頼綱一昨日見参に罷入候の条悦び入り候、抑人の世に在る誰か後世を思わざらん仏
の出世は専ら衆生を救わんが為なり、爰に日蓮比丘と成りしより旁法門を開き已に諸仏の本意を覚り早く出離の大要を得たり、其の要は妙法蓮
華経是なり、一乗の崇重・三国の繁昌の儀・眼前に流る誰か疑網を貽さんや、而るに専ら正路に背いて偏に邪途を行ず然る間・聖人国を捨て善神
瞋を成し七難並びに起つて四海閑かならず、方今世は悉く関東に帰し人は皆士風を貴ぶ、就中日蓮生を此の土に得て豈吾が国を思わざらんや、
仍つて立正安国論を造つて故最明寺入道殿の御時・宿屋の入道を以て見参に入れ畢んぬ、而るに近年の間・多日の程・犬戎浪を乱し夷敵国を伺う
、先年勘え申す所・近日符合せしむる者なり、彼の太公が殷の国に入りしは西伯の礼に依り張良が秦朝を量りしは漢王の誠を感ずればなり、是れ皆
時に当つて賞を得・謀を帷帳の中に回らし勝つことを千里の外に決せし者なり、夫れ未萠を知る者は六正の聖臣なり法華を弘むる者は諸仏の使者なり
、而るに日蓮忝くも鷲嶺・鶴林の文を開いて鵝王・烏瑟の志を覚り剰え将来を勘えたるに粗符合することを得たり先哲に及ばずと雖も定んで後
人には希なる可き者なり、法を知り国を思うの志尤も賞せらる可きの処・邪法邪教の輩・讒奏讒言するの間久しく大忠を懐いて而も未だ微望を達
せず、剰え不快の見参に罷り入ること偏に難治の次第を愁うる者なり、伏して惟みれば泰山に昇らずんば天の高きを知らず深谷に入らずんば地の厚
きを知らず、仍て御存知の為に立正安国論一巻之を進覧す、勘え載する所の文は九牛の一毛なり未だ微志を尽さざるのみ、抑貴辺は当時天下の棟梁
なり何ぞ国中の良材を損せんや、早く賢慮を回らして須く異敵を退くべし世を安じ国を安ずるを忠と為し孝と為す、是れ偏に身の為に之を述べず

290 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 05:51:13.65 ID:hbecDmLb
君の為仏の為神の為一切衆生の為に言上せしむる所なり、恐恐謹言。文永八年九月十二日日 蓮 花 押 謹上 平左衛門殿強仁状御返事 /建治元年十二月 五十四歳御作強仁状御返事与真言僧強仁
強仁上人・十月二十五日の御勘状・同十二月二十六日に到来す、此の事余も年来欝訴する所なり忽に返状を書いて自他の疑冰を釈かんと欲す、但し歎ずるは田舎に於て邪正を決せば暗中に錦
を服して遊行し澗底の長松・匠を知らざるか、兼ねて又定めて喧嘩出来の基なり、貴坊本意を遂げんと欲せば公家と関東とに奏聞を経て露点を申し下し是非を糾明せば上一人咲を含み下万民疑を
散ぜんか、其の上大覚世尊は仏法を以て王臣に付属せり世・出世の邪正を決断せんこと必ず公場なる可きなり、就中当時我が朝の体為る二難を盛んにす所謂自界叛逆難と他国侵逼難となり、此の
大難を以て大蔵経に引き向えて之を見るに定めて国家と仏法との中に大禍有るか、仍つて予正嘉・文永二箇年の大地震と大長星とに驚いて一切経を開き見るに此の国の中に前代未起の二難有る可し
所謂自他叛逼の両難なり、是れ併ながら真言・禅門・念仏・持斎等・権小の邪法を以て法華真実の正法を滅失する故に招き出す所の大災なり、只今他国より我が国を逼む可き由・兼ねて之を知る故
に身命を仏神の宝前に捨棄して刀剣・武家の責を恐れず昼は国主に奏し夜は弟子等に語る、然りと雖も真言・禅門・念仏者・律僧等・種種の誑言を構え重重

291 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 06:13:38.88 ID:3R5PuR/n
>>285
特に栗林は駅の位置がわかりにくい気がします
10年帰ってないってことは結婚で県外へってことでもなさそうですね
機会があれば帰ってきてください

今はなき栗林の三宝?が初めて連れて行ってもらった讃岐うどんだった
てぼがあった気がする
良い思い出

292 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 07:24:54.67 ID:zxCIxMIr
うどん市場

293 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 18:22:16.71 ID:6p2jHVE0
借金踏み倒して夜逃げだろ

294 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 22:35:02.94 ID:hbecDmLb
の讒訴を企つるが故に叙用せられざるの間・処処に於て刀杖を加えられ両度まで御勘気を蒙る剰え頭を刎ねんと擬する是の事なり、夫れ以れば月支・漢土の仏法の邪正は且ら
く之を置く大日本国・亡国と為る可き由来之を勘うるに真言宗の元祖たる東寺の弘法・天台山第三の座主慈覚・此の両大師法華経と大日経との勝劣に迷惑し日本第一の聖人なる伝
教大師の正義を隠没してより已来・叡山の諸寺は慈覚の邪義に付き神護七大寺は弘法の僻見に随う其れより已来王臣邪師を仰ぎ万民僻見に帰す、是くの如き諂曲既に久しく四百
余年を経歴し国漸く衰え王法も亦尽きんとす彼の月支の弗沙弥多羅王の八万四千の寺塔を焚焼し無量仏子の頚を刎ねし、此の漢土の会昌天子の寺院四千六百余所を滅失し九
国の僧尼還俗せしめたる此等大悪人為りと雖も我が朝の大謗法には過ぎず、故に青天は眼を瞋らして我が国を睨み黄地は憤を含んで動もすれば夭〓を発す、国主聖主に非れ
ば謂れ之を知らず諸臣儒家に非れば事之を勘えず、剰え此の災夭を消さんが為に真言師を渇仰し大難を郤けんが為に持斎等を供養す、譬えば火に薪を加え冰に水を増すが如
く悪法は弥貴まれ大難は益々来る只今此の国滅亡せんとす。予粗先ず此の子細を勘うるの間・身命を捨棄し国恩を報ぜんとす、而るに愚人の習い遠きを尊び近きを蔑るか将又多人
を信じて一人を捨つるかの故に終に空しく年月を送る、今幸に強仁上人・御勘状を以て日蓮を暁諭す然る可くは此の次でに天聴を驚かし奉つて決せん、誠に又御勘文の体為非を以
て先と為し若し上人黙止して空しく一生を過せば定めて師檀共に泥梨の大苦を招かん、一期の大慢を以て永劫の迷因を殖ること勿れ速速天奏を経て疾疾対面を遂げ邪見を翻え
し給え、書は言を尽さず言は心を尽さず悉悉公場を期す、恐恐謹言。十二月廿六日日 蓮 花 押 強仁上人座下開目抄上 /文永九年二月 五十一歳御作与門下一同 於佐渡塚原
夫れ一切衆生の尊敬すべき者三あり所謂主師親これなり、又習学すべき物三あり、所謂儒外内これなり。儒家には三皇・五帝・三王・此等を天尊と号す諸臣の頭目・万民の橋梁
なり、三皇已前は父をしらず人皆禽獣に同ず五帝已後は父母を弁て孝をいたす、所謂重華はかたくなはしき父をうやまひ沛公は帝となつて大公を拝す、武王は西伯を木像に造り
丁蘭は母の形をきざめり、此等は孝の手本なり、比干は殷の世の・ほろぶべきを見て・しゐて帝をいさめ頭をはねらる、公胤といゐし者は懿公の肝をとつて我が腹をさき肝を入て死
しぬ此等は忠の手本なり、尹寿は尭王の師・務成は舜王の師・大公望は文王の師・老子は孔子の師なり此等を四聖とがうす、天尊・頭をかたぶけ万民・掌をあわす、此等の聖人に
三墳・五典・三史等の三千余巻の書あり、其の所詮は三玄をいでず三玄とは一には有の玄・周公等此れを立つ、二には無の玄・老子等・三には亦有亦無等・荘子が玄これなり、
玄とは黒なり父母・未生・已前をたづぬれば或は元気よりして生じ或は貴賤・苦楽・是非・得失等は皆自然等云云。
かくのごとく巧に立つといえども・いまだ過去・未来を一分もしらず玄とは黒なり幽なりかるがゆへに玄という但現在計りしれるににたり、現在にをひて仁義を制して身をまほり国
を安んず此に相違すれば族をほろぼし家を亡ぼす等いう、此等の賢聖の人人は聖人なりといえども過去を・しらざること凡夫の背を見ず・未来を・かがみざること盲人の前をみ
ざるがごとし、但現在に家を治め孝をいたし堅く五常を行ずれば傍輩も・うやまい名も国にきこえ賢王もこれを召して或は臣となし或は師とたのみ或は位をゆづり天も来て守りつ
かう、所謂周の武王には五老きたりつかえ後漢の光武には二十八宿来つて二十八将となりし此なり、而りといえども過去未来をしらざれ

295 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 22:36:36.19 ID:hbecDmLb
ば父母・主君・師匠の後世をもたすけず不知恩の者なり・まことの賢聖にあらず、孔子が此の土に賢聖なし西方に仏図という者あり此聖人なりといゐて外典を仏法の
初門となせしこれなり、礼楽等を教て内典わたらば戒定慧をしりやすからせんがため・王臣を教て尊卑をさだめ父母を教て孝の高きをしらしめ師匠を教て帰依をしらし
む、妙楽大師云く「仏教の流化実に〓に頼る礼楽前きに馳せて真道後に啓らく」等云云、天台云く「金光明経に云く一切世間所有の善
論皆此の経に因る、若し深く世法を識れば即ち是れ仏法なり」等云云、止観に云く「我れ三聖を遣わして彼の真丹を化す」等云云、弘決に云く「清浄法行経に云く月光
菩薩彼に顔回と称し光浄菩薩彼に仲尼と称し迦葉菩薩彼に老子と称す天竺より此の震旦を指して彼と為す」等云云。
二には月氏の外道・三目八臂の摩醯首羅天・毘紐天・此の二天をば一切衆生の慈父・悲母・又天尊・主君と号す、迦毘羅・〓楼僧〓・勒娑婆・此の三人をば三仙とな
づく、此等は仏前八百年・已前已後の仙人なり、此の三仙の所説を四韋陀と号す六万蔵あり、乃至・仏・出世に当つて六師外道・此の外経を習伝して五天竺の王の師
となる支流・九十五六等にもなれり、一一に流流多くして我慢の幢・高きこと非想天にもすぎ執心の心の堅きこと金石にも超えたり、其の見の深きこと巧みなるさま儒
家には・にるべくもなし、或は過去・二生・三生・乃至七生・八万劫を照見し又兼て未来・八万劫をしる、其の所説の法門の極理・或は因中有果・或は因中無果・或は因
中亦有果・亦無果等云云、此れ外道の極理なり所謂善き外道は五戒・十善戒等を持つて有漏の禅定を修し上・色・無色をきわめ上界を涅槃と立て屈歩虫のごとく・せめ
のぼれども非想天より返つて三悪道に堕つ一人として天に留るものなし而れども天を極むる者は永くかへらずと・をもえり、各各・自師の義をうけて堅く執するゆへに或
は冬寒に一日に三度・恒河に浴し或は髪をぬき或は巌に身をなげ或は身を火にあぶり或は五処をやく或は裸形或は馬を多く殺せば福をう或は草木をやき或は一切の
木を礼す、此等の邪義其の数をしらず師を恭敬する事・諸天の帝釈をうやまい諸臣の皇帝を拝するがごとし、しかれども外道の法・九十五種・善悪につけて一人も
生死をはなれず善師につかへては二生・三生等に悪道に堕ち悪師につかへては順次生に悪道に堕つ、外道の所詮は内道に入る即最要なり或外道云く「千年已後・
仏出世す」等云云、或外道云く「百年已後・仏出世す」等云云、大涅槃経に云く「一切世間の外道の経書は皆是れ仏説にして外道の説に非ず」等云云、法華経に云く「
衆に三毒有りと示し又邪見の相を現ず我が弟子是くの如く方便して衆生を度す」等云云。三には大覚世尊は此一切衆生の大導師・大眼目・大橋梁・大船師・大福田等な
り、外典・外道の四聖・三仙其の名は聖なりといえども実には三惑未断の凡夫・其の名は賢なりといえども実に因果を弁ざる事嬰児のごとし、彼を船として生死の大海を
わたるべしや彼を橋として六道の巷こゑがたし我が大師は変易・猶を・わたり給へり況や分段の生死をや元品の無明の根本猶を・かたぶけ給へり況や見思枝葉の〓惑
をや、此の仏陀は三十成道より八十御入滅にいたるまで五十年が間・一代の聖教を説き給へり、一字一句・皆真言なり一文一偈・妄語にあらず外典・外道の中の聖賢
の言すらいうこと・あやまりなし事と心と相符へり況や仏陀は無量曠劫よりの不妄語の人・されば一代・五十余年の説教は外典外道に対すれば大乗なり大人の実語な
るべし、初成道の始より泥〓の夕にいたるまで説くところの所説・皆真実なり。但し仏教に入て五十余年の経経・八万法蔵を勘たるに小乗あり大乗あり権経あり実経
あり顕教・密教・〓語・〓語実語・妄語・正見・邪見等の種種の差別あり、但し法華経計り教主釈尊の正言なり三世・十方の諸仏の真言なり、大覚世尊は四十余年の
年限を指して其の内の恒河の諸経を未顕真実・八年の法華は要当説真実と定め給しかば多宝仏・大地より出現して皆是真実と証明す、分身の諸仏・来集して長舌を
梵天に付く此の言赫赫たり明明たり晴天の日よりも・あきらかに夜中の満月のごとし仰いで信ぜよ伏して懐うべし。

296 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 22:39:09.38 ID:hbecDmLb
但し此の経に二箇の大事あり倶舎宗・成実宗・律宗・法相宗・三論宗等は名をもしらず華厳宗と真言宗との二宗は偸に盗んで自宗の骨目とせり、一念三千の法門は但法華経の本門・寿量品の
文の底にしづめたり、竜樹・天親・知つてしかも・いまだ・ひろいいださず但我が天台智者のみこれをいだけり。
一念三千は十界互具よりことはじまれり、法相と三論とは八界を立てて十界をしらず況や互具をしるべしや、倶舎・成実・律宗等は阿含経によれり六界を明めて四界をしらず、十方唯有一仏と
云つて一方有仏だにもあかさず、一切有情・悉有仏性とこそ・とかざらめ一人の仏性猶ゆるさず、而るを律宗・成実宗等の十方有仏・有仏性なんど申すは仏滅後の人師等の大乗の義を自宗
に盗み入れたるなるべし、例せば外典・外道等は仏前の外道は執見あさし仏後の外道は仏教をききみて自宗の非をしり巧の心・出現して仏教を盗み取り自宗に入れて邪見もつとも・ふかし、
附仏教・学仏法成等これなり、外典も又又かくのごとし漢土に仏法いまだ・わたらざりし時の儒家・道家は・いういうとして嬰児のごとく・はかなかりしが後漢・已後に釈教わたりて対論の後・釈教
やうやく流布する程に釈教の僧侶・破戒のゆへに或は還俗して家にかへり或は俗に心をあはせ儒道の内に釈教を盗み入れたり、止観の第五に云く「今世多く悪魔の比丘有つて戒を退き家に
還り駈策を懼畏して更に道士に越済す、復た名利を邀て荘老を誇談し仏法の義を以て偸んで邪典に安き高を押して下に就け尊を摧いて卑に入れ概して平等ならしむ」云云、弘に云く「比丘の
身と作つて仏法を破滅す若しは戒を退き家に還るは衛の元嵩等が如し、即ち在家の身を以て仏法を破壊す、此の人正教を偸竊して邪典に助添す、押高等とは道士の心を以て二教の概と為し
邪正をして等しからしむ義是の理無し、曾つて仏法に入つて正を偸んで邪を助け八万十二の高きを押して五千二篇の下きに就け用つて彼の典の邪鄙の教を釈するを摧尊入卑と名く」等云云
、此の釈を見るべし次上の心なり。仏教又かくのごとし、後漢の永平に漢土に仏法わたりて邪典やぶれて内典立つ、内典に南三・北七の異執をこ
りて蘭菊なりしかども陳隋の智者大師にうちやぶられて仏法二び群類をすくう、其の後・法相宗・真言宗・天竺よりわたり華厳宗又出来せり、此等の宗宗の中に法相宗は一向・天
台宗に敵を成す宗・法門水火なり、しかれども玄奘三蔵・慈恩大師・委細に天台の御釈を見ける程に自宗の邪見ひるがへるかのゆへに自宗をば・すてねども其の心天台に帰伏す
と見へたり、華厳宗と真言宗とは本は権経・権宗なり善無畏三蔵・金剛智三蔵・天台の一念三千の義を盗みとつて自宗の肝心とし其の上に印と真言とを加て超過の心ををこす、其の子細をし
らぬ学者等は天竺より大日経に一念三千の法門ありけりと・うちをもう、華厳宗は澄観が時・華厳経の心如工画師の文に天台の一念三千の法門を偸み入れたり、人これをしらず。
日本・我朝には華厳等の六宗・天台・真言・已前にわたりけり、華厳・三論・法相・諍論水火なりけり、伝教大師・此の国にいでて六宗の邪見をやぶるのみならず真言宗が天台の法華経の理を
盗み取て自宗の極とする事あらはれ・をはんぬ、伝教大師・宗宗の人師の異執をすてて専ら経文を前として責めさせ給しかば六宗の高徳・八人・十二人・十四人・三百余人・並に弘法大師等せ
めをとされて日本国・一人もなく天台宗に帰伏し南都・東寺・日本一州の山寺・皆叡山の末寺となりぬ、又漢土の諸宗の元祖の天台に帰伏して謗法の失を・まぬかれたる事もあらはれぬ、又其
の後やうやく世をとろへ人の智あさく・なるほどに天台の深義は習うしないぬ、他宗の執心は強盛になるほどにやうやく六宗・七宗に天台宗をとされて・よわりゆくかの・ゆへに結句は六宗・七
宗等にもをよばず、いうにかいなき禅宗・浄土宗にをとされて始めは檀那やうやくかの邪宗にうつる、結句は天台宗の碩徳と仰がる人人みな・をちゆきて彼の邪宗をたすく、さるほどに六宗・八
宗の田畠・所領みなたをされ正法失せはてぬ天照太神・正八幡・山王等・諸の守護の諸大善神も法味を・なめざるか国中を去り給うかの故に悪鬼・便を得て国すでに破れなんとす。
此に予愚見をもつて前四十余年と後八年との相違をかんがへみるに其の相違多しといえども先ず世間の学者も

297 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 22:40:49.01 ID:hbecDmLb
ゆるし我が身にも・さもやと・うちをぼうる事は二乗作仏・久遠実成なるべし、法華経の現文を拝見するに舎利弗は華光如来・迦葉は光明如来・須菩提は名相如来・迦旃延は閻浮
那提金光如来・目連は多摩羅跋栴檀香仏・富楼那は法明如来・阿難は山海慧自在通王仏・羅〓羅は蹈七宝華如来・五百七百は普明如来・学無学二千人は宝相如来・摩訶波闍
波提比丘尼・耶輸多羅比丘尼等は一切衆生喜見如来・具足千万光相如来等なり、此等の人人は法華経を拝見したてまつるには尊きやうなれども爾前の経経を披見の時はけ
をさむる事どもをほし、其の故は仏世尊は実語の人なり故に聖人・大人と号す、外典・外道の中の賢人・聖人・天仙なんど申すは実語につけたる名なるべし此等の人人に勝れ
て第一なる故に世尊をば大人とは・申すぞかし、此の大人「唯以一大事因縁故・出現於世」となのらせ給いて「未だ真実を顕さず・世尊は法久しうして後・要ず当に真実を説くべ
し・正直に方便を捨て」等云云、多宝仏・証明を加え分身・舌を出す等は舎利弗が未来の華光如来・迦葉が光明如来等の説をば誰の人か疑網をなすべき。
而れども爾前の諸経も又仏陀の実語なり・大方広仏華厳経に云く「如来の知慧・大薬王樹は唯二処に於て生長して利益を為作すこと能わず、所謂二乗の無為広大の深坑に堕
つると及び善根を壊る非器の衆生は大邪見・貪愛の水に溺るるとなり」等云云、此の経文の心は雪山に大樹あり無尽根となづく此を大薬王樹と号す、閻浮提の諸木の中の大王
なり此の木の高さは十六万八千由旬なり、一閻浮提の一切の草木は此の木の根ざし枝葉・華菓の次第に随つて華菓なるなるべし、此の木をば仏の仏性に譬へたり一切衆生
をば一切の草木にたとう、但し此の大樹は火坑と水輪の中に生長せず、二乗の心中をば火坑にたとえ一闡提人の心中をば水輪にたとえたり、此の二類は永く仏になるべから
ずと申す経文なり、大集経に云く「二種の人有り必ず死して活きず畢竟して恩を知り恩を報ずること能わず、一には声聞二には縁覚なり、譬えば人有りて深坑に堕墜し是の人
自ら利し他を利すること能わざるが如く声聞・縁覚も亦復是くの如し、解脱の坑に堕して自ら利し及以び他を利すること能わず」等云云、外典・
三千余巻の所詮に二つあり所謂孝と忠となり忠も又孝の家よりいでたり、孝と申すは高なり天高けれども孝よりも高からず又孝とは厚なり地あつけれども孝よりは厚からず、
聖賢の二類は孝の家よりいでたり何に況や仏法を学せん人・知恩報恩なかるべしや、仏弟子は必ず四恩をしつて知恩報恩をいたすべし、其の上舎利弗・迦葉等の二乗は二
百五十戒三千の威儀・持整して味・浄・無漏の三静慮・阿含経をきわめ三界の見思を尽せり知恩報恩の人の手本なるべし、然るを不知恩の人なりと世尊定め給ぬ、其の故は
父母の家を出て出家の身となるは必ず父母を・すくはんがためなり、二乗は自身は解脱と・をもえども利他の行かけぬ設い分分の利他ありといえども父母等を永不成仏の道
に入るれば・かへりて不知恩の者となる。維摩経に云く「維摩詰又文殊師利に問う何等をか如来の種と為す、答えて曰く一切塵労の疇は如来の種と為る、五無間を以て具す
と雖も猶能く此の大道意を発す」等云云又云く「譬えば族姓の子・高原陸土には青蓮芙蓉衡華を生ぜず卑湿汚田乃ち此の華を生ずるが如し」等云云、又云く「已に阿羅漢を得
て応真と為る者は終に復道意を起して仏法を具すること能わざるなり、根敗の士・其の五楽に於て復利すること能わざるが如し」等云云、文の心は貪・瞋・癡等の三毒は仏の
種となるべし殺父等の五逆罪は仏種となるべし高原の陸土には青蓮華生ずべし、二乗は仏になるべからず、いう心は二乗の諸善と凡夫の悪と相対するに凡夫の悪は仏にな
るとも二乗の善は仏にならじとなり、諸の小乗経には悪をいましめ善をほむ、此の経には二乗の善をそしり凡夫の悪をほめたり、かへつて仏経とも・をぼへず外道の法門のや
うなれども詮するところは二乗の永不成仏をつよく定めさせ給うにや、方等陀羅尼経に云く「文殊・舎利弗に語らく猶枯樹の如く更に華を生ずるや不や亦山水の如く本処に還る
や不や折石還つて合うや不や焦種芽を生ずるや不や、舎利弗の言く不なり、文殊の言く若し得べからずんば云何ぞ我に菩提の記を得るを問うて心に歓喜を生ずるや」等云云
、文の心は枯れたる木・華さかず山水・山にかへらず

298 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 22:47:07.68 ID:3R5PuR/n
>>293
三宝のこと?

299 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/30(木) 23:39:52.09 ID:A3lZbvEN
あげますよ
話それるけど、うどん市場って懐かしいなあ
香川から県外に出てすっかり忘れていた
お盆が臭かったけどうどんの味は好きでした

300 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 00:44:58.01 ID:32uwu93A
うどん市場

301 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 05:35:56.65 ID:EK03O+MM
破れたる石あはず・いれる種をいず、二乗また・かくのごとし仏種をいれり等となん。大品般若経に云く「諸の天子今未だ三菩提心を発さずんば応に発すべし、若し声聞の正
位に入れば是の人能く三菩提心を発さざるなり、何を以ての故に生死の為に障隔を作す故」等云云、文の心は二乗は菩提心を・をこさざれば我随喜せじ諸天は菩提心を・
をこせば我随喜せん、首楞厳経に云く「五逆罪の人・是の首楞厳三昧を聞いて阿耨菩提心を発せば還つて仏と作るを得、世尊・漏尽の阿羅漢は猶破器の如く永く是の三昧を受
くるに堪忍せず」等云云、浄名経に云く「其れ汝に施す者は福田と名けず、汝を供養する者は三悪道に堕す」等云云、文の心は迦葉・舎利弗等の聖僧を供養せん人天等は必
ず三悪道に堕つべしとなり、此等の聖僧は仏陀を除きたてまつりては人天の眼目・一切衆生の導師とこそ・をもひしに幾許の人天・大会の中にして・かう度度・仰せられしは本
意なかりし事なり只詮するところは我が御弟子を責めころさんとにや、此の外牛驢の二乳・瓦器・金器・螢火・日光等の無量の譬をとつて二乗を呵嘖せさせ給き、一言二言なら
ず一日二日ならず一月二月ならず一年二年ならず一経二経ならず、四十余年が間・無量・無辺の経経に無量の大会の諸人に対して一言もゆるし給う事もなく・そしり給いしか
ば世尊の不妄語なりと我もしる人もしる天もしる地もしる、一人二人ならず百千万人・三界の諸天・竜神・阿修羅・五天・四洲・六欲・色・無色・十方世界より雲集せる人天・二乗
・大菩薩等皆これをしる又皆これをきく、各各国国へ還りて娑婆世界の釈尊の説法を彼れ彼れの国国にして一一にかたるに十方無辺の世界の一切衆生・一人もなく迦葉・舎
利弗等は永不成仏の者・供養しては・あしかりぬべしと・しりぬ。而るを後八年の法華経に忽に悔還して二乗作仏すべしと仏陀とかせ給はんに人天大会・信仰をなすべしや、
用ゆべからざる上・先後の経経に疑網をなし五十余年の説教・皆虚妄の説となりなん、されば四十余年・未顕真実等の経文はあらませしか天魔の仏陀と現じて後八年の経を
ばとかせ給うかと疑網するところに・げにげに・しげに劫国・名号と申して二乗成仏の国をさだめ劫をしるし所化の弟子なんどを定めさせ給へば教主釈尊の御語すでに二言に
なりぬ自語相違と申すはこれなり、外道が仏陀を大妄語の者と咲いしこと・これなり、人天大会けをさめて・ありし程に爾の時に東方・宝浄世界の多宝如来・高さ五百由旬・広
さ二百五十由旬の大七宝塔に乗じて教主釈尊の人天・大会に自語相違をせめられて・とのべ・かうのべさまざまに宣べさせ給いしかども不審猶をはるべしとも・みへず・もてあ
つかいて・をはせし時・仏前に大地より涌現して虚空にのぼり給う、例せば暗夜に満月の東山より出づるがごとし七宝の塔・大虚にかからせ給いて大地にも・つかず大虚にも付
かせ給はず・天中に懸りて宝塔の中より梵音声を出して証明して云く「爾の時に宝塔の中より大音声を出して歎めて云く、善哉善哉・釈迦牟尼世尊・能く平等大慧・教菩薩法・仏
所護念の妙法華経を以て大衆の為に説きたもう、是くの如し是くの如し、釈迦牟尼世尊の所説の如きは皆是れ真実なり」等云云、又云く「爾の時に世尊・文殊師利等の無量百
千万億・旧住娑婆世界の菩薩・乃至人非人等一切の衆の前に於て大神力を現じたもう、広長舌を出して上み梵世に至らしめ一切の毛孔より乃至十方世界・衆の宝樹の下の師
子の座の上の諸仏も亦復是くの如く広長舌を出し無量の光を放ちたもう」等云云、又云く「十方より来りたまえる諸の分身の仏をして各本土に還らしめ乃至多宝仏の塔も還つて故
の如くし給うべし」等云云、大覚世尊・初成道の時・諸仏十方に現じて釈尊を慰諭し給う上・諸の大菩薩を遣しき、般若経の御時は釈尊・長舌を三千にをほひ千仏・十方に現じ給い
・金光明経には四方の四仏現せり、阿弥陀経には六方の諸仏・舌を三千にををう、大集経には十方の諸仏・菩薩・大宝坊にあつまれり、此等を法華経に引き合せて・かんがうるに
黄石と黄金と白雲と白山と白冰と銀鏡と黒色と青色とをば翳眼の者・眇目の者・一眼の者・邪眼の者は・みたがへつべし、華厳経には先後の経なければ仏語相違なしなにに・つけ
てか大疑いで来べき、大集経・大品経・金光明経・阿弥陀経等は諸小乗経の二乗を弾呵せんがために十方に浄土をとき凡夫・菩薩を欣慕せしめ二乗を・わずらはす、

302 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 05:37:24.05 ID:EK03O+MM
小乗経と諸大乗経と一分の相違あるゆへに或は十方に仏現じ給ひ或は十方より大菩薩をつかはし或は十方世界にも此の経をとくよしをしめし或は十方より
諸仏あつまり給う或は釈尊・舌を三千に・をほひ或は諸仏の舌をいだす・よしをとかせ給う、此ひとえに諸小乗経の十方世界・唯有一仏と・とかせ給いしをもひ
を・やぶるなるべし、法華経のごとくに先後の諸大乗経と相違・出来して舎利弗等の諸の声聞・大菩薩・人天等に将非魔作仏と・をもはれさせ給う大事にはあ
らず、而るを華厳・法相・三論・真言・念仏等の翳眼の輩・彼彼の経経と法華経とは同じと・うちをもへるは・つたなき眼なるべし。
但在世は四十余年をすてて法華経につき候ものもや・ありけん、仏滅後に此の経文を開見して信受せんこと・かたかるべし、先ず一つには爾前の経経は多言
なり法華経は一言なり爾前の経経は多経なり此の経は一経なり彼彼の経経は多年なり此の経は八年なり、仏は大妄語の人・永く信ずべからず不信の上に信
を立てば爾前の経経は信ずる事もありなん法華経は永く信ずべからず、当世も法華経をば皆信じたるやうなれども法華経にては・なきなり、其の故は法華経
と大日経と法華経と華厳経と法華経と阿弥陀経と一なるやうを・とく人をば悦んで帰依し別別なるなんど申す人をば用いずたとい用ゆれども本意なき事とをもへり。
日蓮云く日本に仏法わたりて・すでに七百余年・但伝教大師・一人計り法華経をよめりと申すをば諸人これを用いず、但し法華経に云く「若し須弥を接つて他方
の無数の仏土に擲置かんも亦未だ為難しとせず、乃至若し仏滅後に悪世中に於て能く此の経を説かん是れ則ち為難し」等云云、日蓮が強義・経文に普合せり
法華経の流通たる涅槃経に末代濁世に謗法の者は十方の地のごとし正法の者は爪上の土のごとしと・とかれて候は・いかんがし候べき、日本の諸人は爪上の
土か日蓮は十方爾前の強きやうに・をぼゆもし爾前つよるならば舎利弗等の諸の二乗は永不成仏の者なるべし・いかんが・なげかせ給うらん。
二には教主釈尊は住劫・第九の減・人寿百歳の時・師子頬王には孫・浄飯王には嫡子・童子悉達太子・一切義成就菩薩これなり、御年十九の御出家・三十成道
の世尊・始め寂滅道場にして実報華王の儀式を示現して十玄・六相・法界円融・頓極微妙の大法を説き給い十方の諸仏も顕現し一切の菩薩も雲集せり、土とい
ひ機といひ諸仏といひ始めといひ何事につけてか大法を秘し給うべき、されば経文には顕現自在力・演説円満経等云云、一部六十巻は一字一点もなく円満経な
り、譬へば如意宝珠は一珠も無量珠も共に同じ一珠も万宝を尽して雨し万珠も万宝を尽すがごとし、華厳経は一字も万字も但同事なるべし、心仏及衆生の文は
華厳宗の肝心なるのみならず法相・三論・真言・天台の肝要とこそ申し候へ、此等程いみじき御経に何事をか隠すべき、なれども二乗闡提・不成仏と・とかれしは
珠のきずと・みゆる上三処まで始成正覚と・なのらせ給いて久遠実成の寿量品を説きかくさせ給いき、珠の破たると月に雲のかかれると日の蝕したるがごとし不思
議なりしことなり、阿含・方等・般若・大日経等は仏説なれば・いみじき事なれども華厳経にたいすれば・いうにかいなし、彼の経に秘せんこと此等の経経にとかるべ
からず、されば雑阿含経に云く「初め成道」等云云、大集経に云く「如来成道始め十六年」等云云、浄名経に云く「始め仏樹に坐して力めて魔を降す」等云云、大日
経に云く「我昔道場に坐して」等云云、仁王般若経に云く「二十九年」等云云。
此等は言うにたらず只耳目を・をどろかす事は無量義経に華厳経の唯心法界・方等・般若経の海印三昧・混同無二等の大法をかきあげて或は未顕真実・或は歴
劫修行等・下す程の御経に我先きに道場菩提樹の下に端坐すること六年阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たりと初成道の華厳経の始成の文に同せられし不
思議と打ち思うところに此は法華経の序分なれば正宗の事をいはずもあるべし、法華経の正宗・略開三・広開三の御時・唯仏与仏・及能究尽・
の土かよくよく思惟あるべし、賢王の世には道理かつべし愚主の世に非道・先をすべし、聖人の世に法華経の実義顕るべし等と心うべし、此の法門は迹門と爾前と
相対して

303 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 05:38:58.22 ID:EK03O+MM
諸法実相等・世尊法久後等・正直捨方便等・多宝仏・迹門八品を指して皆是真実と証明せられしに何事をか隠すべきなれど
も久遠寿量をば秘せさせ給いて我始め道場に坐し樹を観じて亦経行す等云云、最第一の大不思議なり、されば弥勒菩薩・涌
出品に四十余年の未見今見の大菩薩を仏・爾して乃ち之を教化して初めて道心を発さしむ等と・とかせ給いしを疑つて云く「如
来太子為りし時・釈の宮を出でて伽耶城を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得たまえり、是よ
り已来始めて四十余年を過ぎたり世尊・云何ぞ此の少時に於て大いに仏事を作したまえる」等云云、教主釈尊此等の疑を晴さ
んがために寿量品を・とかんとして爾前迹門のききを挙げて云く「一切世間の天人及び阿修羅は皆今の釈迦牟尼仏・釈氏の宮
を出でて伽耶城を去ること遠からず道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を得たまえりと謂えり」等と云云、正しく此の疑を答えて
云く「然るに善男子・我実に成仏してより已来無量無辺・百千万億・那由佗劫なり」等云云。
華厳・乃至般若・大日経等は二乗作仏を隠すのみならず久遠実成を説きかくさせ給へり、此等の経経に二つの失あり、一には行
布を存するが故に仍お未だ権を開せずとて迹門の一念三千をかくせり、二には始成を言うが故に尚未だ迹を発せずとて本門
の久遠をかくせり、此等の二つの大法は一代の綱骨・一切経の心髄なり、迹門方便品は一念三千・二乗作仏を説いて爾前
二種の失・一つを脱れたり、しかりと・いえども・いまだ発迹顕本せざれば・まことの一念三千もあらはれず二乗作仏も定まら
ず、水中の月を見るがごとし・根なし草の波の上に浮べるににたり、本門にいたりて始成正覚をやぶれば四教の果をやぶる、
四教の果をやぶれば四教の因やぶれぬ、爾前迹門の十界の因果を打ちやぶつて本門の十界の因果をとき顕す、此即ち本因
本果の法門なり、九界も無始の仏界に具し仏界も無始の九界に備りて・真の十界互具・百界千如・一念三千なるべし、かうて
・かへりみれば華厳経の台上十方・阿含経の小釈迦・方等般若の金光明経の阿弥陀経の大日経等の権仏等は・此の寿量の仏の天月しばらく影を
大小の器にして浮べ給うを・諸宗の学者等・近くは自宗に迷い遠くは法華経の寿量品をしらず水中の月に実の月の想いをな
し或は入つて取らんと・をもひ或は縄を・つけて・つなぎとどめんとす、天台云く「天月を識らず但池月を観ず」等云云。
日蓮案じて云く二乗作仏すら猶爾前づよにをぼゆ、久遠実成は又にるべくも・なき爾前づりなり、其の故は爾前・法華相対す
に猶爾前こわき上・爾前のみならず迹門十四品も一向に爾前に同ず、本門十四品も涌出・寿量の二品を除いては皆始成を存
せり、雙林最後の大般涅槃経・四十巻・其の外の法華・前後の諸大経に一字一句もなく法身の無始・無終はとけども応身・報身
の顕本はとかれず、いかんが広博の爾前・本迹・涅槃等の諸大乗経をばすてて但涌出・寿量の二品には付くべき。
されば法相宗と申す宗は西天の仏滅後・九百年に無著菩薩と申す大論師有しき、夜は都率の内院にのぼり弥勒菩薩に対面して
・一代聖教の不審をひらき・昼は阿輸舎国にして法相の法門を弘め給う、彼の御弟子は世親・護法・難陀・戒賢等の大論師なり、戒
日大王・頭をかたぶけ五天幢を倒して此れに帰依す、尸那国の玄奘三蔵・月氏にいたりて十七年印度百三十余の国国を見ききて諸宗を
ばふりすて此の宗を漢土にわたして太宗皇帝と申す賢王にさづけ給い肪・尚・光・基を弟子として大慈恩寺並に三百六十余箇国に弘め給い、
日本国には人王三十七代・孝徳天皇の御宇に道慈・道昭等ならいわたして山階寺にあがめ給へり、三国第一の宗なるべし、此の宗の云
く始め華厳経より終り法華・涅槃経にいたるまで無性有情と決定性の二乗は永く仏になるべからず、仏語に二言なし一度・永不成仏と定
め給いぬる上は日月は地に落ち給うとも大地は反覆すとも永く変改有べからず、されば法華経・涅槃経の中にも爾前の経経に嫌いし無性
有情・決定性を正くついさして成仏すとは・とかれず、まづ眼を閉じて案ぜよ法華経・涅槃経に決定性・無性有情・正く仏になるならば無著
・世親ほどの大論師・玄奘・慈恩ほどの三蔵・人師これを

304 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 05:40:14.22 ID:EK03O+MM
みざるべしや此をのせざるべしやこれを信じて伝えざるべしや、弥勒菩薩に問いたてまつらざるべしや、汝は法華経の文に依るやうなれども天台・妙楽・伝教の僻見を信受して其の見をもつて経文をみるゆえ
に爾前に法華経は水火なりと見るなり、華厳宗と真言宗は法相・三論にはにるべくもなき超過の宗なり、二乗作仏・久遠実成は法華経に限らず華厳経・大日経に分明なり、華厳宗の杜順・智儼・法蔵・澄観・真
言宗の善無畏・金剛智・不空等は天台・伝教には・にるべくもなき高位の人なり、其の上善無畏等は大日如来より系みだれざる相承あり、此等の権化の人いかでか〓りあるべき、随つて華厳経には「或は釈迦
・仏道を成じ已つて不可思議劫を経るを見る」等云云、大日経には「我れは一切の本初なり」等云云、何ぞ但久遠実成・寿量品に限らん、譬へば井底の蝦が大海を見ず山左が洛中を・しらざるがごとし、汝但寿
量の一品を見て華厳・大日経等の諸経をしらざるか、其の上月氏・尸那・新羅・百済等にも一同に二乗作仏・久遠実成は法華経に限るというか。
されば八箇年の経は四十余年の経経には相違せりというとも先判・後判の中には後判につくべしというとも猶爾前づりにこそをぼうれ、又、但在世計りならば・さもあるべきに滅後に居せる論師・人師・多は爾前
づりにこそ候へ、かう法華経は信じがたき上、世もやうやく末になれば聖賢はやうやく・かくれ迷者はやうやく多し、世間の浅き事すら猶あやまりやすし何に況や出世の深法〓なかるべしや、犢子・方広が聡敏な
りし猶を大小乗経にあやまてり、無垢・摩沓が利根なりし権実・二教を弁えず、正法一千年の内、在世も近く月氏の内なりし・すでにかくのごとし、況や尸那・日本等は国もへだて音もかはれり人の根も鈍なり寿
命も日あさし貪瞋癡も倍増せり、仏世を去つてとし久し仏経みなあやまれり誰れの智解か直かるべき、仏涅槃経に記して云く「末法には正法の者は爪上の土・謗法の者は十方の土」とみへぬ、法滅尽経に云く「
謗法の者は恒河沙・正法の者は一二の小石」と記しをき給う、千年・五百年に一人なんども正法の者ありがたからん、世間の罪に依つて悪道に堕
る者は爪上の土・仏法によつて悪道に堕る者は十方の土・俗よりも僧・女より尼多く悪道に堕つべし。
此に日蓮案じて云く世すでに末代に入つて二百余年・辺土に生をうけ其の上下賤・其の上貧道の身なり、輪回六趣の間・人天の大王と生れて万民をなびかす事・大風の小木の枝を吹くがごとくせし時も仏に
ならず、大小乗経の外凡・内凡の大菩薩と修しあがり一劫・二劫・無量劫を経て菩薩の行を立てすでに不退に入りぬべかりし時も・強盛の悪縁におとされて仏にもならず、しらず大通結縁の第三類の在世を
もれたるか久遠五百の退転して今に来れるか、法華経を行ぜし程に世間の悪縁・王難・外道の難・小乗経の難なんどは忍びし程に権大乗・実大乗経を極めたるやうなる道綽・善導・法然等がごとくなる悪魔
の身に入りたる者・法華経をつよくほめあげ機をあながちに下し理深解微と立て未有一人得者・千中無一等と・すかししものに無量生が間・恒河沙の度すかされて権経に堕ちぬ権経より小乗経に堕ちぬ外道
・外典に堕ちぬ結句は悪道に堕ちけりと深く此れをしれり、日本国に此れをしれる者は但日蓮一人なり。
これを一言も申し出すならば父母・兄弟・師匠に国主の王難必ず来るべし、いはずば・慈悲なきに・にたりと思惟するに法華経・涅槃経等に此の二辺を合せ見るに・いはずば今生は事なくとも後生は必ず無間
地獄に堕べし、いうならば三障四魔必ず競い起るべしと・しりぬ、二辺の中には・いうべし、王難等・出来の時は退転すべくは一度に思ひ止るべしと且くやすらいし程に宝塔品の六難九易これなり、我等程
の小力の者・須弥山はなぐとも我等程の無通の者・乾草を負うて劫火には・やけずとも我等程の無智の者・恒沙の経経をば・よみをぼうとも法華経は一句一偈も末代に持ちがたしと・とかるるは・これなる
べし、今度・強盛の菩提心を・をこして退転せじと願しぬ。
既に二十余年が間・此の法門を申すに日日・月月・年年に難かさなる、少少の難は・かずしらず大事の難・四度なり二度は・しばらく・をく王難すでに二度にをよぶ、今度はすでに我が身命に及ぶ其の上弟子といひ檀那といひ・

305 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 06:17:27.27 ID:P8sZ9RUn
昔ながらのテボのある店
昨日は たかの へ
上の方のうどん屋は有名店で後継がいるけど
接客があれになってしまったので代変わりも微妙だと思う
>>299
お盆が臭い店ってあったね
最近は無い気がするのは衛生管理がよくなったためかな

306 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 07:33:56.34 ID:32uwu93A
うどん市場

307 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 09:11:41.79 ID:+jjO5Tz2
接客があれっていうのは、自分で大根おろす店のこと?

308 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 13:31:06.54 ID:LNNDY+Qw
ちょっと前の開店前にうどん屋ボヤ、木太町のどこな

309 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 16:23:56.74 ID:5TVkGWZr
念仏まだかなあ

310 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 19:15:37.65 ID:P8sZ9RUn
22時すぎじゃね?

311 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 23:02:41.04 ID:EK03O+MM
わづかの聴聞の俗人なんど来つて重科に行わる謀反なんどの者のごとし。法華経の第四に云く「而も此経は如来の現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後を
や」等云云、第二に云く「経を読誦し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉して結恨を懐かん」等云云、第五に云く「一切世間怨多くして信じ難し」等云云、又
云く「諸の無智の人の悪口罵詈する有らん」等、又云く「国王・大臣・婆羅門・居士に向つて誹謗し我が悪を説いて是れ邪見の人なりと謂わん」と、又云く「数数
擯出見れん」等云云、又云く「杖木瓦石もて之を打擲せん」等云云、涅槃経に云く「爾の時に多く無量の外道有つて和合して共に摩訶陀の王・阿闍世の所に往
き、今は唯一の大悪人有り瞿曇沙門なり、一切世間の悪人利養の為の故に其の所に往集して眷属と為つて能く善を修せず、呪術の力の故に迦葉及び舎利弗
・目〓連を調伏す」等云云、天台云く「何に況や未来をや理化し難きに在るなり」等云云、妙楽云く「障り未だ除かざる者を怨と為し聞くことを喜ばざる者を嫉と名く
」等云云、南三・北七の十師・漢土無量の学者・天台を怨敵とす、得一云く「咄かな智公・汝は是れ誰が弟子ぞ三寸に足らざる舌根を以て覆面舌の所説を謗ずる
」等云云、東春に云く「問う在世の時許多の怨嫉あり仏滅度の後此経を説く時・何が故ぞ亦留難多きや、答えて云く俗に良薬口に苦しと云うが如く此経は五
乗の異執を廃して一極の玄宗を立つ、故に凡を斥け聖を呵し大を排い小を破り天魔を銘じて毒虫と為し外道を説いて悪鬼と為し執小を貶して貧賤と為し菩薩を
挫きて新学と為す、故に天魔は聞くを悪み外道は耳に逆い二乗は驚怪し菩薩は怯行す、此くの如きの徒悉く留難を為す多怨嫉の言豈唐しからんや」等云
云、顕戒論に云く「僧統奏して曰く西夏に鬼弁婆羅門有り東土に巧言を吐く禿頭沙門あり、此れ乃ち物類冥召して世間を誑惑す」等云云、論じて曰く「昔斉朝
の光統に聞き今は本朝の六統に見る、実なるかな法華に何況するをや」等云云、秀句に云く「代を語れば則ち像の終り末の始め地を尋ぬれば則ち唐の東羯
の西・人を原ぬれば則ち五濁の生・闘諍の時なり、経に云く

312 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 23:03:32.23 ID:EK03O+MM
猶多怨嫉・況滅度後・此の言良に以有るなり」等云云、夫れ小児に灸治を加れば必ず母をあだむ重病の者に良薬をあたうれば定んで口に苦しとうれう
、在世猶をしかり乃至像末辺土をや、山に山をかさね波に波をたたみ難に難を加へ非に非をますべし、像法の中には天台一人法華経・一切経をよめ
り、南北これをあだみしかども陳隋・二代の聖主・眼前に是非を明めしかば敵ついに尽きぬ、像の末に伝教一人・法華経一切経を仏説のごとく読み給
へり、南都・七大寺蜂起せしかども桓武・乃至嵯峨等の賢主・我と明らめ給いしかば又事なし、今末法の始め二百余年なり況滅度後のしるしに闘諍の序
となるべきゆへに非理を前として濁世のしるしに召し合せられずして流罪乃至寿にも・をよばんと・するなり。
されば日蓮が法華経の智解は天台・伝教には千万が一分も及ぶ事なけれども難を忍び慈悲のすぐれたる事は・をそれをも・いだきぬべし、定んで天の御
計いにもあづかるべしと存ずれども一分のしるしもなし、いよいよ重科に沈む、還つて此の事を計りみれば我が身の法華経の行者にあらざるか、又諸
天・善神等の此の国をすてて去り給えるか・かたがた疑はし、而るに法華経の第五の巻・勧持品の二十行の偈は日蓮だにも此の国に生れずば・ほと
をど世尊は大妄語の人・八十万億那由佗の菩薩は提婆が虚誑罪にも堕ちぬべし、経に云く「諸の無智の人あつて・悪口罵詈等し・刀杖瓦石を加う」等云
云、今の世を見るに日蓮より外の諸僧たれの人か法華経につけて諸人に悪口罵詈せられ刀杖等を加えらるる者ある、日蓮なくば此の一偈の未来記は
妄語となりぬ、「悪世の中の比丘は・邪智にして心諂曲」又云く「白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるること六通の羅漢の如し」此等の経文は今の世の念
仏者・禅宗・律宗等の法師なくば世尊は又大妄語の人、常在大衆中・乃至向国王大臣婆羅門居士等、今の世の僧等・日蓮を讒奏して流罪せずば此の経文
むなし、又云く「数数見擯出」等云云、日蓮・法華経のゆへに度度ながされずば数数の二字いかんがせん、此の二字は天台・伝教もいまだ・よみ給は
ず況や余人をや、末法の始のしるし恐怖悪世中の金言の・

313 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 23:04:19.40 ID:EK03O+MM
あふゆへに但日蓮一人これをよめり、例せば世尊が付法蔵経に記して云く「我が滅後・一百年に阿育大王という王あるべし」摩
耶経に云く「我が滅後・六百年に竜樹菩薩という人・南天竺に出ずべし」大悲経に云く「我が滅後・六十年に末田地という者・地を竜
宮につくべし」此れ等皆仏記のごとくなりき、しからずば誰か仏教を信受すべき、而るに仏・恐怖悪世・然後末世・末法滅時・後五百歳
なんど正妙の二本に正しく時を定め給う、当世・法華の三類の強敵なくば誰か仏説を信受せん日蓮なくば誰をか法華経の行者として
仏語をたすけん、南三・北七・七大寺等・猶像法の法華経の敵の内・何に況や当世の禅・律・念仏者等は脱るべしや、経文に我が身・
普合せり御勘気をかほれば・いよいよ悦びをますべし、例せば小乗の菩薩の未断惑なるが願兼於業と申して・つくりたくなき罪なれども
父母等の地獄に堕ちて大苦を・うくるを見てかたのごとく其の業を造つて願つて地獄に堕ちて苦に同じ苦に代れるを悦びとするがごとし、
此れも又かくのごとし当時の責はたうべくも・なけれども未来の悪道を脱すらんと・をもえば悦びなり。
但し世間の疑といゐ自心の疑と申しいかでか天扶け給わざるらん、諸天等の守護神は仏前の御誓言あり法華経の行者には・さるになりと
も法華経の行者とがうして早早に仏前の御誓言を・とげんとこそをぼすべきに其の義なきは我が身・法華経の行者にあらざるか、
此の疑は此の書の肝心・一期の大事なれば処処にこれをかく上疑を強くして答をかまうべし。
季札といひし者は心のやくそくを・たがへじと王の重宝たる剣を徐君が墓にかく・王寿と云いし人は河の水を飲んで金の鵞目を水に
入れ・公胤といひし人は腹をさいて主君の肝を入る・此等は賢人なり恩をほうずるなるべし、況や舎利弗迦葉等の大聖は・二百五十
戒・三千の威儀・一もかけず見思を断じ三界を離れたる聖人なり、梵帝・諸天の導師・一切衆生の眼目なり、而るに四十余年が間・永
不成仏と嫌いすてはてられて・ありしが

314 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 23:05:20.08 ID:EK03O+MM
法華経の不死の良薬をなめて〓種の生い破石の合い・枯木の華菓なんどならんとせるがごとく仏になるべしと許されて・いまだ八相をとなえず・いかでか此の経の重恩をば・ほうぜざらん、若しほうぜ
ずば彼彼の賢人にも・をとりて不知恩の畜生なるべし、毛宝が亀はあをの恩をわすれず昆明池の大魚は命の恩をほうぜんと明珠を夜中にささげたり、畜生すら猶恩をほうず何に況や大聖を
や、阿難尊者は斛飯王の次男・羅〓羅尊者は浄飯王の孫なり、人中に家高き上証果の身となつて成仏を・をさへられたりしに八年の霊山の席にて山海慧・〓七宝華なんと如来の号をさづけられ給う
、若し法華経ましまさずば・いかに・いえたかく大聖なりとも誰か恭敬したてまつるべき、夏の桀・殷の紂と申すは万乗の主・土民の帰依なり、しかれども政あしくして世をほろぼせしかば今に・わるきものの
手本には桀紂・桀紂とこそ申せ、下賤の者・癩病の者も桀紂のごとしと・いはれぬればのられたりと腹たつなり、千二百・無量の声聞は法華経ましまさずば誰か名をも・きくべき其の音をも習うべき、一千の
声聞・一切経を結集せりとも見る人よもあらじ、まして此等の人人を絵像・木像にあらはして本尊と仰ぐべしや、此偏に法華経の御力によつて一切の羅漢帰依せられさせ給うなるべし、諸の声聞・法
華を・はなれさせ給いなば魚の水をはなれ猿の木をはなれ小児の乳をはなれ民の王を・はなれたるが・ごとし、いかでか法華経の行者をすて給うべき、諸の声聞は爾前の経経にては肉眼の上に天
眼慧眼をう法華経にして法眼・仏眼備われり、十方世界すら猶照見し給うらん、何に況や此の娑婆世界の中法華経の行者を知見せられざるべしや、設い日蓮・悪人にて一言・二言・一年・二年・一劫
・二劫・乃至百千万億劫・此等の声聞を悪口・罵詈し奉り刀杖を加えまいらする色なりとも法華経をだにも信仰したる行者ならばすて給うべからず、譬へば幼稚の父母をのる父母これを・すつるや、梟
鳥が母を食う母これをすてず・破鏡父をがいす父これにしたがふ、畜生すら猶かくのごとし大聖・法華経の行者を捨つべしや、されば四大声聞の領解の文に云く「我等今は真に是れ声聞なり仏
道の声を以て一切をして聞かしむ我等今は真に

315 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 23:43:56.71 ID:P8sZ9RUn
>>307
たかの(まんのう町)より徳島県寄りの有名店2店のことです
どちらも身内の若い人が入ってますが放っておいても客が来るので接客があれなのです
とはいえ同じ地域で高齢が理由でなくなった店もあるので複雑です

316 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/01/31(金) 23:49:52.80 ID:32uwu93A
うどん市場

317 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 01:35:15.06 ID:60bg7Vcd
>>315
橋の近くの昼に2時間しかやらないところと
そこをちょっと下った路地入ったとこ?

318 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 06:22:56.32 ID:vzYyLp/X
阿羅漢なり諸の世間天人・魔・梵に於て普く其の中に於て・応に供養を受くべし、世尊は大恩まします希有の事を以て憐愍教化して我等を利
益し給う、無量億劫にも誰か能く報ずる者あらん手足をもつて供給し頭頂をもつて礼敬し一切をもつて供養すとも皆報ずること能わじ、若しは
以て頂戴し両肩に荷負して恒沙劫に於て心を尽して恭敬し又美膳・無量の宝衣及び諸の臥具・種種の湯薬を以てし、牛頭栴檀及び諸の珍宝
を以て塔廟を起て宝衣を地に布き斯くの如き等の事を以用て供養すること恒沙劫に於てすとも亦報ずること能わじ」等云云。
諸の声聞等は前四味の経経にいくそばくぞの呵嘖を蒙り人天・大会の中にして恥辱がましき事・其の数をしらず、しかれば迦葉尊者の〓泣の音
は三千をひびかし須菩提尊者は亡然として手の一鉢をすつ、舎利弗は飯食をはき富楼那は画瓶に糞を入ると嫌わる、世尊・鹿野苑にしては
阿含経を讃歎し二百五十戒を師とせよなんど慇懃にほめさせ給いて、今又いつのまに我が所説をば・かうはそしらせ給うと二言・相違の失
とも申しぬべし、例せば世尊・提婆達多を汝愚人・人の唾を食うと罵詈せさせ給しかば毒箭の胸に入るがごとく・をもひて・うらみて云く「瞿曇
は仏陀にはあらず我は斛飯王の嫡子・阿難尊者が兄・瞿曇が一類なり、いかにあしき事ありとも内内・教訓すべし、此等程の人天・大会に此
程の大禍を現に向つて申すもの大人・仏陀の中にあるべしや、されば先先は妻のかたき今は一座のかたき今日よりは生生・世世に大怨敵とな
るべし」と誓いしぞかし、此れをもつて思うに今諸の大声聞は本と外道・婆羅門の家より出でたり、又諸の外道の長者なりしかば諸王に帰依せられ
諸檀那にたつとまる、或は種姓・高貴の人もあり或は富福・充満のやからもあり、而るに彼彼の栄官等をうちすて慢心の幢を倒して俗服を脱ぎ壊色
の糞衣を身にまとひ白払・弓箭等をうちすてて一鉢を手ににぎり貧人・乞丐なんどの・ごとくして世尊につき奉り風雨を防ぐ宅もなく身命をつぐ衣食乏
少なりし・ありさまなるに五天・四海・皆外道の弟子・檀那なれば仏すら九横の大難にあひ給ふ、所謂提婆が大石をとばせし阿闍世王の酔象を放ちし
阿耆多王の馬麦婆羅門城のこんづ・せんしや婆羅門女が鉢を腹にふせし、何に況や所化の弟子の数難申す計りなし、無量の釈子は波瑠璃王に
殺され千万の眷属は酔象にふまれ、華色比丘尼は提婆にがいせられ迦廬提尊者は馬糞にうづまれ目〓尊者は竹杖にがいせらる、其の上六師同
心して阿闍世・婆斯匿王等に讒奏して云く「瞿曇は閻浮第一の大悪人なり、彼がいたる処は三災七難を前とす、大海の衆流をあつめ大山の衆木を
あつめたるが・ごとし、瞿曇がところには衆悪をあつめたり、所謂迦葉・舎利弗・目連・須菩提等なり、人身を受けたる者は忠孝を先とすべし、彼等は
瞿曇にすかされて父母の教訓をも用いず、家をいで王法の宣旨をも・そむいて山林にいたる、一国に跡をとどむべき者にはあらず、されば天には日
月・衆星・変をなす地には衆夭さかんなりなんど・うつたう、堪べしとも・おぼえざりしに又うちそうわざわいと仏陀にもうちそい・がたくて・ありしなり、人
天大会の衆会の砌にて時時呵嘖の音をききしかば・いかにあるべしとも・おぼへず只あわつる心のみなり、其の上大の大難の第一なりしは浄名経の
「其れ汝に施す者は福田と名けず汝を供養する者は三悪道に堕す」等云云、文の心は仏・菴羅苑と申すところに・をはせしに梵天・帝釈・日月・
四天・三界諸天・地神・竜神等・無数恒沙の大会の中にして云く須菩提等の比丘等を供養せん天人は三悪道に堕つべし、此等をうちきく天人・此
等の声聞を供養すべしや、詮ずるところは仏の御言を用つて諸の二乗を殺害せさせ給うかと見ゆ、心あらん人人は仏をも・うとみぬべし、されば此
等の人人は仏を供養したてまつりしついでに・こそ・わづかの身命をも扶けさせ給いしか、されば事の心を案ずるに四十余年の経経のみとかれて
法華八箇年の所説なくて御入滅ならせ給いたらましかば誰の人か此等の尊者をば供養し奉るべき現身に餓鬼道にこそ・をはすべけれ。
而るに四十余年の経経をば東春の大日輪・寒冰を消滅するがごとく無量の草露を大風の零落するがごとく一言一時に未顕真実と打ちけし、大
風の黒雲をまき大虚に満月の処するがごとく青天に日輪の懸り給うがごとく世尊法久後・

319 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 06:24:38.95 ID:vzYyLp/X
要当説真実と照させ給いて華光如来・光明如来等と舎利弗・迦葉等を赫赫たる日輪・明明たる月輪のごとく鳳文にしるし亀鏡に
浮べられて候へばこそ如来滅後の人天の諸檀那等には仏陀のごとくは仰がれ給しか、水すまば月・影を・をしむべからず風ふか
ば草木なびかざるべしや、法華経の行者あるならば此等の聖者は大火の中をすぎても大石の中を・とをりてもとぶらはせ給
うべし、迦葉の入定もことにこそ・よれ、いかにと・なりぬるぞ・いぶかしとも申すばかりなし、後五百歳のあたらざるか広宣流布の
妄語となるべきか日蓮が法華経の行者ならざるか、法華経を教内と下して別伝と称する大妄語の者をまほり給うべきか、捨閉閣抛
と定めて法華経の門をとぢよ巻をなげすてよと・ゑりつけて法華堂を失える者を守護し給うべきか、仏前の誓いはありしかども濁世
の・大難のはげしさ・をみて諸天下り給わざるか、日月・天にまします須弥山いまも・くづれず海潮も増減す四季も・かたのごとく・たが
はず・いかに・なりぬるやらんと大疑いよいよ・つもり候。又諸大菩薩天人等のごときは爾前の経経にして記〓を・うるやうなれども
水中の月を取らんと・するがごとく影を体とおもうがごとく・いろかたち・のみあつて実義もなし、又仏の御恩も深くて深からず、世尊
初成道の時はいまだ説教もなかりしに法慧菩薩・功徳林菩薩・金剛幢菩薩・金剛蔵菩薩等なんど申せし六十余の大菩薩・十方の
諸仏の国土より教主釈尊の御前に来り給いて賢首菩薩・解脱月等の菩薩の請にをもむいて十住・十行・十回向・十地等の法門を説
き給いき、此等の大菩薩の所説の法門は釈尊に習いたてまつるにあらず、十方世界の諸の梵天等も来つて法をとく又釈尊に・なら
いたてまつらず、総じて華厳会座の大菩薩・天竜等は釈尊以前に不思議解脱に住せる大菩薩なり、釈尊の過去・因位の御弟子にや
有るらん・十方世界の先仏の御弟子にや有るらん、一代教主・始成の正覚の仏の弟子にはあらず、阿含・方等・般若の時・四教を仏
の説き給いし時こそ・やうやく御弟子は出来して候へ、此も又・仏の自説なれども正説にはあらず、ゆへ・いかんとなれば方等・般若
の別・円・二教は華厳経の別・円・二教の義趣をいでず、彼の別・円・二教は教主釈尊の別・円・二教にはあらず、法慧等の別円二教なり
、此等の大菩薩は人目には仏の御弟子かとは見ゆれども仏の御師とも・いゐぬべし、世尊・彼の菩薩の所説を聴聞して智発して後
・重ねて方等・般若の別・円をとけり、色もかわらぬ華厳経の別・円・二教なり、されば此等の大菩薩は釈尊の師なり、華厳経に此等
の菩薩をかずへて善知識ととかれしはこれなり、善知識と申すは一向・師にもあらず一向・弟子にもあらずある事なり、蔵・通・二教
は又・別・円の枝流なり別・円・二教をしる人必ず蔵・通・二教をしるべし、人の師と申すは弟子のしらぬ事を教えたるが師にては候な
り、例せば仏より前の一切の人天・外道は二天・三仙の弟子なり、九十五種まで流派したりしかども三仙の見を出でず、教主釈尊も
かれに習い伝えて外道の弟子にて・ましませしが苦行・楽行・十二年の時・苦・空・無常・無我の理をさとり出してこそ外道の弟子の名
をば離れさせ給いて無師智とはなのらせ給いしか、又人天も大師とは仰ぎまいらせしか、されば前四味の間は教主釈尊・法慧菩薩
等の御弟子なり、例せば文殊は釈尊九代の御師と申すがごとし、つねは諸経に不説一字と・とかせ給うも・これなり。
仏・御年・七十二の年・摩竭提国・霊鷲山と申す山にして無量義経を・とかせ給いしに四十余年の経経をあげて枝葉をば其の中におさ
めて四十余年・未顕真実と打消し給うは此なり、此の時こそ諸大菩薩・諸天人等はあはてて実義を請せんとは申せしか、無量義経にて
実義とをぼしき事一言ありしかども・いまだまことなし、譬へば月の出でんとして其の体東山にかくれて光り西山に及べども諸人月体
を見ざるがごとし、法華経・方便品の略開三顕一の時・仏略して一念三千・心中の本懐を宣べ給う、始の事なればほととぎすの初音
をねをびれたる者の一音ききたるが・やうに月の山の半を出でたれども薄雲の・をほへるが・ごとく・かそかなりしを舎利弗等・驚いて諸
天・竜神・大菩薩等をもよをして諸天・竜神等・其の数恒沙の如し仏を求むる諸の菩薩大数八万有り・又諸の万億国の転輪聖王の至れ
る合掌して敬心を以て具足の道を聞かんと欲す等とは請ぜしなり、文の心は四味・三教・四十余年の間

320 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 06:26:08.20 ID:vzYyLp/X
いまだ・きかざる法門うけ給はらんと請ぜしなり、此の文に具足の道を聞かんと欲すと申すは大経に云く「薩とは具足の義に名く」等云云、無依無得大乗四論玄義記に云く「沙
とは訳して六と云う胡法に六を以て具足の義と為すなり」等云云、吉蔵の疏に云く「沙とは翻じて具足と為す」等云云、天台の玄義の八に云く「薩とは梵語此に妙と翻ずるなり」
等云云、付法蔵の第十三真言・華厳・諸宗の元祖・本地は法雲自在王如来・迹に竜猛菩薩・初地の大聖の大智度論千巻の肝心に云く「薩とは六なり」等云云、妙法蓮華経と申
すは漢語なり、月支には薩達磨分陀利伽蘇多攬と申す、善無畏三蔵の法華経の肝心真言に云く「曩謨三曼陀没駄南帰命普仏陀〓三身如来阿阿暗悪開示悟入薩縛勃陀一
切仏枳攘知娑乞蒭毘耶見〓〓曩三娑縛如虚空性羅乞叉〓離塵相也薩哩達磨正法浮陀哩迦白蓮華蘇駄覧経惹入吽遍鑁住発歓喜縛曰羅堅固羅乞叉〓擁護吽空無相無願
娑婆訶決定成就」此の真言は南天竺の鉄塔の中の法華経の肝心の真言なり、此の真言の中に薩哩達磨と申すは正法なり薩と申すは正なり正は妙なり妙は正なり正法華
・妙法華是なり、又妙法蓮華経の上に南無の二字ををけり南無妙法蓮華経これなり、妙とは具足・六とは六度万行、諸の菩薩の六度万行を具足するやうを・きかんとをもう、
具とは十界互具・足と申すは一界に十界あれば当位に余界あり満足の義なり、此の経一部八巻・二十八品・六万九千三百八十四字・一一に皆妙の一字を備えて三十二相・八
十種好の仏陀なり、十界に皆己界の仏界を顕す妙楽云く「尚仏果を具す、余果も亦然り」等云云、仏此れを答えて云く、「衆生をして仏知見を開か令めんと欲す」等云云、衆生
と申すは舎利弗・衆生と申すは一闡提・衆生と申すは九法界・衆生無辺誓願度・此に満足す、「我本誓願を立つ一切の衆をして我が如く等しくして異なること無からしめんと欲
す我が昔の願せし所の如き今は已に満足しぬ」等云云。諸大菩前・華厳等の大法を説くを聞けども・となり、未だ曾て是くの如き深妙の上法を聞かずと謂うは未だ法華経の唯
一仏乗の教を聞かざるなり」等云云、華厳・方等・般若・深密・大日等の恒河沙の諸大乗経はいまだ一代の肝心たる一念三千の大綱・骨髄たる二乗作仏・久遠実成等をいまだきかずと領解せり。
開目抄下開目抄下又今よりこそ諸大菩薩も梵帝・日月・四天等も教主釈尊の御弟子にては候へ、されば宝塔品には此等の大菩薩を仏我が御弟子等とをぼすゆへに諌暁し
て云く「諸の大衆に告ぐ我が滅度の後・誰か能く此の経を護持し読誦する今仏前に於て自ら誓言を説け」とは・したたかに仰せ下せしか、又諸大菩薩も「譬えば大風の小樹
の枝を吹くが如し」等と吉祥草の大風に随い河水の大海へ引くがごとく仏には随いまいらせしか。而れども霊山日浅くして夢のごとく・うつつならずありしに証前の宝塔の上
に起後の宝塔あつて十方の諸仏・来集せる皆我が分身なりとなのらせ給い宝塔は虚空に釈迦・多宝坐を並べ日月の青天に並出せるが如し、人天大会は星をつらね分身の
諸仏は大地の上宝樹の下の師子のゆかにまします、華厳経の蓮華蔵世界は十方・此土の報仏・各各に国国にして彼の界の仏・此の土に来つて分身となのらず此の界の
仏・彼の界へゆかず但法慧等の大菩薩のみ互いに来会せり、大日経・金剛頂経等の八葉九尊・三十七尊等・大日如来の化身とはみゆれども其の化身・三身円満の古仏に
あらず、大品経の千仏・阿弥陀経の六方の諸仏いまだ来集の仏にあらず大集経の来集の仏・又分身ならず、金光明経の四方の四仏は化身なり、総じて一切経の中に各修・各行の三身円満の諸仏
薩・諸天等・此の法門をきひて領解して云く「我等昔より来数世尊の説を聞きたてまつれども未だ曾て是の如き深妙の上法を聞かず」等云云、伝教大師云く「我等昔より来数世尊の説を聞く・と謂うは昔法華経の

321 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 06:27:55.07 ID:vzYyLp/X
を集めて我が分身とはとかれず、これ寿量品の遠序なり、始成四十余年の釈尊が一劫・十劫等・已前の諸仏を集めて分身ととかる・さすが平等意趣
にもにず・をびただしくをどろかし、又始成の仏ならば所化・十方に充満すべからざれば分身の徳は備わりたりとも示現して益なし、天台云く「分身既
に多し当に知るべし成仏の久しきことを」等云云、大会のをどろきし意をかかれたり。其の上に地涌千界の大菩薩・大地より出来せり釈尊に第一の御
弟子とをぼしき普賢文殊等にも・にるべくもなし、華厳・方等・般若・法華経の宝塔品に来集する大菩薩・大日経等の金剛薩〓等の十六の大菩薩なん
ども此の菩薩に対当すれば〓猴の群る中に帝釈の来り給うが如し、山人に月卿等のまじはるにことならず、補処の弥勒すら猶迷惑せり何に況
や其の已下をや、此の千世界の大菩薩の中に四人の大聖まします所謂・上行・無辺行・浄行・安立行なり、此の四人は虚空・霊山の諸菩薩等・眼
もあはせ心もをよばず、華厳経の四菩薩・大日経の四菩薩・金剛頂経の十六大菩薩等も此の菩薩に対すれば翳眼のものの日輪を見るが如く海人が
皇帝に向い奉るが如し、大公等の四聖の衆中にありしに・にたり商山の四皓が恵帝に仕えしにことならず、巍巍堂堂として尊高なり、釈迦・多宝・十方
の分身を除いては一切衆生の善知識ともたのみ奉りぬべし、弥勒菩薩・心に念言すらく、我は仏の太子の御時より三十成道・今の霊山まで四十二年
が間此の界の菩薩・十方世界より来集せし諸大菩薩皆しりたり、又十方の浄穢土に或は御使い或は我と遊戯して其の国国に大菩薩を見聞せり、此の
大菩薩の御師なんどは・いかなる仏にてや・あるらん、よも此の釈迦・多宝・十方の分身の仏陀にはにるべくもなき仏にてこそ・をはすらめ、雨の猛を見
て竜の大なる事をしり華の大なるを見て池のふかきことは・しんぬ誰か其の為に法を説いて教化して成就せる、誰に従つてか初めて発心し何れの仏
法をか称揚せる、世尊我昔より来未だ曾つて是の事を見ず、願くは其の所従の国土の名号を説きたまえ、我常に諸国に遊べども未だ曾つて是の事を
見ず、我れ此の衆の中に於て乃し一人をも識らず忽然に地より出でたり願くは其の因縁を説きたまえ」等云云、天台云く「寂場より已降今座已往十方
の大士来会絶えず限る可からずと雖も我補処の智力を以つて悉く見悉く知る、而れども此の衆に於て一人をも識らず然るに我れ十方に遊戯して諸仏
に覲奉し大衆に快く識知せらる」等云云、妙楽云く「智人は起を知る蛇は自ら蛇を識る」等云云、経釈の心・分明なり詮ずるところは初成道よりこのかた
此の土十方にて此等の菩薩を見たてまつらず・きかずと申すなり。仏此の疑を答えて云く「阿逸多・汝等昔より未だ見ざる所の者は我是の娑婆世界に於て
阿耨多羅三藐三菩提を得已つて是の諸の菩薩を教化し示導して其の心を調伏して道の意を発こさしめたり」等、又云く「我伽耶城菩提樹下に於て坐して最
正覚を成ずることを得て無上の法輪を転じ爾して乃ち之を教化して初めて道心を発さしむ今皆不退に住せり、乃至我久遠より来是等の衆を教化せり」等云
云、此に弥勒等の大菩薩大に疑いをもう、華厳経の時・法慧等の無量の大菩薩あつまるいかなる人人なるらんと・をもへば我が善知識なりとをほせられ
しかば、さもやと・うちをもひき、其の後の大宝坊・白鷺池等の来会の大菩薩も・しかのごとし、此の大菩薩は彼等にはにるべくもなき・ふりたりげにまし
ます定めて釈尊の御師匠かなんどおぼしきを令初発道心とて幼稚のものども・なりしを教化して弟子となせりなんど・をほせあれば・大なる疑なるべし
、日本の聖徳太子は人王第三十二代・用明天皇の御子なり、御年六歳の時・百済・高麗・唐土より老人どものわたりたりしを六歳の太子・我が弟子な
りと・をほせありしかば彼の老人ども又合掌して我が師なり等云云、不思議なりし事なり、外典に申す或者道をゆけば路のほとりに年三十計りなる・わ
かものが八十計りなる老人を・とらへて打ちけりべし、此等の大菩薩の来る国・又誰と申す仏にあいたてまつり・いかなる大法をか習修し給うらんと
疑いし、あまりの不審さに音をも・いだすべくも・なけれども仏力にやありけん、弥勒菩薩疑つて云く「無量千万億の大衆の諸の菩薩は昔より未だ曾て見ざる所なり是の諸の大威徳の精進の菩薩衆は

322 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 06:32:49.82 ID:4KnzsC2j
>>317
イエス

323 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 19:13:34.78 ID:+RSRA0Xf
どこだべ?

324 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 21:35:00.78 ID:uFqm5tNP
うどん市場

325 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 22:40:11.05 ID:vzYyLp/X
いかなる事ぞと・とえば此の老翁は我が子なりなんど申すと・かたるにもにたり、されば弥勒菩薩等疑つて云く「世尊・如来太子為りし
時・釈の宮を出で伽耶城を去ること遠からずして道場に坐して阿耨多羅三藐三菩提を成ずることを得給えり、是より已来始めて四十余年
を過ぎたり、世尊・云何ぞ此の少時に於て大いに仏事を作し給える」等云云、一切の菩薩始め華厳経より四十余年・会会に疑をまうけ
て一切衆生の疑網をはらす中に此の疑・第一の疑なるべし、無量義経の大荘厳等の八万の大士・四十余年と今との歴劫・疾成の疑にも
超過せり、観無量寿経に韋提希夫人の阿闍世王が提婆にすかされて父の王をいましめ母を殺さんとせしが耆婆月光に・をどされて母を
はなちたりし時仏を請じたてまつて・まづ第一の問に云く「我れ宿し何の罪あつて此の悪子を生む世尊・復た何等の因縁有つて提婆達
多と共に眷属となり給う」等云云、此の疑の中に「世尊復た何等の因縁有つて」等の疑は大なる大事なり、輪王は敵と共に生れず帝釈
は鬼と・ともならず仏は無量劫の慈悲者なりいかに大怨と共にはまします還つて仏には・ましまさざるかと疑うなるべし、而れども仏
答え給はず、されば観経を読誦せん人・法華経の提婆品へ入らずば・いたづらごとなるべし、大涅槃経に迦葉菩薩の三十六の問もこれ
には及ばず、されば仏・此の疑を晴させ給はずば一代の聖教は泡沫にどうじ一切衆生は疑網にかかるべし、寿量の一品の大切なるこれなり。
其の後・仏・寿量品を説いて云く「一切世間の天人及び阿修羅は皆今の釈迦牟尼仏は釈氏の宮を出で伽耶城を去ること遠からず道場に
坐して阿耨多羅三藐三菩提を得給えりと謂えり」等云云、此の経文は始め寂滅道場より終り法華経の安楽行品にいたるまでの一切の大
菩薩等の所知をあげたるなり、「然るに善男子・我れ実に成仏してより已来・無量無辺百千万億那由佗劫なり」等云云、此の文は華厳
経の「三処の始成正覚」阿含経に云く「初成」浄名経の「始坐仏樹」大集経に云く「始十六年」大日経の「我昔坐道場」等・仁王経の
「二十九年」無量義経の「我先道場」法華経の方便品に云く「我始坐道場」等を一言に大虚妄なりと・やぶるもんなり。
此の過去常顕るる時・諸仏皆釈尊の分身なり爾前・迹門の時は諸仏・釈尊に肩を並べて各修・各行の仏なり、かるがゆへに諸仏を本尊
とする者・釈尊等を下す、今華厳の台上・方等・般若・大日経等の諸仏は皆釈尊の眷属なり、仏三十成道の御時は大梵天王・第六天等
の知行の娑婆世界を奪い取り給いき、今爾前・迹門にして十方を浄土と・がうして此の土を穢土ととかれしを打ちかへして此の土は本
土なり十方の浄土は垂迹の穢土となる、仏は久遠の仏なれば迹化・他方の大菩薩も教主釈尊の御弟子なり、一切経の中に此の寿量品ま
しまさずば天に日月の・国に大王の・山河に珠の・人に神のなからんが・ごとくして・あるべきを華厳・真言等の権宗の智者とをぼし
き澄観・嘉祥・慈恩・弘法等の一往・権宗の人人・且は自の依経を讃歎せんために或は云く「華厳経の教主は報身・法華経は応身」と
・或は云く「法華寿量品の仏は無明の辺域・大日経の仏は明の分位」等云云、雲は月をかくし讒臣は賢人をかくす・人讃すれば黄石も
玉とみへ諛臣も賢人かとをぼゆ、今濁世の学者等・彼等の讒義に隠されて寿量品の玉を翫ばず、又天台宗の人人もたぼらかされて金石・
一同のをもひを・なせる人人もあり、仏・久成に・ましまさずば所化の少かるべき事を弁うべきなり、月は影を慳ざれども水なくば・う
つるべからず、仏・衆生を化せんと・をぼせども結縁うすければ八相を現ぜず、例せば諸の声聞が初地・初住には・のぼれども爾前にし
て自調自度なりしかば未来の八相をごするなるべし、しかれば教主釈尊始成ならば今此の世界の梵帝・日月・四天等は劫初より此の土を
領すれども四十余年の仏弟子なり、霊山・八年の法華結縁の衆今まいりの主君にをもひつかず久住の者にへだてらるるがごとし、今久遠
実成あらはれぬれば東方の薬師如来の日光・月光・西方阿弥陀如来の観音勢至・乃至十方世界の諸仏の御弟子・大日・金剛頂等の両部の
大日如来の御弟子の諸大菩薩・猶教主釈尊の御弟子なり、諸仏・釈迦如来の分身たる上は諸仏の所化申すにをよばず何に況や此の土の劫
初より・このかたの日月・衆星等・教主釈尊の御弟子にあらずや。

326 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 22:40:59.46 ID:vzYyLp/X
而るを天台宗より外の諸宗は本尊にまどえり、倶舎・成実・律宗は三十四心・断結成道の釈尊を本尊とせり、天尊の太子が迷惑して我
が身は民の子とをもうがごとし、華厳宗・真言宗・三論宗・法相宗等の四宗は大乗の宗なり、法相・三論は勝応身ににたる仏を本尊とす
天王の太子・我が父は侍と・をもうがごとし、華厳宗・真言宗は釈尊を下げて盧舎那の大日等を本尊と定む天子たる父を下げて種姓も
なき者の法王のごとくなるに・つけり、浄土宗は釈迦の分身の阿弥陀仏を有縁の仏とをもうて教主をすてたり、禅宗は下賤の者・一分
の徳あつて父母をさぐるがごとし、仏をさげ経を下す此皆本尊に迷えり、例せば三皇已前に父をしらず人皆禽獣に同ぜしが如し、寿量
品をしらざる諸宗の者は畜に同じ不知恩の者なり、故に妙楽云く「一代教の中未だ曾て遠を顕さず、父母の寿知らずんばある可からず若
し父の寿の遠きを知らずんば復父統の邦に迷う、徒に才能と謂うとも全く人の子に非ず」等云云、妙楽大師は唐の末・天宝年中の者なり
三論・華厳・法相・真言等の諸宗・並に依経を深くみ広く勘えて寿量品の仏をしらざる者は父統の邦に迷える才能ある畜生とかけるなり、
徒謂才能とは華厳宗の法蔵・澄観・乃至真言宗の善無畏三蔵等は才能の人師なれども子の父を知らざるがごとし、伝教大師は日本顕密の元
祖・秀句に云く「他宗所依の経は一分仏母の義有りと雖も然も但愛のみ有つて厳の義を闕く、天台法華宗は厳愛の義を具す一切の賢聖・
学・無学及び菩薩心を発せる者の父なり」等云云、真言・華厳等の経経には種熟脱の三義・名字すら猶なし何に況や其の義をや、華厳・真
言経等の一生初地の即身成仏等は経は権経にして過去をかくせり、種をしらざる脱なれば超高が位にのぼり道鏡が王位に居せんとせしがごとし。
宗宗・互に種を諍う予此をあらそはず但経に任すべし、法華経の種に依つて天親菩薩は種子無上を立てたり天台の一念三千これなり、華厳
経・乃至諸大乗経・大日経等の諸尊の種子・皆一念三千なり天台智者大師・一人此の法門を得給えり、華厳宗の澄観・此の義を盗んで華厳
経の心如工画師の文の神とす、真言・大日経等には二乗作仏・久遠実成・
一念三千の法門これなし、善無畏三蔵・震旦に来つて後・天台の止観を見て智発し大日経の心実相・我一切本初の文の神に天台の一念三千
を盗み入れて真言宗の肝心として其の上に印と真言とをかざり法華経と大日経との勝劣を判ずる時・理同事勝の釈をつくれり、両界の漫荼
羅の二乗作仏・十界互具は一定・大日経にありや第一の誑惑なり、故に伝教大師云く「新来の真言家は則ち筆受の相承を泯じ、旧到の華厳
家は則ち影響の規模を隠す」等云云、俘囚の嶋なんどに・わたて・ほのぼのといううたはわれよみたりなんど申すは・えぞていの者は・さ
こそとをもうべし、漢土・日本の学者又かくのごとし、良〓和尚云く「真言・禅門・華厳・三論乃至若し法華等に望めば是接引門」等云云、
善無畏三蔵の閻魔の責にあづからせ給しは此の邪見による後に心をひるがへし法華経に帰伏してこそ・このせめをば脱させ給いしか、其の後
善無畏・不空等・法華経を両界の中央にをきて大王のごとくし胎蔵の大日経・金剛の金剛頂経をば左右の臣下のごとくせし・これなり、日本
の弘法も教相の時は華厳宗に心をよせて法華経をば第八にをきしかども事相の時には実慧・真雅・円澄・光定等の人人に伝え給いし時・両界
の中央に上のごとく・をかれたり、例せば三論の嘉祥は法華玄十巻に法華経を第四時・会二破二と定れども天台に帰伏して七年つかへ廃講散
衆して身を肉橋となせり、法相の慈恩は法苑林・七巻・十二巻に一乗方便・三乗真実等の妄言多し、しかれども玄賛の第四には故亦両存等と
我が宗を不定になせり、言は両方なれども心は天台に帰伏せり、華厳の澄観は華厳の疏を造て華厳・法華・相対して法華を方便とかけるに
似れども彼の宗之を以て実と為す此の宗の立義・理通ぜざること無し等とかけるは悔い還すにあらずや、弘法も又かくのごとし、亀鏡なけ
れば我が面をみず敵なければ我が非をしらず、真言等の諸宗の学者等・我が非をしらざりし程に伝教大師にあひたてまつて自宗の失をしるなるべし。
されば諸経の諸仏・菩薩・人天等は彼彼の経経にして仏にならせ給うやうなれども

327 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 22:41:35.02 ID:vzYyLp/X
実には法華経にして正覚なり給へり、釈迦諸仏の衆生無辺の総願は皆此の経にをいて満足す今者已満足の文これなり、予事の由を・をし計る
に華厳・観経・大日経等をよみ修行する人をば・その経経の仏・菩薩・天等・守護し給らん疑あるべからず、但し大日経・観経等をよむ行者
等・法華経の行者に敵対をなさば彼の行者をすてて法華経の行者を守護すべし、例せば孝子・慈父の王敵となれば父をすてて王にまいる孝の
至りなり、仏法も又かくのごとし、法華経の諸仏・菩薩・十羅刹・日蓮を守護し給う上・浄土宗の六方の諸仏・二十五の菩薩・真言宗の千二
百等・七宗の諸尊・守護の善神・日蓮を守護し給うべし、例せば七宗の守護神・伝教大師をまほり給いしが如しと・をもう、日蓮案じて云く
法華経の二処・三会の座にましましし、日月等の諸天は法華経の行者出来せば磁石の鉄を吸うがごとく月の水に遷るがごとく須臾に来つて行
者に代り仏前の御誓をはたさせ給べしとこそをぼへ候にいままで日蓮をとぶらひ給はぬは日蓮・法華経の行者にあらざるか、されば重ねて
経文を勘えて我が身にあてて、身の失をしるべし。
疑て云く当世の念仏宗・禅宗等をば何なる智眼をもつて法華経の敵人・一切衆生の悪知識とはしるべきや、答えて云く私の言を出すべからず
経釈の明鏡を出して謗法の醜面をうかべ其の失をみせしめん生盲は力をよばず、法華経の第四宝塔品に云く「爾の時に多宝仏・宝塔の中に於
て半座を分ち釈迦牟尼仏に与う、爾の時に大衆二如来の七宝の塔の中の師子の座の上に在して結跏趺坐し給うを見たてまつる、大音声を以て
普く四衆に告げ給わく、誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かん、今正しく是れ時なり、如来久しからずして当に涅槃に入るべし、
仏此の妙法華経を以て付属して在ること有らしめんと欲す」等云云、第一の勅宣なり。
又云く「爾の時に世尊重ねて此の義を宣べんと欲して偈を説いて言く、聖主世尊・久しく滅度し給うと雖も宝塔の中に在して尚法の為に来
り給えり、諸人云何ぞ勤めて法に為わざらん、又我が分身の無量の諸仏・恒沙等の如く来れる法を聴かんと欲す各妙なる土及び弟子衆・
天人・竜神・諸の供養の事を捨てて法をして久しく住せしめんが故に此に来至し給えり、譬えば大風の小樹の枝を吹くが如し、是の
方便を以て法をして久しく住せしむ、諸の大衆に告ぐ我が滅度の後誰か能く此の経を護持し読誦せん今仏前に於て自ら誓言を説け」、第二の鳳詔なり。
「多宝如来および我が身集むる所の化仏当に此の意を知るべし、諸の善男子・各諦かに思惟せよ此れは為れ難き事なり、宜しく大願
を発こすべし、諸余の経典数・恒沙の如し此等を説くと雖も未だ為れ難しとするに足らず、若し須弥を接つて他方無数の仏土に擲げ置
かんも亦未だ為れ難しとせず、若し仏滅後・悪世の中に於て能く此の経を説かん是則ち為れ難し、仮使劫焼に乾れたる草を担い負うて
中に入つて焼けざらんも亦未だ為れ難しとせず、我が滅度の後に若し此の経を持ちて一人の為にも説かん是則ち為れ難し、諸の善男子・我
が滅後に於て誰か能く此の経を護持し読誦せん、今仏前に於て自ら誓言を説け」等云云、第三の諌勅なり、第四・第五の二箇の諌暁・提婆品にあり下にかくべし。
此の経文の心は眼前なり青天に大日輪の懸がごとし白面に黶のあるににたり、而れども生盲の者と邪眼の者と一眼のものと各謂自師の者・辺
執家の者はみがたし万難をすてて道心あらん者にしるしとどめてみせん、西王母がそののもも・輪王出世の優曇華よりもあいがたく沛公が項
羽と八年・漢土をあらそいし頼朝と宗盛が七年・秋津嶋にたたかひし修羅と帝釈と金翅鳥と竜王と阿耨池に諍えるも此にはすぐべからずとし
るべし、日本国に此の法顕るること二度なり伝教大師と日蓮となりとしれ、無眼のものは疑うべし力及ぶべからず此の経文は日本・漢土・月
氏・竜宮・天上・十方世界の一切経の勝劣を釈迦・多宝・十方の仏・来集して定め給うなるべし。
問うて云く華厳経・方等経・般若経・深密経・楞伽経・大日経・涅槃経等は九易の内か六難の内か、答えて云く華厳宗の杜順・智儼・法蔵・
澄観等の三蔵大師・読んで云く「華厳経と法華経と六難の内・名は二経なれども所説・乃至理これ同じ四門観別・見真諦同のごとし」、法相の
玄奘三蔵・慈恩大師等・読んで云く「深密経と法華経とは同く

328 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 22:42:13.58 ID:vzYyLp/X
唯識の法門にして第三時の教・六難の内なり」三論の吉蔵等読んで云く「般若経と法華経とは名異体同・二経一法なり」善無畏三蔵・金剛智
三蔵・不空三蔵等・読んで云く「大日経と法華経とは理同じ、をなじく六難の内の経なり」、日本の弘法・読んで云く「大日経は六難・九易
の内にあらず大日経は釈迦所説の一切経の外・法身・大日如来の所説なり」、又或る人云く「華厳経は報身如来の所説・六難・九易の内には
あらず」、此の四宗の元祖等かやうに読みければ其の流れをくむ数千の学徒等も又此の見をいでず、日蓮なげいて云く上の諸人の義を左右な
く非なりといはば当世の諸人面を向くべからず非に非をかさね結句は国王に讒奏して命に及ぶべし、但し我等が慈父・雙林最後の御遺言に
云く「法に依つて人に依らざれ」等云云、不依人等とは初依・二依・三依・第四依・普賢・文殊等の等覚の菩薩が法門を説き給うとも経を
手ににぎらざらんをば用ゆべからず、「了義経に依つて不了義経に依らざれ」と定めて経の中にも了義・不了義経を糾明して信受すべきこそ候
いぬれ、竜樹菩薩の十住毘婆沙論に云く「修多羅黒論に依らずして修多羅白論に依れ」等云云、天台大師云く「修多羅と合う者は録して之を用
いよ文無く義無きは信受すべからず」等云云、伝教大師云く「仏説に依憑して口伝を信ずること莫れ」等云云、円珍智証大師云く「文に依つて
伝うべし」等云云、上にあぐるところの諸師の釈・皆一分・経論に依つて勝劣を弁うやうなれども皆自宗を堅く信受し先師の謬義をたださざるゆ
へに曲会私情の勝劣なり荘厳己義の法門なり・仏滅後の犢子・方広・後漢已後の外典は仏法外の外道の見よりも三皇五帝の儒書よりも邪見・強盛
なり邪法・巧なり、華厳・法相・真言等の人師・天台宗の正義を嫉ゆへに実経の文を会して権義に順ぜしむること強盛なり、しかれども道心あら
ん人・偏党をすて自他宗をあらそはず人をあなづる事なかれ。
法華経に云く「已今当」等云云、妙楽云く「縦い経有つて諸経の王と云うとも已今当説最為第一と云わず」等云云、又云く「已今当の妙〓に於
て固く迷う謗法の罪苦長劫に流る」等云云、此の経釈にをどろいて一切経・並に
人師の疏釈を見るに狐疑の冰とけぬ今真言の愚者等・印真言のあるを・たのみて真言宗は法華経にすぐれたりとをもひ慈覚大師等の真言勝れた
りとをほせられぬれば・なんど・をもえるは・いうにかいなき事なり。
密厳経に云く「十地華厳等と大樹と神通勝鬘及び余経と皆此の経従り出でたり、是くの如きの密厳経は一切経の中に勝れたり」等云云、大雲経
に云く「是の経は即是諸経の転輪聖王なり何を以ての故に是の経典の中に衆生の実性・仏性・常住の法蔵を宣説する故なり」等云云、六波羅蜜
経に云く「所謂過去無量の諸仏・所説の正法及び我今説く所の所謂八万四千の諸の妙法蘊なり、摂して五分と為す一には索咀纜・二には毘奈耶・三
には阿毘達磨・四には般若波羅蜜・五には陀羅尼門となり此の五種の蔵をもつて有情を教化す、若し彼の有情契経調伏対法般若を受持すること能わ
ず或は復有情諸の悪業・四重・八重・五無間罪方等経を謗ずる一闡提等の種種の重罪を造るに銷滅して速疾に解脱し頓に涅槃を悟ることを得せしむ、
而も彼が為に諸の陀羅尼蔵を説く、此の五の法蔵譬えば乳・酪・生蘇・熟蘇及び妙なる醍醐の如し、総持門とは譬えば醍醐の如し醍醐の味は乳・酪・
蘇の中に微妙第一にして能く諸の病を除き諸の有情をして身心安楽ならしむ、総持門とは契経等の中に最も第一と為す能く重罪を除く」等云云、解深
密経に云く「爾の時に勝義生菩薩復仏に白して云く世尊・初め一時に於て波羅〓斯仙人堕処施鹿林の中に在て唯声聞乗を発趣する者の為に四諦の
相を以て正法輪を転じ給いき、是甚だ奇にして甚だ此れ希有なり一切世間の諸の天人等・先より能く法の如く転ずる者有ること無しと雖も、而も
彼の時に於て転じ給う所の法輪は有上なり有容なり是れ未了義なり是れ諸の諍論安足の処所なり、世尊在昔第二時の中に唯発趣して大乗を修する
者の為にして一切の法は皆無自性なり無性無滅なり本来寂静なり自性涅槃なるに依る隠密の相を以て正法輪を転じ給いき、更に甚だ奇にして甚だ為れ
希有なりと雖も、彼の時に於て転じ給う所の法輪亦是れ有上なり容受する所有り猶未だ了義ならず、是れ諸の諍論安足の処所なり、世尊今第三時
の中に於て普く一切乗を発趣する

329 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 23:03:10.37 ID:uFqm5tNP
うどん市場

330 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/01(土) 23:25:05.02 ID:4KnzsC2j
>>323
>>315>>317でわかるかと…
楽しい話ではないので

331 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 06:27:24.79 ID:FAGGeOhH
者の為に一切の法は皆無自性・無生無滅・本来寂静・自性涅槃にして無自性の性なるに依り顕了
の相を以て正法輪を転じ給う、第一甚だ奇にして最も為れ希有なり、今に世尊転じ給う所の法輪・無上無
容にして是れ真の了義なり諸の諍論安息の処所に非ず」等云云、大般若経に云く「聴聞する所の世・出世
の法に随つて皆能く方便して般若甚深の理趣に会入し諸の造作する所の世間の事業も亦般若を以て
法性に会入し一事として法性を出ずる者を見ず」等云云、大日経第一に云く「秘密主大乗行あり無縁乗の
心を発す法に我性無し何を以ての故に彼往昔是くの如く修行せし者の如く蘊の阿頼耶を観察して自性幻の
如しと知る」等云云、又云く「秘密主彼是くの如く無我を捨て心主自在にして自心の本不生を覚す」等云云、
又云く「所謂空性は根境を離れ無相にして境界無く諸の戯論に越えて虚空に等同なり乃至極無自性」等云云
、又云く「大日尊秘密主に告げて言く秘密主云何なるか菩提・謂く実の如く自心を知る」等云云、華厳経に云く
「一切世界の諸の群生声聞乗を求めんと欲すること有ること尠し縁覚を求むる者転・復少し、大乗を求むる者
甚だ希有なり大乗を求むる者猶為れ易く能く是の法を信ずる為れ甚だ難し、況や能く受持し・正憶念し・説の如
く修行し・真実に解せんをや、若し三千大千界を以て頂戴すること一劫身動ぜざらんも彼の所作未だ為れ
難からず是の法を信ずるは為れ甚だ難し、大千塵数の衆生の類に一劫諸の楽具を供養するも彼の功徳未
だ為れ勝れず是の法を信ずるは為れ殊勝なり、若し掌を以て十仏刹を持し虚空に中に於て住すること一劫
なるも彼の所作未だ為れ難からず是の法を信ずるは為れ甚だ難し、十仏刹塵の衆生の類に一劫諸の楽具
を供養せんも彼の功徳未だ勝れりと為さず是の法を信ずるは為れ殊勝なり、十仏刹塵の諸の如来を一劫
恭敬して供養せん若し能く此の品を受持せん者の功徳彼よりも最勝と為す」等云云、涅槃経に云く「是の
諸の大乗方等経典復無量の功徳を成就すと雖も是の経に比せんと欲するに喩を為すを得ざること百倍千
倍百千万倍、乃至算数譬喩も及ぶこと能わざる所なり、善男子譬えば牛従り乳を出し乳従り酪を出し酪
従り生蘇を出し生蘇従り熟蘇を出し

332 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 06:28:21.40 ID:FAGGeOhH
熟蘇従り醍醐を出す醍醐は最上なり、若し服すること有る者は衆病皆除き所有の諸薬も悉く其の中に入るが如し、善男
子仏も亦是くの如し仏従り十二部経を出し十二部経従り修多羅を出し修多羅従り方等経を出し方等経従り般若波羅蜜
を出し般若波羅蜜従り大涅槃を出す猶醍醐の如し醍醐と言うは仏性に喩う」等云云。
此等の経文を法華経の已今当・六難・九易に相対すれば月に星をならべ九山に須弥を合せたるににたり、しかれども華厳
宗の澄観・法相・三論・真言等の慈恩・嘉祥・弘法等の仏眼のごとくなる人・猶此の文にまどへり、何に況や盲眼のごと
くなる当世の学者等・勝劣を弁うべしや、黒白のごとく・あきらかに須弥・芥子のごとくなる勝劣なを・まどへり・いはんや
空のごとくなる理に迷わざるべしや、教の浅深をしらざれば理の浅深を弁うものなし巻をへだて文・前後すれば教門の色
弁えがたければ文を出して愚者を扶けんとをもう、王に小王・大王・一切に少分・全分・五乳に全喩・分喩を弁うべし、六波
羅蜜経は有情の成仏あつて無性の成仏なし何に況や久遠実成をあかさず、猶涅槃経の五味にをよばず何に況や法華経の
迹門・本門にたいすべしや、而るに日本の弘法大師・此の経文にまどひ給いて法華経を第四の熟蘇味に入れ給えり、第五
の総持門の醍醐味すら涅槃経に及ばずいかにし給いけるやらん、而るを震旦の人師争つて醍醐を盗むと天台等を盗
人とかき給へり惜い哉古賢醍醐を嘗めず等と自歎せられたり、此等はさてをく我が一門の者のためにしるす他人は信
ぜざれば逆縁なるべし、一〓をなめて大海のしををしり一華を見て春を推せよ、万里をわたて宋に入らずとも三箇年を経
て霊山にいたらずとも竜樹のごとく竜宮に入らずとも無著菩薩のごとく弥勒菩薩にあはずとも二所三会に値わずとも一代の勝劣はこ
れをしれるなるべし、蛇は七日が内の洪水をしる竜の眷属なるゆへ烏は年中の吉凶をしれり過去に陰陽師なりしゆへ鳥はとぶ徳人にすぐれたり。

333 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 06:29:09.59 ID:FAGGeOhH
日蓮は諸経の勝劣をしること華厳の澄観・三論の嘉祥・法相の慈恩・真言の弘法にすぐれたり、天台・伝教の跡をしのぶゆ
へなり、彼の人人は天台・伝教に帰せさせ給はずば謗法の失脱れさせ給うべしや、当世・日本国に第一に富める者は日蓮
なるべし命は法華経にたてまつり名をば後代に留べし、大海の主となれば諸の河神・皆したがう須弥山の王に諸の山神した
がはざるべしや、法華経の六難九易を弁うれば一切経よまざるにしたがうべし。
宝塔品の三箇の勅宣の上に提婆品に二箇の諌暁あり、提婆達多は一闡提なり天王如来と記せらる、涅槃経四十巻の現証
は此の品にあり、善星・阿闍世等の無量の五逆・謗法の者の一をあげ頭をあげ万ををさめ枝をしたがふ、一切の五逆・七逆・
謗法・闡提・天王如来にあらはれ了んぬ毒薬変じて甘露となる衆味にすぐれたり、竜女が成仏此れ一人にはあらず一切の女
人の成仏をあらはす、法華已前の諸の小乗教には女人の成仏をゆるさず、諸の大乗経には成仏・往生をゆるすやうなれども
或は改転の成仏にして一念三千の成仏にあらざれば有名無実の成仏往生なり、挙一例諸と申して竜女が成仏は末代の女人
の成仏往生の道をふみあけたるなるべし、儒家の孝養は今生にかぎる未来の父母を扶けざれば外家の聖賢は有名無実なり、
外道は過未をしれども父母を扶くる道なし仏道こそ父母の後世を扶くれば聖賢の名はあるべけれ、しかれども法華経已前等
の大小乗の経宗は自身の得道猶かなひがたし何に況や父母をや但文のみあつて義なし、今法華経の時こそ女人成仏の時
・悲母の成仏も顕われ・達多の悪人成仏の時・慈父の成仏も顕わるれ、此の経は内典の孝経なり、二箇のいさめ了んぬ。
已上五箇の鳳詔にをどろきて勧持品の弘経あり、明鏡の経文を出して当世の禅・律・念仏者・並びに諸檀那の謗法をしらし
めん、日蓮といゐし者は去年九月十二日子丑の時に頚はねられぬ、此れは魂魄・佐土の国にいたりて返年の二月・雪中にし
るして有縁の弟子へをくればをそろしくて・をそろしからず・みん人いかに・をぢぬらむ、此れは釈迦・多宝・十方の諸仏の未来
日本国・当世をうつし給う明鏡なり
かたみともみるべし。

334 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 06:30:15.12 ID:FAGGeOhH
勧持品に云く「唯願くは慮したもうべからず仏滅度の後恐怖悪世の中に於て我等当に広く説くべし、諸の
無智の人の悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん我等皆当に忍ぶべし、悪世の中の比丘は邪智にし
て心諂曲に未だ得ざるを為れ得たりと謂い我慢の心充満せん、或は阿練若に納衣にして空閑に在つて自ら
真の道を行ずと謂つて人間を軽賤する者有らん利養に貪著するが故に白衣の与に法を説いて世に恭敬
せらるることを為ること六通の羅漢の如くならん、是の人悪心を懐き常に世俗の事を念い名を阿練若に仮て
好んで我等が過を出さん、常に大衆の中に在つて我等を毀らんと欲するが故に国王・大臣・婆羅門・居士及
び余の比丘衆に向つて誹謗して我が悪を説いて是れ邪見の人・外道の論議を説くと謂わん、濁劫悪世の中に
は多く諸の恐怖有らん悪鬼其身に入つて我を罵詈毀辱せん、濁世の悪比丘は仏の方便随宜の所説の法を知
らず悪口し顰蹙し数数擯出せられん」等云云、記の八に云く「文に三初に一行は通じて邪人を明す即ち俗衆なり
、次に一行は道門増上慢の者を明す、三に七行は僣聖増上慢の者を明す、此の三の中に初は忍ぶ可し次の者
は前に過ぎたり第三最も甚だし後後の者は転識り難きを以ての故に」等云云、東春に智度法師云く「初に有諸より
下の五行は第一に一偈は三業の悪を忍ぶ是れ外悪の人なり次に悪世の下の一偈は是上慢出家の人なり第三に
或有阿練若より下の三偈は即是出家の処に一切の悪人を摂す」等云云、又云く「常在大衆より下の両行は公処に
向つて法を毀り人を謗ず」等云云、涅槃経の九に云く「善男子一闡提有り羅漢の像を作して空処に住し方等大乗経
典を誹謗せん諸の凡夫人見已つて皆真の阿羅漢是大菩薩なりと謂わん」等云云、又云く「爾の時に是の経閻浮提
に於て当に広く流布すべし、是の時に当に諸の悪比丘有つて是の経を抄略し分ちて多分と作し能く正法の色香美
味を滅すべし、是の諸の悪人復是くの如き経典を読誦すと雖も如来の深密の要義を滅除して世間の荘厳の文飾
無義の語を安置す前を抄して後に著け後を抄して前に著け前後を中に著け中を前後に著く当に知るべし是くの如
きの諸の悪比丘は是れ魔の伴侶なり」等云云、六巻の般泥〓経に云く

335 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 06:54:25.67 ID:Ye89PuHV
イイダコの天ぷらかと思ったら舞茸だった
ショック

336 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 09:10:52.40 ID:y8h2QST9
うどん市場

337 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 09:19:43.90 ID:uL5aSlHB
映画UDONで「ぬくいんがええんな?つめいたいんな?」のお婆ぁちゃんが出てきた店?

338 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 22:01:32.11 ID:FAGGeOhH
「阿羅漢に似たる一闡提有つて悪業を行ず、一闡提に似たる阿羅漢あつて慈心を作さん羅漢に似たる一闡提有りとは是の諸の衆生方等を誹謗す
るなり、一闡提に似たる阿羅漢とは声聞を毀呰し広く方等を説くなり衆生に語つて言く我れ汝等と倶に是れ菩薩なり所以は何ん一切皆如来の性有る
故に然も彼の衆生一闡提なりと謂わん」等云云、涅槃経に云く「我涅槃の後乃至正法滅して後像法の中に於て当に比丘有るべし持律に似像して少か
に経を読誦し飲食を貪嗜し其の身を長養す、袈裟を服ると雖も猶猟師の細視徐行するが如く猫の鼠を伺うが如し、常に是の言を唱えん我羅漢を得た
りと外には賢善を現わし内には貪嫉を懐かん唖法を受けたる婆羅門等の如し、実に沙門に非ずして沙門の像を現じ邪見熾盛にして正法を誹謗せん」等云云。
夫れ鷲峯・雙林の日月・毘湛・東春の明鏡に当世の諸宗・並に国中の禅律・念仏者が醜面を浮べたるに一分もくもりなし、妙法華経に云く「於仏滅度
後恐怖悪世中」安楽行品に云く「於後悪世」又云く「於末世中」又云く「於後末世法欲滅時」分別功徳品に云く「悪世末法時」薬王品に云く「後五百歳」等云云、
正法華経の勧説品に云く「然後末世」又云く「然後来末世」等云云、添品法華経に云く等、天台の云く「像法の中の南三北七は法華経の怨敵
なり」、伝教の云く「像法の末・南都・六宗の学者は法華の怨敵なり」等云云、彼等の時はいまだ分明ならず、此は教主釈尊・多宝仏・宝塔の中
に日月の並ぶがごとく十方・分身の諸仏・樹下に星を列ねたりし中にして正法一千年・像法一千年・二千年すぎて末法の始に法華経の怨敵・三類ある
べしと八十万億那由佗の諸菩薩の定め給いし虚妄となるべしや、当世は如来滅後・二千二百余年なり大地は指ば・はづるとも春は・花は・さかずと
も三類の敵人・必ず日本国にあるべし、さるにては・たれたれの人人か三類の内なるらん又誰人か法華経の行者なりとさされたるらん・をぼつかな
し、彼の三類の怨敵に我等入りてやあるらん又法華経の行者の内にてやあるらん・をぼつかなし、周の第四昭王の御宇二十四年甲寅・四月八日
の夜中に天に五色の光気・南北に亘りて昼のごとし、大地・六種に震動し

339 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 22:02:13.49 ID:FAGGeOhH
雨ふらずして江河・井池の水まさり一切の草木に花さき菓なりたりけり不思議なりし事なり、昭王・大に驚き大史・蘇由・占つて云く「西方に聖人生れた
り」昭王問て云く「此の国いかん」答えて云く「事なし一千年の後に彼の聖言・此の国にわたつて衆生を利すべし」彼のわづかの外典の一毫未断・見思
の者・しかれども一千年のことをしる、はたして仏教・一千一十五年と申せし後漢の第二・明帝の永平十年丁卯の年・仏法・漢土にわたる、此は似るべ
くもなき釈迦・多宝・十方分身の仏の御前の諸菩薩の未来記なり、当世・日本国に三類の法華経の敵人なかるべしや、されば仏・付法蔵経等に記して
云く「我が滅後に正法一千年が間・我が正法を弘むべき人・二十四人・次第に相続すべし」迦葉・阿難等はさてをきぬ一百年の脇比丘・六百年の馬鳴・
七百年の竜樹菩薩等・一分もたがはず・すでに出で給いぬ、此の事いかんが・むなしかるべき此の事相違せば一経・皆相違すべし、所謂舎利弗が未来
の華光如来・迦葉の光明如来も皆妄語となるべし、爾前返つて一定となつて永不成仏の諸声聞なり、犬野干をば供養すとも阿難等をば供養すべから
ずとなん、いかんがせん・いかんがせん。
第一の有諸無智人と云うは経文の第二の悪世中比丘と第三の納衣の比丘の大檀那と見へたり、随つて妙楽大師は「俗衆」等云云、東春に云く「公処
に向う」等云云、第二の法華経の怨敵は経に云く「悪世中の比丘は邪智にして心諂曲に未だ得ざるを為れ得たりと謂い我慢の心充満せん」等云云、涅
槃経に云く「是の時に当に諸の悪比丘有るべし乃至是の諸の悪人復是くの如き経典を読誦すと雖も如来深密の要義を滅除せん」等云云、止観に云く「
若し信無きは高く聖境に推して己が智分に非ずとす、若し智無きは増上慢を起し己れ仏に均しと謂う」等云云、道綽禅師が云く「二に理深解微なるに由る」
等云云、法然云く「諸行は機に非ず時を失う」等云云、記の十に云く「恐くは人謬り解せん者初心の功徳の大なることを識らずして功を上位に推り此の初
心を蔑にせん故に今彼の行浅く功深きことを示して以て経力を顕す」等云云、伝教大師云く「正像稍過ぎ已て末法太はだ近きに有り

340 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 22:03:12.59 ID:FAGGeOhH
法華一乗の機今正しく是其の時なり何を以て知ることを得る安楽行品に云く末世法滅の時なり」等云云、慧心の云く「日本一州円機純一なり」等
云云、道綽と伝教と法然と慧心といづれ此を信ずべしや、彼は一切経に証文なし此れは正しく法華経によれり、其の上日本国・一同に叡山の大師
は受戒の師なり何ぞ天魔のつける法然に心をよせ我が剃頭の師をなげすつるや、法然智者ならば何ぞ此の釈を選択に載せて和会せざる人の理
をかくせる者なり、第二の悪世中比丘と指さるるは法然等の無戒・邪見の者なり、涅槃経に云く「我れ等悉く邪見の人と名く」等云云、妙楽云く「自ら
三教を指して皆邪見と名く」等云云、止観に云く「大経に云く此よりの前は我等皆邪見の人と名くるなり、邪豈悪に非ずや」等云云、弘決に云く「邪は
即ち是れ悪なり是の故に当に知るべし唯円を善と為す、復二意有り、一には順を以つて善と為し背を以つて悪と為す相待の意なり、著を以つて悪と
為し達を以つて善と為す相待・絶待倶に須く悪を離るべし円に著する尚悪なり況や復余をや」等云云、外道の善悪は小乗経に対すれば皆悪道小乗
の善道・乃至四味三教は法華経に対すれば皆邪悪・但法華のみ正善なり、爾前の円は相待妙なり、絶待妙に対すれば猶悪なり前三教に摂すれば
猶悪道なり、爾前のごとく彼の経の極理を行ずる猶悪道なり、況や観経等の猶華厳・般若経等に及ばざる小法を本として法華経を観経に取り入れ
て還つて念仏に対して閣抛閉捨せるは法然並びに所化の弟子等・檀那等は誹謗正法の者にあらずや、釈迦・多宝・十方の諸仏は法をして久しく
住せしめんが故に此に来至し給えり、法然並に日本国の念仏者等は法華経は末法に念仏より前に滅尽すべしと豈三聖の怨敵にあらずや。
第三は、法華経に云く「或は阿練若に有り納衣にして空閑に在つて乃至白衣の与に法を説いて世に恭敬せらるることを為ること六通の羅漢の如く
ならん」等云云、六巻の般泥〓経に云く「羅漢に似たる一闡提有つて悪業を行じ一闡提に似たる阿羅漢あつて慈心を作さん、羅漢に似たる一闡提
有りとは是諸の衆生の方等を誹謗するなり

341 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 22:04:23.64 ID:FAGGeOhH
一闡提に似たる阿羅漢とは声聞を毀呰して広く方等を説き衆生に語つて言く我汝等と倶に是れ菩薩なり所以は何ん一切皆
如来の性有るが故に然かも彼の衆生は一闡提と謂わん」等云云、涅槃経に云く「我れ涅槃の後・像法の中に当に比丘有るべ
し持律に似像して少かに経典を読誦し飲食を貪嗜して其の身を長養せん袈裟を服ると雖も猶猟師の細視徐行するが如く猫の
鼠を伺うが如し、常に是の言を唱えん我羅漢を得たりと外には賢善を現し内には貪嫉を懐く唖法を受けたる婆羅門等の如く実に
は沙門に非ずして沙門の像を現じ邪見熾盛にして正法を誹謗せん」等云云、妙楽云く「第三最も甚し後後の者転識り難きを以つて
の故に」等云云、東春云く「第三に或有阿練若より下の三偈は即是出家の処に一切の悪人を摂す」等云云、東春に「即是出家の
処に一切の悪人を摂する」等とは当世・日本国には何れの処ぞや、叡山か園城か東寺か南都か建仁寺か寿福寺か建長寺か・
よくよく・たづぬべし、延暦寺の出家の頭に甲冑をよろうを・さすべきか、園城寺の五分法身の膚に鎧杖を帯せるか、彼等は経文
に納衣在空閑と指すにはにず為世所恭敬・如六通羅漢と人をもはず又転難識故というべしや華洛には聖一等・鎌倉には良観等
ににたり、人をあだむことなかれ眼あらば経文に我が身をあわせよ、止観の第一に云く「止観の明静なることは前代未だ聞かず」
等云云、弘の一に云く「漢の明帝夜夢みし自り陳朝に〓ぶまで禅門に予り厠て衣鉢伝授する者」等云云、補注に云く「衣鉢伝授とは
達磨を指す」等云云、止の五に云く「又一種の禅人乃至盲跛の師徒二倶に堕落す」等云云、止の七に云く「九の意世間の文字の法
師と共ならず、事相の禅師と共ならず、一種の禅師は唯観心の一意のみ有り或は浅く或は偽る余の九は全く此無し虚言に非ず後
賢眼有らん者は当に証知すべきなり」、弘の七に云く「文字法師とは内に観解無くして唯法相を構う事相の禅師とは境智を閑わず
鼻膈に心を止む乃至根本有漏定等なり、一師唯有観心一意等とは此は且く与えて論を為す奪えば則ち観解倶に闕く、世間の禅人
偏えに理観を尚ぶ既に教を諳んぜず観を以つて経を消し八邪八風を数えて丈六の仏と為し五陰三毒を合して名けて八邪と為し

342 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 22:05:15.29 ID:FAGGeOhH
六入を用いて六通と為し四大を以つて四諦と為す、此くの如く経を解するは偽の中の偽なり何ぞ浅くして論ず
可けんや」等云云、止観の七に云く「昔〓洛の禅師名河海に播き住するときは四方雲の如くに仰ぎ去るときは
阡陌群を成し隠隠轟轟亦何の利益か有る、臨終に皆悔ゆ」等云云、弘の七に云く「〓洛の禅師とは〓は相州に
在り即ち斉魏の都する所なり、大に仏法を興す禅祖の一・其の地を王化す、時人の意を護りて其の名を出さず
洛は即ち洛陽なり」等云云、六巻の般泥〓経に云く「究竟の処を見ずとは彼の一闡提の輩の究竟の悪業を見ざ
るなり」等云云、妙楽云く「第三最も甚だし転識り難きが故に」等、無眼の者・一眼の者・邪見の者は末法の始の三
類を見るべからず一分の仏眼を得るもの此れをしるべし、向国王大臣婆羅門居士等云云、東春に云く「公処に向い
法を毀り人を謗ず」等云云、夫れ昔像法の末には護命・修円等・奏状をささげて伝教大師を讒奏す、今末法
の始には良観・念阿等偽書を注して将軍家にささぐ・あに三類の怨敵にあらずや。
当世の念仏者等・天台法華宗の檀那の国王・大臣・婆羅門・居士等に向つて云く「法華経は理深我等は解微
法は至つて深く機は至つて浅し」等と申しうとむるは高推聖境・非己智分の者にあらずや、禅宗の云く「法華経
は月をさす指・禅宗は月なり月をえて指なにかせん、禅は仏の心・法華経は仏の言なり仏・法華経等の一切経
をとかせ給いて後・最後に一ふさの華をもつて迦葉一人にさづく、其のしるしに仏の御袈裟を迦葉に付属し乃至
付法蔵の二十八・六祖までに伝う」等云云、此等の大妄語・国中を誑酔せしめてとしひさし、又天台・真言の高僧
等・名は其の家にえたれども我が宗にくらし、貪欲は深く公家・武家を・をそれて此の義を証伏し讃歎す、昔の多
宝・分身の諸仏は法華経の令法久住を証明す、今天台宗の碩徳は理深解微を証伏せり、かるがゆへに日本国に
但法華経の名のみあつて得道の人一人もなし、誰をか法華経の行者とせん、寺塔を焼いて流罪せらるる僧侶は・
かずをしらず、公家・武家に諛うて・にくまるる高僧これ多し、此等を法華経の行者というべきか。

343 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 22:18:14.85 ID:7yHM3IPq
実家から送ってきてくれる半生うどんでも茹でようかな
釜揚げでいい

344 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/02(日) 23:38:56.54 ID:Ye89PuHV
今更だけどNGワード機能って秀逸だね
どこの半生?
釜揚げおいしそう
釜バタも好きだ
バカ一代か岡製麺所行きたくなった

345 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 00:32:11.88 ID:50fEhiKV
回転寿司でクルクル回ってくる酢を塗りたくった全裸のコイケの股間の陰毛にオヤジの視線が集中する瞬間!
寿司屋に剃毛されてコイケのスケベなアワビが丸見えになる瞬間!
寿司屋に酢臭い指でアナルいたずらされる瞬間!
社長がコイケのパンティ寿司を注文する瞬間!
勝山が女装のオッサンとケツオメコはじめる瞬間!

346 :529店攻略 ◆T6ehMTYaLo :2014/02/03(月) 02:46:09.10 ID:aCVlGlDz
お久しぶりでございます。
コテハンでごめんね。
まぁどうせ荒れてるからいいよねww

今年はなんでさぬきの夢スタンプラリーなくなっちゃったの?
誰か知ってる人いない?

347 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 05:37:01.92 ID:di57jy9F
仏語むなしからざれば三類の怨敵すでに国中に充満せり、金言のやぶるべきかのゆへに法華経の行者なし・いかがせん・いかがせん、抑たれやの人か衆俗に悪口
罵詈せらるる誰の僧か刀杖を加へらるる、誰の僧をか法華経のゆへに公家・武家に奏する・誰の僧か数数見擯出と度度ながさるる、日蓮より外に日本国に取り出さ
んとするに人なし、日蓮は法華経の行者にあらず天これを・すて給うゆへに、誰をか当世の法華経の行者として仏語を実語とせん、仏と提婆とは身と影とのごとし生生
にはなれず聖徳太子と守屋とは蓮華の花菓・同時なるがごとし、法華経の行者あらば必ず三類の怨敵あるべし、三類はすでにあり法華経の行者は誰なるらむ、
求めて師とすべし一眼の亀の浮木に値うなるべし。
有る人云く当世の三類はほぼ有るににたり、但し法華経の行者なし汝を法華経の行者といはんとすれば大なる相違あり、此の経に云く「天の諸の童子以て給使
を為さん、刀杖も加えず、毒も害すること能わざらん」又云く「若し人悪罵すれば口則閉塞す」等、又云く「現世には安穏にして後・善処に生れん」等云云、又「頭破
れて七分と作ること阿梨樹の枝の如くならん」又云く「亦現世に於て其の福報を得ん」等又云く「若し復是の経典を受持する者を見て其の過悪を出せば若しは実に
もあれ若しは不実にもあれ此の人現世に白癩の病を得ん」等云云、答えて云く汝が疑い大に吉しついでに不審を晴さん、不軽品に云く「悪口罵詈」等、又云く「或は
杖木瓦石を以て之を打擲す」等云云、涅槃経に云く「若しは殺若しは害」等云云、法華経に云く「而かも此の経は如来の現在すら猶怨嫉多し」等云云、仏は小指を提
婆にやぶられ九横の大難に値い給う此は法華経の行者にあらずや、不軽菩薩は一乗の行者といはれまじきか、目連は竹杖に殺さる法華経記〓の後なり、付法蔵の
第十四の提婆菩薩・第二十五の師子尊者の二人は人に殺されぬ、此等は法華経の行者にはあらざるか、竺の道生は蘇山に流されぬ法道は火印を面にやいて江南
にうつさる・此等は一乗の持者にあらざるか、外典の者なりしかども白居易北野の天神は遠流せらる

348 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 05:37:51.03 ID:di57jy9F
賢人にあらざるか、事の心を案ずるに前生に法華経・誹謗の罪なきもの今生に法華経を行ずこれを世間の失によせ或は罪なきをあだ
すれば忽に現罰あるか・修羅が帝釈をいる金翅鳥の阿耨池に入る等必ず返つて一時に損するがごとし、天台云く「今我が疾苦は皆過
去に由る今生の修福は報・将来に在り」等云云、心地観経に曰く「過去の因を知らんと欲せば其の現在の果を見よ未来の果を知らんと
欲せば其の現在の因を見よ」等云云、不軽品に云く「其の罪畢已」等云云、不軽菩薩は過去に法華経を謗じ給う罪・身に有るゆへに瓦石
をかほるとみへたり、又順次生に必ず地獄に堕つべき者は重罪を造るとも現罰なし一闡提人これなり、涅槃経に云く「迦葉菩薩仏に白して
言く世尊・仏の所説の如く大涅槃の光一切衆生の毛孔に入る」等云云、又云く「迦葉菩薩仏に白して言く世尊云何んぞ未だ菩提の心を発
さざる者・菩提の因を得ん」等云云、仏・此の問を答えて云く「仏迦葉に告わく若し是の大涅槃経を聞くこと有つて我菩提心を発すことを用い
ずと言つて正法を誹謗せん、是の人即時に夜夢の中に羅刹の像を見て心中怖畏す羅刹語つて言く咄し善男子汝今若し菩提心を発さずん
ば当に汝が命を断つべし是の人惶怖し寤め已つて即ち菩提の心を発す当に是の人是れ大菩薩なりと知るべし」等云云、いたうの大悪
人ならざる者が正法を誹謗すれば即時に夢みて・ひるがへる心生ず、又云く「枯木・石山」等、又云く「〓種甘雨に遇うと雖も」等・又「明
珠淤泥」等、又云く「人の手に創あるに毒薬を捉るが如し」等、又云く「大雨空に住せず」等云云、此等多くの譬あり、詮ずるところ上品の
一闡提人になりぬれば順次生に必ず無間獄に堕つべきゆへに現罰なし例せば夏の桀・殷の紂の世には天変なし重科有て必ず世ほろぶ
べきゆへか、又守護神此国をすつるゆへに現罰なきか謗法の世をば守護神すて去り諸天まほるべからずかるがゆへに正法を行ずるもの
にしるしなし還つて大難に値うべし金光明経に云く「善業を修する者は日日に衰減す」等云云、悪国・悪時これなり具さには立正安国論にかんがへたるがごとし。

349 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 05:38:42.55 ID:di57jy9F
詮ずるところは天もすて給え諸難にもあえ身命を期とせん、身子が六十劫の菩薩の行を退せし乞眼の婆羅門の責を堪えざる
ゆへ、久遠大通の者の三五の塵をふる悪知識に値うゆへなり、善に付け悪につけ法華経をすつるは地獄の業なるべし、大願
を立てん日本国の位をゆづらむ、法華経をすてて観経等について後生をごせよ、父母の頚を刎ん念仏申さずば、なんどの種
種の大難・出来すとも智者に我義やぶられずば用いじとなり、其の外の大難・風の前の塵なるべし、我日本の柱とならむ我日
本の眼目とならむ我日本の大船とならむ等とちかいし願やぶるべからず。
疑つて云くいかにとして汝が流罪・死罪等を過去の宿習としらむ、答えて云く銅鏡は色形を顕わす秦王・験偽の鏡は現在の罪
を顕わす仏法の鏡は過去の業因を現ず、般泥〓経に云く「善男子過去に曾て無量の諸罪種種の悪業を作るに是の諸の罪報
は或は軽易せられ・或は形状醜陋・衣服足らず・飲食〓疎・財を求むるに利あらず・貧賤の家邪見の家に生れ・或は王難に遭い
・及び余の種種の人間の苦報あらん現世に軽く受るは斯れ護法の功徳力に由るが故なり」云云、此の経文・日蓮が身に宛も符
契のごとし狐疑の氷とけぬ千万の難も由なし一一の句を我が身にあわせん、或被軽易等云云、法華経に云く「軽賤憎嫉」等云
云・二十余年が間の軽慢せらる、或は形状醜陋・又云く衣服不足は予が身なり飲食〓疎は予が身なり求財不利は予が身なり
生貧賤家は予が身なり、或遭王難等・此の経文疑うべしや、法華経に云く「数数擯出せられん」此の経文に云く「種種」等云
云、斯由護法功徳力故等とは摩訶止観の第五に云く「散善微弱なるは動せしむること能わず今止観を修して健病虧ざれば
生死の輪を動ず」等云云、又云く「三障四魔紛然として競い起る」等云云我れ無始よりこのかた悪王と生れて法華経の行者の
衣食・田畠等を奪いとりせしこと・かずしらず、当世・日本国の諸人の法華経の山寺をたうすがごとし、又法華経の行者の頚を
刎こと其の数をしらず此等の重罪はたせるもあり・いまだ・はたさざるも・あるらん、果すも余残いまだ・つきず生死を離るる時は

350 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 05:39:40.20 ID:di57jy9F
必ず此の重罪をけしはてて出離すべし、功徳は浅軽なり此等の罪は深重なり、権経を行ぜしには此の重罪いまだ・を
こらず鉄を熱にいたう・きたわざればきず隠れてみえず、度度せむれば・きずあらはる、麻子を・しぼるに・つよくせめ
ざれば油少きがごとし、今ま日蓮・強盛に国土の謗法を責むれば此の大難の来るは過去の重罪の今生の護法に招
き出だせるなるべし、鉄は火に値わざれば黒し火と合いぬれば赤し木をもつて急流をかけば波山のごとし睡れる師子に手をつくれば大に吼ゆ。
涅槃経に曰く「譬えば貧女の如し居家救護の者有ること無く加うるに復病苦飢渇に逼められて遊行乞丐す、他の客舎
に止り一子を寄生す是の客舎の主駈逐して去らしむ、其の産して未だ久しからず是の児を〓抱して他国に至らんと欲し
、其の中路に於て悪風雨に遇て寒苦並び至り多く蚊虻蜂螫毒虫の〓い食う所となる、恒河に逕由し児を抱いて渡る其の水
漂疾なれども而も放ち捨てず是に於て母子遂に共倶に没しぬ、是くの如き女人慈念の功徳命終の後梵天に生ず、文殊師
利若し善男子有つて正法を護らんと欲せば彼の貧女の恒河に在つて子を愛念するが為に身命を捨つるが如くせよ、善男子
護法の菩薩も亦是くの如くなるべし、寧ろ身命を捨てよ是くの如きの人解脱を求めずと雖も解脱自ら至ること彼の貧女の梵天
を求めざれども梵天自ら至るが如し」等云云、此の経文は章安大師・三障をもつて釈し給へり、それをみるべし、貧人とは法財の
なきなり女人とは一分の慈ある者なり、客舎とは穢土なり一子とは法華経の信心・了因の子なり舎主駈逐とは流罪せらる其の産
して未だ久しからずとはいまだ信じて・ひさしからず、悪風とは流罪の勅宣なり蚊虻等とは諸の無智の人有り悪口罵詈等な
り母子共に没すとは終に法華経の信心をやぶらずして頚を刎らるるなり、梵天とは仏界に生るるをいうなり引業と申すは仏界ま
でかはらず、日本・漢土の万国の諸人を殺すとも五逆・謗法なければ無間地獄には堕ちず、余の悪道にして多歳をふべし、色天
に生るること万戒を持てども万善を修すれども散善にては生れず、又梵天王となる事・有漏の引業

351 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 05:50:26.53 ID:pskofHba
うどん市場

352 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 09:07:26.99 ID:He2NfI6/
回転寿司のうどんがバカにできないレベル

353 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 09:24:20.23 ID:8nx20vOg
>>352
どこの?

354 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 11:26:31.06 ID:kS62tiit
回転寿司のうどんなんて冷凍うどんだろ?
外食で冷凍うどんは食いたくないな

355 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 17:36:04.86 ID:vZr6GdsM
うどん市場

356 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 17:44:13.67 ID:VH+y/Uvk
今日節分なんだね
うどんには関係ないよね

357 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 20:36:29.72 ID:hm8AtQes
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 重 要 で す ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

※固定ハンドルでの書き込み禁止
 荒らし行為を助長させる恐れがあります。スレッドを正常に運営するため、固定ハンドルの使用は控えてください。
 ここは個人の日記帳ではありません。世界中、全ての人の共用スペースです。

※950を踏んだ者が次スレを立てること
 (スレ立て規制で次スレを立てられない場合は速やかに援助を求めること)

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ 重 要 で す ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

358 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 20:37:10.91 ID:hm8AtQes
→コピペ荒らし君が私の他愛のない冗談を真に受けて顔を真っ赤にして激怒した事件(いまだに根に持っている模様ww)
●他愛のない冗談と言うが、言っていい事と悪い事の区別くらいつかないのですか?
 たとえば他人に「お前んちのババア早く死なないかな、あー、これはもちろん冗談ねww」とか言われて許せるでしょうか?
 たとえ何百軒店を回っても、うどんに対する真摯な姿勢が見られないから、貴方はバカにされ、スレを荒らされるんですよ。

→実際に付けなかった時期があるが、コピペ荒らしがやまなかったのと私じゃない方のレスを私だと思って勘違いする方が続出したためやむなく使用。
 もっとも1件攻略する毎に変化するので厳密には「固定」ではない。ww
●言ったことを守れないのは、まっとうな社会人がする事ではありません。
 あと、そういうのを屁理屈って言うんですよ。

→同じ系列ですというつもりで言ったことを必死で揚げ足を取って勝ったつもりでいるカワイイコピペ荒らし君ww
 ちなみにその後誰一人証明できなかった「長田」と「香の香」の違いを唯一検証したのは私です。
●誰もが知っている事をわざわざ証明したと吹聴して、どうして得意顔ができるのか、私には理解不能です。
 もともと貴方が「両店の味は一緒」と発言したのが事の発端なのに、何を独り相撲をとっているのですか?

→ほとんどは読み飛ばしています。全部とは言ってないよなww
●はいまた出ましたね、これまた見事な屁理屈です。

→ほとんどスルーしていますが、たまに酔っぱらうとからかって楽しんでいますww
 あと、今回のように他の人に誤解を与えるような場合は、たまに反論してあげてます。
●吐いた唾を飲むのが大好きなんですね。

→スレを初めから読めばそんなバカはコピペ荒らし君以外誰もいないことはすぐわかりますww
 もちろん、このレスについても絶対にスルーできないのでまぁ見ていて下さいww
●私やその他の人は、貴方の発言をスルーするなんて、一言も発言してないと思うのですが。
 あ、時々出てくる不思議な名無しの擁護さんと、一部の不思議なコテハンは言ってましたけどね。
 で、このレスはスルーするんですか?しないんですか?

→まぁ本人がそう言うのなら否定はしませんが、粘着具合からまんざら間違ってもなさそうですww
 コピペ荒らし君が宇多津の「おか○」「う○しな」の関係者なのは間違いないようです。
 もし違うというなら正直にお店との関係を明かすべきですね
●何故、店との関係を質す必要があるのでしょう。私はそういう事を知っている、と言っただけですよ?
 論点のすり替えも甚だしいですね。学校の成績表は丙と丁ばかりじゃありませんでしたか?

→自分には彼女がいないと言ってるのも同然ですねww
●どういった理論、思考順序でそういう結論が出るのでしょうか。開いた口が塞がらないとはこの事ですね。

→以前は削除依頼を出していましたが、最近は出していません。
 どなたか奇特な方がいらっしゃるようですが、何度言っても信じようとしないその理由がまったくわかりません。
 いい加減、自分の精神状態が異常なのだと自覚してほしいものです。
●ただ単純に「fusianasan」でホストを見せて貰えば違うと確認できるのに、どうしてたったそれだけの事ができないのでしょう?
 ここしばらく削除人が削除行為をしていない事こそが、貴方が削除依頼を出している証拠だと思えるのですが。
 前にも同じようにスルーされたのに、また同じ轍を踏むのですね。老人性痴呆症が進行していませんか?

→ホントです。
 いろんなIDでいろんな人物を使い分けてたコピペ荒らし君の単なる被害妄想ですww
●状況証拠、間接証拠、色々呼び方はありますが、そういった観点から見て、貴方が一人で自作自演をしているという結論に至らざるを得ません。
 名無し擁護の不自然な単発発言、IDが変わると元のIDの人は二度と現れず、同時進行で発言しているのは2つのIDのみ。
 別のコテハンが出てきても、皆一様に同じ口調、同じ論法でしか話せないのはどうしてなのでしょうね?

→全店攻略本が出るたびに確認していますので、ほぼまちがいありません。
 もっとも攻略数の定義は以前書き込んだとおりです。
●前述の通り、貴方の二枚舌、嘘、偽り、支離滅裂な思考や発言から、貴方が大嘘つきである事が容易に推察されます。
 従って、○○店攻略した、というのも嘘だと思われるのが当然でしょう。

359 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 20:39:12.19 ID:hm8AtQes
翌日何の気もなく教場へ這入ると、黒板一杯位な字でお饂飩先生とかいてある。おれの顔をみてみんなわあと笑つた。
おれは馬鹿々々しいから、うどんを食つて回つちや可笑いかと聞いた。すると名無しの一人が、然し百軒以上は過ぎるぞな、もし、と云つた。
百軒攻略しやうが三百軒攻略しやうがおれの銭でおれが食ひ回るのに文句があるもんかと、さつさと、講義を済まして控所へ帰つて来た。
十分立つて次の教場へ出ると一つ攻略四百軒也、但し煽る可らず。と黒板にかいてある。

さつきは別に腹も立たたなかつたが今度は癪に障つた。冗談も度を過ごせばいたづらだ。焼餅の黒焦の様なもので誰も賞め手はない。
名無しは此呼吸が分からないからどこまで押して行つても構はないと云ふ量見だらう。
一時間あるくと見物する町もない様な狭い都に住んで、外に何にも芸がないから饂飩事件を日露戦争の様に触れちらかすんだらう。憐れな奴等だ。
子供の時から、こんなに教育されるから、いやにひねつこびた、植木鉢の楓見た様な小人が出来るんだ。
無邪気なら一所に笑つてもいヽが、こりやなんだ。名無しの癖に乙に毒気を持つてる。

おれはだまつて、饂飩を消して、こんないたづらが面白いか、卑怯な冗談だ。君等は卑怯と云ふ意味を知つてるか、と云つたら、
自分がした事を笑はれて怒るのが卑怯ぢやらうがな、もしと答へた奴がある。やな奴だ。わざ\/香川でこんな奴らの作るうどんを食ひ回つたのかと思つたら情なくなつた。
余計な減らず口を利かないで勉強しろと云つて授業を始めて仕舞つた。夫れから次の教場へ出たらコテハンを名乗ると減らず口が利き度なるものなりと書いてある。どうも始末に終へない。
あんまり腹が立つたから、そんな生意気な奴はスルーしますと云つてすた\/帰つて来てやつた。

住人は固定がいなくなつて喜こんださうだ。かうなるとうどんより天麩羅蕎麦の方がまだましだ。

360 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 22:23:21.55 ID:di57jy9F
の上に慈悲を加えて生ずべし、今此の貧女が子を念うゆへに梵天に生る常の性相には相違せり、章安
の二はあれども詮ずるところは子を念う慈念より外の事なし、念を一境にする、定に似たり専子を思う
又慈悲にも・にたり、かるがゆへに他事なけれども天に生るるか、又仏になる道は華厳の唯心法界・三
論の八不・法相の唯識・真言の五輪観等も実には叶うべしともみへず、但天台の一念三千こそ仏になる
べき道とみゆれ、此の一念三千も我等一分の慧解もなし、而ども一代経経の中には此の経計り一念三千
の玉をいだけり、余経の理は玉に・にたる黄石なり沙をしぼるに油なし石女に子のなきがごとし、諸経
は智者・猶仏にならず此の経は愚人も仏因を種べし不求解脱・解脱自至等と云云、我並びに我が弟子・
諸難ありとも疑う心なくば自然に仏界にいたるべし、天の加護なき事を疑はざれ現世の安穏ならざる事
をなげかざれ、我が弟子に朝夕教えしかども・疑いを・をこして皆すてけんつたなき者のならひは約束
せし事を・まことの時はわするるなるべし、妻子を不便と・をもうゆへ現身にわかれん事を・なげくら
ん、多生曠劫に・したしみし妻子には心とはなれしか仏道のために・はなれしか、いつも同じわかれな
るべし、我法華経の信心をやぶらずして霊山にまいりて返てみちびけかし。
疑つて云く念仏者と禅宗等を無間と申すは諍う心あり修羅道にや堕つべかるらむ、又法華経の安楽行品
に云く「楽つて人及び経典の過を説かざれ亦諸余の法師を軽慢せざれ」等云云、汝此の経文に相違する
ゆへに天にすてられたるか、答て云く止観に云く「夫れ仏に両説あり一には摂・二には折・安楽行に不
称長短という如き是れ摂の義なり、大経に刀杖を執持し乃至首を斬れという是れ折の義なり与奪・途
を殊にすと雖も倶に利益せしむ」等云云、弘決に云く「夫れ仏に両説あり等とは大経に刀杖を執持す
とは第三に云く正法を護る者は五戒を受けず威儀を修せず、乃至下の文仙予国王等の文、又新医禁じて
云く若し更に為すこと有れば当に其の首を断つべし是くの如き等の文並びに是れ破法の人を折伏するな
り一切の経論此の二を出でず」等云云、文句に云く「問う大経には国王に親付し弓を持ち箭を帯し悪
人を摧伏せよと明す、此の経は豪勢を遠離し謙下慈善せよと剛柔碩いに乖く云何ぞ異ならざらん、答う
大経には偏に折伏を論ずれども一子地に住す何ぞ曾て摂受無からん、此の経には偏に摂受を明せども頭
破七分と云う折伏無きに非ず各一端を挙げて時に適う而已」等云云、涅槃経の疏に云く「出家在家法を
護らんには其の元心の所為を取り事を棄て理を存して匡に大経を弘む故に護持正法と言うは小節に拘わ
らず故に不修威儀と言うなり、昔の時は平にして法弘まる応に戒を持つべし杖を持つこと勿れ今の時は
嶮にして法翳る応に杖を持つべし戒を持つこと勿れ、今昔倶に嶮ならば倶に杖を持つべし今昔倶に平な
らば倶に戒を持つべし、取捨宜きを得て一向にす可からず」等云云、汝が不審をば世間の学者・多分・
道理とをもう、いかに諌暁すれども日蓮が弟子等も此のをもひをすてず一闡提人の・ごとくなるゆへに
先づ天台・妙楽等の釈をいだして・かれが邪難をふせぐ、夫れ摂受・折伏と申す法門は水火のごとし火は
水をいとう水は火をにくむ、摂受の者は折伏をわらう折伏の者は摂受をかなしむ、無智・悪人の国土に充
満の時は摂受を前とす安楽行品のごとし、邪智・謗法の者の多き時は折伏を前とす常不軽品のごとし、
譬へば熱き時に寒水を用い寒き時に火をこのむがごとし、草木は日輪の眷属・寒月に苦をう諸水は月輪の
所従・熱時に本性を失う、末法に摂受・折伏あるべし所謂悪国・破法の両国あるべきゆへなり、日本国の
当世は悪国か破法の国かと・しるべし。問うて云く摂受の時・折伏を行ずると折伏の時・摂受を行ずる
と利益あるべしや、答えて云く涅槃経に云く「迦葉菩薩仏に白して言く如来の法身は金剛不壊なり未だ
所因を知ること能わず云何、仏の言く迦葉能く正法を護持する因縁を以ての故に是の金剛身を成就する
ことを得たり、迦葉我護持正法の因縁にて今是の金剛身常住不壊を成就することを得たり、善男子正法
を護持する者は五戒を受けず威儀を修せず応に刀剣弓箭を持つべし、是くの如く種種に法を説くも然も
故師子吼を作すこと能わず非法の悪人を降伏すること能わず、是くの如き比丘自利し

361 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 22:23:54.81 ID:di57jy9F
及び衆生を利すること能わず、当に知るべし是の輩は懈怠懶惰なり能く戒を持ち浄行を守護すと雖も当に知
るべし是の人は能く為す所無からん、乃至時に破戒の者有つて是の語を聞き已つて咸共に瞋恚して是の法師
を害せん是の説法の者・設い復命終すとも故持戒自利利他と名く」等云云、章安の云く「取捨宜きを得て一
向にす可からず」等、天台云く「時に適う而已」等云云、譬へば秋の終りに種子を下し田畠をかえさんに稲
米をうることかたし、建仁年中に法然・大日の二人・出来して念仏宗・禅宗を興行す、法然云く「法華経は
末法に入つては未有一人得者・千中無一」等云云、大日云く「教外別伝」等云云、此の両義・国土に充満せ
り、天台真言の学者等・念仏・禅の檀那を・へつらいをづる事犬の主にををふり・ねづみの猫ををそるるが
ごとし、国王・将軍に・みやつかひ破仏法の因縁・破国の因縁を能く説き能くかたるなり、天台・真言の学
者等・今生には餓鬼道に堕ち後生には阿鼻を招くべし、設い山林にまじわつて一念三千の観をこらすとも空
閑にして三密の油をこぼさずとも時機をしらず摂折の二門を弁へずば・いかでか生死を離るべき。
問うて云く念仏者・禅宗等を責めて彼等に・あだまれたる・いかなる利益かあるや、答えて云く涅槃経に
云く「若し善比丘法を壊る者を見て置いて呵責し駈遣し挙処せずんば当に知るべし是の人は仏法の中の怨
なり、若し能く駈遣し呵責し挙処せば是れ我が弟子真の声聞なり」等云云、「仏法を壊乱するは仏法中の
怨なり慈無くして詐り親しむは是れ彼が怨なり能く糾治せんは是れ護法の声聞真の我が弟子なり彼が為に
悪を除くは即ち是れ彼が親なり能く呵責する者は是れ我が弟子駈遣せざらん者は仏法中の怨なり」等云云。
夫れ法華経の宝塔品を拝見するに釈迦・多宝・十方分身の諸仏の来集はなに心ぞ「令法久住・故来至此」等
云云、三仏の未来に法華経を弘めて未来の一切の仏子にあたえんと・おぼしめす御心の中をすいするに父
母の一子の大苦に値うを見るよりも強盛にこそ・みへたるを法然いたはしとも・おもはで末法には法華経
の門を堅く閉じて人を入れじとせき狂児をたぼらかして宝をすてさするやうに法華経を抛させける心こそ無慚
に見へ候へ、我が父母を人の殺さんに父母につげざるべしや、悪子の酔狂して父母を殺すをせいせざるべし
や、悪人・寺塔に火を放たんにせいせざるべしや、一子の重病を炙せざるべしや、日本の禅と念仏者とを・
みて制せざる者は・かくのごとし「慈無くして詐り親しむは即ち是れ彼が怨なり」等云云。
日蓮は日本国の諸人にしうし父母なり一切天台宗の人は彼等が大怨敵なり「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼
が親」等云云、無道心の者生死をはなるる事はなきなり、教主釈尊の一切の外道に大悪人と罵詈せられさ
せ給い天台大師の南北・並びに得一に三寸の舌もつて五尺の身をたつと伝教大師の南京の諸人に「最澄未
だ唐都を見ず」等といはれさせ給いし皆法華経のゆへなればはぢならず愚人にほめられたるは第一のはぢ
なり、日蓮が御勘気を・かほれば天台・真言の法師等・悦ばしくや・をもうらんかつはむざんなり・かつ
はきくわいなり、夫れ釈尊は娑婆に入り羅什は秦に入り伝教は尸那に入り提婆師子は身をすつ薬王は臂をや
く上宮は手の皮をはぐ釈迦菩薩は肉をうる楽法は骨を筆とす、天台の云く「適時而已」等云云、仏法は時に
よるべし日蓮が流罪は今生の小苦なれば・なげかしからず、後生には大楽を・うくべければ大に悦ばし。

362 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 22:24:29.02 ID:di57jy9F
本朝沙門日蓮撰 /文永十年 五十二歳御作摩訶止観第五に云く世間と如是と一なり開合の異なり。「夫
れ一心に十法界を具す一法界に又十法界を具すれば百法界なり一界に三十種の世間を具すれば百法界に
即三千種の世間を具す、此の三千・一念の心に在り若し心無んば而已介爾も心有れば即ち三千を具す乃至
所以に称して不可思議境と為す意此に在り」等云云或本に云く一界に 三種の世間を具す。問うて云く玄義
に一念三千の名目を明かすや、答えて曰く妙楽云く明かさず、問うて曰く文句に一念三千の名目を明かす
や、答えて曰く妙楽云く明かさず、問うて曰く其の妙楽の釈如何、答えて曰く並に未だ一念三千と云わず
等云云、問うて曰く止観の一二三四等に一念三千の名目を明かすや、答えて曰く之れ無し、問うて曰く其
の証如何、答えて曰く妙楽云く「故に止観に至つて正しく観法を明かす並びに三千を以て指南と為す」等云
云、疑つて曰く玄義第二に云く「又一法界に九法界を具すれば百法界に千如是」等云云、文句第一に云く「
一入に十法界を具すれば一界又十界なり十界各十如是あれば即ち是れ一千」等云云、観音玄に云く「十法界交
互なれば即ち百法界有り千種の性相・冥伏して心に在り現前せずと雖も宛然として具足す」等云云、問うて曰
く止観の前の四に一念三千の名目を明かすや、答えて曰く妙楽云く明さず、問うて云く其の釈如何、答う弘決
第五に云く「若し正観に望めば全く未だ行を論ぜず亦二十五法に歴て事に約して解を生ず方に能く正修の方便
と為すに堪えたり是の故に前の六をば皆解に属す」等云云、又云く「故に止観の正しく観法を明かすに至つて
並びに三千を以て指南と為す乃ち是れ終窮究竟の極説なり故に序の中に「説己心中所行法門」と云う良に以
所有るなり請う尋ね読まん者心に異縁無れ」等云云。夫れ智者の弘法三十年・二十九年の間は玄文等の諸義
を説いて五時・八教・百界千如を明かし前き五百余年の間の諸非を責め並びに天竺の論師未だ述べざるを顕
す、章安大師云く「天竺の大論尚其の類に非ず震旦の人師何ぞ労わしく語るに及ばん此れ誇耀に非ず法相の然
らしむるのみ」等云云、墓ないかな天台の末学等華厳真言の元祖の盗人に一念三千の重宝を盗み取られて還つ
て彼等が門家と成りぬ章安大師兼ねて此の事を知つて歎いて言く「斯の言若し墜ちなば将来悲む可し」云云。
問うて曰く百界千如と一念三千と差別如何、答えて曰く百界千如は有情界に限り一念三千は情非情に亘る、
不審して云く非情に十如是亘るならば草木に心有つて有情の如く成仏を為す可きや如何、答えて曰く此の事
難信難解なり天台の難信難解に二有り一には教門の難信難解二には観門の難信難解なり、其の教門の難信難
解とは一仏の所説に於て爾前の諸経には二乗闡提・未来に永く成仏せず教主釈尊は始めて正覚を成ず法華経迹
本二門に来至し給い彼の二説を壊る一仏二言水火なり誰人か之を信ぜん此れは教門の難信難解なり、観門の難
信難解は百界千如一念三千・非情の上の色心の二法十如是是なり、爾りと雖も木画の二像に於ては外典内典共
に之を許して本尊と為す其の義に於ては天台一家より出でたり、草木の上に色心の因果を置かずんば木画の像
を本尊に恃み奉ること無益なり、疑つて云く草木国土の上の十如是の因果の二法は何れの文に出でたるや、答
えて曰く止観第五に云く「国土世間亦十種の法を具す所以に悪国土・相・性・体・力」等と云云、釈籤第六に
云く「相は唯色に在り性は唯心に在り体・力・作・縁は義色心を兼ね因果は唯心・報は唯色に在り」等云云、
金〓論に云く「乃ち是れ一草・一木・一礫・一塵・各一仏性・各一因果あり縁了を具足す」等云云

363 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 22:25:06.79 ID:di57jy9F
問うて曰く出処既に之を聞く観心の心如何、答えて曰く観心とは我が己心を観じて十法界を見る是を観心と云う
なり、譬えば他人の六根を見ると雖も未だ自面の六根を見ざれば自具の六根を知らず明鏡に向うの時始めて自具
の六根を見るが如し、設い諸経の中に処処に六道並びに四聖を載すと雖も法華経並びに天台大師所述の摩訶止観
等の明鏡を見ざれば自具の十界・百界千如・一念三千を知らざるなり。問うて云く法華経は何れの文ぞ天台の釈
は如何、答えて曰く法華経第一方便品に云く「衆生をして仏知見を開かしめんと欲す」等云云是は九界所具の
仏界なり、寿量品に云く「是くの如く我成仏してより已来甚大に久遠なり寿命・無量阿僧祇劫・常住にして滅
せず諸の善男子・我本菩薩の道を行じて成ぜし所の寿命今猶未だ尽きず復上の数に倍せり」等云云此の経文は仏
界所具の九界なり、経に云く「提婆達多乃至天王如来」等云云地獄界所具の仏界なり、経に云く「一を藍婆と名
け乃至汝等但能く法華の名を護持する者は福量るべからず」等云云、是れ餓鬼界所具の十界なり、経に云く「竜
女乃至成等正覚」等云云此れ畜生界所具の十界なり、経に云く「婆稚阿修羅王乃至一偈一句を聞いて・阿耨多羅
三藐三菩提を得べし」等云云修羅界所具の十界なり、経に云く「若し人仏の為の故に乃至皆已に仏道を成ず」等
云云此れ人界所具の十界なり、経に云く「大梵天王乃至我等も亦是くの如く・必ず当に作仏することを得べし」
等云云此れ天界所具の十界なり、経に云く「舎利弗乃至華光如来」等云云此れ声聞界所具の十界なり、経に云く
「其の縁覚を求むる者・比丘比丘尼乃至合掌し敬心を以て具足の道を聞かんと欲す」等云云、此れ即ち縁覚界所具
の十界なり、経に云く「地涌千界乃至真浄大法」等云云此れ即ち菩薩所具の十界なり、経に云く「或説己身或説他
身」等云云即ち仏界所具の十界なり。問うて曰く自他面の六根共に之を見る彼此の十界に於ては未だ之を見ず
如何が之を信ぜん、答えて曰く法華経法師品に云く「難信難解」宝塔品に云く「六難九易」等云云、天台大師云
く「二門悉く昔と反すれば難信難解なり」章安大師云く「仏此れを将て大事と為す何ぞ解し易きことを得可けん
や」等云云、伝教大師云く「此の法華経は最も為れ難信難解なり随自意の故に」等云云、夫れ在世の正機は過去
の宿習厚き上教主釈尊・多宝仏・十方分身の諸仏・地涌千界・文殊・弥勒等之を扶けて諌暁せしむるに猶信ぜざ
る者之れ有り五千席を去り人天移さる況や正像をや何に況や末法の初をや汝之を信ぜば正法に非じ。
問うて曰く経文並に天台章安等の解釈は疑網無し但し火を以て水と云い墨を以て白しと云う設い仏説為りと雖も
信を取り難し、今数ば他面を見るに但人界に限つて余界を見ず自面も亦復是くの如し如何が信心を立てんや、答
う数ば他面を見るに或時は喜び或時は瞋り或時は平に或時は貪り現じ或時は癡現じ或時は諂曲なり、瞋るは地獄・
貪るは餓鬼・癡は畜生・諂曲なるは修羅・喜ぶは天・平かなるは人なり他面の色法に於ては六道共に之れ有り四聖
は冥伏して現われざれども委細に之を尋ねば之れ有る可し。問うて曰く六道に於て分明ならずと雖も粗之を聞
くに之を備うるに似たり、四聖は全く見えざるは如何、答えて曰く前には人界の六道之を疑う、然りと雖も強い
て之を言つて相似の言を出だせしなり四聖も又爾る可きか試みに道理を添加して万か一之を宣べん、所以に世間
の無常は眼前に有り豈人界に二乗界無からんや、無顧の悪人も猶妻子を慈愛す菩薩界の一分なり、但仏界計り現
じ難し九界を具するを以て強いて之を信じ疑惑せしむること勿れ、法華経の文に人界を説いて云く「衆生をして
仏知見を開かしめんと欲す」涅槃経に云く「大乗を学する者は肉眼有りと雖も名けて仏眼と為す」等云云、末代
の凡夫出生して法華経を信ずるは人界に仏界を具足する故なり。問うて曰く十界互具の仏語分明なり然りと雖
も我等が劣心に仏法界を具すること信を取り難き者なり今時之を信ぜずば必ず一闡提と成らん願くば大慈悲を
起して之を信ぜしめ阿鼻の苦を救護したまえ。

364 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 22:27:23.54 ID:di57jy9F
答えて曰く汝既に唯一大事因縁の経文を見聞して之を信ぜざれば釈尊より已下四依の菩薩並びに末代理即の我等如何が汝が不信を救護せんや、然りと雖も試みに之を云わん仏
に値いたてまつつて覚らざる者・阿難等の辺にして得道する者之れ有ればなり、其れ機に二有り一には仏を見たてまつり法華にして得道す二には仏を見たてまつらざれども法華に
て得道するなり、其の上仏教已前は漢土の道士・月支の外道・儒教・四韋陀等を以て縁と為して正見に入る者之れ有り、又利根の菩薩凡夫等の華厳・方等・般若等の諸大乗経を聞
きし縁を以て大通久遠の下種を顕示する者多々なり例せば独覚の飛花落葉の如し教外の得道是なり、過去の下種結縁無き者の権小に執着する者は設い法華経に値い奉れども小
権の見を出でず、自見を以て正義と為るが故に還つて法華経を以て或は小乗経に同じ或は華厳大日経等に同じ或は之を下す、此等の諸師は儒家外道の賢聖より劣れる者なり、此
等は且らく之を置く、十界互具之を立つるは石中の火・木中の花信じ難けれども縁に値うて出生すれば之を信ず人界所具の仏界は水中の火・火中の水最も甚だ信じ難し、然りと雖も
竜火は水より出で竜水は火より生ず心得られざれども現証有れば之を用ゆ、既に人界の八界之を信ず、仏界何ぞ之を用いざらん尭舜等の聖人の如きは万民に於て偏頗無し人界の
仏界の一分なり、不軽菩薩は所見の人に於て仏身を見る悉達太子は人界より仏身を成ず此等の現証を以て之を信ず可きなり。
問うて曰く教主釈尊は此れより堅固に之を秘す三惑已断の仏なり又十方世界の国主・一切の菩薩・二乗・人天等の主君なり行の時は梵天左に在り帝釈右に侍べり四衆八部後に聳い
金剛前に導びき八万法蔵を演説して一切衆生を得脱せしむ是くの如き仏陀何を以て我等凡夫の己心に住せしめんや、又迹門爾前の意を以て之を論ずれば教主釈尊は始成正覚の
仏なり、過去の因行を尋ね求れば或は能施太子或は儒童菩薩或は尸毘王或は薩〓王子或は三祇・百劫或は動喩塵劫或は無量阿僧祇劫或は初発心時或は三千塵点等の間七万
・五千・六千・七千等の仏を供養し劫を積み行満じて今の教主釈尊と成り給う、是くの如き因位の諸行は皆我等が己身所具の菩薩界の功徳か、果位を以て之を論ずれば教主釈尊
は始成正覚の仏四十余年の間四教の色身を示現し爾前・迹門・涅槃経等を演説して一切衆生を利益し給う、所謂華蔵の時・十方台上の盧舎那・阿含経の三十四心・断結成道の仏
、方等般若の千仏等、大日・金剛頂の千二百余尊、並びに迹門宝塔品の四土色身、涅槃経の或は丈六と見る或は小身大身と現じ或は盧舎那と見る或は身虚空に同じと見る四種
の身乃至八十御入滅舎利を留めて正像末を利益し給う、本門を以て之れを疑わば教主釈尊は五百塵点已前の仏なり因位も又是くの如し、其れより已来十方世界に分身し一代聖教
を演説して塵数の衆生を教化し給う、本門の所化を以て迹門の所化に比校すれば一〓と大海と一塵と大山となり、本門の一菩薩を迹門十方世界の文殊観音等に対向すれば猴猿を
以て帝釈に比するに尚及ばず、其の外十方世界の断惑証果の二乗並びに梵天・帝釈・日月・四天・四輪王・乃至無間大城の大火炎等此等は皆我が一念の十界か己身の三千か、
仏説為りと雖も之を信ず可からず。此れを以て之を思うに爾前の諸経は実事なり実語なり、華厳経に云く「究竟して虚妄を離れ染無きこと虚空の如し」と仁王経に云く「源を窮め性を
尽して妙智存せり」金剛般若経に云く「清浄の善のみ有り」馬鳴菩薩の起信論に云く「如来蔵の中に清浄の功徳のみ有り」天親菩薩の唯識論に云く「謂く余の有漏と劣の無漏と種は
金剛喩定が現在前する時極円明純浄の本識を引く彼の依に非ざるが故に皆永く棄捨す」等云云、爾前の経経と法華経と之を校量するに彼の経経は無数なり時説既に長し一仏二言
彼に付く可し、馬鳴菩薩は付法蔵第十一にして仏記に之れ有り天親は千部の論師・四依の大士なり、天台大師は辺鄙の小僧にして一論をも宣べず誰か之を信ぜん、其の上多を捨て
小に付くとも法華経の文分明ならば少し恃怙有らんも法華経の文に何れの所にか十界互具・百界千如・一念三千の分明なる証文之れ有りや、随つて経文を開拓するに「断諸法中悪
」等云云、天親菩薩の法華論・

365 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 22:40:26.57 ID:ol0Rd4Ch
源平うどんが好きだ。

366 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/03(月) 23:02:34.81 ID:vZr6GdsM
うどん市場

367 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 00:22:11.14 ID:8ZM8iFRD
香川にもなかなかええキチガイがおるやないか

将来楽しみやのう

368 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 05:32:18.20 ID:zxMAVI+p
堅慧菩薩の宝性論に十界互具之れ無く漢土南北の諸大人師・日本七寺の末師の中にも此の義無し但天台一人の僻見なり伝教一人の謬伝なり、故に清涼国
師の云く「天台の謬りなり」慧苑法師の云く「然るに天台は小乗を呼んで三蔵教と為し其の名謬濫するを以て」等云云、了洪が云く「天台独り未だ華厳の意を尽
さず」等云云、得一が云く「咄いかな智公汝は是れ誰が弟子ぞ、三寸に足らざる舌根を以て覆面舌の所説の教時を謗ず」等云云、弘法大師の云く「震旦の人師
等諍つて醍醐を盗んで各自宗に名く」等云云、夫れ一念三千の法門は一代の権実に名目を削り四依の諸論師其の義を載せず漢土日域の人師も之を用いず、
如何が之を信ぜん。答えて曰く此の難最も甚し最も甚し但し諸経と法華との相違は経文より事起つて分明なり未顕と已顕と証明と舌相と二乗の成不と始成と久成
と等之を顕わす、諸論師の事、天台大師云く「天親竜樹・内鑒冷然たり外には時の宜きに適い各権に拠る所あり、而るに人師偏に解し学者苟も執し遂に矢石を興
し各一辺を保ちて大に聖道に乖けり」等云云、章安大師云く「天竺の大論尚其の類に非ず真旦の人師何ぞ労わしく語るに及ばん此れ誇耀に非ず法相の然らしむ
るのみ」等云云、天親・竜樹・馬鳴・堅慧等は内鑒冷然なり然りと雖も時未だ至らざるが故に之を宣べざるか、人師に於ては天台已前は或は珠を含み或は一向
に之を知らず已後の人師或は初に之を破して後に帰伏する人有り或は一向用いざる者も之れ有り但し断諸法中悪の経文を会す可きなり、彼は法華経に爾前の
経文を載するなり往いて之を見るに経文分明に十界互具之を説く所謂「欲令衆生開仏知見」等云云、天台此の経文を承けて云く「若し衆生に仏の知見無んば何
ぞ開を論ずる所あらん当に知るべし仏の知見衆生に蘊在することを」云云、章安大師の云く「衆生に若し仏の知見無くんば何ぞ開悟する所あらん若し貧女に蔵無
んば何ぞ示す所あらんや」等云云。但し会し難き所は上の教主釈尊等の大難なり、此の事を仏遮会して云く「已今当説最為難信難解」と次下の六難九易是なり、
天台大師云く「二門悉く昔と反すれば信じ難く解し難し鉾に当るの難事なり」章安大師の云く「仏此れを将つて大事と為す何ぞ解し易きことを得可けんや」伝教大
師云く「此の法華経は最も為れ難信難解なり随自意の故に」等云云、夫れ仏滅後に至つて一千八百余年・三国に経歴して但三人のみ有つて始めて此の正法を
覚知せり所謂月支の釈尊・真旦の智者大師・日域の伝教此の三人は内典の聖人なり、問うて曰く竜樹天親等は如何、答えて曰く此等の聖人は知つて之を言わ
ざる仁なり、或は迹門の一分之を宣べて本門と観心とを云わず或は機有つて時無きか或は機と時と共に之れ無きか、天台伝教已後は之を知る者多多なり二聖
の智を用ゆるが故なり所謂三論の嘉祥・南三北七の百余人・華厳宗の法蔵・清涼等・法相宗の玄奘三蔵・慈恩大師等・真言宗の善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空
三蔵等・律宗の道宣等初には反逆を存し後には一向に帰伏せしなり。但し初の大難を遮せば無量義経に云く「譬えば国王と夫人と新たに王子を生ぜん若は一日
若は二日若は七日に至り若は一月若は二月若は七月に至り若は一歳若は二歳若は七歳に至り復国事を領理すること能わずと雖も已に臣民に宗敬せられ諸の
大王の子以て伴侶と為らん、王及び夫人の愛心偏に重くして常に与共に語らん所以は何ん稚小なるを以ての故にと云うが如く、善男子是の持経者も亦復是くの如
し、諸仏の国王と是の経の夫人と和合して共に是の菩薩の子を生ず若し菩薩是の経を聞くことを得て若しは一句若しは一偈若しは一転若しは二転若しは十若しは
百若しは千若しは万若しは億万恒河沙・無量無数転せば復真理の極を体すること能わずと雖も、乃至已に一切の四衆八部に宗仰せられ諸の大菩薩を以て眷属と
為し乃至常に諸仏に護念せられ慈愛偏に覆われん新学なるを以ての故なり」等云云、普賢経に云く「此の大乗経典は諸仏の宝蔵十方三世の諸仏の眼目なり乃至
三世の諸の如来を出生する種なり乃至汝大乗を行じて仏種を断ぜざれ」等云云、又云く「此の方等経は是れ諸仏の眼なり諸仏是に因つて五眼を具することを得・仏
の三種の身は方等従り生ず是れ大法印にして涅槃海に印す此くの如き海中能く三種の仏の

369 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 05:33:49.80 ID:zxMAVI+p
清浄身を生ず此の三種の身は人天の福田なり」等云云。夫れ以れば・釈迦如来の一代・顕密・大小の二教・華厳・真言等の諸宗の依経往いて
之を勘うるに或は十方台葉・毘盧遮那仏・大集雲集の諸仏如来・般若染浄の千仏示現・大日金剛頂等の千二百尊・但其の近因近果を演説
して其の遠因果を顕さず、速疾頓成之を説けども三五の遠化を亡失し化導の始終跡を削りて見えず、華厳経・大日経等は一往之を見るに別円四蔵等に
似たれども再往之を勘うれば蔵通二教に同じて未だ別円にも及ばず本有の三因之れ無し何を以てか仏の種子を定めん、而るに新訳の訳者等漢土に来
入するの日・天台の一念三千の法門を見聞して或は自ら所持の経経に添加し或は天竺より受持するの由之を称す、天台の学者等或は自宗に同ずるを悦び
或は遠きを貴んで近きを蔑みし或は旧を捨てて新を取り魔心・愚心出来す、然りと雖も詮ずる所は一念三千の仏種に非ずんば有情の成仏・木画二像の本尊は有名無実なり。
問うて曰く上の大難未だ其の会通を聞かず如何。答えて曰く無量義経に云く「未だ六波羅蜜を修行する事を得ずと雖も六波羅蜜自然に在前す」等云云
、法華経に云く「具足の道を聞かんと欲す」等云云、涅槃経に云く「薩とは具足に名く」等云云、竜樹菩薩云く「薩とは六なり」等云云、無依無得大乗四論・玄
義記に云く「沙とは訳して六と云う胡法には六を以て具足の義と為すなり」吉蔵疏に云く「沙とは翻じて具足と為す」天台大師云く「薩とは梵語なり此には妙と
翻ず」等云云、私に会通を加えば本文を黷が如し爾りと雖も文の心は釈尊の因行果徳の二法は妙法蓮華経の五字に具足す我等此の五字を受持すれば自
然に彼の因果の功徳を譲り与え給う、四大声聞の領解に云く「無上宝聚・不求自得」云云、我等が己心の声聞界なり、「我が如く等くして異なる事無し我が昔の
所願の如き今は已に満足しぬ一切衆生を化して皆仏道に入らしむ」、妙覚の釈尊は我等が血肉なり因果の功徳は骨髄に非ずや、宝塔品に云く「其れ能く此の経法を
護る事有らん者は則ち為れ我及び多宝を供養するなり、乃至亦復諸の来り給える化仏の諸の世界を荘厳し光飾し給う者を供養するなり」等云云、釈迦・多宝・十方
の諸仏は我が仏界なり其の跡を継紹して其の功徳を受得す「須臾も之を聞く・即阿耨多羅三藐三菩提を究竟するを得」とは是なり、寿量品に云く「然るに我実に
成仏してより已来・無量無辺百千万億那由佗劫なり」等云云、我等が己心の釈尊は五百塵点乃至所顕の三身にして無始の古仏なり、経に云く「我本菩薩の道を
行じて・成ぜし所の寿命・今猶未だ尽きず・復上の数に倍せり」等云云、我等が己心の菩薩等なり、地涌千界の菩薩は己心の釈尊の眷属なり、例せば大公・周
公旦等は周武の臣下・成王幼稚の眷属・武内の大臣は神功皇后の棟梁・仁徳王子の臣下なるが如し、上行・無辺行・浄行・安立行等は我等が己心の菩薩なり、
妙楽大師云く「当に知るべし身土一念の三千なり故に成道の時此の本理に称うて一身一念法界に遍し」等云云。
夫れ始め寂滅道場・華蔵世界より沙羅林に終るまで五十余年の間・華蔵・密厳・三変・四見等の三土四土は皆成劫の上の無常の土に変化する所の方便・実報・寂
光・安養・浄瑠璃・密厳等なり能変の教主涅槃に入りぬれば所変の諸仏随つて滅尽す土も又以て是くの如し。
今本時の娑婆世界は三災を離れ四劫を出でたる常住の浄土なり仏既に過去にも滅せず未来にも生ぜず所化以て同体なり此れ即ち己心の三千具足・三
種の世間なり迹門十四品には未だ之を説かず法華経の内に於ても時機未熟の故なるか。
此の本門の肝心南無妙法蓮華経の五字に於ては仏猶文殊薬王等にも之を付属し給わず何に況や其の已外をや但地涌千界を召して八品を説いて之を付属
し給う、其の本尊の為体本師の娑婆の上に宝塔空に居し塔中の妙法蓮華経の左右に釈迦牟尼仏・多宝仏・釈尊の脇士上行等の四菩薩・文殊弥勒等は四菩薩
の眷属として末座に居し迹化他方の大小の諸菩薩は万民の大地に処して雲閣月卿を見るが如く十方の諸仏は大地の上に処し給う

370 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 05:35:05.58 ID:zxMAVI+p
迹仏迹土を表する故なり、是くの如き本尊は在世五十余年に之れ無し八年の間にも但八品に限る、正像二千年の間は小乗の釈尊は迦葉・阿難を脇士と為し権大乗並に涅槃・法華経の迹門
等の釈尊は文殊普賢等を以て脇士と為す此等の仏をば正像に造り画けども未だ寿量の仏有さず、末法に来入して始めて此の仏像出現せしむ可きか。
問う正像二千余年の間は四依の菩薩並びに人師等余仏・小乗・権大乗・爾前・迹門の釈尊等の寺塔を建立すれども本門寿量品の本尊並びに四大菩薩をば三国の王臣倶に未だ之を崇重せ
ざる由之を申す、此の事粗之を聞くと雖も前代未聞の故に耳目を驚動し心意を迷惑す請う重ねて之を説け委細に之を聞かん。
答えて曰く法華経一部八巻二十八品・進んでは前四味・退いては涅槃経等の一代の諸経惣じて之を括るに但一経なり始め寂滅道場より終り般若経に至るまでは序分なり無量義経・法華経
・普賢経の十巻は正宗なり涅槃経等は流通分なり、正宗十巻の中に於て亦序正流通有り無量義経並に序品は序分なり、方便品より分別功徳品の十九行の偈に至るまで十五品半は正宗
分なり、分別功徳品の現在の四信より普賢経に至るまでの十一品半と一巻は流通分なり。
又法華経等の十巻に於ても二経有り各序正流通を具するなり、無量義経と序品は序分なり方便品より人記品に至るまでの八品は正宗分なり、法師品より安楽行品に至るまでの五品は流
通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の仏・本無今有の百界千如を説いて已今当に超過せる随自意・難信難解の正法なり、過去の結縁を尋れば大通十六の時仏果の下種を下し進ん
では華厳経等の前四味を以て助縁と為して大通の種子を覚知せしむ、此れは仏の本意に非ず但毒発等の一分なり、二乗凡夫等は前四味を縁と為し漸漸に法華に来至して種子を顕わし
開顕を遂ぐるの機是なり、又在世に於て始めて八品を聞く人天等或は一句一偈等を聞て下種とし或は熟し或は脱し或は普賢・涅槃等に至り或は正像末等に小権等を以て縁と為して法華に入
る例せば在世の前四味の者の如し。
又本門十四品の一経に序正流通有り涌出品の半品を序分と為し寿量品と前後の二半と此れを正宗と為す其の余は流通分なり、其の教主を論ずれば始成正覚の釈尊に非ず所説の法門も
亦天地の如し十界久遠の上に国土世間既に顕われ一念三千殆んど竹膜を隔つ、又迹門並びに前四味・無量義経・涅槃経等の三説は悉く随他意の易信易解・本門は三説の外の難信難解・随自意なり。
又本門に於て序正流通有り過去大通仏の法華経より乃至現在の華厳経乃至迹門十四品涅槃経等の一代五十余年の諸経・十方三世諸仏の微塵の経経は皆寿量の序分なり一品二半より
の外は小乗教・邪教・未得道教・覆相教と名く、其の機を論ずれば徳薄垢重・幼稚・貧窮・孤露にして禽獣に同ずるなり、爾前迹門の円教尚仏因に非ず何に況や大日経等の諸小乗経をや何
に況や華厳・真言等の七宗等の論師・人師の宗をや、与えて之を論ずれば前三教を出でず奪つて之を云えば蔵通に同ず、設い法は甚深と称すとも未だ種熟脱を論ぜず還つて灰断に同じ化
の始終無しとは是なり、譬えば王女たりと雖も畜種を懐妊すれば其の子尚旃陀羅に劣れるが如し、此等は且く之を閣く迹門十四品の正宗の八品は一往之を見るに二乗を以て正と為し菩薩凡
夫を以て傍と為す、再往之を勘うれば凡夫・正像末を以て正と為す正像末の三時の中にも末法の始を以て正が中の正と為す、問うて曰く其の証如何ん、答えて曰く法師品に云く「而も此の経は
如来の現在すら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」宝塔品に云く「法をして久住せしむ乃至来れる所の化仏当に此の意を知るべし」等、勧持安楽等之を見る可し迹門是くの如し、本門を以て之を論ず
れば一向に末法の初を以て正機と為す所謂一往之を見る時は久種を以て下種と為し大通前四味迹門を熟と為して本門に至つて等妙に登らしむ、再往之を見れば迹門には似ず本門は序正流通
倶に末法の始を以て詮と為す、在世の本門と末法の始は一同に純円なり但し彼は脱此れは種なり彼は一品二半此れは但題目の五字なり。
問うて曰く其の証文如何、答えて云く涌出品に云く「爾の時に他方の国土の諸の来れる菩薩摩訶薩の八恒河沙

371 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 05:36:26.98 ID:zxMAVI+p
の数に過ぎたる大衆の中に於て起立し合掌し礼を作して仏に白して言さく、世尊若し我等に仏の滅後に於て娑婆世界に在つて勤加精進して是の経典を護持し読誦し書写し供養せんことを聴し給わば当
に此の土に於て広く之を説きたてまつるべし、爾の時に仏・諸の菩薩摩訶薩衆に告げ給わく止ね善男子・汝等が此の経を護持せんことを須いじ」等云云、法師より已下五品の経文前後水火なり、宝塔品
の末に云く「大音声を以て普く四衆に告ぐ誰か能く此の娑婆国土に於て広く妙法華経を説かんものなる」等云云、設い教主一仏為りと雖も之を奨勧し給わば薬王等の大菩薩・梵帝・日月・四天等は之を
重んず可き処に多宝仏・十方の諸仏客仏と為て之を諌暁し給う、諸の菩薩等は此の慇懃の付属を聞いて「我不愛身命」の誓言を立つ、此等は偏に仏意に叶わんが為なり、而るに須臾の間に仏語相違し
て過八恒沙の此の土の弘経を制止し給う進退惟れ谷まり凡智に及ばず、天台智者大師前三後三の六釈を作つて之を会し給えり、所詮迹化他方の大菩薩等に我が内証の寿量品を以て授与すべからず
末法の初は謗法の国にして悪機なる故に之を止めて地涌千界の大菩薩を召して寿量品の肝心たる妙法蓮華経の五字を以て閻浮の衆生に授与せしめ給う、又迹化の大衆は釈尊初発心の弟子等に非
ざる故なり、天台大師云く「是れ我が弟子なり応に我が法を弘むべし」妙楽云く「子父の法を弘む世界の益有り」、輔正記に云く「法是れ久成の法なるを以ての故に久成の人に付す」等云云。
又弥勒菩薩疑請して云く経に云く「我等は復た仏の随宜の所説・仏所出の言未だ曾て虚妄ならず・仏の所知は皆悉く通達し給えりと信ずと雖も然も諸の新発意の菩薩・仏の滅後に於て若し是の語を聞
かば或は信受せずして法を破する罪業の因縁を起さん、唯然り世尊・願くは為に解説して我等が疑を除き給え及び未来世の諸の善男子此の事を聞き已つて亦疑を生ぜじ」等云云、文の意は寿量の法
門は滅後の為に之を請ずるなり、寿量品に云く「或は本心を失える或は失わざる者あり乃至心を失わざる者は此の良薬の色香倶に好きを見て即便之を服するに
病尽く除癒ぬ」等云云、久遠下種・大通結縁乃至前四味迹門等の一切の菩薩・二乗・人天等の本門に於て得道する是なり、経に云く「余の心を失える者は其の父の来れるを見て亦歓喜し問訊して病を治
せんことを求むと雖も然も其の薬を与うるに而も肯えて服せず、所以は何ん毒気深く入つて本心を失えるが故に此の好き色香ある薬に於て美からずと謂えり乃至我今当に方便を設け此の薬を服せしむ
べし、乃至是の好き良薬を今留めて此に在く汝取つて服す可し差じと憂うること勿れ、是の教を作し已つて復た他国に至つて使を遣わして還つて告ぐ」等云云、分別功徳品に云く「悪世末法の時」等云云。
問うて曰く此の経文の遣使還告は如何、答えて曰く四依なり四依に四類有り、小乗の四依は多分は正法の前の五百年に出現す、大乗の四依は多分は正法の後の五百年に出現す、三に迹門の四依は
多分は像法一千年・少分は末法の初なり、四に本門の四依は地涌千界末法の始に必ず出現す可し今の遣使還告は地涌なり是好良薬とは寿量品の肝要たる名体宗用教の南無妙法蓮華経是なり、此
の良薬をば仏猶迹化に授与し給わず何に況や他方をや。
神力品に云く「爾の時に千世界微塵等の菩薩摩訶薩の地より涌出せる者皆仏前に於て一心に合掌し尊顔を瞻仰して仏に白して言さく世尊・我等仏の滅後・世尊分身の所在の国土・滅度の処に於て当
に広く此の経を説くべし」等云云、天台の云く「但下方の発誓のみを見たり」等云云、道暹云く「付属とは此の経をば唯下方涌出の菩薩に付す何が故に爾る法是れ久成の法なるに由るが故に久成の人
に付す」等云云、夫れ文殊師利菩薩は東方金色世界の不動仏の弟子・観音は西方無量寿仏の弟子・薬王菩薩は日月浄明徳仏の弟子・普賢菩薩は宝威仏の弟子なり一往釈尊の行化を扶けん為に娑
婆世界に来入す又爾前迹門の菩薩なり本法所持の人に非れば末法の弘法に足らざる者か、経に云く「爾の時に世尊乃至一切の衆の前に大神力を現じ給う広長舌を出して上梵世に至らしめ乃至十方
世界衆の宝樹の下師子の座の上の諸仏も亦復是くの如く広長舌を出し給う」等云云、夫れ顕密二道・一切の

372 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 05:37:55.05 ID:zxMAVI+p
大小乗経の中に釈迦諸仏並び坐し舌相梵天に至る文之無し、阿弥陀経の広長舌相三千を覆うは有名無実なり、般若経の舌相三千光を放つて般若を説き
しも全く証明に非ず、此は皆兼帯の故に久遠を覆相する故なり、是くの如く十神力を現じて地涌の菩薩に妙法の五字を嘱累して云く、経に曰く「爾の時に仏上
行等の菩薩大衆に告げ給わく諸仏の神力は是くの如く無量無辺不可思議なり若し我れ是の神力を以て無量無辺百千万億阿僧祇劫に於て嘱累の為の故に此
の経の功徳を説くとも猶尽すこと能わじ要を以て之を言わば如来の一切の所有の法・如来の一切の自在の神力・如来の一切の秘要の蔵・如来の一切の甚深
の事皆此の経に於て宣示顕説す」等云云、天台云く「爾時仏告上行より下は第三結要付属なり」云云、伝教云く「又神力品に云く以要言之・如来一切所有之法・
乃至宣示顕説已上経文明かに知んぬ果分の一切の所有の法・果分の一切の自在の神力・果分の一切の秘要の蔵・果分の一切の甚深の事皆法華に於て宣示
顕説するなり」等云云、此の十神力は妙法蓮華経の五字を以て上行・安立行・浄行・無辺行等の四大菩薩に授与し給うなり前の五神力は在世の為後の五神
力は滅後の為なり、爾りと雖も再往之を論ずれば一向に滅後の為なり、故に次下の文に云く「仏滅度の後に能く此の経を持たんを以ての故に諸仏皆歓喜して無量の神力を現じ給う」等云云。
次下の嘱累品に云く「爾の時に釈迦牟尼仏・法座より起つて大神力を現じ給う右の手を以て無量の菩薩摩訶薩の頂を摩で乃至今以て汝等に付属す」等云云、地
涌の菩薩を以て頭と為して迹化他方乃至・梵釈・四天等に此の経を嘱累し給う・十方より来る諸の分身の仏各本土に還り給う乃至多宝仏の塔還つて故の如くし給
う可し等云云、薬王品已下乃至涅槃経等は地涌の菩薩去り了つて迹化の衆他方の菩薩等の為に重ねて之を付属し給う〓拾遺嘱是なり。
疑つて云く正像二千年の間に地涌千界閻浮提に出現して此の経を流通するや、答えて曰く爾らず、驚いて云く
法華経並びに本門は仏の滅後を以て本と為して先ず地涌に之を授与す何ぞ正像に出現して此の経を弘通せざるや、答えて云く宣べず、重ねて問うて云く如何、答う
之を宣べず、又重ねて問う如何、答えて曰く之を宣ぶれば一切世間の諸人・威音王仏の末法の如く又我が弟子の中にも粗之を説かば皆誹謗を為す可し黙止せんの
み、求めて云く説かずんば汝慳貪に堕せん、答えて曰く進退惟れ谷れり試みに粗之を説かん、法師品に云く「況んや滅度の後をや」寿量品に云く「今留めて此に在く」分別
功徳品に云く「悪世末法の時」薬王品に云く「後の五百歳閻浮提に於て広宣流布せん」涅槃経に云く「譬えば七子あり父母平等ならざるに非ざれども然れども病者に於て心
則ち偏に重きが如し」等云云、已前の明鏡を以て仏意を推知するに仏の出世は霊山八年の諸人の為に非ず正像末の人の為なり、又正像二千年の人の為に非ず末法の始め予が
如き者の為なり、然れども病者に於いてと云うは滅後法華経誹謗の者を指すなり、「今留在此」とは「於此好色香薬而謂不美」の者を指すなり。
地涌千界正像に出でざることは正法一千年の間は小乗権大乗なり機時共に之れ無く四依の大士小権を以て縁と為して在世の下種之を脱せしむ謗多くして熟益を破る
可き故に之を説かず例せば在世の前四味の機根の如し、像法の中末に観音・薬王・南岳・天台等と示現し出現して迹門を以て面と為し本門を以て裏と為して百界千如・
一念三千其の義を尽せり、但理具を論じて事行の南無妙法蓮華経の五字並びに本門の本尊未だ広く之を行ぜず所詮円機有つて円時無き故なり。
今末法の初小を以て大を打ち権を以て実を破し東西共に之を失し天地顛倒せり迹化の四依は隠れて現前せず諸天其の国を棄て之を守護せず、此の時地涌の菩薩始め
て世に出現し但妙法蓮華経の五字を以て幼稚に服せしむ「因謗堕悪必因得益」とは是なり、我が弟子之を惟え地涌千界は教主釈尊の初発心の弟子なり寂滅道場に来ら
ず雙林最後にも訪わず不孝の失之れ有り迹門の十四品にも来らず本門の六品には座を立つ但八品の間に来還せり、

373 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 06:27:38.66 ID:lZmztlyI
>>365
ちょうど日曜日に一宮店の前を通って気になったところだわ
何がおすすめ?

374 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 07:21:55.94 ID:vp0KN41e
うどん市場

375 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 08:23:13.14 ID:K4FU5jBa
節分にはうどんじゃなくて蕎麦食べるって東北出身のアナウンサーが言ってた。
季節の変わり目ってこといで大晦日扱いなんだってさ

376 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 18:23:20.99 ID:Vxy7z2BG
クソブロガー共がよしやマンセーマンセー言ってるんだが
よしやってそこまで旨いか?

377 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 18:30:26.20 ID:3lT2L5vz
よしやは悪いと思わないけど絶賛する味ではないな
俺の中では朝に行くのに便利な店

378 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 19:02:46.31 ID:2zu08mAS
琴平の宮武の全盛期を知ってるワシには物足りん。

379 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 19:33:14.33 ID:Vxy7z2BG
>>377
だよね。
>>378
食ったことない。

380 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 22:03:16.68 ID:zxMAVI+p
是くの如き高貴の大菩薩・三仏に約束して之を受持す末法の初に出で給わざる可きか、当に知るべし此の四菩薩折伏を現ずる時は賢
王と成つて愚王を誡責し摂受を行ずる時は僧と成つて正法を弘持す。問うて曰く仏の記文は云何答えて曰く「後の五百歳閻浮提に於
て広宣流布せん」と、天台大師記して云く「後の五百歳遠く妙道に沾おわん」妙楽記して云く「末法の初冥利無きにあらず」伝教大
師云く「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り」等云云、末法太有近の釈は我が時は正時に非ずと云う意なり、伝教大師日本にして
末法の始を記して云く「代を語れば像の終り末の初・地を尋れば唐の東・羯の西・人を原れば則ち五濁の生・闘諍の時なり経に云く
猶多怨嫉・況滅度後と此の言良とに以有るなり」此の釈に闘諍の時と云云、今の自界叛逆・西海侵逼の二難を指すなり、此の時地
涌千界出現して本門の釈尊を脇士と為す一閻浮提第一の本尊此の国に立つ可し月支震旦に未だ此の本尊有さず、日本国の上宮・四天
王寺を建立して未だ時来らざれば阿弥陀・他方を以て本尊と為す、聖武天皇・東大寺を建立す、華厳経の教主なり、未だ法華経の実
義を顕さず、伝教大師粗法華経の実義を顕示す然りと雖も時未だ来らざるの故に東方の鵝王を建立して本門の四菩薩を顕わさず、所
詮地涌千界の為に此れを譲り与え給う故なり、此の菩薩仏勅を蒙りて近く大地の下に在り正像に未だ出現せず末法にも又出で来り給
わずば大妄語の大士なり、三仏の未来記も亦泡沫に同じ。此れを以て之を惟うに正像に無き大地震・大彗星等出来す、此等は金翅鳥・
修羅・竜神等の動変に非ず偏に四大菩薩を出現せしむ可き先兆なるか、天台云く「雨の猛きを見て竜の大なるを知り花の盛なるを見て
池の深きことを知る」等云云、妙楽云く「智人は起を知り蛇は自ら蛇を識る」等云云、天晴れぬれば地明かなり法華を識る者は世法を
得可きか。一念三千を識らざる者には仏・大慈悲を起し五字の内に此の珠を裹み末代幼稚の頚に懸けさしめ給う、四大菩薩の此の人
を守護し給わんこと太公周公の文王を摂扶し四皓が恵帝に侍奉せしに異ならざる者なり。文永十年太歳癸酉卯月二十五日 日蓮之を註す
観心本尊抄送状観心本尊抄送状帷一つ・墨三長・筆五官給び候い了んぬ、観心の法門少少之を注して大田殿・教信御房等に奉る、此の
事日蓮身に当るの大事なり之を秘す、無二の志を見ば之を開〓せらる可きか、此の書は難多く答少し未聞の事なれば人耳目を驚動す可
きか、設い他見に及ぶとも三人四人坐を並べて之を読むこと勿れ、仏滅後二千二百二十余年未だ此の書の心有らず、国難を顧みず五五
百歳を期して之を演説す乞い願くば一見を歴来るの輩は師弟共に霊山浄土に詣でて三仏の顔貌を拝見したてまつらん、恐恐謹言。
文永十年太歳癸酉卯月廿六日日 蓮 花 押 富木殿御返事/建治元年 五十四歳御作 釈子 日蓮 述ぶ夫れ仏法を学せん法は必ず先づ時をな
らうべし、過去の大通智勝仏は出世し給いて十小劫が間一経も説き給はず経に云く一坐十小劫又云く「仏時の未だ至らざるを知り請を受
けて黙然として坐す」等云云、今の教主釈尊は四十余年の程法華経を説き給はず経に云く「説く時未だ至らざるが故」と云云、老子は
母の胎に処して八十年、弥勒菩薩は兜率の内院に篭らせ給いて五十六億七千万歳をまち給うべし、彼の時鳥は春ををくり鶏鳥は暁をま
つ畜生すらなをかくのごとし何に況や仏法を修行せんに時を糾ざるべしや、寂滅道場の砌には十方の諸仏示現し一切の大菩薩集会し給い
梵帝・四天は衣をひるがへし竜神・八部は掌を合せ凡夫・大根性の者は耳をそばだて生身得忍の諸菩薩・解脱月等請をなし給いしかども
世尊は二乗作仏・久遠実成をば名字をかくし即身成仏・一念三千の肝心、其義を宣べ給はず、此等は偏にこれ機は有りしかども時の来ら
ざればのべさせ給はず経に云く「説く時未だ至らざるが故」等云云、霊山会上の砌には閻浮第一の不孝の人たりし阿闍世大王座につらな
り、一代謗法の提婆達多には天王如来と名をさづけ五障の竜女は蛇身をあらためずして仏になる、決定性の成仏は〓種の花さき果なり久
遠実成は百歳の臾・二十五の子となれるかとうたがふ、一念三千は九界即仏界・仏界即九界と談ず、されば此の経の一字は如意宝珠なり
一句は諸仏の種子となる此等は機の熟不熟はさてをきぬ時の至れるゆへなり、経に云く「今正しく是れ其の時なり決定して大乗を説かん」
等云云。問うて云く機にあらざるに大法を授けられば愚人は定めて誹謗をなして悪道に堕るならば豈説く者の罪にあら

381 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 22:03:51.33 ID:zxMAVI+p
ずや、答えて云く人路をつくる路に迷う者あり作る者の罪となるべしや良医・薬を病人にあたう病人嫌いて服せずして死せば良医の
失となるか、尋ねて云く法華経の第二に云く「無智の人の中に此の経を説くこと莫れ」同第四に云く「分布して妄りに人に授与すべか
らず」同第五に云く「此の法華経は諸仏如来の秘密の蔵なり、諸経の中に於て最も其の上に在り長夜に守護して妄りに宣説せざれ」等云
云、此等の経文は機にあらずば説かざれというか、今反詰して云く不軽品に云く「而も是の言を作さく我深く汝等を敬う等云云四衆の
中に瞋恚を生じ心不浄なる者有り、悪口罵詈して言く是の無智の比丘○又云く衆人或は杖木瓦石を以て之を打擲す」等云云、勧持品に
云く「諸の無智の人の悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者有らん」等云云、此等の経文は悪口・罵詈・乃至打擲すれどもととかれて候は説
く人の失となりけるか、求めて云く此の両説は水火なりいかんが心うべき答えて云く天台云く「時に適うのみ」章安云く「取捨宜きを得
て一向にすべからず」等云云、釈の心は或る時は謗じぬべきにはしばらくとかず或る時は謗ずとも強て説くべし或る時は一機は信ずべく
とも万機謗べくばとくべからず或る時は万機一同に謗ずとも強て説くべし、初成道の時は法慧・功徳林・金剛幢・金剛蔵・文殊・普賢・
弥勒・解脱月等の大菩薩、梵帝・四天等の凡夫・大根性の者かずをしらず、鹿野苑の苑には倶鄰等の五人・迦葉等の二百五十人・舎利弗
等の二百五十人・八万の諸天、方等大会の儀式には世尊の慈父の浄飯大王ねんごろに恋せさせ給いしかば仏・宮に入らせ給いて観仏三昧
経をとかせ給い、悲母の御ために〓利天に九十日が間篭らせ給いしには摩耶経をとかせ給う、慈父・悲母なんどにはいかなる秘法か惜ま
せ給うべきなれども法華経をば説かせ給はずせんずるところ機にはよらず時いたらざれば・いかにもとかせ給はぬにや。問うて云くいか
なる時にか小乗・権経をときいかなる時にか法華経を説くべきや、答えて云く十信の菩薩より等覚の大士にいたるまで時と機とをば相知り
がたき事なり何に況や我等は凡夫なりいかでか時機をしるべき、求めて云くすこしも知る事あるべからざるか、答えて云く仏眼をか
つて時機をかんがへよ仏日を用て国土をてらせ、問うて云く其の心如何、答えて云く大集経に大覚世尊・月蔵菩薩に対して未来の時を定め
給えり所謂我が滅度の後の五百歳の中には解脱堅固・次の五百年には禅定堅固已上一千年次の五百年には読誦多聞堅固・次の五百年には多
造塔寺堅固已上二千年次の五百年には我法の中に於て闘諍言訟して白法隠没せん等云云、此の五の五百歳・二千五百余年に人人の料簡さま
ざまなり、漢土の道綽禅師が云く正像二千・四箇の五百歳には小乗と大乗との白法盛なるべし末法に入つては彼等の白法皆消滅して浄土の
法門・念仏の白法を修行せん人計り生死をはなるべし、日本国の法然が料簡して云く今日本国に流布する法華経・華厳経並びに大日経・諸
の小乗経・天台・真言・律等の諸宗は大集経の記文の正像二千年の白法なり末法に入つては彼等の白法は皆滅尽すべし設い行ずる人ありと
も一人も生死をはなるべからず、十住毘婆沙論と曇鸞法師の難行道・道綽の未有一人得者・善導の千中無一これなり、彼等の白法隠没の次
には浄土三部経・弥陀称名の一行ばかり大白法として出現すべし、此を行ぜん人人はいかなる悪人・愚人なりとも十即十生・百即百生・唯
浄土の一門のみ有つて路に通入すべしとはこれなり、されば後世を願はん人人は叡山・東寺・園城・七大寺等の日本一州の諸寺・諸山の御
帰依をとどめて彼の寺山によせをける田畠郡郷をうばいとつて念仏堂につけば決定往生・南無阿弥陀仏とすすめければ我が朝一同に其の義
になりて今に五十余年なり、日蓮此等の悪義を難じやぶる事はことふり候いぬ、彼の大集経の白法隠没の時は第五の五百歳当世なる事は疑
ひなし、但し彼の白法隠没の次には法華経の肝心たる南無妙法蓮華経の大白法の一閻浮提の内・八万の国あり其の国国に八万の王あり王王
ごとに臣下並びに万民までも今日本国に弥陀称名を四衆の口口に唱うるがごとく広宣流布せさせ給うべきなり。問うて云く其の証文如何、答
えて云く法華経の第七に云く「我が滅度の後後の五百歳の中に広宣流布して

382 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 22:05:00.82 ID:zxMAVI+p
閻浮提に於て断絶せしむること無けん」等云云、経文は大集経の白法隠没の次の時をとかせ給うに広宣流布と云云、同第六の巻に云く
「悪世末法の時能く是の経を持つ者」等云云又第五の巻に云く「後の末世の法滅せんとする時」等・又第四の巻に云く「而も此経は如
来現在にすら猶怨嫉多し況や滅度の後をや」又第五の巻に云く「一切世間怨多くして信じ難し」又第七の巻に第五の五百歳闘諍堅固の時
を説いて云く「悪魔魔民諸の天竜・夜叉・鳩槃荼等其の便を得ん」大集経に云く「我が法の中に於て闘諍言訟せん」等云云、法華経の第
五に云く「悪世の中の比丘」又云く「或は阿蘭若に有り」等云云又云く「悪鬼其身に入る」等云云、文の心は第五の五百歳の時・悪鬼の
身に入る大僧等・国中に充満せん其時に智人一人出現せん彼の悪鬼の入る大僧等・時の王臣・万民等を語て悪口罵詈・杖木瓦礫・流罪死
罪に行はん時釈迦・多宝・十方の諸仏・地涌の大菩薩らに仰せつけ大菩薩は梵帝・日月・四天等に申しくだされ其の時天変・地夭・盛な
るべし、国主等・其のいさめを用いずば鄰国にをほせつけて彼彼の国国の悪王・悪比丘等をせめらるるならば前代未聞の大闘諍・一閻
浮提に起るべし其の時・日月所照の四天下の一切衆生、或は国ををしみ或は身ををしむゆへに一切の仏菩薩にいのりをかくともしるしな
くば彼のにくみつる一の小僧を信じて無量の大僧等八万の大王等、一切の万民・皆頭を地につけ掌を合せて一同に南無妙法蓮華経ととなう
べし、例せば神力品の十神力の時・十方世界の一切衆生一人もなく娑婆世界に向つて大音声をはなちて南無釈迦牟尼仏南無釈迦牟尼仏・南
無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経と一同にさけびしがごとし。問うて曰く経文は分明に候・天台・妙楽・伝教等の未来記の言はありや、答え
て曰く汝が不審逆なり釈を引かん時こそ経論はいかにとは不審せられたれ経文に分明ならば釈を尋ぬべからず、さて釈の文が経に相違せば経
をすてて釈につくべきか如何、彼云く道理至極せり、しかれども凡夫の習経は遠し釈は近し近き釈分明ならばいますこし信心をますべし、
今云く汝が不審ねんごろなれば少少釈をいだすべし天台大師云く「後の五百歳遠く妙道に沾わん」妙楽大師云く「末法の初め冥利無きに
あらず」伝教大師云く「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り法華一乗の機今正しく是れ其の時なり、何を以て知ることを得る、安楽行品
に云く末世法滅の時なり」又云く「代を語れば則ち像の終り末の初め地を尋ぬれば唐の東・羯の西・人を原ぬれば五濁の生・闘諍の時なり、
経に云く猶多怨嫉況滅度後と此の言良に以有るなり」云云、夫れ釈尊の出世は住劫第九の減・人寿百歳の時なり百歳と十歳との中間・在世五
十年・滅後二千年と一万年となり、其の中間に法華経の流布の時・二度あるべし所謂在世の八年・滅後には末法の始の五百年なり、而に天
台・妙楽・伝教等は進んでは在世法華経の時にも・もれさせ給いぬ、退いては滅後・末法の時にも生れさせ給はず中間なる事をなげかせ給
いて末法の始をこひさせ給う御筆なり、例せば阿私陀仙人が悉達太子の生れさせ給いしを見て悲んで云く現生には九十にあまれり太子の成
道を見るべからず後生には無色界に生れて五十年の説法の坐にもつらなるべからず正像末にも生るべからずとなげきしがごとし、道心あら
ん人人は此を見ききて悦ばせ給え正像二千年の大王よりも後世ををもはん人人は末法の今の民にてこそあるべけれ此を信ぜざらんや、彼の
天台の座主よりも南無妙法蓮華経と唱うる癩人とはなるべし、梁の武帝の願に云く「寧ろ提婆達多となて無間地獄には沈むとも欝頭羅弗と
はならじ」と云云。問うて云く竜樹・天親等の論師の中に此の義ありや、答えて云く竜樹・天親等は内心には存ぜさせ給うといえども言には此
の義を宣べ給はず、求めて云くいかなる故にか宣給ざるや、答えて云く多くの故あり一には彼の時には機なし・二には時なし・三には迹化
なれば付嘱せられ給はず、求めて云く願くは此の事よくよくきかんとをもう、答えて云く夫仏の滅後二月十六日よりは正法の始なり迦葉尊
者仏の付嘱をうけて二十年、次に阿難尊者二十年・次に商那和修二十年・次に優婆崛多二十年・次に提多迦二十年、已上一百年が間は但小

383 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 22:05:36.08 ID:zxMAVI+p
乗経の法門をのみ弘通して諸大乗経は名字もなし何に況や法華経をひろむべしや、次には弥遮迦・仏陀難提・仏駄密多・脇比丘・富那奢等
の四五人、前の五百余年が間は大乗経の法門少少・出来せしかども・とりたてて弘通し給はず、但小乗経を面としてやみぬ、已上大集経の先五
百年解脱堅固の時なり、正法の後六百年・已後一千年が前・其の中間に馬鳴菩薩・毘羅尊者・竜樹菩薩・提婆菩薩・羅〓尊者・僧〓難提・僧伽
耶奢・鳩摩羅駄・闍夜那・盤陀・摩奴羅・鶴勒夜那・師子等の十余人の人人始には外道の家に入り次には小乗経をきわめ後には諸大乗経をもて
諸小乗経をさんざんに破し失ひ給いき此等の大士等は諸大乗経をもつて諸小乗経をば破せさせ給いしかども諸大乗経と法華経の勝劣をば分明に
かかせ給はず、設い勝劣をすこしかかせ給いたるやうなれども本迹の十妙・二乗作仏・久遠実成・已今当の妙・百界千如・一念三千の肝要の法
門は分明ならず、但或は指をもつて月をさすがごとくし或は文にあたりてひとはし計りかかせ給いて化導の始終・師弟の遠近・得道の有無は
すべて一分もみへず、此等は正法の後の五百年・大集経の禅定堅固の時にあたれり、正法一千年の後は月氏に仏法充満せしかども或は小をもて
大を破し或は権経をもつて実経を隠没し仏法さまざまに乱れしかば得道の人やふやくすくなく仏法につけて悪道に堕る者かずをしらず、正法一
千年の後・像法に入つて一十五年と申せしに仏法東に流れて漢土に入りにき、像法の前五百年の内・始の一百余年が間は漢土の道士と月氏の仏
法と諍論していまだ事さだまらず設い定まりたりしかども仏法を信ずる人の心いまだふかからず、而るに仏法の中に大小・権実・顕密をわかつ
ならば聖教一同ならざる故・疑をこりてかへりて外典とともなう者もありぬべし、これらのをそれ・あるかのゆへに摩騰・竺蘭は自は知つて而
も大小を分けず権実をいはずしてやみぬ、其の後・魏・晋・斉・宋・梁の五代が間・仏法の内に大小・権実・顕密をあらそひし程にいづれこそ道
理ともきこえずして上み一人より下も万民にいたるまで不審すくなからず南三・北七と申して仏法十流にわかれぬ所謂南には三時・四時・五時・
北には五時・半満・四宗・五宗・六宗、二宗の大乗・一音等・各各義を立て辺執水火なり、しかれども大綱は一同なり所謂一代聖教の中には華厳
経第一・涅槃経第二・法華経第三なり法華経は阿含・般若・浄名・思益等の経経に対すれば真実なり了義経・正見なりしかりといへども涅槃経
に対すれば無常教・不了義経・邪見の経等云云、漢より四百余年の末へ五百年に入つて陳隋二代に智〓と申す小僧一人あり後には天台智者大師
と号したてまつる、南北の邪義をやぶりて一代聖教の中には法華経第一・涅槃経第二・華厳経第三なり等云云、此れ像法の前・五百歳・大集経
の読誦多聞堅固の時にあひあたれり、像法の後五百歳は唐の始・太宗皇帝の御宇に玄奘三蔵・月支に入つて十九年が間、百三十箇国の寺塔を見聞して
多くの論師に値いたてまつりて八万聖教・十二部経の淵底を習いきわめしに其の中に二宗あり所謂法相宗・三論宗なり、此の二宗の中に法相大乗は
くは弥勒・無著近くは戒賢論師に伝えて漢土にかへりて太宗皇帝にさづけさせ給う、此の宗の心は仏教は機に随うべし一乗の機のためには三乗方便
・一乗真実なり所謂法華経等なり、三乗の機のためには三乗真実・一乗方便・所謂深密経・勝鬘経等此れなり、天台智者等は此の旨を弁えず等云云
、而も太宗は賢王なり当時名を一天にひびかすのみならず三皇にもこえ五帝にも勝れたるよし四海にひびき漢土を手ににぎるのみならず高昌・高
麗等の一千八百余国をなびかし内外を極めたる王ときこへし賢王の第一の御帰依の僧なり、天台宗の学者の中にも頭をさしいだす人一人もなし、而
れば法華経の実義すでに一国に隠没しぬ、同じき太宗の太子高宗・高宗の継母則天皇后の御宇に法蔵法師といふ者あり法相宗に天台宗のをそわるる
ところを見て前に天台の御時せめられし華厳経を取出して一代の中には華厳第一・法華第二・涅槃第三と立てけり、太宗第四代・玄宗皇帝の御宇・
開元四年・同八年に西天印度より善無畏三蔵・金剛智三蔵・不空三蔵・大日経・金剛頂経・蘇悉地経を持て渡り真言宗を立つ、此の宗の立義に云く
教に二種あり一には釈迦の顕教・所謂華厳・法華等、二には大日の密教・所謂大日経等なり、法華経は顕教の第一なり此の経は大日の密教に対すれ
ば極理は少し同じけれども事相の印契と真言とはたえてみへず三密相応せざれば不了義経等云云、已上法相・華厳・真言の三宗一同に天台法華宗を
やぶれども天台大師程の智人・法華宗の中に

384 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 22:07:00.86 ID:zxMAVI+p
なかりけるかの間内内はゆはれなき由は存じけれども天台のごとく公場にして論ぜられざりければ上国王大臣・下一切の人民にいたるまで皆仏法に迷いて衆生の得道みなとどまりけり、此等は像法の後の五百年
の前二百余年が内なり、像法に入つて四百余年と申しけるに百済国より一切経並びに教主釈尊の木像・僧尼等・日本国にわたる、漢土の梁の末・陳の始にあひあたる、日本には神武天王よりは第三十代・欽明天
王の御宇なり、欽明の御子・用明の太子に上宮王子・仏法を弘通し給うのみならず並びに法華経・浄名経・勝鬘経を鎮護国家の法と定めさせ給いぬ、其の後・人王第三十七代に孝徳天王の御宇に三論宗・成実宗
を観勒僧正・百済国よりわたす、同御代に道昭法師・漢土より法相宗・倶舎宗をわたす、人王第四十四代・元正天王の御宇に天竺より大日経をわたして有りしかども而も弘通せずして漢土へかへる此の僧をば善無
畏三蔵という、人王第四十五代に聖武天皇の御宇に審祥大徳・新羅国より華厳宗をわたして良弁僧正・聖武天王にさづけたてまつりて東大寺の大仏を立てさせ給えり同御代に大唐の鑒真和尚・天台宗と律宗をわ
たす、其の中に律宗をば弘通し小乗の戒場を東大寺に建立せしかども法華宗の事をば名字をも申し出させ給はずして入滅し了んぬ、其後・人王第五十代・像法八百年に相当つて桓武天王の御宇に最澄と申す小
僧出来せり後には伝教大師と号したてまつる、始には三論・法相・華厳・倶舎・成実・律の六宗並びに禅宗等を行表僧正等に習学せさせ給いし程に我と立て給える国昌寺・後には比叡山と号す、此にして六宗の本
経・本論と宗宗の人師の釈とを引き合せて御らむありしかば彼の宗宗の人師の釈・所依の経論に相違せる事多き上僻見多多にして信受せん人皆悪道に堕ちぬべしとかんがへさせ給う其の上法華経の実義は宗宗
の人人・我も得たり我も得たりと自讃ありしかども其の義なし、此れを申すならば喧嘩出来すべしもだして申さずば仏誓にそむきなんとをもひわづらはせ給いしかども終に仏の誡ををそれて桓武皇帝に奏し給いしか
ば帝・此の事ををどろかせ給いて六宗の碩学に召し合させ給う、彼の学者等・始めは慢幢・山のごとし悪心・毒蛇のやうなりしかども終に王の前にしてせめをと
六宗・七寺・一同に御弟子となりぬ、例せば漢土の南北の諸師・陳殿にして天台大師にせめおとされて御弟子となりしがごとし、此れはこれ円定・円慧計りなり其の上天台大師のいまだせめ給はざりし小乗の別受戒
をせめをとし六宗の八大徳に梵網経の大乗別受戒をさづけ給うのみならず法華経の円頓の別受戒を叡山に建立せしかば延暦円頓の別受戒は日本第一たるのみならず仏の滅後一千八百余年が間身毒尸那一閻
浮提にいまだなかりし霊山の大戒日本国に始まる、されば伝教大師は其の功を論ずれば竜樹天親にもこえ天台・妙楽にも勝れてをはします聖人なり、されば日本国の当世の東寺・園城・七大寺・諸国の八宗・浄土
・禅宗・律宗等の諸僧等誰人か伝教大師の円戒をそむくべき、かの漢土九国の諸僧等は円定・円慧は天台の弟子ににたれども円頓一同の戒場は漢土になければ戒にをいては弟子とならぬ者もありけん、この日
本国は伝教大師の御弟子にあらざる者は外道なり悪人なり、而れども漢土日本の天台宗と真言の勝劣は大師心中には存知せさせ給いけれども六宗と天台宗とのごとく公場にして勝負なかりけるゆへにや、伝教
大師已後には東寺・七寺・園城の諸寺日本一州一同に真言宗は天台宗に勝れたりと上一人より下万人にいたるまでをぼしめしをもえり、しかれば天台法華宗は伝教大師の御時計りにぞありける此の伝教の御時
は像法の末大集経の多造塔寺堅固の時なり、いまだ於我法中・闘諍言訟・白法隠没の時にはあたらず。今末法に入つて二百余歳・大集経の於我法中・闘諍言訟・白法隠没の時にあたれり仏語まことならば定ん
で一閻浮提に闘諍起るべき時節なり、伝え聞く漢土は三百六十箇国・二百六十余州はすでに蒙古国に打ちやぶられぬ華洛すでにやぶられて徽宗・欽宗の両帝・北蕃にいけどりにせられて韃靼にして終にかくれさ
せ給いぬ、徽宗の孫高宗皇帝は長安をせめをとされて田舎の臨安行在府に落ちさせ給いて今に数年が間京を見ず、高麗六百余国も新羅百済等の諸国等も皆大蒙古国の皇帝にせめられぬ、今の日本国の壱岐・
対馬並びに九国のごとし闘諍堅固の仏語
されて

385 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 22:55:36.68 ID:U29NDSV8
宮武知らん人も増えたんだろうなぁ

386 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/04(火) 23:42:43.01 ID:vp0KN41e
うどん市場

387 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 05:33:01.43 ID:MLAdBHyl
地に堕ちず、あたかもこれ大海のしをの時をたがへざるがごとし、是をもつて案ずるに大集経の白法隠没の時に次いで法華経の大白法の日本国並び
に一閻浮提に広宣流布せん事も疑うべからざるか、彼の大集経は仏説の中の権大乗ぞかし、生死をはなるる道には法華経の結縁なき者のためには
未顕真実なれども六道・四生・三世の事を記し給いけるは寸分もたがはざりけるにや、何に況や法華経は釈尊・要当説真実となのらせ給い多宝仏は
真実なりと御判をそへ十方の諸仏は広長舌を梵天につけて誠諦と指し示し、釈尊は重ねて無虚妄の舌を色究竟に付けさせ給いて後五百歳に一切の
仏法の滅せん時上行菩薩に妙法蓮華経の五字をもたしめて謗法一闡提の白癩病の輩の良薬とせんと梵帝・日月・四天・竜神等に仰せつけられし金
言虚妄なるべしや、大地は反覆すとも高山は頽落すとも春の後に夏は来らずとも日は東へかへるとも月は地に落つるとも此の事は一定なるべし、此
の事一定ならば闘諍堅固の時・日本国の王臣と並びに万民等が仏の御使として南無妙法蓮華経を流布せんとするを或は罵詈し或は悪口し或は流
罪し或は打擲し弟子眷属等を種種の難にあわする人人いかでか安穏にては候べき、これをば愚癡の者は咒詛すとをもひぬべし、法華経をひろむる
者は日本国の一切衆生の父母なり章安大師云く「彼が為に悪を除くは即ち是れ彼が親なり」等云云、されば日蓮は当帝の父母・念仏者・禅衆・真言
師等が師範なり又主君なり、而るを上一人より下万民にいたるまであだをなすをば日月いかでか彼等が頂を照し給うべき地神いかでか彼等の足を戴
き給うべき、提婆達多は仏を打ちたてまつりしかば大地揺動して火炎いでにき、檀弥羅王は師子尊者の頚を切りしかば右の手刀とともに落ちぬ、徽
宗皇帝は法道が面にかなやきをやきて江南にながせしかば半年が内にゑびすの手にかかり給いき、蒙古のせめも又かくのごとくなるべし、設い五天
のつわものをあつめて鉄囲山を城とせりともかなふべからず必ず日本国の一切衆生・兵難に値うべし、されば日蓮が法華経の行者にてあるなきかは
これにても見るべし、教主釈尊記して云く末代悪世に法華経を弘通するものを悪口罵詈等せん人は我を一劫が間
あだせん者の罪にも百千万億倍すぎたるべしと・とかせ給へり、而るを今の日本国の国主・万民等・雅意にまかせて父母・宿世の敵よりもいたくにくみ
謀反・殺害の者よりも・つよくせめぬるは現身にも大地われて入り天雷も身をさかざるは不審なり、日蓮が法華経の行者にてあらざるか・もししからば
ををきになげかし、今生には万人にせめられて片時もやすからず後生には悪道に堕ん事あさましとも申すばかりなし、又日蓮法華経の行者ならずば
いかなる者の一乗の持者にてはあるべきぞ、法然が法華経をなげすてよ善導が千中無一・道綽が未有一人得者と申すが法華経の行者にて候か、
又弘法大師の云く法華経を行ずるは戯論なりとかかれたるが法華経の行者なるべきか、経文には能持是経能説此経なんどこそとかれて候へよくとく
と申すはいかなるぞと申すに於諸経中最在其上と申して大日経・華厳経・涅槃経・般若経等に法華経はすぐれて候なりと申す者をこそ経文には法華経
の行者とはとかれて候へ、もし経文のごとくならば日本国に仏法わたて七百余年、伝教大師と日蓮とが外は一人も法華経の行者はなきぞかし、いか
にいかにとをもうところに頭破作七分・口則閉塞のなかりけるは道理にて候いけるなり、此等は浅き罰なり但一人二人等のことなり、日蓮は閻浮第一
の法華経の行者なり此れをそしり此れをあだむ人を結構せん人は閻浮第一の大難にあうべし、これは日本国をふりゆるがす正嘉の大地震一天を罰
する文永の大彗星等なり、此等をみよ仏滅後の後仏法を行ずる者にあだをなすといへども今のごとくの大難は一度もなきなり、南無妙法蓮華経と一
切衆生にすすめたる人一人もなし、此の徳はたれか一天に眼を合せ四海に肩をならぶべきや。
疑つて云く設い正法の時は仏の在世に対すれば根機劣なりとも像末に対すれば最上の上機なり、いかでか正法の始に法華経をば用いざるべき随つ
て馬鳴・竜樹・提婆・無著等も正法一千年の内にこそ出現せさせ給へ、天親菩薩は千部の論師・法華論を造りて諸経の中第一の義を存す真諦三蔵の
相伝に云く月支に法華経を弘通せる家・五十余家・天親は其の一也と已上正法なり、像法に入つては天台大師・像法の半に漢土に出現して玄と文と止との

388 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 05:34:40.09 ID:MLAdBHyl
三十巻を造りて法華経の淵底を極めたり、像法の末に伝教大師・日本に出現して天台大師の円慧・円定の二法を我が朝に弘通せしむるのみならず円頓の
大戒場を叡山に建立して日本一州皆同じく円戒の地になして上一人より下万民まで延暦寺を師範と仰がせ給う豈に像法の時法華経の広宣流布にあらず
や、答えて云く如来の教法は必ず機に随うという事は世間の学者の存知なり、しかれども仏教はしからず上根上智の人のために必ず大法を説くならば初
成道の時なんぞ法華経をとき給はざる正法の先五百年に大乗経を弘通すべし、有縁の人に大法を説かせ給うならば浄飯大王・摩耶夫人に観仏三昧経・摩
耶経をとくべからず、無縁の悪人謗法の者に秘法をあたえずば覚徳比丘は無量の破戒の者に涅槃経をさづくべからず、不軽菩薩は誹謗の四衆に向つ
ていかに法華経をば弘通せさせ給いしぞ、されば機に随つて法を説くと申すは大なる僻見なり。
問うて云く竜樹・世親等は法華経の実義をば宣べ給わずや、答えて云く宣べ給はず、問うて云く何なる教をか宣べ給いし、答えて云く華厳・方等・般若・大日経
等の権大乗・顕密の諸経をのべさせ給いて法華経の法門をば宣べさせ給はず、問うて云く何をもつてこれをしるや答えて云く竜樹菩薩の所造の論三十万偈・
而れども尽して漢土・日本にわたらざれば其の心しりがたしといえども漢土にわたれる十住毘婆娑論・中論・大論等をもつて天竺の論をも比知して此れを知るなり。
疑つて云く天竺に残る論の中にわたれる論よりも勝れたる論やあるらん、答えて云く竜樹菩薩の事は私に申すべからず仏記し給う我が滅後に竜樹菩薩と申
す人・南天竺に出ずべし彼の人の所詮は中論という論に有るべしと仏記し給う、随つて竜樹菩薩の流・天竺に七十家あり七十人ともに大論師なり、彼の七十
家の人人は皆中論を本とす中論四巻・二十七品の肝心は因縁所生法の四句の偈なり、此の四句の偈は華厳・般若等の四教・三諦の法門なりいまだ法華開会の三諦をば宣べ給はず。
疑つて云く汝がごとくに料簡せる人ありや、答えて云く天台云く「中論を以て相比すること莫れ」又云く「天親竜樹内鑒冷然にして外は時の宜きに適う」等云云、
妙楽云く「破会を論ぜば未だ法華に若かざる故に」云云、従義の云く「竜樹天親未だ天台に若かず」云云、問うて云く唐の末に不空三蔵一巻の論をわたす其の
名を菩提心論となづく竜猛菩薩の造なり云云、弘法大師云く「此の論は竜猛千部の中の第一肝心の論」と云云、答えて云く此の論一部七丁あり竜猛の言ならぬ事処処
に多し故に目録にも或は竜猛或は不空と両方にいまだ事定まらず、其の上・此の論文は一代を括れる論にもあらず荒量なる事此れ多し、先ず唯真言法中の肝心の文
あやまりなり其の故は文証現証ある法華経の即身成仏をばなきになして文証も現証もあとかたもなき真言経に即身成仏を立て候又唯という唯の一字は第一のあ
やまりなり、事のていを見るに不空三蔵の私につくりて候を時の人にをもくせさせんがために事を竜猛によせたるか其の上不空三蔵は誤る事かずをほし所謂法華経
の観智の儀軌に寿量品を阿弥陀仏とかける眼の前の大僻見・陀羅尼品を神力品の次にをける属累品を経末に下せる此等はいうかひなし、さるかとみれば天台の大乗
戒を盗んで代宗皇帝に宣旨を申し五台山の五寺に立てたり、而も又真言の教相には天台宗をすべしといえりかたがた誑惑の事どもなり、他人の訳ならば用ゆる事もあ
りなん此の人の訳せる経論は信ぜられず、総じて月支より漢土に経論をわたす人・旧訳・新訳に一百八十六人なり羅什三蔵一人を除いてはいづれの人人も〓らざ
るはなし、其の中に不空三蔵は殊に誤多き上誑惑の心顕なり、疑つて云く何をもつて知るぞや羅什三蔵より外の人人はあやまりなりとは汝が禅宗・念仏・真言等の七
宗を破るのみならず漢土・日本にわたる一切の訳者を用いざるかいかん、答えて云く此の事は余が第一の秘事なり委細には向つて問うべし、但しすこし申すべし羅什
三蔵の云く我漢土の一切経を見るに皆梵語のごとくならずいかでか此の事を顕すべき、但し一の大願あり身を不浄になして妻を帯すべし舌計り清浄になして仏法に
妄語せじ我死なば必やくべし焼かん時舌焼けるなら

389 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 05:36:01.97 ID:MLAdBHyl
ば我が経をすてよと常に高座にしてとかせ給しなり、上一人より下万民にいたるまで願じて云く願くは羅什三蔵より後に死せんと、終に死し給う後焼きたてまつりしかば
不浄の身は皆灰となりぬ御舌計り火中に青蓮華生て其の上にあり五色の光明を放ちて夜は昼のごとく昼は日輪の御光をうばい給いき、さてこそ一切の訳人の経経は
軽くなりて羅什三蔵の訳し給える経経・殊に法華経は漢土にやすやすとひろまり給いしか。
疑つて云く羅什已前はしかるべし已後の善無畏・不空等は如何、答えて云く已後なりとも訳者の舌の焼けるをば〓ありけりとしるべしされば日本国に法相宗のはやりたり
しを伝教大師責めさせ給いしには羅什三蔵は舌焼けず玄奘・慈恩は舌焼けぬとせめさせ給いしかば桓武天王は道理とをぼして天台法華宗へはうつらせ給いしなり、涅
槃経の第三・第九等をみまいらすれば我が仏法は月支より他国へわたらん時、多くの謬誤出来して衆生の得道うすかるべしととかれて候、されば妙楽大師は「並びに
進退は人に在り何ぞ聖旨に関らん」とこそあそばされて候へ、今の人人いかに経のままに後世をねがうともあやまれる経経のままにねがはば得道もあるべからず、しか
ればとて仏の御とがにはあらじとかかれて候、仏教を習ふ法には大小・権実・顕密はさてをくこれこそ第一の大事にては候らめ。
疑つて云く正法一千年の論師の内心には法華経の実義の顕密の諸経に超過してあるよしは・しろしめしながら外には宣説せずして但権大乗計りを宣べさせ給うことは・
しかるべしとはをぼへねども其の義はすこしきこえ候いぬ、像法一千年の半に天台智者大師・出現して題目の妙法蓮華経の五字を玄義十巻一千枚にかきつくし、文句
十巻には始め如是我聞より終り作礼而去にいたるまで一字一句に因縁・約教・本迹・観心の四の釈をならべて又一千枚に尽し給う已上玄義・文句の二十巻には一切経
の心を江河として法華経を大海にたとえ十方界の仏法の露一〓も漏さず妙法蓮華経の大海に入れさせ給いぬ、其の上天竺の大論の諸義・一点ももらさず漢土・南北の十師の義
破すべきをば・これをはし取るべきをば此れを用う、其の上・止観十巻を注して一代の観門を一念にすべ十界の依正を三千につづめたり、此の書の文体は遠くは月支・
一千年の間の論師にも超え近くは尸那五百年の人師の釈にも勝れたり、故に三論宗の吉蔵大師・南北一百余人の先達と長者らをすすめて天台大師の講経を聞けと勧
むる状に云く「千年の興五百の実復今日に在り乃至南岳の叡聖天台の明哲昔は三業住持し今は二尊に紹係す豈止甘呂を震旦に灑ぐのみならん亦当に法鼓を天竺に震う
べし、生知の妙悟魏晉以来典籍風謡実に連類無し乃至禅衆一百余の僧と共に智者大師を奉請す」等云云、修南山の道宣律師天台大師を讃歎して云く「法華を照了すること
高輝の幽谷に臨むが若く摩訶衍を説くこと長風の太虚に遊ぶに似たり仮令文字の師千羣万衆ありて彼の妙弁を数め尋ぬとも能く窮むる者無し、乃至義月を指すに同じ乃至
宗一極に帰す」云云、華厳宗の法蔵大師天台を讃して云く「思禅師智者等の如き神異に感通して迹登位に参わる霊山の聴法憶い今に在り」等云云、真言宗の不空三蔵・含
光法師等・師弟共に真言宗をすてて天台大師に帰伏する物語に云く高僧伝に云く「不空三蔵と親たり天竺に遊びたるに彼に僧有り問うて曰く大唐に天台の迹教有り最も邪正
を簡び偏円を暁むるに堪えたり能く之を訳して将に此土に至らしむ可きや」等云云、此の物語は含光が妙楽大師にかたり給しなり、妙楽大師此の物語を聞いて云く「豈中国に
法を失いて之を四維に求むるに非ずや而も此方識ること有る者少し魯人の如きのみ」等云云、身毒国の中に天台三十巻のごとくなる大論あるならば南天の僧いかでか漢土の
天台の釈をねがうべき、これあに像法の中に法華経の実義顕れて南閻浮提に広宣流布するにあらずや、答えて云く正法一千年・像法の前四百年・已上仏滅後・一千四百余年
にいまだ論師の弘通し給はざる一代超過の円定・円慧を漢土に弘通し給うのみならず其の声月氏までもきこえぬ、法華経の広宣流布にはにたれどもいまだ円頓の戒壇を立て
られず小乗の威儀をもつて円の慧定に切りつけるはすこし便なきににたり、例せば日輪の蝕するがごとし月輪のかけたるに似たり、何にいわうや

390 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 05:37:30.61 ID:MLAdBHyl
天台大師の御時は大集経の読誦多聞堅固の時にあひあたていまだ広宣流布の時にあらず。問うて云く伝教大師は日本国の士なり桓武の御宇に出世して欽明より二
百余年が間の邪義をなんじやぶり天台大師の円慧・円定をせんじ給うのみならず、鑒真和尚の弘通せし日本小乗の三処の戒壇をなんじやぶり叡山に円頓の大乗別
受戒を建立せり、此の大事は仏滅後一千八百年が間の身毒・尸那・扶桑乃至一閻浮提第一の奇事なり、内証は竜樹・天台等には或は劣るにもや或は同じくもやあ
るらん、仏法の人をすべて一法となせる事は竜樹・天親にもこえ南岳・天台にもすぐれて見えさせ給うなり、総じては如来御入滅の後一千八百年が間此の二人こそ
法華経の行者にてはをはすれ、故に秀句に云く「経に云く若し須弥を接つて他方無数の仏土に擲げ置かんも亦未だこれ難しとせず乃至若し仏の滅度悪世の中に於て
能く此の経を説かん是則ちこれ難し云云、此経を釈して云く浅は易く深は難しとは釈迦の所判なり浅を去て深に就くは丈夫の心なり天台大師は釈迦に信順し法華宗を
助けて震旦に敷揚し叡山の一家は天台に相承し法華宗を助けて日本に弘通す」云云、釈の心は賢劫第九の減・人寿百歳の時より如来・在世五十年・滅後一千八百余
年が中間に高さ十六万八千由旬・六百六十二万里の金山を有人五尺の小身の手をもつて方一寸・二寸等の瓦礫をにぎりて一丁二丁までなぐるがごとく雀鳥のとぶより
もはやく鉄囲山の外へなぐる者はありとも法華経を仏のとかせ給いしやうに説かん人は末法にはまれなるべし、天台大師・伝教大師こそ仏説に相似してとかせ給いたる
人にてをはすれとなり、天竺の論師はいまだ法華経へゆきつき給はず漢土の天台已前の人師は或はすぎ或はたらず、慈恩・法蔵・善無畏等は東を西といゐ天を地と申
せる人人なり、此等は伝教大師の自讃にはあらず、去る延暦二十一年正月十九日高雄山に桓武皇帝行幸なりて六宗・七大寺の碩徳たる善議・勝猷・奉基・寵忍・賢玉
・安福・勤操・修円・慈誥・玄耀・歳光・道証・光証・観敏等の十有余人、最澄法師と召し合せられて宗論ありしに或は一言に舌を巻いて二言三言に及ばず皆一同に頭を
かたぶけ手をあざう、三論の二蔵・三時・三転法輪・法相の三時・五性・華厳宗の四教・五教・根本枝末・六相・十玄・皆大綱をやぶらる、例せば大屋の棟梁のをれたるが
ごとし十大徳の慢幢も倒れにき、爾の時天子大に驚かせ給いて同二十九日に弘世・国道の両吏を勅使として重ねて七寺・六宗に仰せ下れしかば各各帰伏の状を載せて
云く「竊に天台の玄疏を見れば総じて釈迦一代の教を括つて悉く其の趣を顕すに通ぜざる所無く独り諸宗に逾え殊に一道を示す其の中の所説甚深の妙理なり七箇の大
寺六宗の学生昔より未だ聞かざる所曾て未だ見ざる所なり三論法相久年の諍い渙焉として氷の如く釈け照然として既に明かに猶雲霧を披いて三光を見るがごとし聖徳
の弘化より以降今に二百余年の間講ずる所の経論其の数多く彼此理を争えども其の疑未だ解けず、而るに此の最妙の円宗未だ闡揚せず蓋し以て此の間の羣生未だ円
味に応わざるか、伏して惟れば聖朝久しく如来の付を受け深く純円の機を結び一妙の義理始めて乃ち興顕し六宗の学者初めて至極を悟る此の界の含霊今より後悉く妙
円の船に載り早く彼岸に済る事を得ると謂いつべし、乃至善議等牽れて休運に逢い乃ち奇詞を閲す深期に非ざるよりは何ぞ聖世に託せんや」等云云、彼の漢土の嘉祥
等は百余人をあつめて天台大師を聖人と定めたり、今日本の七寺・二百余人は伝教大師を聖人とがうしたてまつる、仏の滅後二千余年に及んで両国に聖人二人・出現せ
り其の上天台大師の未弘の円頓大戒を叡山に建立し給う此れ豈像法の末に法華経広宣流布するにあらずや、答えて云く迦葉阿難等の弘通せざる大法を馬鳴・竜樹・提
婆・天親等の弘通せる事前の難に顕れたり、又竜樹・天親等の流布し残し給える大法天台大師の弘通し給う事又難にあらはれぬ、又天台智者大師の弘通し給はざる円頓
の大戒を伝教大師の建立せさせ給う事又顕然なり、但し詮と不審なる事は仏は説き尽し給えども仏滅後に迦葉・阿難・馬鳴・竜樹・無著・天親・乃至天台・伝教のいまだ弘
通しましまさぬ最大の深密の正法経文の面に現前なり、此の深法・今末法の始五五百歳に一閻浮提に広宣流布すべきやの事不審極り無きなり。

391 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 06:16:28.02 ID:Q/0R9JD1
>>385
宮武好きだった
一度に店に入る方式は好きじゃなかったが

392 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 08:17:32.36 ID:UMhjwKNl
円座の宮武しか知らん
再現性がどれほどあるのかわからんが、一度行ったらあとはいいやっていうほどの満足度

393 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 09:28:18.19 ID:FMRi8kjs
別物だな

394 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 11:00:42.84 ID:VnUiTDoQ
>>392
俺も円座しか知らん。
満足度に関しては100%同意。
>>393
昔の宮武が100だとすると、
円座の宮武はなんぼぐらい?

395 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 11:50:24.37 ID:/JE1bswE
うどん市場

396 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 12:12:10.56 ID:FMRi8kjs
>>394
オープン当初 大将がまだ来てた頃は このまま進めばそれなりに‥‥
と期待しましたが
去年行ったら なんか違う感じを受けてしまいました
あくまでも個人的感想ですが

397 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 13:41:20.95 ID:eCW8mOmv
>>394
以前の宮武の満足度を100としたら今の宮武は30程度
あくまで俺的評価な

398 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 15:03:57.15 ID:VnUiTDoQ
>>396>>397
なるほど。一度行ってみたかったなぁ。

399 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 15:43:52.33 ID:ZU28Ul13
以前の琴平の宮武はうまかった
どちらかというと細麺で、表面が柔らかく
しかし中にはしっかり腰があるというタイプ
よく似ているのは坂出のがもうだと思う
がもうよりも若干、麺がしっかりしてた
だしもがもうと似ていた
薄い淡い色で、いりこと昆布ベースだと思う
カツオは使ってないと思う
ほのかに甘味があって、醤油も薄味で
上品な甘さだった。白醤油を使っていたのかもしれない
てんぷらや天かすを入れなくても
ネギだけでかけうどんが十分おいしく食えた
しかし7〜8年前から麺の出来にムラができだした
悪い時は固くてずいぶん麺自体塩辛い時があった
思うに踏込の回数が不足してたんじゃないだろうか
客が増えて開店に製造が追いつかなくなったのかもしれない
あくまでも推測だが

400 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 18:17:30.92 ID:ONL0uapN
>>399
がもうとは似てないっしょ。
山内とか松岡ならともかく。

401 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 20:16:24.35 ID:eCW8mOmv
がもうと旧宮武は全く似てないなぁ
現宮武は宮武系を全く感じさせない

>>399
>どちらかというと細麺で
えっ?
旧宮武は手切りで太さがバラバラだったけど

402 :名無しさん@お腹いっぱい。:2014/02/05(水) 20:48:33.05 ID:gwrU9H8/
>>394
15年ほど前から足繁く琴平の宮武に通ってたけど、今の宮武は60/100くらいかな?
プレオープンの時、まだ宮武一郎さんが店にいた時は90くらいに感じたけど、それからスコンと落ちて今、な感じ。

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